淫魔女王(初出、ダンジョンボス)寄りから
ダンジョン最奥
奇妙なことが起きている。
ダンジョン最奥の暗闇の中で、淫魔女王は考えていた。
まず、時系列順に──
新しい転移者を呼び寄せた。
それでもまあ、
前回は期待を持たせるだけ持たせて結局、自力で最奥にいる自分のところまではたどり着かなかった。
最奥にたどり着くぐらいでないと、
ともあれ今回は呪力持ちが一人、聖力持ちがそのほか全員。
呪力を持ちそうだった者が他にも一人いたが、たまたま同じ魂を持つ者が聖女だったため、魂を同期させて聖力を持てるようにいじってある。
もはや淫魔女王は『質』を期待していなかった。
量だ。ここ最近の転移者は痩せているというか、熱意がない。熱意を以てダンジョンを攻略し、己を鍛えてもらわないと、肉質が落ちる。が、せっかく入り口側に弱い者しか配置せず、だんだんと強くなるような配置をしているというのに、あまり攻略に乗り気でないやつが多い。
時代性だろうか? 理由の方はさっぱりだが、ともあれ、量は確保できた。
それで満足することとして、王家には『もう自分の意思でダンジョンに入らない様子ならば、ダンジョンに転移させて、出入り口を閉じろ』と指示してある。
異世界転移者の魂には、ダンジョンとの縁を最初からつないである。
たとえば逃亡した時などは、この縁を伝ってダンジョンに強制転移させることもできる。
今回も、何人かが王家によって強制転移させられた。基本的には、それをきっかけに、ダンジョンを閉ざし始める。
強制転移が起こる、つまり逃散する者が出始めたということは、もう『シメ時』だからだ。
思ったより早かったな、というのが淫魔女王の感想ではあるが、最近の質の低下を見れば、まあ、そういうこともあるか、という程度に思っていた。
ところが、転移が始まってから、それまでわかっていなかった事態が発覚した。
十五階層の眷属が、担当の部屋を出て自由に徘徊していたことがわかったのだ。
発覚のきっかけは、二十五階層の眷属が自由行動し始めたとわかったことだった。
あり得ないことが起きている。もしや他にも自由行動をしている眷属がいるのではないか──そう思い調べたところ、十五階層のあいつが、早い段階から、自分の部屋を出て自由行動をしていることがわかった。
しかも、知らない淫魔が増えている。
こういったイレギュラーの発生原因を調べているうちに、また奇妙なことが起こった。
自由行動していた二十五階層の眷属が、倒されたのだ。
今回の食料は質が低いから、二十五階層の眷属を倒せるとは思えなかった。
だが、実際に反応が消失している。
質が低いのか高いのかわからない食料ども。
十五階層および二十五階層の眷属の、無許可自由徘徊。
淫魔女王たる自分が知らなかった、新しい淫魔──
「ふ」
淫魔女王は、暗闇の中で笑う。
長く、長く、この世に君臨してきた。
女神の家畜として品種改良を繰り返され、呪力を女神に捧げるために
そこから女神の干渉をカットし、王家にエサを捧げさせ続けた……
つまらない時間だった。
安定した平穏な日々。ちょっとの労働で食事をとれる。自分たちを脅かすものなど存在しない、そういう、平和な日常。
飽き飽きしていた。
そもそも、淫魔女王にはある
それは、己の手で打ち取った食料こそが、最も己を満たす、美味なるものである──という、信仰だ。
だから、淫魔女王はこの穴倉の中で待っている。
己のもとまでたどり着ける食料を、待っている。
今まで、自分のところまでたどり着くような、イキのいい食料はほとんどいなかった。ここ最近に限れば、一匹だって、いなかった。
だが、今回、計算にない、面白いことが起きている。
面白いだけではなく、二十五階層を任せていた眷属を倒せるぐらいに、イキもいい食料がいる。
淫魔女王は空腹を覚えていた。
……早く、食べたい。
早く、自分のところまでたどり着かないだろうか。
淫魔女王の
──ダンジョンが。
淫魔女王の肉体そのものであるダンジョンが、空腹に、
◆
「あら」
そこは王宮内で最も美しい鳥籠で、中には眼球のない真っ白い小鳥を飼っている。
『
長い長い、長い真っ白い髪をざわめかせ、眼球のない目元を下に向ける。
その先にあるのは、今しがた鳴った、自分のお腹か……
あるいは、淫魔女王の
◆
お母さんを
ササイナナミは不意に『元の世界のこと』を思い出す。
母子家庭。でも、経済的には、裕福だったと思う。
ナナミは『何不自由なく育ってきたな』と自分の人生を振り返って思う。習い事なんかはしていなかったし、勉強も塾ではなかったけれど、それでどうにかできてしまう──勉強とか、遊びとか、そういうものだけ考えてればいいぐらい、何の不自由もない人生だったと、そう思っている。
ただ、いつのころからだろう、お母さんが、レイナと自分をよく比較するようになった。
ナナミは良い子。それに比べてレイナは……
ナナミは手間のかからない子。それに比べてレイナは……
どうしてレイナはいつもそうなの。ナナミを見習いなさい。
レイナ、困らせないで。ナナミみたいに、良い子にしてなさい。
レイナ! ナナミを見習いなさい!
どうしていつも、レイナばっかり、困りごとを運んでくるの?
……具体的に何があったのか、ナナミは知らなかった。
でも、とにかく、レイナが悪いことをしているんだな、というのはわかった。
だから、自分は良い子でいようと思った。
お母さんを
レイナはナナミの言葉を聞いてくれないし、小学校の高学年になるころにはもう、レイナはナナミとの会話そのものを避けるようになっていた。
どうして自分がそんなに避けられるのかはわからない。
でも、ナナミは、レイナの態度を『自分ではどうしようもないこと』にカテゴライズした。
だから、ナナミは……平和。平和のために、お母さんを
そうしたら、お母さんは、レイナとナナミを比較することをしなくなった。
レイナ、レイナ、レイナ、レイナ。レイナはどうして。うちの娘はどうして。レイナは本当に。レイナは──
お母さんの中にはいつの間にか、レイナしかいなくなってたみたいだった。
「昔から、私って、『居場所』を確保するのが苦手みたい」
透明人間。
ササイナナミが自分の半生を振り返る時、そういう表現が浮かぶ。
良い子だった。迷惑をかけない子だった。
どこにも所属しない子だった。誰にも属さない子だった。
誰の敵でもない子だった。誰の味方でもない子だった。
そうして透明になることが、人を
「『居場所』を見つけるって、本当にすごいことだと思う。『ここ』が『自分の居場所じゃない』ってわかることも、すごいことだと思う。私は……元の世界でも、異世界でも、『自分の居場所じゃない』と思ったことも、『自分の居場所だ』って思ったことも、ない」
だから、なんだろう?
それが、なんだろう?
この悩みは確かに悩みなのだけれど、ナナミは、この悩みの『だから、何』というところがわからなかった。
ただの感想にしかすぎない。今、ふと思いついたから、つらつら語っている──それだけのことにしか、すぎない。
「ヤナウエくんはすごいよね。どこでも、すぐに『居場所』にしちゃう。ウエマツくんも──『ヤナウエくんの隣』を居場所にしてた。『誰かの隣』。うん、すごい。本当に、すごい。そんなにも寄り掛かれる誰かを見つけられることも、そんなにも誰かに寄り掛かって生きようってできることも、すごいよ。だって……その寄り掛かってる相手が倒れたら、一緒に倒れちゃうでしょ。怖いよね。そうだよね、ねえ……二人とも」
ダンジョン、十八階層。
十五階層のボスである淫魔は不在で、モンスターも、なぜだかあまりいなかった。
二十五階層のボスが上る際に逃げ去ったモンスターたち。そのタイミングでうまく、なおかつ、二十五階層ボス『アラクネ』に遭遇することなく、ヤナウエ、ウエマツ、ナナミの三人は、するするとダンジョンを降って行った。
短期的には『脅威に行きあたらなくて、運が良い』と言える。
けれど長期的には『鍛えるのを怠らざるを得ない状況のまま下層に入ってしまったため、詰む可能性があり、運が悪い』と予想できる。
ヤナウエも、そのあたりに言及していた。
楽に進めたのはいいけど、このままじゃまずいかもな──なんて。本当に、最奥までクリアして、元の世界に戻る気でいるみたいだった。
ナナミは、『元の世界に戻りたい』っていう気持ちが薄くて、ヤナウエとウエマツが真剣に『この先』のことを相談しているのを横で聞いて、『すごいなあ』と思っていただけだった。
それ以上の気がかりがあったせいでもある。
ナナミはずっと、お腹が減っていた。
空腹、排泄、衛生──そういう『生き物のランニングコスト』みたいなものを支払わなくていい存在にされてから、初めて覚えた空腹だった。
モンスターが出て、それを倒していたころには、まだ我慢できた。
でも、モンスターが出なくなるにつれて、どんどん空腹が酷くなって……
ヤナウエとウエマツが、とてもとても美味しそうに見えた。
でも我慢しようと思った。クラスメイトを美味しそうだなんて、何かおかしい。常識的じゃない。悪いことだ。だから我慢すべきだ。そう思った。
でも。
我慢できずに、食べちゃった。
「一生懸命ね、『クラスメイトだから』『クラスが、私の居場所だから』って考えたんだ。『そこ』を失うようなことはしない方がいいって、自分を説得しようとしたんだ。でも……なんだかね、『それって、お腹を満たすことより大事なのかな』って思っちゃった」
ササイナナミは透明人間だ。
どこにも属さず、誰にも敵対しない。
帰属意識というものがなかった。
お母さんを
だから、我慢が利かない。
ササイナナミは、己の本性をようやく定義した。
「私はただの面倒くさがりで、今いる場所の居心地が大事──今いる場所で、私が不快感を覚えてないかどうかが、大事なだけの、利己主義だったんだね」
だから他者の人生や生命がどうでもいい。
己の欲求に従って行動する。その欲求が『心地よくて、手間が発生しない』という方向に向いているから、今までは『どこにも属さない透明人間』でいられた。
でも、『
倫理とか、道徳とか、『クラスメイトだから』とかが、欲求をこらえる理由にならない。
他の人の生命や人生よりも、今、自分が快いことが大事な、野生動物みたいな、自分。
「アサギくんを『善い人』という型に嵌めて好きになろうとしたんだ。でも、必要なかったみたい。アサギくんのそばの居心地が良ければ、道徳とか倫理とか、それ以外のこととか……全部、どうでもよかったんだ」
遠回りしちゃったな、とナナミは笑った。
そして、倫理とか道徳とか、『大事だと思っていたけれど、よくよく考えてみたら、そんなに大事じゃなかったもの』を取っ払って考えてみると──
──アサギの横は、きっと、居心地がいいんだろうな、と思った。
「ヤナウエくん、ウエマツくん。ごちそうさま。ありがとう。二人を
ナナミは、ヤナウエと、ウエマツ──
──カラカラに乾いた、元は人間であっただろうミイラに向けて、両手を合わせた。
聖力。この世界に転移させられた異世界人たちは、食事も排泄もしなくなる。代わりに、聖力や呪力が生命力に直結するようになる。
精液は聖力あるいは呪力がある限り、栄養や水分を摂取しなくても出続ける。女の分泌液も、同じだ。
この世界は『ヤッてヤッてヤりまくって強くなる』世界。生命力を聖力あるいは呪力に変換された鉱山奴隷が、ダンジョンという鉱山に寝食を忘れて潜りまくるように調整されている場所。
ササイナナミはこの世界について何も知らない。
けれど存在を淫魔にされて、この世界のシステムを実感した。
聖女は淫魔に反転する。
そして……
淫魔女王が、本来は呪力側の存在であったレイナを、ナナミの魂と同期させて聖力側の存在にしたように、双子の魂は、リンクしている。
ダンジョンの最奥で淫魔が生まれたことで、ダンジョンの外に残された『苗床』もまた、その性質が反転し、『本来、異世界召喚によって成るべきだったもの』へと変貌している、が──
──ダンジョンにいる者たちは、そのことをまだ、知らない。
街に居残り
苗床 レイナ
娼婦 ニナカワ、ハナイ、女2
パーツ 男1
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総計6人
帰還組
ワタナべ、ネコイ
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総計2人
現在のクラス内役割内訳
アサギパーティ
アサギ
??枠
キサキ、テイラー、ヨドガワ
売ったやつ ハラダ、女1
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総計6人
インドウパーティ
全滅
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総計0人
ヤナウエパーティ
ナナミ
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総計1人
死亡
スドウ
インドウ、タイナカ、女2
ナイトウ、男2、女1
ナカイ、カリヤ
男2、女2
ヤナウエ、ウエマツ
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総計17人
生き残り 総計15人