※この作品はR-18です。

クラス転移したけど、クラスも世界も終わってる   作:稲荷竜

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三人称
ワタナべ寄り


37話

『自覚的に、罪を犯せ』。

 

 アサギはそう言った。

『見捨てられない』と、もう手遅れだろうにインドウを助けに行こうと決意した。

『元の世界に戻れるかもしれない』と思ったら、急に、元の世界の道徳にもとる行為をしている自分が嫌になった──悪行とバランスをとるかのように、善行をしたくなった、と言ってしまうべきなんだろう。そういう、ことを思った。

 

 思ったら、『助けに行く』が善行で、『助けに行かない』が罪悪になった。

 

 そこを、アサギに見抜かれた。

 だから罪を犯せと、言われている。『助けに行くことを善行だ』とみなしたなら、己の意思で罪を犯せと。それを善行だと思いつつ、そちらではない選択をしろと、そう言われた。

 

 ワタナべは──

 

 ──何も、答えられなかった。

 

 ……たとえば、アサギへの反発みたいなものがあって、『たぶん、アサギは、俺に罪を犯させたがっているんだろう』という予想が立ったなら、反発を原動力に、『それでも、死地に行く』と言うことができたはずだった。

 

 けれどワタナべにはアサギに対する反発もないのだ。

 わかってしまう。……たとえばスドウがヤナウエを裏切ろうとして自分に声を掛けてきた時。その時でさえ、スドウの、一般的には『卑怯』と呼ばれるような振る舞いに、共感と同情さえ、覚えてしまった。

 ワタナべは『わかってしまう』。特に、強弱という二つの軸でものを考える時に、『弱い側』の気持ちがわかってしまう。

 

 だから、アサギの気持ちも、わかってしまうし、責められない。

 アサギは間違いなく弱者だった。……今、強い。今、誰もアサギに逆らえない。ナカイの抵抗を触れもせずに封じたのを全員が目撃しているから、もはや実力を疑う者も、いなくなっただろう。強い。議論の余地がないほど、強い。

 

 でも、アサギがクラスにしていることはすべて、アサギがクラスからされていたことでしかない。

 

 無理強い。強制。逆らえない状況で忖度させられて犯罪まがいのことをさせられる。やりたくもないことを『やりたいんだろ』と言われて強要される。裏にはもちろん、『お前がやりたいということに俺たちはする。その俺たちに逆らったら酷い目に遭うぞ』という強迫が、言葉にはせず、雰囲気や視線だけで、存在する。

 

 強者は弱者に忖度させる。

 だから、強者は実行犯にはもちろんならないし、それどころか、教唆犯にさえ、ならない。

 

 弱者はすべて、『勝手にやったこと』にされる。

 責任だけ問われるポジション。それが弱者。責任を押し付けられるポジション。それが、弱者。

 

 だからアサギは、クラスの全員に、『責任』を自覚させたがる。

 

 言いっぱなしは許さない。言行不一致も許さない。自分が提案したていで、他者に責任だけ被せるような言動を、決して許さない。

 

 カリヤは都合の良いことばっかり言って逃げ続けた。

 だから、逃げ道を塞がれた。

 

 ナカイは力があるようなことばっかり言って、責任を誰かに被せようとし続けた。

 だから、自分の言葉に責任をとらされそうになった。

 その結果、責任を最後まで拒否して……

 

 ……そこで、うめくしかない、立ち上がれない、タコみたいな、ふにゃふにゃの存在に、されている。

 

 ドレイン。

 アサギの言葉からすれば、ステータスを吸い取っているのだろう。

 いわゆる『ステータス・オープン』みたいなことは、誰もできない。だが、アサギはそれを知覚している。あるいは、それも嘘なのか? わからない。ワタナべは、アサギのことを、思ったよりも、わかっていなかった。

 

 その上で、ワタナべは……

 

「………………」

「どうした? 早くしないと、手遅れじゃなくても、手遅れになりそうだけど」

 

 インドウを助けに行くのか。行かないのか。

 

 ……綺麗な自分でいたかった。クラスメイトを売った罪とのバランスをとれるとは思っていないけれど、最後に、『善い自分』に正直でいたかった。

 

 それで覚悟が決まっていた。

 でも、絶妙なタイミングで、『引き返せる』と言われて……

 

 怖くなった。

 

 死ぬのが、怖い。死以上の結末が、怖い。

 決まっていた覚悟は、退路を用意されて、あっさりと消え失せてしまった。

 

 こんなに短い間隔で自分の心が二転三転するだなんて、元の世界にいたころには想像もしていなかった。

 でも、命が懸かると、人はこんなにも、迷う。

 

 無駄だと思いながら、『善い自分』に殉じて、インドウを助けに行くのか。

 それとも、アサギに示された退路にしがみついて、この世界でこれまでしてきたように、生命を優先して、何もしないことにするのか。

 

 ワタナベは、

 

「…………決めらんない…………決められないよ…………」

 

 選べなかった。

 

 自分からこんなに弱弱しい声が出るだなんて、自分でも思っていなかった。それぐらい、弱い声が出た。

 幼い子供のようだった。でも、正直な気持ちだった。

 

 決められない。命か、誇りか──肉体の生命か、魂の生命か。今、そういう岐路に立たされて、何も決められなかった。

 決めなければ永遠にどちらかを選ぶチャンスが失われない、だなんて思っていない。時間が経てば選択肢が消え失せるのもわかっている。でも、決められなかった。

 

「僕が決めてやろうか?」 

 

 アサギの顔は、こういう時、猛烈に美しい。

 

 男でも見惚れるぐらい、儚くて消えてしまいそうなのに、強烈な影がある。そういう、笑顔になる。

 

 ワタナベは、アサギの問いかけに答えられなかった。

 アサギは、鼻で嗤った。

 

「冗談だよ。僕はお前たちがどんなに苦しんでても、助けてやったりはしない。お前たちとの付き合い方は、お前たちに教えてもらったからね」

 

 歩き出す。

 

 ワタナベを置いて、歩き出す。

 

 クラスメイトたちが、ついていく。

 

 アサギが、

 

「あ、そうだった」

 

 振り返り、

 

「カリヤ、ほら、先に行けよ。インドウを助けに戻るんだろ」

 

 カリヤは何も答えられない。

 地面に視線を巡らせて、言い訳でも落ちてないか探しているようだった。

 でも、その沈黙をアサギは許さない。

 

「行けよ」

 

 最後通牒の響きを持った声の雰囲気は、カリヤにも呑み込めたようだった。

 

 カリヤは結局、そこで崩れ落ちたままのナカイを放置して、一人で、走って、元来た道を引き返していった。

 

「カリヤから情報をもらわなくてよかった?」

 

 先ほどまでワタナべがいた場所に、いつの間にかキサキがいて、キサキが、アサギに問いかけていた。

 アサギは「ああ」と笑った。

 

「それはフェアじゃない。僕はインドウたちにほとんど情報を与えてないからね。僕らだけ『実地の情報』をもらうのは、違うんじゃないかな」

 

 キサキはアサギの答えに満足したようにうなずいていた。

 

 ……遠ざかっていく。

 

 誰も、振り返らない。

 

 ついに、クラスメイトたちはみんな、ダンジョンの暗闇の向こうに消えてしまった。

 

 ナカイだけが、残されている。

 アサギに『ドレイン』をされて、立ち上がることもできなくなった、ナカイ。関節がなくなってしまったように崩れ落ちた奇妙な体勢のまま、眼球だけを動かして、こちらを見上げている。

 

 呼吸が弱い。表情から力が抜けると、人間の顔ってこんなに変わるんだ、とワタナベは変なことを思ってしまった。

 じっと、眼が合い続けている。

 

 ワタナべは何も決められない。今、倒れているナカイから視線を逸らすかどうかさえ、決められない。

 もはや声を発する筋力さえ残されていないナカイが何をしたいかは、わからなかった。助けて欲しがってはいるのだろうと予想はできるけれど、ワタナべには、それはできない。今のナカイを助けるような力は、ワタナべにはない。

 

 そうして見つめ合っているうちに、ナカイの呼吸が止まった。

 

 骨を引っこ抜かれたような変な姿勢のまま、戦いの中ではなく、ただくだらないプライドにしがみついた末路として、ナカイは死んだ。

 あるいはこれこそ、アサギの初めての『クラスメイトに対する殺人』なのかもしれない。

 アサギにとって重大な意味は──きっと、ないんだろう。常に『殺す』という選択肢はあって、たまたまうるさかったのがナカイだったから、そうした。処理した、としか言えないほどあっさりと、死なせた。それだけの話。

 

 ワタナベは、死体と見つめ合った。

 

 ダンジョンは薄暗い。けれど、十歩分ぐらいの視界は常に確保できる。

 まぶしくはない。でも、彩度も落ちている様子がなく、十全に、範囲内が見える。

 

 だから、ナカイの目の中に映った自分が、見えた。

 

 酷い顔をしていた。

 坊主頭の、ひょろりとした、似合わない甲冑を身に着けて、槍を背負った男。

 制服姿も似合っていなかったな、なんてことを思い出す。

 でも、今思えば、こんな鎧よりは、ずっとずっと、制服の方が良かったな、なんて、思った。

 

 そう思って、改めて、気付いた。

 

「…………戻りたかったな」

 

 ワタナべは家族仲に問題もないし、将来の展望もそれなりにあった。

 部活動ではそんなにいい成績を残せなかったが、そもそも学校の陸上部はそこまで熱心な部活動でもなかった。

 

 引っ込み思案でうまく人と話せないのを悩んでいた。

 でも、同じぐらいの感じのやつらとつるんで、その悩みも、気にならなくなっていた。

 

 ……ネコイ。

 今思えば、うるさいやつだった。なんでもかんでも大げさに驚く。感情表現がストレートだ。小柄で、体つき、顔つきなりの幼さがある。

 

 そういう彼女を好ましく思っていた。

 

 この世界に来てからはネコイにいらつかされることもあった。状況をあまりにも読まず、ただただ心の中をぶちまけるようなしゃべり方しかできないあいつに、何度、ヒヤヒヤさせられただろう。

 

 ……でも。

 そういう素直さが問題になる、この世界が間違っている。

 

(なんで、俺たちが、感情のままに振る舞っちゃいけない。なんで、俺たちが、戦いなんか、やらされてる。なんで、俺たちは、こんな……クラスメイトで、揉めなきゃならない。俺たちには、将来があった)

 

『そういう世界だから』『そういう状況だから』。……そんなのは、わかっている。

 わかった上で、クソッタレと叫んでやりたい。

 

(なんで、俺が……俺たちが、こんな、人生を懸けた決断をするような状況に追い込まれてるんだ)

 

 たとえば大学選びも、人生を懸けた決断ではあるだろう。

 でも、選んだあと、すぐに結果が出て、すぐに、死ぬ。そういう選択では、ないはずだ。

 

 もちろん、すぐに死ぬような……すぐに答えがわかる選択肢の方が好ましいやつもいるんだろう。

 でもワタナべは、そうじゃなかった。

 

(……もう少し、人生の大事なことを決めるまでに、猶予があったって、いいだろ。俺たちは──まだ、学生なんだぞ)

 

 死体を見つめている。

 いくら目に意思を込めても、死体は答えない。

 死体の瞳に映る自分も、何も答えない。

 

 答えは、

 

 ……足音が聞こえる。

 

 たったった、と駆ける音。

 ダンジョンの中で不用心なほどの足音を響かせて、何かが近付いて来る。

 

 近付いてきたのは……

 

「…………ネコイ?」

 

 あの日、ワタナベが見捨てて逃げた彼女だった。

 

 ネコイは、急いで走ってきたのだろう、ワタナべの前まで来ると、息を切らせて、膝に手をついた。

 

「サイアク……こんなに走ったの、『あの日』以来……」

 

 心で思ったままの悪態を虚空についてから、ネコイは、ワタナベを見上げて、怒った顔をした。

 

「あのさ、ワタナべ、あの……」

「……」

「お、置いてかないでよ!」

 

 ワタナベは……

 思わず、笑ってしまった。

 

「……置いて行かれたのは、俺の方だ」

「そういうことじゃなくって……アサギのとこに、あたしを置いてかないでって」

「すぐに戻った方がいい。機嫌を損ねない限り、アサギのそばが一番安全だ」

「その『機嫌を損ねない』ってのが難しいんだって。アサギ、何考えてるか全然わかんないんだもん。いつもキレてるし……」

「……」

「とにかく……あたしさ、全然、よくわかってない。コウちゃんもなんか変になっちゃったし、インドウとかも……もう、ダメでしょ、きっと。カリヤもあんなやつだと思わなかったっていうか……もうさ、あたし、ワタナべしか、わかんない」

「……」

「だから、置いてかないでって。……もう置いてかないでよ」

 

 ワタナべは、ネコイを置いて逃げたことがある。

 そのせいで、ネコイは淫魔に……悪趣味な『植木』のようにされた。

 酷く凌辱されたネコイ。その姿に罪の意識を覚えて、せめて、贖罪したくて……アサギを頼った。

 

 そのことを思い出させられて、ワタナベは、ようやく、自覚することができた。

 

「……そうか。俺は別に最初から、『生き残るために』アサギについたんじゃなかったんだ」

 

 ワタナベの行動原理はいつでも『贖罪』だった。

 犯してしまった罪をどうにか埋め合わせたくて行動していた。

 でも、埋め合わせの手段に『他者に犠牲を強いる』というのが混じってしまって、自分のことを見失ってしまったけれど……

 

 もうダメかもしれないけれど、インドウを見捨てられない。

 

 これは、最初から、ワタナべという人間の行動原理の通りの想いだった。

 タイナカのせいだとはいえ、インドウをアサギのところに組み入れることができず、結果として酷い目に遭わせてしまった贖罪をしたい。そういう想いだった。

 

「ねえ、インドウ、たぶんもうダメだと思う」

 

 こういうことを普通に言えてしまうのが、ネコイというやつだった。

 

 ワタナべはつい笑ってしまう。……何も笑えるような言葉ではなかった。でも、笑ってしまう。

 こういう歯に衣着せぬ物言い。心をそのまま言葉にできる瞬発力を、ワタナベは、羨ましいとさえ、思っていた。そのことを、思い出した。

 

「だから、あたしを置いてかないで。あたしを置いてかないのだけ、考えてよ……ワタナべいなくなったら、もう、どうしていいか、わかんないから……」

「たぶんもう、アサギは俺を受け入れないし、ネコイだって、受け入れられない」

「わかんないよそういうの……もう、なんか、ワタナベがうまくやってよ!」

「……ふ」

「何!? 笑われること言ってないんだけど!?」

「いや。……そうだな。俺が、うまくやろう」

 

 この世界で。

 

 ……迷宮最奥で『魔王』を倒せば元の世界に戻れるとして。

 アサギたちはきっと、それを達成するだろう。

 そして、達成した時に、そばにいなかった者を、連れては帰らないだろう。

 

「……とりあえず、第一階層に戻ろうか。そこから……出られたら、迷宮の外に出よう」

「うん、わかった」

「それから、ネコイ」

「何?」

「……ありがとう」

 

 ここで『好きだ』とか、『好きだった』とか、言うのも、ちょっとだけ、浮かんだ。

 でも、ここで言うのは、好意的な返事の強要になると思って、言えなかった。これからネコイの世話をするぞ、という流れの中で『好きだ』と告白するのは、あまりにも暴力的で、強権的で……フェアではないと、ワタナベは思った。

 

「何それ。わけわかんないんだけど」

 

 ネコイが笑った。

 ワタナベは応答に困って、背中を向けた。

 

「行こう」

「うん」

 

 二人はアサギたちに背中を向けて、第一階層の方向へと戻り始める。

 

 ……もちろん、無事に戻れるとは限らないけれど。

 ワタナベはようやく、己の行動を決めて、動き出すことができた。




街に居残り
苗床 レイナ
娼婦 ニナカワ、ハナイ、女2
パーツ 男1
──────────────
          総計6人

帰還組
ワタナべ、ネコイ
──────────────
          総計2人

現在のクラス内役割内訳
アサギパーティ
アサギ
??枠 キサキ、女2
売ったやつ 男3、女3
──────────────
         総計10人

インドウパーティ
全滅
──────────────
          総計0人

ヤナウエパーティ
ヤナウエ、ウエマツ
ナナミ
──────────────
          総計3人

死亡
スドウ
インドウ、タイナカ、女2
ナイトウ、男2、女1
ナカイ、カリヤ
──────────────
         総計11人
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