※この作品はR-18です。

クラス転移したけど、クラスも世界も終わってる   作:稲荷竜

43 / 70
三人称
キサキ(主人公が調教したうち一人)寄り
キサキの過去回想(元の世界での学校生活)から


43話

 キサキコウは思い出す。

 

「かっこいい」

 

 たぶん、ネコイに最初に言われた言葉がこうだったと思う。

 

 ネコイとは小学生のころからの付き合いだ。

 一年生か二年生のころ、クラス合同の体育で、唐突にこう言われたのが始まりだった。

 

 キサキは最初、戸惑った。

 幼い時だから仕方ないのはあるものの、ネコイの発言はいつでもこうやって唐突で、それから、相手との関係性を考慮しないものだった。

 

 思ったことを素直にそのまま言う──という表現だと、まあ、美点なのだけれど、『無遠慮』で『直情的』、いわゆる『脳味噌直通』みたいな発言が多くて、見ていてかなり危なっかしいやつだった。

 運動もできない、勉強もできない、言うことが『直通』すぎて人を不機嫌にすることも多い。

 

 そういうネコイを見捨てられなくて、気付けばキサキは、ネコイの保護者みたいな立ち回りをすることが増えていた。

 

 キサキの身長がぐんぐん伸びていく中、ネコイは小さいままだった。

 精神の成熟度合いがそのまま身長に表れているようだ、みたいなことを誰かに言われた気がする。たぶん、今はもう違う学校に行った誰かの兄か姉だった気がする。

 

 実際はどうだっただろうか。

 

 キサキは自分のことを『大人びている』みたいに思ったことはない。

 見た目は──まあ大人びているというか、老けている、というか。そういうのが少し悩みだった。背は高いし、かわいらしさ、みたいなものがないし。表情だっていつも憮然としているのに悩んでいる。うまく笑えたらいいんだけれど、どうやって『普通のかわいい顔』をしていいかわからない。なんとなく、恥ずかしくて。

 

 腕を組んで立っているので、『番人』みたいに呼ばれることもあった。

 

 でも腕を組んでいるのは自信のなさの表れとか、怯えてる内心の表れ、みたいな話を聞いた気がする。

 

 キサキ個人としては、『番人』みたいな強そうな言葉よりも、『怯えてる』という表現の方が、自分の実情に合っている気がしていた。

 

 大人びた見た目で、高い身長で、憮然とした表情で、腕を組んで、小さなネコイの傍に立つ『番人』。

 しかし内面は、怯えていて、自信がなくて、どんな顔をしていいかわからないからいつもむっつり怒ったような顔しかできなくて、感情を素直に表情に表すのがなんだか恥ずかしいと思っている。

 

 それがキサキコウという人間の、外から見る姿と、中から見る姿だった。

 

 

 ネコイとの関係はずっと続いた。

 離れたいともそばにいたいとも思っていなかった気がする。うざったいでしょ、と言われたことはある。でも、そう思ったこともない。

 

 幼いころからずっと一緒だったから、そういうことを考えたことがなかった。

 ただ、なんとなく、ネコイに近付く男は威嚇していた。あの小さくて、ちょっとアホで、思ったこと全部言葉と顔に出るネコイが悪い男に捕まらないようにするのが、自分の使命みたいに思っていた気はする。

 

 ナイト気取りかよ、と自分で自分を嗤ってしまう。

 

 別に女の子が好き、ということはなかった。でも、好きな男もいなかった。ようするに、ナイトごっこ以外にやることがなくて、自分を定義できるようなロールがなかった。

 役割がないというのは不安で寂しいものだ。ネコイのそばにいない自分は本当に『何』でもなくて、一人で休日を過ごしている時なんか、部活動もないし、趣味もないし、ネコイ伝手ではない友達もいないしで、ずっと家でスマホをいじっている。

 だからきっと、自分のアイデンティティを失うのが怖くて、ネコイのそばにずっといたんだろう。

 

 異世界転移した。

 

 混乱したけど、ちょっとだけ、期待もしていた。

 

 この世界だと、自分は『何者か』になれる。そう思えた。ネコイのそばでしか自分自身が何者なのかわからないナイト様じゃなくって、ネコイとは関係なく、何かのアイデンティティが得られると、少し期待した。

 

 剣士。

 どうやらそれが女神の加護で、キサキはそのロールを気に入ったし、ホッとした。

 ナイト様気取りでネコイの傍にいた自分が、ナイトとか騎士とかの、誰かを守る力を得なかった。そのことに、安心した。

 女神の加護──ようするに、神様にまで、『お前のアイデンティティは、ネコイの傍でしか存在しないよ』と言われなかったことに、ホッとした。

 

 ダンジョン攻略は──楽しいとは思わなかった。

 

 生き物を殺すのは、嫌だ。

 キサキは都会で生まれて都会で育った。ナイト気取りとか自分では思うし、『番人』なんて呼ばれたこともあるけど、本当は虫も苦手だ。生魚を下ろしたこともない。

 すでにバラされてパックに詰めて売られている肉はまあ平気だけど、それでも触るのは少し苦手だし、これを生きたままの状態から捌けと言われたら、困ってしまうし、もしかしたら泣いてしまうかもしれない。

 

 それでも元の世界に帰るため、と思って剣士として戦い続けた。

 

 そうしたら、クラスが変な感じになってきた。

 

 アサギの追放が、始まりだったと思う。

 

 攻略は行き詰まった。戦いは、『嫌だな』から『苦しい、辛い』というものに変わり始めた。

 

 剣士という才能を授かって、剣士が自分のアイデンティティだと思ったから、頑張った。

 でもだんだん、『なんで、こんなことをやらされなきゃいけないんだろう』という気持ちがふくらんでいった。

 

 ようするに、キサキコウは、何もしたくなかった。

 何かを始めるのが、辛かった。どうしていいか、わからなかった。

 

 それでもアイデンティティは欲しかった。自分が何者かわからないのは、不安だったから。

 

 だから、自然と周囲が『そう』扱ったものを──ネコイの番人を、自分のアイデンティティとして維持していた。

 ようするきキサキコウという人間の本質は、『何もしないで、何者かになりたい』という、とても怠惰なものだと、異世界で気付かされたということ。

 

 最初は嫌だけど充足を感じていた剣士のロールが辛くなってきた。

 そして……ネコイを守るナイト様、『番人』も、どんどん、辛いものになってきた。

 

 ネコイは頭で思い浮かんだことをすぐ口に出す。

 普段は容姿が幼いのもあって見逃されているけれど、クラスがピリついてる状況だと、その特徴が人を苛立たせる。

 

 キサキだって、ネコイの考えのなさにイラつくことも増えた。

 ……それでもパーティ内では『まあまあ、ネコイだし』で済ませることもできた。でも、他のパーティのヤツに対してネコイが『いつもの感じ』で何かを言うと、キサキは凄まじいストレスを感じて、何度か本気でネコイにキレかけたことがある。

 

 キレずに済んだのは、ワタナべやインドウが、ネコイの『いつもの感じ』について、一緒に悩んで、フォローしてくれたからだと思う。

 

 ……思えば、ネコイはインドウパーティの『姫』だったのかもしれない。

 

 情けないところがあるカリヤでさえ、ネコイが敵──他のパーティのやつとか、モンスターとかに危険な目に遭わされそうになると、前に出て守った。

 

 ……でもそれも、本当の強敵に出会うまでだった。

 

 淫魔に出会って、逃げた。

 本能的な恐怖を感じた。モンスターを相手には感じなかった恐怖だ。見た瞬間、『あ、ダメだ』と悟ってしまう、そういう恐怖。

 たとえば熊とかに不意に遭遇したら、『逃げるしかない』と誰でもわかるだろう。そういう気持ちに襲われて、気付けば逃げ出していた。『逃げろ!』と叫んだワタナべとインドウは、本当に立派だったと思う。キサキは、叫ぶことさえできなかった。

 

 そして、一番足の遅いネコイが、淫魔に捕まった。

 

 そこから色々なものが壊れた気がする。

 

 ネコイは発見された。

 それから、アサギに治療された。

 

 そして笑わなくなった。

 卑屈にへらへらすることはある。でも、あのネコイが、『自分を置いて逃げたやつら』を、感情のおもむくままに責めたりせず、黙って、こちらをじっと、無表情で見ることが増えた。

 

 ……ほんの数日、いや、実際に、ネコイが『黙ってこっちを無表情で見た』時間は、合計したら、数時間もなかったかもしれない。

 でも、ネコイにそうやって見られるたび、居心地が悪かった。罪悪感を刺激された。

 アイデンティティを失ったような不安にかられた。

 

 だから、ネコイに罠にはめられてアサギに売られることになった時、少しだけ安心した。

 

 まだ自分のアイデンティティは失われていない。自分はネコイを守るための『何か』という役割を負っている。自分が何者かを見失わないで済む──

 ──これから先の運命を思えば馬鹿な考えなのはわかっている。でも、これから先の運命なんていうよくわからないものよりも、『今、自分が、何者でもなくなること』の方が、ずっと怖かった。

 

 そしてキサキは、アサギに壊された。

 

「お前はネコイに売られたんだ。どういう気持ちなのかな」

 

 それは嘲弄する様子ではなくて、ただただ、感想を知りたい、人の中身を知りたいというだけの、研究者みたいな声音だった。

 

 でも、やけに心の底に入り込んでくる声だった──酷い快楽漬けにされて、息もできないぐらいに、頭が壊れるぐらいにイかされ続けていたせいで、そう思ってしまったのかもしれない。

 

「僕は友情みたいなものが、よくわからない。『友達』ってお前たちが呼んでいる関係について、全然、わからないんだ。『友達に定義を求めるやつは、友達を作ることができない』──なんていう発言をどこかで見たっけ。実際にそうだと思う。僕は、お前たちが自然に理解していることが全然理解できないし、お前たちが無意識に『ある』前提で生きているものが、なぜ『ある』と言えるのか、さっぱりわからないんだよ」

 

 アサギの声は吐き捨てるようだった。

 でもそれはなぜだか、幼い子供の泣き声みたいに、キサキには響いた。

 

 ……そう思いたかっただけ、かもしれない。

 もしかしたら、アサギがしている何かが作用して、アサギを悪く思えないようにされているのかもしれないとも、思った。

 でも……

 

 ネコイを置き去りにして、ネコイに売られた。

 それでキサキはもう、ネコイの『番人』に戻れないと思ってしまった。唯一のアイデンティティを失ってしまった。自分が何者かを定義できなくなってしまった。

 

 自分が何者かを定義するのは、そんなにも重要か?

 ……わからない。もしかしたら、重要じゃないのかもしれない。でも、人生の中で、自分が何者かを言えない時間というのがなかったキサキにとって、『何者かを言えない』という状態は、酷く不安だった。

 

 成長の中で、『別に、思うほど、自分が何者かを定義するって、重要でもなかったな』と思う日も来るのかもしれない。

 

 でも、今、この異世界で、アイデンティティを失ったあと、『やっぱり、自分が何者かを定義することは、重要だった』という結果になってしまったら……

 

 生き残れない。

 

 キサキは、生き残りたい自分に気付いた。

 

 当たり前のこと、なのかもしれない。死にたい人なんか、普通、いないのかもしれない。

 でも、自分がここまで『生き残ること』を大事に考えているのは、驚きだった。

 

 だからキサキは生き残るために、新しいアイデンティティを求めた。

 

 でも、新しく何かを始めることはできないし、今さらネコイの『番人』にも戻れない。

 だから……

 

 新しい誰かの番人になろう。

 アサギがいい。

 

 ……たぶん、キサキコウは壊れてしまったんだろう。

 何かをされて、アサギをどうしても『自分の中の重要な位置』に置くように、思考を誘導されてしまっているのかもしれない。

 

 ある程度客観的に、そう判断できる。

 でも、その状況に乗っかるのが、一番、『自分自身』を見失わないで済むと、キサキは結論付けた。

 

 だからキサキは、アサギの番人になることにした。

 

「キサキ、お前は『成功』した。かなり強くなったみたいだよ」

 

 アサギは何かを見て判断している。

 その基準は、キサキからすると、よくわからない。

 

「どうする? 強くなったお前は、何をしたい? お前にずいぶん酷いことをした僕をとりあえず斬り捨ててみる? それとも、お前を売ったネコイやワタナべに報復する? あるいは──独力でか、仲間を集めてか、元の世界に戻るために、ダンジョンに潜る? なんでもいいよ。僕は本当に、なんでもいいんだ。どうなろうと構わない。何が楽しいかももうわからないし、命も別に、惜しくない。お前というランダム要素が何かをしてくれるなら、それでいいんだよ」

 

 キサキは、アサギにこう答えた。

 

「……なんでもいいなら、私の生きる理由になって」

 

 その答えはアサギにとって意外だったらしい。

 彼は驚いたあと、楽し気に笑った。

 

「約束はしない。僕はお前に何もしないよ。お前が僕に何もしなかったように──まあ、すでに『改造』したあとで言うには、少しおかしいかもしれないけどね」

「いい。……いつも、そうだったし。ネコイだって、別に、私に『守って』とか、言わなかった。そうするのが当然みたいに、私がすることを受け入れてただけ。だから、アサギも、そうやって受け入れるだけでいい」

「もしかしたらこのクラスに、歪んでないやつはいないのかもしれないね。……いや、『元の世界』では一生直面せずに済む『歪み』が、異世界だと、掘り起こされる──ああ、そっか、そっか、なるほど」

 

 アサギは肩を揺らして笑う。

 しばらく、その笑いは続いた。続いて、アサギは、キサキを見て、言葉を続けた。

 

「『死』に直面すると、本性が出るのか。お前たちは、元の世界で、本性を出さずに生きていけたんだね」

 

 キサキは、アサギの中に幼さを見た。

 危うい子供の姿を見た。

 泣いている幼子の姿を見た。

 僻んでいる幼児を見た。

 他人が当たり前に得ている何かを遠くから眺めて、それを得られない現実を小馬鹿にしたように嗤うしかない、力のない、ひねくれ者の心を、見た。

 

 それは母性本能のようなものだったのかもしれない。

 あるいは、ネコイの危うさを放っておけなかった、キサキの『本性』が、こうして顕在化したのかもしれない。

 

 ともかくキサキは、アサギを放っておけないと思ってしまった。

 

 かつて、ネコイにそう思ったように。

 

 だから、キサキは安心した。

 

「私は、アサギの味方でいるから」

「勝手にするといい。僕は、止めない」

 

 自分は、このアサギを守る剣。

 二度と損じない。二度と見捨てない──ネコイにしてしまったようなことをして、アイデンティティの喪失を、もう、しない。

 アイデンティティはこうして更新された。

 

 キサキコウは役割(ロール)を得た。

 それはとても、安心できるものだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。