※この作品はR-18です。

クラス転移したけど、クラスも世界も終わってる   作:稲荷竜

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三人称
インドウ寄り
アサギたちと別れて九人パーティになったあとの末路


34話

 五階層まで、経験したことのないペースで進んだ。

 

 九人パーティ。その火力はやはり、凄い。

 相性も悪くなかったし、みんな、インドウを立てて、その指示に従ってくれた。

 

 ただ……

 

「やっぱ最初っからこうしたらよかったな」

「ああ。ヤナウエも案外、馬鹿だったんじゃないか? わざわざ六人グループに分けないでさ、大人数で一気に行っちゃえばよかったんだよ」

 

 ……ヤナウエを馬鹿にするようなことを口走る輩がいるのが、インドウは気になった。

 

 それは『クラスメイトを悪く言うな』とか、『インドウがヤナウエに親しみを覚えているから、馬鹿にされるようなことが我慢ならない』とか、そういう話──では、なかった。

 

 ここにいない誰かを悪者にして、愚かだと言う者。

 そういう人格が信用できない。……今はいい。でも、攻略が行き詰り始めた時、こういう人物が和を乱すと、インドウは予感していたから、かもしれない。

 

 七階層まで、何事もなく、早いペースで進んだ。

 

「そろそろ休憩にしないか?」

 

 誰かが言った。誰だっただろう。

 インドウはその提案を最初に口走ったのが誰だか思い出せない。

 

 でも、『休憩しよう』という発言は多くに受け入れられ、三人が同意するようなことを言い、五人が『そうだな、そうするか』と決定事項のように騒いだら、もう、確定事項になってしまった。

 

「インドウもそれでいいよな?」

 

 一応、という感じで確認をとられる。

 ……今さら、インドウ一人が強硬に『いや、もう少し行こう』とか、『もっと安全そうな場所を探そう』とか言い出したところで、一体、誰が従うというのか?

 

『流れ』は止められない。

 

 快勝に継ぐ快勝は、メンバーから冷静さを奪った。

 半数以上がまだ冷静で、油断しておらず、志を持ってダンジョン攻略をしようと思っていても、集団の三分の一以下だろうが、声が大きいやつが冷静でない言動を繰り返せば、パーティ全体としては、『冷静でないパーティ』に変質していく。

 

 インドウは、ヤナウエがしていた苦労の輪郭に触れた気がした。

 

 どうしようもない『流れ』。

 インドウは……

 

「……そうだな。休憩にするか」

 

 流れに逆らう術を見つけられなかった。

 

 

 別に、一回ぐらい、油断して、早めに休憩をとったからといって、それが即大事件につながるわけではない。

 ただ、『ゆるみ』と『雑さ』が折り重なり、全体の雰囲気はふにゃふにゃになっていくと、失敗する確率、みたいなものが上がるというだけの話だ。

 その『上がる』確率だって、九人のうち半数が休んでいる間は半数が警戒するとか、そういう基本を守れるうちには、失敗として顕在化しない。

 

 だが、『ふにゃふにゃ』はどこかで誰かが止めないと、『半数が休憩中は半数が警戒する』という、油断ならないダンジョンという場所で、最低限守るべき決まりさえ、次第に侵されていく。

 

 組織運営。

 

 緊張させすぎても息切れするが、緩めすぎても重要なことさえおろそかになる。

 そして人間は緩みたがる生き物だ。……インドウには、『志を同じくする四人』で協力して行動する適性はあったが、『後から加わったことで自分の行動に責任がないと思っている者を含む九人』をまとめあげる力がなかった。

 

 リーダーみたいなポジションにいるだけで、リーダーではない。

 互いにリスペクトを以て、同率の協力者としてやっていくぶんには、『意見のとりまとめ役』としての役割をこなせた。だが、『先導する』ことは、とてもできない。それが、インドウの適性の限界だった。

 

 問題がない階層が重なるたび、『失敗する確率』はどんどんふくらんでいく。

『最低限、これだけは』という警戒や緊張は、『これまで、大丈夫だった』という事実と、人間の『緩めるならどこまでも緩みたがる』という性質のせいで、だんだん、()()()()になっていく──

 

 インドウは、ここらで締めねばならない、とついに決意した。

 

「みんな、八階層に入ってから、いくらなんでも緩みすぎた。……思い出してくれ。スドウが、死んでる。ここは、ダンジョンだ。油断してはいけない」

 

 これはインドウにとって、とてつもない勇気がいる『注意』だった。

 仲間たちは『わかった、悪かったよ』と言ってくれた。

 それでインドウは勇気が報われたと思った。

 

 ……だが。

 

 人が嘘をつくことを、インドウは忘れていた。

 本人は嘘とさえ思っていない、その場では本気でいるつもりでいる、しかし、『引き締めろ』と言われているのに、口でわかったと言いながら、実際に引き締めたりしない──『口だけの承諾』。実行を伴わない、その場で『なんか機嫌悪いやつがいるから話を合わせておくか』という程度の、空虚な言葉。そういうものがあるのを、インドウは忘れていた。

 

 ダンジョン内という『死ぬかもしれない場所』で、そんな、クラスでの軽い約束事について返事をするみたいなことをする奴がいる、というのは、インドウにとって非現実的だった。

 

 恐らく、そんな適当な返事をした者も、『わかってる』と思っている。『やれる』と思っている。

 だが、やれないのだ。結果として、やれない。

 

 失敗の確率は膨らみ続ける。

 

 成功を積み上げるほど足元がおろそかになり、失敗する確率そのものも積み重なり続け、失敗した時に遭う被害もふくらみ続ける。

 

 インドウたちはそれでも、大事件もなく、十階層にたどり着いた。

 

 そこで、最初の失敗をした。

 

「タイナカッ!」

「へ」

 

 よりにもよって斥候役のタイナカが油断した。

 ……タイナカは、調子に乗りやすく、緩みやすい男だった。

 インドウたち四人でいたころには、ふざけたようなことは言っていても、真剣で、情熱的に斥候役を務めてくれた。

 だが、アサギのパーティから五人入ってからというもの、『緩みたい連中』でグループを作って、そこのリーダーみたいなポジションに収まってしまった。

 

 インドウは、自分が他のメンバーの緩みを叱ったあと、タイナカが『まあまあ、インドウはほら、真面目なやつだからさ。ちょっとビビッてんだよ。許してやれって』と取り成しているところにでくわしてしまった──

 

 別に、気にするほどのことでもないと、思っていた。

 不満のはけ口が必要なのはわかっていたし、自分がリーダーみたいなことをしてからは、自分に対する不満がみんなの中にあるのもわかっていた。だから、陰口ぐらいは、別に、いいと思っていた。

 

 ……タイナカが、そういう連中の不満を取り成してくれていると、そう思っていたが。

 

 言い方が引っかかった。

 タイナカ自身が、インドウのことを、本当にうるさく思っているかのような、その様子が、どうにも、引っかかった。

 

 そうして、案の定。

 

 斥候役であるはずのタイナカよりも、後ろで見ていたインドウの方が、モンスターの接近に早くに気付く有様で──

 

 タイナカは、暗闇の中から伸びてきた、手……

 あまりにも巨大な、人間の手のようなものにさらわれて、消えた。

 

「追うぞ!」

 

 インドウは呼びかけた。

 

 ……だが。

 反応は、あまりにも鈍かった。

 

「……みんな、どうした? タイナカが、連れて行かれたんだぞ?」

 

 つい振り返ったメンバーたちは、その場で立ち尽くし、曖昧な笑みを浮かべていた。

 

 誰かが言った。

 

「や、だってさ、危なくないか?」

「……何を言ってるんだ?」

 

 危ないのは最初からずっとそうだった。

 なのにそんな、『今までは危なくなかったけどさ……』みたいな言い方をされるのは、意味がわからなかった。

 

「いや、タイナカが気付かない相手に俺たちが向かって行っても……みたいなの、あるじゃん?」

 

 何をヘラヘラしているのかわからなかった。

 

「……あとさあ、インドウ。最近のタイナカ、ちょっと、調子に乗りすぎだよ。アサギんとこからついてきた連中に祭り上げられて冗談きつい感じだったっていうか」

 

 何を今、こんな場面で、こんな時に言わなくてもいい不満を言い始めているのか、わからなかった。

 

「そうだ! アサギのパーティが後ろから来るだろ? 事情を話して救出してもらおうぜ!」

 

 そのアサギのパーティから抜けてきたお前が何を言っているのか、わからなかった。

 

「…………どうしたんだ、みんな?」

 

 インドウは、みんなのことが、わからなかった。

 

 少し前までは、志を同じくする仲間だった。

 インドウはどうしても現実的なことを考えてしまって、アサギと協力しようかどうか、迷ってしまったけれど……

『しない』と決めたからには、このメンバーで突き進む。そう思って、駆け抜けてきた。

 実際、みんなもよく応えてくれたと思う。

 

 けれど、少しずつ、少しずつ、何かがズレていった。

 

 わかり合っていた、協力すればなんでもできそうな仲間たちは……

 全然、何か、わからない、謎の連中になってしまっていた。

 

「とりあえず今日はここで休憩しようぜ」

「は?」

 

 タイナカが連れて行かれたというのに、何を言っているのか。

 

 意味がまったくわからない。

 

 アサギを待つつもり──みたいなところで、全員がどうにも、知らない間に、合意しているようだった。

 インドウにはこの連中のことが全然わからなかった。

 

 ……インドウは、生真面目で、正義感が強い。

 だから、わからない。……いや、クラスメイトという集団の中で過ごしていたうちには、無意識で理解していたことがあった。『自分の理想と、現実には、かなり、差がある』ということが、理解できていた、はずだった。

 

 だが、誰も売りたくないと集まった四人でダンジョンを攻略しているうちに、インドウの中の『理想』と『現実』に、そこまでの差がなくなった──

 ──みんなやる気に満ちて、必要なことに熱意を燃やして、精一杯の力を尽くして、協力を惜しまず、仲間を思いやり、一生懸命に、目標に向けて邁進する。そういう『理想』が現実になりつづけていた時間で、『理想と現実』というものにギャップがあることを、自然と忘れてしまっていた。

 

 四人の仲間たちは知らない間に『九人のクラスメイト』になった。

 

 そうすると、責任や努力、怪我をするような選択を避けるようになった。

 怠けられると本人が思ったことでは、徹底的に怠けるようになった。

 ダンジョンを、まるで辞める寸前のスマホゲーでも周回しているかのように、進むようになった。

 

 ほんの五人増えただけで、こんなことに、なってしまった。

 

 インドウは……

 

 一人でも行く、とか。

 何を言ってんだと怒って、みんなを奮い立たせる、とか。

 

 ………………そういうことが、できなかった。

 

(……僕は、あまりにも)

 

 補助・回復の才能がある。

 だが、率先して突っ込むことができない。

 

 率先して突っ込めば、みんなをそれに続けることができたかもしれない。でも、できない。そういう才能ではないから。

 

 リーダーシップがあれば、こんな場所で『アサギを待つ』という消極的な選択をとろうとするみんなに何かを説いて、自分たちの手で解決するべきだと説得できたかもしれない。

 

 だが、できない。

 

(……才能も、実力も──力が、ない)

 

 そこが、インドウの限界。

 

 押し切られるように、休憩することになる。

『アサギを待つ』のが、一番確実で安全な選択であると、誰もが判断していた。……それが一番楽だから、後から理由をくっつけて、命の危機を避けている。連れて行かれたタイナカを『嫌なやつ』にすることで、助けないでいい理由を探している。

 

 インドウは、せめてもの抵抗で、もう少し安全な場所に移動しようと提案することしかできなかった。

 

 パーティは、タイナカがさらわれた地点から、前の階層への階段側に後退した。

 

 タイナカの行方はわからない。

 何をされているかも、わからない。

 

 救出はきっとできないんだろうな、とインドウは思った。

 

 

「ひぎいいいいいいいいいいいい!?」

 

 睡眠は必要のない体になっていた。

 けれど、とることはできた。

 

 そんな無防備をさらす必要性は皆無だけれど、睡眠をとらずに生きていける生態にはなっていても、睡眠をとらずに生きていける精神にはなっていなかった。

 

 それでも、半数が休み、半数が警戒するというのが徹底されていれば、何かが起こる前に仲間を起こして逃げることはできたし……

 最低限、仲間を起こせなくとも、起きている仲間が逃げることは、できるはずだった。

 

 だが、誰も、それをしなかった。

 インドウさえも、しなかった。

 

 タイナカがさらわれた時の反応があまりに酷かったから、それで心が疲れて、休める場所を見つけた途端に、すうっと意識が消えてしまった。

 それでもインドウは真面目だから、その日に油断しきって眠ってしまったことを後悔して、翌日から、『せめて、自分だけでも』と規律を守ろうとしただろう。

 

 だからこれは、翌日が来なかった、というだけの話だ。

 

「お人形♪ お人形♪」

 

 低く太い声だが、幼児のような印象の声だった。

 

 そいつは暗闇の中からぬっと上半身を出した、髪の長い、女のような生き物だった。

 

 垂れた髪は黒く、長く、地面に渦を幾重にも巻いて落ちている。

 顔は髪に隠れてほとんど見えないが、髪の隙間から覗いた赤い眼は、爛々と楽しそうに輝いていた。

 

 そいつが何をしているかと言えば……

 

 指先で、クラスメイトをつまんでいる。

 

 つまんで、腕や足を、変な方向に曲げている。

 

 当然、手足は折れていた。

 女子の悲鳴が響き渡る。痛みによってか、あるいは……

 

 快楽によってか。

 

「お人形♪ お姉ちゃん、かわいい、お人形♪」

 

 そいつは女子を『手』で弄んでいるが、それ以外にも、お人形遊びをしているようだった。

 

 さらわれたタイナカが、痛みによるものと思われる苦悶の声を挙げながら、ナイフでクラスメイトたちに襲い掛かっていた。

 対応しているのは前衛系の才能を持った二人。だけれど、斥候で、しかも小柄なタイナカが押している。

 

 タイナカの速度は異常で、力も異常だった。

 明らかに、タイナカには出せない速度を出させられている。

 

 きらり、きらり、タイナカが動くたびに、手足の先で何かが輝く。

 

 それは、糸だった。

 

 蜘蛛の糸。

 

「………………タイナカっ!」

 

 インドウはようやく思考が現実に追いつき、立ち上がると……

 

 ……どうしていいか、わからない。

 

 今まさに化物の手の中で遊ばれている女子の手足を治せばいいのか。

 タイナカに応戦している男子たちを治せばいいのか。

 そこらに転がっている、息があるのかどうかもわからない他のやつらを治せばいいのか──

 

 ──あるいは。

 

「お、お、俺、あ、アサギッ、アサギッ、呼んっ……」

 

 今、どこかへ駆け出したやつのように、一目散に逃げればいいのか。

 

 ……インドウは知らない。

 そいつは二十五階層のボス。

 蜘蛛の下半身を持つ淫魔。

 

 インドウは知らない。

 彼らは十階層まで快調に飛ばしてきた。

 けれど、十五階層を超える実力さえなかった。これまでは、『人数が増えたこと』による補正で、彼らは別に、強くなんてなっていなかった。彼らの実力は、十五階層ボス前まで。そこまでしかなかった。

 

 インドウも、誰も、知らない。

 

 もはやボスは、ボスの部屋にこもっていない。

 それが不利に働く者もいる。──今のインドウたちのように。

 

 だが一方で、それが有利に働く者もいる。

 

 この不運は、インドウたちが悪いから起こったわけではない。

 

 誰かが何かの被害に遭う時、それまでの行いは関係がない。

 不運に目をつけられた。他の人より、ちょっとだけ、何かが弱かった。そんな理由で、理不尽はどこまでもドサドサと降り注ぐ。

 それが人生だった。

 

 インドウは、動けない。

 

 タイナカが、苦しみ、うめきながら、前衛の男子を殺す。

 

 人形遊びをされていた女子が、化け物の長い舌で舐め回され、服を剥がれ、犯される。無数の糸が、触手のようにうごめき、犯される。

 倒れていた男子たちが、『人形』にされて、立ち上がる。

 

「お人形♪ お人形♪」

 

 二十五階層ボスの淫魔が、童女のように歌いながら、インドウを見る。

 

 インドウは……

 

「……………………」

 

 立ち尽くし、一応、構えをとったまま、何もできなかった。

 

 無理矢理に操られたクラスメイトたちが、一斉に、インドウに向けて、攻撃を開始し──

 

 ──そこが、彼の『おしまい』だった。




街に居残り
苗床 レイナ
娼婦 ニナカワ、ハナイ、女2
パーツ 男1
──────────────
          総計6人


現在のクラス内役割内訳
アサギパーティ
アサギ、ワタナべ、ネコイ
??枠 キサキ、女2
売ったやつ ナカイ、男3、女3
──────────────
         総計13人

インドウパーティ
カリヤ
──────────────
          総計1人

ヤナウエパーティ
ヤナウエ、ウエマツ
ナナミ
──────────────
          総計3人

死亡
スドウ
インドウ、タイナカ、女2
ナイトウ、男2、女1
──────────────
          総計9人
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