ヨドガワ(アサギの傍にいる人)寄りから
アサギパーティのキサキが死んだ直後から
「おヨド……」
念願だった『魔王』を倒して、地上に戻る最中。
ヨドガワは、アサギとササイナナミの耳を憚るような声音で、テイラーに話しかけられた。
ヨドガワ。テイラー。それに、キサキ。
全員、『売られた側』だ。
けれどなんの理由か『娼婦』にはならず、アサギに『改造』を施された。
テイラーは『壁』を扱う魔法使い。ヨドガワは『時間使い』という女神の加護を授かっていた。
この『時間使い』というのは、燃費が悪く、しかも影響範囲が小さかった。
だからお荷物扱いされていたし、戦闘能力も低くて……その結果、力づくで拘束されて、売られた。
けれどアサギのところで『改造』を施された結果、燃費問題は魔力量の上昇で解決。
扱い方の方も精度を上げたことで『一部位だけ時間の流れを早める』などの方法がとれるようになり、応用が利く強力な加護となった。
ヨドガワとしては、アサギには感謝している。
やられたことは思い出すだけで吐き気がするほどのトラウマだけれど、じゃあ、娼婦として知らない異世界の人の相手をさせられた方がマシだったかと言えば、そうでもない。
……アサギに『改造』された面々は、少なからず、アサギに好意を抱いているんじゃないか? とヨドガワは思っている。
キサキなんかも忠犬のようになっていたし、テイラーのアサギを見る目にも好意や信頼がある。『あれだけのこと』をされたにも関わらず、だ。
そしてヨドガワははっきりとアサギに恋をしてしまった。
もともと、ヨドガワは、ヤナウエみたいないかにもな陽の者より、陰のある美少年系が好きだった。
それはいわゆるサブカルチャー的な嗜好ではあった。現実にはこんな陰のある、そしてヤバい美少年なんかいない。そのぐらいはわかっている。
けれどこの世界に来て、アサギがまさにそういうタイプになっていた。いつもうつむいていた顔は、気味の悪いニヤけ顔でなくなってみれば、中性的な美しさがある。華奢な体、女装とかさせたら似合いそうなあの感じ、すべてヨドガワの好みだった。
だからまあ、『されたこと』は思い出したくもないが、ヨドガワとしては、アサギの元で『魔法使い』をやれている状況には満足もしていた。
ちょっとハーレムパーティっぽさがあったのは気になるが、アサギは別に自分たちを『女』として囲う意思もなさそうなので、『最後に結ばれる旅の仲間のうち一人』みたいな今の雰囲気は、嫌いではなかった。
……でも、キサキが殺されてしまった。
アサギは止められた。でも、止めなかった。
そのことで、ヨドガワの内側に、恐怖が生まれた──いや。その恐怖は最初からあったものだった。でも、『自分とアサギは仲間だ』という
『アサギは、自分たちの命なんかどうでもよくて、自分たちに関心なんか、ない』。
それは事実だった。でも、勘違いしていられた事実だった。自分たちは、他のクラスメイトたちよりも、アサギにとって特別だと思い込めた。その思い込みが全然事実と異なると、キサキがあっさり見捨てられたことで、認めざるを得なくされた。
「おヨド……」
「あ、て、テイラー、さん。大丈夫、大丈夫、だから」
心配そうにこちらを見るテイラー。
テイラーだって怖いはずだ。ヨドガワは、自分を気遣うクラスメイトに、ヒクついた笑みを返した。
ササイナナミ。
絶対に、ヤバい。
どうしてアサギがあのヤバさを感じ取れないのか、ヨドガワには不思議だった。
姿が淫魔っぽいことも、髪の毛が触手なことも、その触手にクラスメイトのミイラをぶら下げていることも、ヤバい。
でも、もっとヤバいのが、あの微笑だ。
クラスにいる時のナナミは、『おっ、教室の窓際の席で本を読んでるミステリアスな美少女! 教室の窓際の席で本を読んでるミステリアスな美少女じゃないか!』とテンションが上がる存在だった。
浮かべる微笑はいかにもお嬢様という感じで(実際にはお嬢様でもなかったようだけれど)、ヨドガワはなんだか、サブカルチャーな文脈込みで、ナナミを『芸術品』の一種として鑑賞できていた。
今、ナナミの微笑は、あの当時と寸分たがわず変わっていない。
この異世界で、
それはもう、『当時から、そういう形で筋肉を動かして、表情を意図的に作っていた』ということに他ならないじゃないか。
(そいつはもうホラーの存在なんよ。『不気味の谷』のモデリングなんよ。……元の世界でも、異世界でも、淫魔になっても変わらない微笑を浮かべられるって、それは──人間じゃないんよ)
……よく、思い返せば。
アサギがいじめに遭っている横でも、ナナミは、あの微笑を浮かべていた。
そして、あの微笑を浮かべたまま、アサギを気遣い、優しくしていた。
それは能面と変わらない。
クラスメイトだと思っていた者が、常に仮面を被っていて、その本当の顔を誰も見たことがなかった。
だというのにそのことに気付かせずに、『日常』を送っていた。
しかも、目立たないようにクラスに溶け込んでいたわけではない。きちんと目立つポジションだった。何せ、あのササイレイナの双子の姉で、クラスのアサギいじめと常に一定の距離を置き、ヤナウエたちからも不可侵的に、しかし排除ではなく好意的に扱われてた。その上、アサギからの好感度も低くなかった。
(人間の立ち回りじゃない)
最も異常なのは、そんな立ち位置だったというのに、ササイナナミの異常性について、クラスの誰も気付いていなかった、ということだ。
最も目立つ位置に存在する透明人間。
あるいは、山とか、空とか、『当たり前に目に映っているのに、雄大すぎて特に意識して見ることのなかった存在』。
それは、一言で言えば……
(バケモノ)
最後まで殺そうとしたキサキは立派だったと思うし、キサキの言う通り、あれは、きっと、アサギを殺す。
具体的にどういうルートを辿ってそうなるかはわからない。でも、確信がある。アサギを、というより──クラスメイトのすべて。もしくは、目につくすべてを、あれは、殺す。死なせる。そういう存在だと、思う。
だからたぶん、キサキと、自分と、テイラーと、三人が揃っていたあの時が、ナナミを殺す最後の機会だった。
アサギは止めなかったし、邪魔もしなかっただろう。
その最後の機会を、恐怖に負けて、逸してしまった。
(元の世界に帰りたかったなあ。アニメの配信。マンガの続き。たくさん、たくさん、楽しみがあったのになあ。連続ログインボーナスも途切れちゃったなあ。……帰りたかったなあ)
アサギに『改造』されたあと、希望が見えていた。
でも今は、その希望がなくなったような気がする。
……だったら、せめて。
「おヨド……」
「……テイラーさん、あの、い、生き残ろう、ね……」
もはや『唯一』と言える仲間に、ヨドガワはそう述べた。
テイラーは、きょとんとかわいらしい顔で小首をかしげたあと、
「はい!」
にっこりと、笑った。
(うーん、金髪美少女、ええなあ……)
ヨドガワは目を細めた。
◆
王宮。
肉のダンジョンと化したそこで、ワタナベはアンデルセン王子に、協力を持ちかけられた。
その持ちかけに、ワタナベは……
とりあえず、乗ることにした。
「ミス・レイナが……幼い子供を引き連れて、王宮に来てね。我々は、ミス・レイナをダンジョンに送るべく、『契約』を発動させた。
硬質なゴムのような肉の廊下を踏みながらアンデルセンが語る言葉は、『誠実さ』の証なのか。
ともあれ彼は『自分たちは、異世界人を無理矢理ダンジョンに送り込む方法があります』と、本題ではない扱いで白状したのだ。
「……だが、通じなかった」
なぜ通じないのか、どういうメカニズムで通じないのか。そこにワタナべは興味を持たない。
また、そこが重要でないことをアンデルセンも重々わかっているのだろう。王子は話を先へ進める。
「ミス・レイナから溢れ出した力が、王宮をこのような状態に変えた。『肉のダンジョン』──まあ、ダンジョンというのはそもそも淫魔の
「そうなの!?」
引き連れてるネコイが『キモッ』という顔で大声を出す。
アンデルセンが苦笑してうなずき、ワタナべが「ちょっと、リアクション抑えてくれ」と額を手で抑えながら言った。
ネコイはハッとして「ごめん」と手で自分の口を覆った。
「かくして地上はダンジョンになり、私は、ミス・レイナの出現位置まで
無事だった、部下。
……それは、アンデルセンが、今、一人であることに関係するのだろう。
ともあれワタナべは、アンデルセンに一通り、彼のペースで最後まで話させることにして、黙って続きを促す。
こういった『地蔵のような沈黙』は、本人は自覚していないものの、ワタナベが人から信頼を引き出している、彼の美徳だった。
「主目的は王への報告だが、なんというのかな……ミス・レイナが今もこの迷宮の内部にいるのであれば、きっと、玉座の間に移動したのだろうという……カン、みたいなものもあった」
「……確かに、俺もそういう気がする」
これはゲーム的な『ボスっぽいやつなら一番偉そうな場所に位置するだろう』という、メタと言うと違うかもしれないが、ある意味でメタ的な推理でもあった。
だがもう一つ、レイナなら、玉座の間に……玉座の横に立っていそうだな、という、クラスでの様子を見ていた上での推測、というのもあった。
ササイレイナの立ち位置は、いつでも王の横だったから。
「ミス・レイナは間違いなく原因で、引き連れていた子供は恐らく、君たちが何度か敗北を喫したという、十五階層の淫魔だろうと思われる」
「……子供というような見た目ではなかったが」
「私もそう聞いている。だが……顔が。顔が、
「……彼女?」
まあ、淫魔はこの世界では女だったから、『彼女』呼びも間違いではないが……
この世界に来た時に渡された『翻訳』の力は、アンデルセンの言葉から、『代名詞としての彼女』という感情のないものではなく、『親しい女性について話題に出す時』の色合いを感じ取っていた。
アンデルセンは、沈黙したまま、五歩は歩いた。
それから、覚悟を決めたように、ワタナべにもネコイにも背中を向けたまま、声を発する。
「君たちより一つ前の、転移者だ」
……それは。
その存在は、ワタナべたちには明かされていなかった。
だが、なんとなく、わかった。『きっと、自分たちは初めてじゃない』。言葉にせずとも、そう理解していた人は、多かったのではなかろうか。
アサギなんかは『そういう前提』での言動があったから、あいつは『知っていた』。
ヤナウエなんかは、王宮の人たちの『慣れ』を見て、感じ取っていたはずだ。
自分たちは初めてではない。
だが、それを王宮が正直に告白したら、『じゃあ、自分たちより前に来た人たちは、どうなった?』という問いかけが発生する。
だから、王宮は、その事実を黙ったまま話を進めた。
ヤナウエも気付いていたかもしれないが、糾弾することはなかった。……それを責め立てて、『前の転移者』の末路を聞いたところで、何かが有利になることはありえない。むしろ、不利にしかならないと、理解していたからだ。
その隠されていた事実が、アンデルセン王子の口から語られた。
「この世界はもう数百年前から、異世界からの英雄を招いている。そうして、英雄たちをダンジョンに放り込んで──
「『攻略』ではなく『戦い』か」
つまり、クリアは必ずしも求められていない。
戦うことに意義がある。……戦わせるだけで、目的は達成できる。そういう話だ。
「その、君たちより一つ前──」アンデルセンは軽く頭を前に動かした。うなずいているのか、俯いているのか。「──君たちと同じぐらいに、攻略の可能性がある異世界人が来た。……だが彼らは結局、十八階層で『終わった』」
ゲームの知識に照らし合わせるならば、ワタナべたちの前のグループこそが『ゲームの主人公』になる。
人類が勇者を裏切って淫魔に捧げてから数百年。何グループ目かの『伝統的な犠牲者』にして、ゲームの通りに進めば、クリアの可能性があった者たち。それが、ワタナべたちの『一つ前』だった。
アンデルセンは、やはり、顔を下に向けて、ワタナべたちを振り返ることなく、言葉を続ける。
「十五階層にいた淫魔はその時に倒されて……
「それが、『前の転移者』」
「のうち、『聖女』という加護を賜った者だ。……世界の真実に気付き、私と妹を助けようとしてくれた人だった」
聖女。
それは、ササイ姉妹が授かった『女神の加護』だ。
最も淫魔から遠そうな響きだが、適性があるらしい。
アンデルセンは、その『聖女』を、こう表現する。
「彼女もまた、アサギタカミネと同じく、私の『親友』だったよ」
「……」
アサギと同じ。
アサギは、なんらかの密約をアンデルセンと交わした。そこまでは、ワタナべにもわかる。
アンデルセンは、恐らく、同じような密約を、『聖女』とも交わしたのだろう。こいつが『親友』と呼ぶ相手は、そういう契約がある相手だと、ワタナべは思う。
だからワタナべは、石のように固い表情の下で、考える。
(このまま、アンデルセンについて行っていいのか?)
アンデルセンに協力を申し出られるままついて行っている。それ以外に指針がなく、情報が欲しかったからだ。
だが……
(もしも、その『聖女』がアンデルセンとの契約を果たすために、レイナさんをそそのかしていて……アンデルセンがそれをわかって、俺たちを引き連れて『どこか』に向かっているのだとしたら……俺たちは、罠にはめられている最中の可能性もある)
可能性は、いくらでもあった。
ヤナウエも、アサギも、『いくらでもある可能性』から、確度が高いものを選び、対策していた。
この、無限に様々な可能性がある『現実』の中で、彼らは、選択した。選択肢を、絞れた。
ワタナべには、その力がない。
特に、背後にネコイという『守るべき者』を連れている状態では、色々な可能性を捨てきれない。
(このまま、ついて行って、いいのか。それとも……)
それとも。
ワタナべは、手の中の槍を見る。
……あの、アンデルセンの背中に、これを突き立てるべきか。
自分とネコイのためにとるべき選択肢は、どこにあるのか。
ワタナべは、ぎゅっと、槍を握りしめた。