ハラダが丸呑みされた直後
「ねえ! アサギ! ちょっと! なんで見てんの!? 一人でこんなのの相手できるわけないんだけど!? 馬鹿なんじゃないの!? ねえ! ねえ!」
「あいつの名前なんだっけ」
「エグチ」
「おいっ! 何話してんだよ! キサキ! いいから助けろって! ねえってば!」
「僕は止めないから、助けに行きたいなら行ってもいいよ」
「別にいい」
「キサキ! ヨド! ……アイラ! アイラってば! なんでこっち見て笑ってんだよてめぇ!」
エグチが対応している相手は、二十階層のボスだった。
本当にもう、ボスがボスの部屋にいないんだな。
この事態は『ゲームにおいても、主人公たちが生贄としてダンジョンに閉じ込められる事態になったらそうだ』──というものではない、はずだ。
ゲームでも主人公たちは、ある程度攻略が進むとダンジョンに閉じ込められる。
けれど、ボスがワンダリングモンスター化したという話はなかった。
ということは、何かイレギュラーが起きてるのか。
それとも、この世界はあくまでもこの世界、僕のしていたゲームは、あくまでもゲーム、ということで、『本来、この世界ではこう』なのか。
……まあ、今までさんざん、ゲームを手本にやってきてなんの問題もなかったんだから、『今、何かおかしなことが起きている』と考えるべきだろうな。
「アイラ! ごめんって! ハシグチのことは謝るから!」
「そういえばテイラーさんはハシグチさんと仲が良かったんだっけ?」
「はい。マコちゃんとは幼馴染です。小さいころ、イギリスから来た時、マコちゃんに仲良くしてもらいました」
「ああ、そうなんだ」
「なんでアサギとは普通に会話してんだよ! こっちは無視するくせに!」
エグチは前衛のスタンダードな『剣使い』だ。
ああやって文句を言いながらもかなり応戦している。
対処している相手は、二十階層ボスモンスター。
見た目はイソギンチャクに近いかな。かなりの数の細い触手を備えた肉の筒、みたいな感じのやつで、さっき、ハラダが『肉の筒』の部分に丸呑みにされた。
もこもこ動きながら触手でエグチを襲っている。かなり速いように見えるけど、エグチもなかなかやる。剣一本でよく対応できてる。
でもあれ、本体が動かないからだよな。
どうにも外側から『輪郭』が見える──丸呑みにされたハラダの輪郭が見える。
たぶん今、『喰ってる最中』で、本体が動けず、細い触手で攻撃するしかない、みたいな状態らしい。
なるほどゲーム中でも丸呑み攻撃はあった。
あの触手の塊みたいなボスモンスター……
そして本体が丸呑みを成功させたあと、しばらく、本体は行動しなくなる。
どうにもその仕様が現実でも生きているようで、あいつは
「命惜しさにアサギの女になりやがって! クソビッチども! 腰振ってるだけで生かしてもらえるんだから楽なもんだよな!」
「すごいな、戦いに集中した方が絶対にいいと思うんだけど、しゃべりながら頑張る」
「エグチさんは運動神経いいですから」
アイラ・テイラーはにこにこ笑いながら、クラスメイトの必死のあがきを見ている。
そこには『親友を売られた恨み』みたいなものが、ちょっと滲んでいるようにも思えた。
テイラーは金髪碧眼の帰国子女、ということになるのか、一応。
父親が日本人らしいという話をどこかでされた気がする。
容姿は、たぶん美人なんだろう。少なくとも、スタイルはすごくいい。
背が高くて腰の位置も高くて、手足も長いモデルのようなスタイルだった。肌も、白い。本当にびっくりするぐらいの白さだった。この手の人たちって、『白磁のよう』っていうよりも、『紙のよう』に白いんだな、と一種の感動みたいなものを覚えた記憶がある。
スタイルは後衛で『壁使い』。
不可視の障壁を発生させて攻撃や防御をする──のだが、かなり燃費が悪くて、パーティ内ではハズレチート扱いされていたようだ。
テイラーは性格が穏やかで見た目がいいせいか、それでもパーティ内で居場所を失わず、一生懸命に、燃費の悪い障壁魔法で頑張っていたようだが……
まあ、売られた。
僕がテイラーを育成した理由は二つあって、一つは『壁使い』というのがゲームにもあり、それが『消費MPは重いが、そこを解決できれば強い』チートだと知っていたから。
もう一つは、この世界の人が金髪碧眼が多いので、テイラーの見た目だと娼婦需要があまりない……物珍しさ、プレミア感がなく、売りにくいよ、と
まあ確かに、この世界の異世界転移者人気は『オリエンタルな見た目』が結構な割合で理由を占めるので、さもありなんという感じだ。
……まあわかってたことではあるんだけど、僕ら以前にも、城の外で売られた異世界転移者はいるみたいなんだよな。
エロゲーなので娼婦で稼ぐということは可能だったわけで、僕も自然と受け入れていたけれど、普通に考えて、『異世界から呼び出した、救世主扱いをしている異世界人』が、『普通に娼婦として売られたことがある』っていうのは、この世界の異世界転移者の扱いを知る上で、かなり大きな情報ではある。
まあ僕は最初からゲームでネタバレされていたわけだけれど。ゲームとそんなにブレてないことと、僕ら以前にもかなりの異世界転移者がいて、それが娼婦として売られている『伝統』みたいなものがあったことなんかが窺えて、なんだかなあ、という感じだ。
その割に『異世界転移者の子孫』みたいなものがいない。
なのでまあ、僕らはこの世界の人を孕ませたり、この世界の人から孕まされたりはしないんだろうな、というのが一つ。
そして、王宮か淫魔女王が、なんらかの手段で『どこにいようとも異世界転移者をダンジョンの内部に転移させる手段を持っている』というのが一つ。このあたりがわかる。
「ちょっと! ねえってば!」
ぼんやり考えこんでいる間もエグチは頑張っていて、ぼんやり見ている僕らに恨みがましい声を向けていた。
「人に物頼む態度じゃないよねえ」
「ですね」
テイラーがにこにこしながら返事をする。
僕はちょっと気になって、聞いてみることにした。
「そういえばテイラーさん、エグチさんも言ってたけど、ハシグチさんを娼婦にしたことについて、僕に対する恨みはないの?」
「アサギくんに恨み? ないですよ! だって、私、マコちゃんのこと売ろうと思ってましたし。マコちゃんも、私のこと売ろうとしてたと思います!」
「……そうなんだ」
「エグチさんに先を越されちゃって、私も捕まって売られちゃいましたけどね」
「そういう状況を引き起こした僕に対しての恨みはないのかな」
「ありません! え、なんでアサギくん、恨むですか?」
「どうだろう。僕は割と恨まれることを、恨まれるようにやったつもりでいるから。逆に『なんで恨むのか』と問われると困るな。僕は、君たち三人も含めて、他の全員に報復されるようなことをした覚えがあるぐらいだよ。逆にどうして、僕を恨まないんだか、聞いてもいい?」
「おい! 雑談してないで助けろって!」
「マコちゃんは、私のものだから」
「…………はい?」
「私たち、仲良しです。私たち、約束してました。この世界に来た時、何かあったら、互いを犠牲にしてでも生き延びようって。悪いことばっかりだけど、えーっとEvery cloud has a silver……『雲には必ず銀の裏地がある』と言いますから」
「『雨降って、地固まる』……じゃないか。ええと、『吉凶
「きっとそうかもしれません!」
「ねぇ! ごめん! 謝る! 謝るから助けて!」
「私とマコちゃん、片方が死んでも、もう片方は絶対生きようって思ってました! でも、両方生きてるし、私、強いです。アサギくんのお陰です! ありがたく思っています!」
「お礼を言われると調子が狂うな」
テイラーとハシグチ。
……こいつらもまあ、ワタナべと同じ枠だ。こいつらにとって僕は背景であり、不幸を肩代わりしてくれる形代みたいなもの、だったんだろう。
目立つという意味では、テイラーもかなり目立つやつだからな。
それにハシグチも気が強い方ではない。実際、思い返してみれば、レイナが『おい、ハシグチ』と小間使いみたいに、僕に頼めないようなことをハシグチに頼んでいた様子を思い出せる。
だからといって仲間意識は全然ないが、こいつら……キサキ、ヨドガワ、そしてテイラーへの報復についてはもう、『呪いの力で強制レベリング』の時点で、かなり達成されてしまっているような感覚が、確かにある。
……そうだ、僕はわかりやすく、こいつらを持て余している。
クラスメイトには怒りや憎悪以外にどんな感情を抱いていいかわからない僕は、こうして普通に接されたり、お礼を言われたりすると、戸惑ってしまうようだった。
すごいな、僕はまだ、壊れてない。
だってこの反応、本当に、驚くほど『まとも』じゃないか。
希望が見えてきた。
もはや何も楽しくないんじゃないか、この先の人生に楽しいことなんかないんじゃないか──そう思っていたけれど、それは一時的な状態で、実はもう少し時間が経てば、僕も人並みの楽しみ、みたいなものを覚えられるのかもしれないという、希望だ。
『まあ、なんとなく、元の世界に帰る方向で行動するかな。報復の対象を、学校そのものとか、社会とかにまで広げてみたら、楽しく感じられるかもしれないし』という程度の方針で行動していたけれど、それは結果的に正解なのかもしれない。
今改めて、『元の世界に帰ったら』という未来が、なんだか楽しいもののように思える。
「無事にダンジョンを攻略した時、まだハシグチが生きてたら、元の世界に連れて帰ってみるか」
テイラーの言葉が全部嘘で、僕への恨みを隠しており、ハシグチの無事が確保できたら、報復を狙ってくる──という可能性を加味してみても、楽しいなと感じられる。
僕はやはり、壊れてなんかいなかった。
……そう思ってしまうと、少しだけ恥ずかしい。中二病だ。壊れている、なんて。そんな妄想に取りつかれてしまっていた時期に、羞恥心を覚える──
「……ああ、静かになってたな、そういえば」
──すっかり耳障りなSEが止んでいたので視線を移せば、ハラダを『消化』し終えたランドローパーが、エグチを本体の中に呑み込んでいた。
エグチの輪郭がランドローパーの本体の中に見える。
まだ何か抵抗しているようだが……
「キサキさん、今なら簡単に斬れると思う。中身ごとやってもらうけど、いける?」
「わかった」
キサキが、エグチを消化中のランドローパーに接近していく。
僕はデバフで防御力を下げて、キサキの攻撃を補助した。
一閃。
中身もろともランドローパーは上下に両断され、死んだ。
「お疲れ様。……うん、今、改めて、思うよ。僕は……帰ってみたい。元の世界に。ヤナウエがまだ生きてるかはわからないけど、あいつらがいない状況なら、僕はもしかしたら、『普通の学校生活』を送れる可能性もある……」
報復対象を広げてみたら、面白いことがあるかもしれない。そう思っている。
だが同時に、今のこの、『まとも』になった心でなら、元の世界で、普通に生きることができるんじゃないかと、そういうことも、感じ始めている。
いじめられていた期間、僕は、普通に生きることができなかった。
その状態に慣らされ過ぎて心が死んでいたけれど、この世界で色々あって、僕はようやく、『普通』になれる──そんな希望も、見え始めた。
だから今改めて、強い意思を以て、『元の世界に帰る』という目標を打ち立てよう。
「あ、エグチの剣は回収していこう。キサキさんの予備の武器になるかもしれないから」
……入学前、まだ未来を知らなかったころ、そういえば、こんな気持ちだった気がする。
新しい学校生活に対する不安と、それから、期待。わくわくする、とは少しだけ違う気もするんだけれど、まあ、なんていうのか……悪い気分じゃなかった、気がする。
普通の学校生活。
僕に縁がないと思っていたものが、そこにあるように感じられて、なんとも不思議な気持ちだ。
エグチの鎧はいいか。ここに捨てていこう。
二十五階層、二十階層のボスは倒した。十五階層のボスはまだ出会っていないから、もしかしたら部屋で待っているのかもしれない。
それに、クラス全員が『強制的に』ダンジョン内に来させられているなら、行方不明のヤナウエやウエマツ、ナナミさんも、中にいるだろう。
……いよいよ、大詰めだ。
ダンジョンが終わってもすぐに元の世界に戻れるわけではない。
でも、これが終わった後、女神を倒して元の世界に戻るのは、そう難しいことでもないような感触がある。
……今、初めて。
僕は、楽しんで、ダンジョン攻略をできそうだ。
未来に希望があるって、本当に、素晴らしいことだったんだな。
街に居残り
苗床 レイナ
娼婦 ニナカワ、ハナイ、女2
パーツ 男1
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総計6人
帰還組
ワタナべ、ネコイ
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総計2人
現在のクラス内役割内訳
アサギパーティ
アサギ
??枠
キサキ、テイラー、ヨドガワ
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総計4人
インドウパーティ
全滅
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総計0人
ヤナウエパーティ
ナナミ
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総計1人
死亡
スドウ
インドウ、タイナカ、女2
ナイトウ、男2、女1
ナカイ、カリヤ
男2、女2
ヤナウエ、ウエマツ
ハラダ、エグチ
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総計19人
生き残り 総計13人