※この作品はR-18です。

クラス転移したけど、クラスも世界も終わってる   作:稲荷竜

41 / 70
三人称
アサギパーティ、ハラダ(アサギパーティでアサギ以外の唯一の男子。柔道部)寄り
ワタナべたちが王宮へ戻ったころ


41話

「くそ、いてぇ……いてぇ……」

 

 ハラダはずきずき痛む肩が気になってたまらなかった。

 

 アサギに投げられた。たぶん、骨が折れている。投げられ方を失敗した。

 

 ハラダが肩の痛みとともに思い出すのは、アサギの『つい、こぼれた』みたいな言葉だった。

『え、受け身とらないんだ』という言葉……

 

 別に柔道部であることに誇りみたいなものはない。

 そもそも、それほど一生懸命に部活動をやっていたわけではなかったし、部活動で大会などに出た時の勝敗も、まあ、勝てるように努力はしているけれど、負けてもそれはそれで、ぐらいの、ゆるい感じだ。

 もちろん練習はたっぷり汗をかくし、へとへとになるまでやる。やるけれど、ハラダは気合とか根性とか、そういう概念が苦手だ。限界を超えたトレーニング、みたいなスポ根に乗れるほどには古い人間でもない。なので『一生懸命やるが無理はしない』という範囲でやっていた。普通に、やっていた、ということだ。

 

 だが、アサギに受け身をとらないことを指摘されたあの時……

 

 いや、あの時、ではない。

 今だ。今、思い返すと、とてつもなく恥ずかしい気持ちで、たまらなくなる。

 

「痛い……痛い……」

 

 一本背負い。右手はとられているから、左手と足で受け身をとるべきだった。

 部活動で、受け身はめちゃくちゃやらされる。安全性に直結するからだ。ハラダは基礎を面白いと感じたことはないが、それでも、先生が指導していることは、指導されたまま、逆らうことなくやる。

 だから受け身は身についているはずだった。

 

 ……それでも受け身をとれなかったのは、純粋に、アサギが速すぎたからだ。

 

「いてぇ……いてぇよ……ちくしょう……」

 

 掴みかかったのは衝動に任せてのことだったが、掴んだと同時にアサギをぶん投げるヴィジョンは、動いた瞬間には頭の中にあった。

 ……どこかでアサギのことをまだ『弱い』と思っていた。

 この異世界で使える魔法みたいなものにおいて、アサギは、強いのだろう。でも、肉弾戦で、アサギが強いイメージがまったくなかった。

 

 だから『いきなり掴みかかった』のに避けられて、しかも、逆に投げられるなんて、イメージがわかなかった。

 そして、あんな、抵抗の余地もないほどスムーズに投げられるとは、思っていなかった。

 

 だから頭が真っ白になって、受け身もとれず、右腕を掴まれて右肩から落とされるという屈辱を味わわされた。

 ……そう、屈辱だ。

 

「くそ……」

 

「ねぇハラダ、さっきからうっさいんだけど」

 

 ハラダの横を歩くのは、エグチという女子だった。

 彼女もハラダと同じく『クラスメイトを売った側』で、アサギパーティでの肩身は狭い。

 

 ハラダはエグチの顔を改めて見て、驚かされた。

 エグチは背が高く、細く、髪が短い、男みたいな感じの女子だ。さっぱりした印象で、いつも微笑を浮かべている。

 バスケ部なのもあって、爽やかなスポーツマン的な印象の女子……

 

 だが、今、このダンジョンの暗闇の中で見たエグチは……

 

(……こいつ、こんな、卑屈で、卑怯そうな目つきしたやつだったか?)

 

 クラスメイトを売った。

 売られた女子は娼婦として地上で働かされている。

 

 その事実を知った上で見るエグチは、爽やかさなんかどこにもない、ただ、自分より下のやつを注意深く探し続けて、どうにか自分が被害に遭わないようにと盾を求めている、陰湿で卑怯そうな目つきをした、のっぽ女だった。

 

 背後を歩くアサギたちを意識しているのか、エグチはささやくように、ワタナベに話しかけて来る。

 

「ハラダさあ、馬鹿なんじゃないの。アサギに逆らうなんて……これでアンタ、目、つけられたよね。あーあ、かわいそ」

 

 エグチの物言いは、ムカつきと、哀れみが、同時に感じられるものだった。

 

 今、『売った側』でアサギパーティに残っているのは、エグチとハラダの二人。

 エグチがこんなふうにハラダを哀れむように言うのは、その二人の中で、マウントをとろうとしているのだ。

 

 こんなに虚しいマウント取りがあるだろうか?

 

 そういえばエグチは、爽やかそうな顔で、穏やかそうな口調で、何かを哀れんでみせたり、何かより優れたものがあると発言をかぶせてみたりという、マウント行為ばっかりのやつだったな、なんてことを、ハラダは思い出していた。

 

 エグチは何かを言っている。

 それはハラダの判断ミスと、ハラダの投げられたことへの非難、そしてアサギに逆らうことがいかに愚かで、自分はそういう馬鹿なことはしない、というマウントだった。

 

 ハラダは、その様子を見て、急に恥ずかしさに襲われた。

 

 観測者羞恥──いや、共感性羞恥、なのだろうか。

 こんな状況で、たった二人しかいない『売った側』の中で、それでもマウントをとろうとする。この二人の中でマウントをとれれば、少なくとも『次の被害者』に自分はならない。そう信じているかのような、この態度。

 

 心の弱さを感じた。

 必死だな、という言葉が漏れかけて、やめた。

 

 必死なのは別にいい。だが、必死さが間違えている。

 今、生き残るためにできることは、アサギパーティ内でのヒエラルキーが低い自分(ハラダ)と協力して、どうにかこのパーティ内で生存確率を上げようと、コンビネーションの相談でもする、ということぐらいだろうに。

 

 だというのになぜか、ハラダを挑発し、マウントをとり、『こんなやつと、絶対に協力なんかしてやるもんか』『もしも命の危機に陥ったら、こいつを敵の前にぶん投げてでも生き残ってやる』と思わせるようなことばかりしている。

 

(……こんな、馬鹿なのか。……こんな、馬鹿だったのか、俺も)

 

 やっていることは違うものの、この状況で『実際の生命』よりも『安心』を優先して行動してしまっているあたりは、アサギに『助け合いだろ!』と言い放った時の自分を想起させた。

 

 助け合い。

 どの口で言うのか。

 売ったくせに。ヤナウエを捨てたくせに。

 何もできないくせに。何も持っていないくせに。

 

 何も持っていないくせに──自分が真横の相手より優れているという妄想の中で、安心したがっている、心の弱さ。

 

(今、『何かを持ってるぶってる』だけじゃあ、どうにもならない状況になってる。……元の世界にいた時は、『ぶってる』だけでもよかった。でも、今、実際に、持ってるものが問われてる状況で、『ぶってる』だけで偉そうにするのは、ただの馬鹿だ……)

 

 アサギに『受け身とらないんだ』と言われたことを思い出すにつけ、ムカついて、恥ずかしくて、たまらなくなった。

 それは『ぶってる』だけであることが看破されたのを理解したからだ。腕っぷしはある──という妄想をよりどころにしていたのに、あっさりと、その腕っぷしさえ『ない』と示された。その現実を受け入れられなかったからだ。

 

 だからハラダは、変わる必要性を覚えた。

 

 必要性を覚えて、

 

(……………………え? 今から、どうやって、『何か』を身に着けたらいいんだ?)

 

 それがもう不可能であることに、気付いてしまった。

 

 変わるタイミングはあった。

 でも、そのタイミングで、変わるべきだということに気付けなかった。

 

 そうしたらもう、取り返しのつかないタイミングだった。

 

 遅すぎた。どうにもならない。なんで、今なんだろう。なんで、気付けるやつは、早くに必要性に気付けるんだろう。

 思えば今までずっとこうだった気がする。周囲のやつは、変わるべき時をなんだか見抜いていて、その時に、自分を叱咤して変わろうという努力を始めることができる。

 でも、自分はできない。変われない。何かを身につけなければ道が閉ざされるという状況に陥って初めて、『ああ、もう遅いんだ』と気付かされる。

 

 たぶん、元の世界にいた時も、そうだった。

 

 ただ、元の世界にいた時には、『まあ、いいか』で済ませていた。だって、死なないし。変化しなくても選べる道だって、たくさんあるし。だから、なんだかんだ、『変わらなきゃいけない』というのに気付いても、気付かなかったことにしていた。

 

 今、気付かなかったことにできない状況に追い込まれて──

 

 ──ようやく、自分が、どうしようもないことを、思い知らされた。

 

「ねえちょっとハラダ、聞いてんの?」

 

 なぜかニヤニヤしている横の女を見る。

 この状況でどうしてこんな顔ができるのか、わからない。

 きっと脳直でなんらかのマウントをとっていて、ハラダが反応しないから──あるいは『変わる必要性があるのに、もう遅い』という事実に気付いて青い顔をしたから、自分のマウントが()()()()と思い込んで、ニヤついているんだろう。

 

 だからこそわからない。

 

 ハラダはつい、言ってしまう。

 

「エグチ、お前、いつまで妄想の中に生きてんだ?」

「…………は?」

「いや……」

 

 うまく言えなかったし、言ってやる気力もなかった。

 それに、言ったところで意味もないだろうなと思った。

 

 ここから先。

 

 あの下半身が蜘蛛のような強いモンスターが出たら、自分たちは死ぬ。

 そもそもエグチと二人ではどうしようもない上に、エグチはこちらにマウントをとることに夢中で、協力しようという気持ちさえ見当たらない。

 

 そしてアサギたちは、こちらを守る意思はない。

 むしろこうして先を歩かせて、不意の遭遇の時の生贄にしようとしている。

 命の危機に陥っても、助けてくれない。こちらが相手に提供できる『価値』がない限り、薬ももらえない。

 

 そして、ハラダには、アサギに提供できる『価値』がない。

 

(……なんだこれ。詰んでる……いつだ? いつから、詰んでた? いつ、『変わる』ことができたら、よかった?)

 

 考えた結果、ハラダは、事実に気付いた。

 

(……あ、そうなのか。この世界に来てすぐに努力すれば──とか。ワタナべより先にアサギについてれば──とか。そうじゃない、そうじゃないんだ。俺は、この世界に来た時点でもう、どうしようもなかったんだ)

 

 いくら選択肢があっても、当人が気付けなければ、選びようがない。

 そうして人生というのは、そういうことの連続だ。ハラダは今までもきっと、たくさんの選択肢を見過ごしてきた。そうして見過ごしたすべてが、ハラダの人生を袋小路に追いやっていた。

 

 たぶん、異世界に来なければ、ゆっくり死ねたことだろう。

 だが、異世界に来たせいで、今まで『選べなかったこと』が急激に作用して、すぐに、死ぬだろうことがわかる。

 

「……はっ、ははは……」

 

 ハラダは笑った。

 笑うしかなかった。

 

 ……あるいは、ここで『笑う』という選択ができたおかげで……

 

 ハラダは笑って死ねたと、そういうことに、なるのだろう。

 

 彼は天井から降ってきた『何か』に丸のみにされてこの世から完全に消え失せた。

 笑ったまま──彼は、詰んだ。




街に居残り
苗床 レイナ
娼婦 ニナカワ、ハナイ、女2
パーツ 男1
──────────────
          総計6人

帰還組
ワタナべ、ネコイ
──────────────
          総計2人

現在のクラス内役割内訳
アサギパーティ
アサギ
??枠
キサキ、テイラー、ヨドガワ
売ったやつ エグチ
──────────────
          総計5人

インドウパーティ
全滅
──────────────
          総計0人

ヤナウエパーティ
ナナミ
──────────────
          総計1人

死亡
スドウ
インドウ、タイナカ、女2
ナイトウ、男2、女1
ナカイ、カリヤ
男2、女2
ヤナウエ、ウエマツ
ハラダ
──────────────
         総計18人

生き残り     総計14人
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。