※この作品はR-18です。

クラス転移したけど、クラスも世界も終わってる   作:稲荷竜

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三人称
ワタナべ寄り
地上・王宮


45話

 王宮に戻った時、その様子が一変していた。

 その時点でワタナべはダンジョンに戻ろうかと思った。『宮殿だと思っていた場所が、肉色の迷宮になっています』だなんてイレギュラーもいいところだからだ。

 

 だが、それはできなかった。

 ワタナべたちが出た途端、ダンジョンとつながる扉は消えていた──

 

(いや、たぶんこれは……扉が消えたんじゃない。今、この一瞬で、内部構造が変わったんだ)

 

 扉に続くはずの道が、急にぐにゃりと曲がったか何か、したのだろう。

 ほんの一歩歩く前まではなかった『横道』が急にそこに出現している。

 

「ワタナべ……」

「大丈夫だ」

 

 ネコイの不安そうな声にほとんど反射的に答えて、ワタナべはなんだかおかしくなった。

 完全に嘘だ。何が大丈夫なのかわからない。状況がまず、全然わからない。

 

 だが、ネコイの不安そうな声に、自分が咄嗟に、無意識に選んだのは、『彼女を安心させるために嘘をつくこと』だった。

 

 それが、おかしかった。

 

 ワタナべはその事実におかしさを覚えるとともに、気恥ずかしくなって、いつもの地蔵みたいな無表情になり、坊主頭を掌で掻いてから、槍を突き出すように構えた。

 

「行こう」

 

 行くしかない、というのが実情に近い。

 しかし、ただの言い回しの問題でしかなくても、少しでも前向きな表現を選びたかった。

 

 これが、守る相手がいる、ということ、なのかもしれない。

 

 ネコイも杖を構えた。彼女は『温度使い』。氷と火炎の魔法を使う。

 ワタナべは『槍士』。……クラスメイトたちとの冒険でわかったことだが、女神の加護には『〇〇という道具を使うのに長けている』『○○という概念を操ることができる』、それからどちらかもわからない『聖女』というものがあった。

 アサギも含めると『呪い』もまた、聖女と同じように、道具でも概念でもない、謎の加護に分類されるだろう。

 

 インドウなんかは『活力使い』というのが正式な加護名になる。

 それに合わせて『戦士』だの『補助術師』だのという分類を王宮からされる、という感じだ。

 

(槍使いは言い訳のしようもなく槍しか使えないが、温度使いは幅が広い……はず、なんだが。ネコイの性格的に、炎で焼き付くすか、凍らせるかという大雑把な使い方しかできないな……)

 

 ワタナべはこの二人でどうこの先進んでいくかを考える。

 

 もはや王宮は安全地帯ではなく、そもそも王宮でさえなかった。

 この肉色の壁、天井、床の空間は、モンスターが出るに違いない『ダンジョン』になっているものと、ワタナベは確信していた。

 

(二人とも火力で、回復も補助もいない──インドウ、お前のありがたみが、今さらわかる……できれば無事でいて欲しいが、もう、無理なんだろうな……)

 

 ワタナべは『インドウパーティがヤバいのに襲われて全滅も同然の状態だ!』という情報を得た時に、アサギパーティから放り出された。

 なのでインドウが『実際にどうなったか』は確認していない。……それはある意味で『希望が残っている』ということでもあったが、あの感じで『きっと、大丈夫だろう』と思えるほど楽観主義でもなかった。

 

 ワタナベは改めて、『二人しかいない』という事実を噛みしめた。

 

 それから、ネコイを振り返る。

 

「……ネコイ。これから先、誰かに出会ったら、出会うのが誰であれ、警戒を解かないでくれ」

「く、クラスメイトとかは……」

「それでもだ」

 

 地上の状況を掴むまでは、全員、敵かもしれないと思った方がいい。

 ワタナべのこの考えは、さっきからずっと本能に響いて来る警鐘に従ったものだった。『とにかくヤバい』と本能が叫んでいる。何がヤバいかもわからない。だが、ダンジョンより、今の王宮の方が、よほど危険で、何が起こるかわからないと、ワタナべの感覚は言っている。

 

「……わかった」

 

 ネコイも似たような感覚はあるのだろう。

 もっと感情的な反論が来るかと思ったが、素直に、それどころか、決心したように杖を握りしめて、神妙にうなずいた。

 

 二人は、進んでいく。

 

 つやつやとした、ピンク色の肉の壁、床、天井。

 踏む感触は硬質ゴムを思わせた。硬い。槍の穂先を突き込んでも通らないだろう。でも、その硬さには、奇妙な柔らかさが混じっているような……そういう、感触だ。

 

 二人の進む道は、一本道で、分岐がなかった。

 

 スロープみたいなところを何度か上ったので、感覚的には、クラスメイトたちと過ごした『異世界人区画』に入っているように思えるが、何せ全部がピンク色のつやつやした肉に覆われていて、ここがどこなんだか、さっぱりわからない。

 

 ……そもそも、なんで、こんなことになっているのか。

 

(……十五階層のボスは、どこに消えた?)

 

 それはこじつけかもしれないが、ワタナべは直感的に、『今、この王宮の状況』と、『ダンジョン内で遭遇しなかった、十五階層ボスの淫魔』とを結びつけた。

 

 ワンダリング(うろつき)モンスターと化したあいつが、もしかしたら、ダンジョンから出て、この事態を引き起こしたのかもしれない──

 

(そもそも、出られるのか? ……いや、もしかして……出られるように()()()のか?)

 

 何かで封印みたいなことになっていたが、何かで、出られるようになった。

 では、その『何か』とは──

 

 

「お二人とも」

 

 

 ──不意に背後から声をかけられて、ワタナべは槍を薙ぎ払った。

 ちょうど、ネコイの頭上を通るような軌道だ。

 

 声の位置からのあてずっぽうだったが、槍はネコイの頭上を通り過ぎて、声の主の頭部に迫った。

 ……だが。

 

 その槍は、声の主が半歩退くことで、あっさりと、避けられた。

 

「失礼、驚かせてしまったかな」

 

 しかも、声をかけてきた男は、ワタナベの急な攻撃などなんともないように、落ち着いた様子で、穏やかに微笑んでいた。

 ……そいつは。

 

 背が高く、細身に見える、金髪を長く伸ばした男だった。

 だが華奢そうなのは身体のバランスがいいからで、よくよく見れば、身長はクラスの肉体派トップであるウエマツよりも高いし、手足にも肥大していない『本物の筋肉』がついている。

 

 その人物は、派手な刺繍の入った白いスーツとは裏腹に、実用性一辺倒と思しき武骨なロングソードを片手に持っていた。

 抜き身の剣──だがそれは、ワタナべたちに向けられず、床に切っ先を向けるように、だらりと下げられている。

 

 その人物は、

 

「……アンデルセン王子」

 

 ……女神の加護などなくとも、鍛え上げた体だけで、加護を持つ異世界人たちに匹敵、あるいは圧倒する武力を持っているのが、今、ようやく、実感できた。

 その武力の持ち主が不意に、何もなかった背後から出現する──

 

 ──ワタナべはネコイを守るように踏み出し、槍の穂先を突き付けたまま、問いかける。

 

「俺たちに、なんの用だ」

「警戒しないでくれ、我が友よ。敵対の意思はない。というより……協力をお願いしたいのだ」

「……協力?」

「王宮が()()()()()されてしまった原因を除き、妹を助けたい。そのために、協力してほしい」

 

 どうやらアンデルセン王子は、今、王宮が『肉色のダンジョン』と化している理由を知っているらしい。

 

(信じられるか?)

 

 ワタナベは自問する。

 ……どうにもアンデルセン王子はうさんくさい男だ。信じられるか、信じられないかと言われると、信じたいと思えない。

 

 だが、他に道もなかった。

 ワタナべは、圧倒的に情報が不足している。それに、アンデルセンと敵対したら、勝てない。抜き身の剣を持った彼の姿と、さっきの、たった一回のやりとりを経て、そう判断せざるを得なかった。

 

 ワタナベは、警戒は解かないまま、問いかける。

 

「……王宮に、何が起きた」

()()()()()。それも、ダンジョンを産み出せる位階の淫魔だ」

「……十五階層のあいつか」

 

 ワタナべは確信をもって発言したが、アンデルセンは「いや」と即座に否定する。

 

「そいつではない。ただ、まあ、そいつも倒すべき相手ではある。しかし……そいつではないんだよ」

「じゃあ、誰だ」

「ミス・レイナだ」

「…………なんだって?」

「ミス・レイナが急に来て、王宮をダンジョンに変えてしまった。そして、そのダンジョンは、城下町にも広がりつつある。民と家族と世界のため、倒さねばならない。どうか、協力してほしい」

 

 ……どうやら。

 状況は、ワタナべが思うよりも大きく変化していたらしい。そして……

 

 なぜだろう。

 

 不思議と、レイナがやらかしたと言われて……

 

 やっぱりな、という想いが、胸の中をよぎった。

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