レイナ(苗床)寄り
レイナのモノローグ過去回想
双子の親っていうのは、双子に同じ服を着せたがるらしい。
「ナナミもレイナも、かわいいなあ」
父親はフォトを撮るのが好きだった。
双子コーデをさせた自分の娘を写真に収めて、SNSにアップしていた。
幼かったレイナは特に何も思わずに──『親が嬉しそうだから、嬉しい』という程度のことで笑顔を浮かべながら、姉のナナミとお揃いの服を着て、抱き合ったりして、写真に写った。
……『常識的な人』から、『幼い子供の写真をあまりアップするのは危ないですよ』などという指摘をされた、というのを笑って言いながら、相変わらずSNSに上げていたりする父親だったから、『娘への愛情がある』というよりも、『娘のかわいい写真で反響を得るのが好き』という人だったのだと、振り返れば、思う。
その父親の遺影は、SNSのアイコンだった。
父親がなぜ死んだのか、レイナも、きっとナナミも知らない。
何かの事件に巻き込まれたらしいというのは察せられる。親戚の雰囲気がそういう感じだった。
まともではない、完全に被害者とも言えない理由で死んだのだろうな、というのは、あの父親の『感じ』を思い返せば、ある程度納得できることだ。
外道とまでは言わない。下衆というわけでもない。
『普通』の範疇の善性を持っていて、それとは別に『やりたいこと』があって、その結果、運が良ければ踏まなくて済んだ誰かの地雷を踏んで、そうして死んだ。そういう、言ってしまえば『運の悪い人』だった。そう思う。
ともあれレイナとナナミはそこから母子家庭で育つことになった。
母は立派な人だ。でも、その立派さは大人になってから振り返った時に『女手一つで、娘さんを二人も育てるなんて、立派だ』とわかるもので、子供の視点では、『いつでも機嫌が悪くて、まだなんの解決能力もない娘に、自己解決を求める』という人だった。
ナナミはその母親の方針を察して、それに合わせていた。
レイナはできなかった。……というか、普通、できない。母親は明らかに、まだ子供でしかない娘に求めすぎだった。無茶ぶりもいいところだった。未成年、それどころかアルバイトもできないような年齢の娘に、一般社会人ぐらいのハードルを平気で課しておきながら、自分がいかに無茶な要求をしているかを顧みようともしないで、自分の方にハードルを課されるのは大嫌い──そういう、親。
一度だけ、レイナはナナミを問い詰めたことがある。
「あんな親に、なんでそんな素直に従うの? 明らかにありえないでしょ、あいつ」
扶養者としての義務は確かに果たしていたけれど、母親としての役割はこなせていなかった。
求めすぎだ──と大人は言いそうだけれど、『母親として当然のこと』をしないしわ寄せを直接喰らっている娘側として、不満も抱かないというのは不可能だった。
けれど、ナナミの答えはいつも、
「しょうがないよ。お母さん、忙しいもん」
『良い子』だった。
レイナだって、なんとなくは、わかっている。
母親が忙しい。その稼ぎで生きている。何不自由なく。持ち家で。食事に困ることはなかったし、貧乏を意識することもなかった。そこまでできる人は、母親として立派だ。
そういう──
『それでも』だ。
それでも、まだ幼い娘が、母親に『扶養者』以上の『母親』を求めるのは、悪いことなのか?
それが無茶な要求だなんて客観的で一般的な視点からの意見は、客体で状況を俯瞰できる一般人が好きなだけしたらいい。
こちとら『家族』だ。
『家族』が『家族』に『家族』を求めて、『一般的な意見』なんてものを押し付けられたら、当然、苛立ちが募る。
……ここまでの言語化ができていたわけではなかった。
けれどレイナの中に、そういう不満は確かにわだかまっていた。
でも、一番共感してくれるであろうナナミは、どこまでも『一般的な意見』しか言わなかった。
レイナは、ナナミと話していると、SNSで炎上したコメントにリプをつけてくる知らないヤツと話してる気分になる。
当事者じゃねーんだから黙ってろ、と言いたくなるような意見。それを、当事者であるはずのナナミの口から語られるのだ。
気持ち悪い。
レイナから、ナナミへの感覚は、このようなもので、これが覆ることはなかった。
気持ち悪くて、怖い。
たとえばある日、ついに母親に捨てられたり、あるいは、母親まで、『何かの理由』で急に死んだとする。
そういう場合だって、きっとナナミは、『一般的な意見』を口にするだろう──それが、わかってしまった。
こいつは自分の人生に関して、他人なんだ。
レイナはそれを理解して、怖くなった。
気持ち悪くて、怖い。……それは怪物とか幽霊とか、そういうものに対する恐怖心だった。
なるべく関わりたくない。しかし、家族なので関わらざるを得ない。
排除、という方向に行かなかったのは、レイナは様々な被害に遭っていて時間がなかったのと、双子の姉妹だから、これを『弱者』の立場にしてしまうと自分にまで被害が及ぶというのを理解できていたからだった。
……ようするに。
ササイレイナは、普通に生きたかった。
あの母親から逃れて、ナナミからも逃れて、無関係な他人として、幸せになりたかった。
でも『一人で立つ』ことができないと、母親を見てわかっていた。だから、庇護者を求めるという形で、幸福と安定を追い求めた。
それがレイナの願いだった。
◆
異世界に来た。
レイナの計画はすべてダメになった。
ヤナウエか、あるいはもっと上の誰かの庇護下に入って、いい大学に入って、ある程度就職して働いて、強い相手を見つけて、またその庇護下に入る──そういう計画。そういう将来の展望は、すべて、ダメになった。
レイナはヤナウエに依存することにした。
自分が庇護下に入れる中で、明らかに一番強い男が、ヤナウエだったからだ。
……でも、まだクラスの全員が揃っていた時から、予感はあった。
アサギが、ヤバイ。
少女には『その集団の中で一番力を持つ者』を本能的に感じる機能が備わっている。
その機能が、アサギの強さを感じてた。
しかし、理屈と観察が、アサギの強さを否定した。
ヤナウエからの攻撃対象にされているという点も、否定要素だった。
この力関係は覆ることはない。それこそ、奇跡でも起きない限り。
アサギがたとえば、この世界基準で『すごい力』を持っていても、今のクラス内ヒエラルキーがある限り、その力は『搾取対象』でしかなくて、『脅威』にはなりえない──
それは正しい見立てだった。
だから問題は、奇跡が起きてしまったことにある。
それでも、レイナは乗り換えの機会を逃さなかった。
淫魔から施された呪術──『レイナの子宮から
だから、ヤナウエから乗り換えようとしたのに──
──結果は、苗床。
庇護者の下で幸せに生きるという夢は、潰えてしまった。
(なんで)
苗床のレイナは、『何か』を産まされながら、ずっと考えていた。
(なんで、あたしばっかり)
同じ親から生まれて、同じ環境で育ったナナミは、アサギの庇護下に入ることに、すんなりと成功した──苗床の時のレイナは、そのように認識していた。
同じ血の宿った姉妹なのに、ナナミだけがいつも『適応』していた。
しかも、なんの努力もなく、適応していた。
あいつだけ、いつも平気そうだった。
一番共感してくれるはずの、一番、同じ苦しみを分かち合えるはずの、一番……言語化できないだけに誰にも言えず、言葉にならないだけにもやもやとわだかまり続ける辛さをわかってくれるはずの、双子の姉が。なんで、平気なんだろう。なんで、あいつだけ平気で、あたしばっかり、苦しんでるんだろう──
──レイナはずっと、思っていた。
お腹が痛い。何かを産まされている。ずっと快楽漬けにされた頭がおかしくなりそう。
光が見える。それでもレイナは意識を『光』に委ねなかった。脳が焼ける快楽の中、体を動けないように固定されたストレスの中、何かを出産させ続けられる雌鶏扱いの中、レイナは正気を手放さなかった。
……だからレイナは、『その声』に応じることができた。
「私たちには復讐する権利があるよねえ」
誰の声かわからなかった。
その声は頭に直接──というよりも、
「知らない世界に誘拐されて、用がなくなったらダンジョンに捨てられて、その果てに淫魔にされて──本当に酷いよねえ」
それはレイナの境遇ではない。
けれど、レイナはそれがなんだか、自分の境遇であるように錯覚した。
「レイナ──レイナ
……レイナの胎には、淫魔のねじ込んだ『聖力を横取りするための経路』が残されている。
それはアサギによって掌握され、アサギに抵抗しないための、奴隷の印にされたはずのものだった。
……だが。
この時、ナナミが淫魔に反転したことで、レイナもまた、存在が淫魔になりかけていた。
その結果、アサギに掌握された『聖力を収奪するための経路』の支配権を取り戻し……
レイナの胎は、淫魔とのつながりを強くした。
そのつながりに向けて、呪力が注ぎ込まれてくる。
それはレイナに、これまでとは質の違う快楽をもたらし、苦悶の声を挙げさせた。
だが、その声は、分厚い『鶏舎』に阻まれて、外にはわずかにしか届かないし……
聞いている者がいたとて、『エリクサー』を産まされている『苗床としての喘ぎ声』と、今の声とを判別できる者など、存在しなかった。
(ママ、あたし、ママになるの……?)
快楽に焼けた脳で、思う。
……レイナは保身と安定、それから己の幸福を願っていた。
そして、快楽に焼けた脳で、いつものように、己が幸福になれる選択肢を探した。
けれど彼女の思考はもはや、まともではなかった。
……あるいは、クラスメイト全員をひっくるめても、一番まともで、一番、地に足がついた生き方・考え方をしていたのが、このササイレイナだったのに、その最後の『まともな一人』が、ついにまともでなくなったのは、この瞬間だったのかもしれない。
レイナは『ここから幸せになる方法』を探す。
その彼女の脳内で、『ママ』という言葉から、思考が広がって行った。
娘を使って承認欲求を満たす父親。仕事という現実への対処に手いっぱいなのを言い訳に母親としての役割をこなそうともせず、問題の解決をまだ解決能力のない娘に押し付ける母親。
一番理解者になってくれる立ち位置にいるくせに、何を考えているかわからない、『一般論』みたいなことしか言わない双子の姉。
生徒に手を出したのに転勤で済んだ小学校教師。反抗できないやつを狙う痴漢ども。独占欲が強いくせに大したことのない元カレ。異世界に来てからどんどん情けなくなっていったヤナウエ。
(あたしは、違う)
たとえば
ササイレイナは『庇護者を求める』という形で幸せを得ようとした。
それは裏返せば、自分の幸せは『庇護者による』というのが彼女の信仰だった、ということだ。
(あたしは、
もう戻れない。もう帰れない。もう何もかも元通りにならない。
この世界に来て詰みあがった絶望が、レイナの中で決定的な誤認を生む。
彼女は空想の中の『娘』に自己投影して、この『娘』を幸福にすることでしか、自分を幸福にできないものと確信した。
それはレイナの主観において、神がかり的な閃きだった。
客観的に見れば、『頭が、おかしくなってしまった』としか言えない症状だった。
「ママ……ママ……なる、ママ……幸せに、する……」
淫魔との契約は、かくして結ばれる。
こうしてササイレイナは淫魔を出産することとなった。
胎に仕込まれた経路から『淫魔そのもの』とも言える濃い呪力が流し込まれ、とうに『産める体』にされたレイナが、これまでひり出していた『エリクサーの素』の代わりに、一匹の魔物を出産する。
魔物どもはダンジョンから出ることができないはずだった。
だけれど、『地上にいる人物に自分を産ませる』という離れ業により……
淫魔が地上に降臨する。
これが、この世界が『滅び』に向かうその道行の、『誰でもわかるような、大きな一歩』。
世界の終わりが、始まった。