※この作品はR-18です。

クラス転移したけど、クラスも世界も終わってる   作:稲荷竜

40 / 70
三人称
ワタナべ寄り
ダンジョン一階層出入り口


40話

 思えば、このダンジョンは、『いちいち戻らない』構造になっている。

 

 こういう『深く深く潜るダンジョン』には、『クリアした階層から戻れる仕掛け』があってもいいと、ワタナベは思った。

 まあ、そもそも、ここは『ゲーム』ではなく現実で、ダンジョンを鉱山と置き換えれば、そのようなサービス精神にあふれた設備、自分たちで用意するんだよと言われれば『そうですね』という感じではあるのだけれど……

 

 ともあれ、ワタナべとネコイは、歩いて、第一階層に戻ってきた。

 

 モンスターのリポップにはある程度の時間が必要なようで、アサギとみんなで片付けた帰り道には、モンスターの類はほとんどいなかった。

 ヤナウエグループにいた時に計測した結果だと、『ダンジョンの中に出現するモンスターは、一度倒されると、半日から一日ほどは補充されないんじゃないか』という可能性が示唆されていた。

 もっとも、調査は攻略と並行して行っていたし、すべてのグループが正確なデータを計上していたわけではない(今思えば、みな、ダンジョンの『攻略』にさほど懸命ではなかった)から、正確なところはわからない。

 だが、ヤナウエのグループがアサギに計測させたデータだけで見るならば、だいたい半日~一日ぐらいは補充のための時間が必要そうだという結果があった。

 

 そうして楽に戻れたわけだが、ワタナべは、ダンジョンの外に出られるとは思っていなかった。

 

 アサギが中に入った直後、入り口が『消えた』のだ。

 そのことから戻れないのではないかと思いつつ、『とにかく安全な場所で、やり過ごそう』という想いから、こうして戻ってきたわけだが……

 

「…………出入り口が、あるな」

 

 厳めしい、木とも石とも思える扉。

 全高はワタナべの身長から見ればだいたい五メートルぐらいはあるように見え、横幅は人が五人並んで通ってもまだまだ余裕がある。

 そういった『消えているんでもなければ、見失いようがない大きな出入り口』が、入った直後は確かに消えていたのに、今は、そこにある。

 

「はー。やっと出られるー」

 

 ネコイが普通に行こうとするので、ワタナべは、その襟首をつかんで止めた。

 

「くあっ、ちょ、何すんの!?」

「少し待ってくれ。……考えることがある」

「わかったけどさあ」

 

 ネコイはさっさと戻りたそうだったが、ワタナベは……

 

(危険な、感じがする)

 

 アサギが入った途端に、扉が消えたはずだった。

 ということはつまり、扉を消したやつは、アサギ突入のタイミングで、出入りができないようにした、ということのはずだ。

 

 だっていうのに、今、扉がある……

 

(俺たちが入ってからいったん消したのを、また出した? そもそも、『消す』っていうのは、『見えなくする』程度のことで、俺たちが奥に入ったタイミングで『見えなくする効果』を消した? ……扉がなくなるメカニズムがまったくわからないから、理屈で推測するのは、無理か……)

 

 ワタナべの直感は、『あまり、出たくない』と言っている。

 

 だが、だからといって、一階層とはいえ、ダンジョンで、いつ来るかもわからない『出てもよさそうなタイミング』を待つのかといえば、それもそれで、危ないし、ネコイが耐えきれなさそうではある。

 

 そもそも、この扉に何か嫌な予感を覚えているのはワタナべだけで、ネコイは普通に出て行こうとした。

 

(気のせいか?)

 

 この世界で、初めて、誰の『下』でもない位置に立っている。

 

 ヤナウエの『下』。インドウパーティにおいては、キサキという導き手の『下』。スドウを売ってからは、アサギの『下』。

 

『下』だったころにはない恐れみたいなものが、確かに自分の中に生まれているのを、ワタナべは感じていた。

 それは『慎重さ』なのか、それとも、『ただの臆病』なのか……

 

 少なくとも、あの扉を危険視する根拠はない。

 本当にただのカンだ。

 

(カン。……直感、ではない。情報は足りないけれど、足りないなりに集まっていた情報が、俺に警告を発している……)

 

 ヤナウエは冷静に数値化し、論理化し、人の心情という乱数まで含めた上で、判断をしていた。

 アサギにはそもそも知識があったようだ。それに……アサギは、恐れてはいなかった。全滅も、破滅も、恐れて、いなかった。だから、とにかくアクセルを踏み続けた。

 

 ならば、自分は。

 

 ヤナウエほど冷静に、要素を抜き出して数値化することもできない。

 アサギのように振り切っているわけでも、知識があるわけでもない。

 

 ネコイと自分の安全のために、どう判断するのか。

 ワタナベは考えて……

 

「……行こう」

 

 進むことにした。

 

 危険だ、と直感は判断している。

 だが、ダンジョンに居残るのとどちらが危険かと言われると……わからない。少なくとも、ダンジョンの中には、ワンダリング(うろつき)モンスターとして、十五階層のボスがいつ出現するかわからない、という事実がある。

 ボス部屋から出てうろついている淫魔に、ネコイは酷い目に遭わされたのだ。

 

 そういう過去も加味して、こんな場所にネコイを置いておくよりは、出た方がいいと、ワタナベは判断した。

 ……それに、この扉、いつまた消えるかわからない。そして次に消えた時は、永遠に出ない可能性もある。

 どのようなケースを想定するにせよ、ダンジョンの中より危険な場所は存在しないだろう──ワタナベは、そう考えた。

 

「やった。ダンジョンってなんかやなんだよね。薄暗いし、いつモンスター出るかわかんないし。王宮のソファが恋しい~」

「……いや、王宮に落ち着くのも、やめた方がいいと思う。見つかったらまた、ダンジョンに放り込まれかねない。なるべく隠れて、街にでも潜伏するべきだろう」

「アサギんとこ行くの?」

「……そこ以外にあればいいんだが」

 

 アサギのいた場所はアンデルセン王子には知られており、王族に『ダンジョンの外にいる』と知られれば、またダンジョンに放り込まれる危険性がある。

 が、この世界で他に行くような場所も思いつかない。……食事も睡眠もいらない身だから、ひたすら遠くへ行く、というのもアリかもしれないが──

 

(──クラスメイトを置いて、そんなに遠くまで行くことに、罪悪感がある、のか)

 

 振り切れない。

 

 罪悪感というだけではない。もしも、アサギがダンジョンを攻略して帰れるとなった場合、王都から出てしまえば、一緒に帰れるチャンスがあっても、逃すことになる。

 この世界で生きていく覚悟は決めたつもりだが、帰れるチャンスを逃してもいい、というほどには踏み切れない。

 

 ワタナベは自分の中途半端さを嗤う。

 何も捨てられない。いや、もしくは、客観的に見ればとっくに捨てているくせに、しがみつこうとしている。

 

「ワタナべー。何してんの?」

 

 ネコイが扉のすぐ前まで移動して、それに触れようとしている。

 

 ワタナベは慌てて駆け寄り、自分が先に扉に触れた。

 

 ……特に何も起こらない。

 

 剣の柄みたいなドアノブを握れば、扉はおのずと左右に開く。

 いつもの通りだ。……あまりにも、いつもの通り。

 

(気にしすぎ、か?)

 

 わだかまる不安にどうにか説明をつけたくて、考え込みながら、ワタナベはドアをくぐる。

 そうして……

 

 彼らは、踏み入ることになる。

 

『ダンジョン』と化した、王宮へ。

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