ワタナべ寄り
ダンジョン一階層出入り口
思えば、このダンジョンは、『いちいち戻らない』構造になっている。
こういう『深く深く潜るダンジョン』には、『クリアした階層から戻れる仕掛け』があってもいいと、ワタナベは思った。
まあ、そもそも、ここは『ゲーム』ではなく現実で、ダンジョンを鉱山と置き換えれば、そのようなサービス精神にあふれた設備、自分たちで用意するんだよと言われれば『そうですね』という感じではあるのだけれど……
ともあれ、ワタナべとネコイは、歩いて、第一階層に戻ってきた。
モンスターのリポップにはある程度の時間が必要なようで、アサギとみんなで片付けた帰り道には、モンスターの類はほとんどいなかった。
ヤナウエグループにいた時に計測した結果だと、『ダンジョンの中に出現するモンスターは、一度倒されると、半日から一日ほどは補充されないんじゃないか』という可能性が示唆されていた。
もっとも、調査は攻略と並行して行っていたし、すべてのグループが正確なデータを計上していたわけではない(今思えば、みな、ダンジョンの『攻略』にさほど懸命ではなかった)から、正確なところはわからない。
だが、ヤナウエのグループがアサギに計測させたデータだけで見るならば、だいたい半日~一日ぐらいは補充のための時間が必要そうだという結果があった。
そうして楽に戻れたわけだが、ワタナべは、ダンジョンの外に出られるとは思っていなかった。
アサギが中に入った直後、入り口が『消えた』のだ。
そのことから戻れないのではないかと思いつつ、『とにかく安全な場所で、やり過ごそう』という想いから、こうして戻ってきたわけだが……
「…………出入り口が、あるな」
厳めしい、木とも石とも思える扉。
全高はワタナべの身長から見ればだいたい五メートルぐらいはあるように見え、横幅は人が五人並んで通ってもまだまだ余裕がある。
そういった『消えているんでもなければ、見失いようがない大きな出入り口』が、入った直後は確かに消えていたのに、今は、そこにある。
「はー。やっと出られるー」
ネコイが普通に行こうとするので、ワタナべは、その襟首をつかんで止めた。
「くあっ、ちょ、何すんの!?」
「少し待ってくれ。……考えることがある」
「わかったけどさあ」
ネコイはさっさと戻りたそうだったが、ワタナベは……
(危険な、感じがする)
アサギが入った途端に、扉が消えたはずだった。
ということはつまり、扉を消したやつは、アサギ突入のタイミングで、出入りができないようにした、ということのはずだ。
だっていうのに、今、扉がある……
(俺たちが入ってからいったん消したのを、また出した? そもそも、『消す』っていうのは、『見えなくする』程度のことで、俺たちが奥に入ったタイミングで『見えなくする効果』を消した? ……扉がなくなるメカニズムがまったくわからないから、理屈で推測するのは、無理か……)
ワタナべの直感は、『あまり、出たくない』と言っている。
だが、だからといって、一階層とはいえ、ダンジョンで、いつ来るかもわからない『出てもよさそうなタイミング』を待つのかといえば、それもそれで、危ないし、ネコイが耐えきれなさそうではある。
そもそも、この扉に何か嫌な予感を覚えているのはワタナべだけで、ネコイは普通に出て行こうとした。
(気のせいか?)
この世界で、初めて、誰の『下』でもない位置に立っている。
ヤナウエの『下』。インドウパーティにおいては、キサキという導き手の『下』。スドウを売ってからは、アサギの『下』。
『下』だったころにはない恐れみたいなものが、確かに自分の中に生まれているのを、ワタナべは感じていた。
それは『慎重さ』なのか、それとも、『ただの臆病』なのか……
少なくとも、あの扉を危険視する根拠はない。
本当にただのカンだ。
(カン。……直感、ではない。情報は足りないけれど、足りないなりに集まっていた情報が、俺に警告を発している……)
ヤナウエは冷静に数値化し、論理化し、人の心情という乱数まで含めた上で、判断をしていた。
アサギにはそもそも知識があったようだ。それに……アサギは、恐れてはいなかった。全滅も、破滅も、恐れて、いなかった。だから、とにかくアクセルを踏み続けた。
ならば、自分は。
ヤナウエほど冷静に、要素を抜き出して数値化することもできない。
アサギのように振り切っているわけでも、知識があるわけでもない。
ネコイと自分の安全のために、どう判断するのか。
ワタナベは考えて……
「……行こう」
進むことにした。
危険だ、と直感は判断している。
だが、ダンジョンに居残るのとどちらが危険かと言われると……わからない。少なくとも、ダンジョンの中には、
ボス部屋から出てうろついている淫魔に、ネコイは酷い目に遭わされたのだ。
そういう過去も加味して、こんな場所にネコイを置いておくよりは、出た方がいいと、ワタナベは判断した。
……それに、この扉、いつまた消えるかわからない。そして次に消えた時は、永遠に出ない可能性もある。
どのようなケースを想定するにせよ、ダンジョンの中より危険な場所は存在しないだろう──ワタナベは、そう考えた。
「やった。ダンジョンってなんかやなんだよね。薄暗いし、いつモンスター出るかわかんないし。王宮のソファが恋しい~」
「……いや、王宮に落ち着くのも、やめた方がいいと思う。見つかったらまた、ダンジョンに放り込まれかねない。なるべく隠れて、街にでも潜伏するべきだろう」
「アサギんとこ行くの?」
「……そこ以外にあればいいんだが」
アサギのいた場所はアンデルセン王子には知られており、王族に『ダンジョンの外にいる』と知られれば、またダンジョンに放り込まれる危険性がある。
が、この世界で他に行くような場所も思いつかない。……食事も睡眠もいらない身だから、ひたすら遠くへ行く、というのもアリかもしれないが──
(──クラスメイトを置いて、そんなに遠くまで行くことに、罪悪感がある、のか)
振り切れない。
罪悪感というだけではない。もしも、アサギがダンジョンを攻略して帰れるとなった場合、王都から出てしまえば、一緒に帰れるチャンスがあっても、逃すことになる。
この世界で生きていく覚悟は決めたつもりだが、帰れるチャンスを逃してもいい、というほどには踏み切れない。
ワタナベは自分の中途半端さを嗤う。
何も捨てられない。いや、もしくは、客観的に見ればとっくに捨てているくせに、しがみつこうとしている。
「ワタナべー。何してんの?」
ネコイが扉のすぐ前まで移動して、それに触れようとしている。
ワタナベは慌てて駆け寄り、自分が先に扉に触れた。
……特に何も起こらない。
剣の柄みたいなドアノブを握れば、扉はおのずと左右に開く。
いつもの通りだ。……あまりにも、いつもの通り。
(気にしすぎ、か?)
わだかまる不安にどうにか説明をつけたくて、考え込みながら、ワタナベはドアをくぐる。
そうして……
彼らは、踏み入ることになる。
『ダンジョン』と化した、王宮へ。