※この作品はR-18です。

クラス転移したけど、クラスも世界も終わってる   作:稲荷竜

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三人称
『小さな人』寄り。


54話

 弱く生まれた生命は、強くなってはいけないのか?

 不自由に生まれた生命は、自由を望んではいけないのか?

 小さくてかわいい生き物は、『小さくてかわいい』以外のアイデンティティを得てはいけないのか?

 

 弱く、不自由で、小さくてかわいい生き物は、その個性を清廉だと思われがちだ。善い人扱いをされる。でもそれは、イメージにしか過ぎない。

 誰かを、弱く、不自由で、小さくてかわいいと定義する者は、だいたい、その者より強い。強い者に対する当たり前の『おもねり』が、弱い者の人格を善に見せる。

 でも、強くなったら、それは、もちろん、話が変わるだろう、と『小さな人(クライニー)』は思う。

 

 弱い者はいつだって我慢をしてきた。

 まして小さな人は、この世に様々なものがあると、知ってしまえる力を持っていた。

 

 目。

 

 生まれつき失っていた。握り込んで差し出したらしい。けれどそれは、小さな人本人の記憶にはないことだった。

 でも納得はしている。自分はきっと、もしも赤ん坊の時から意識がはっきりしていたとしたら、そうしただろう。何もかもを差し出しただろう。そうして、身の安全と生存を願ったはずだ。すがりついて、願ったはずだ。何を捨てても、願ったはずだ。

 

 小さな人には生まれつき、生存願望があった。

 

 誰にでもあるらしい。その誰にでもあるものが、小さな人の場合、大変だった。

 何せ呪力を宿して生まれた先祖返りで、その呪力を体の部位ごと抜き出される身の上だ。

 おまけに淫魔由来の魅力があるとかで閉じ込められる運命にあるし、呪力の残りかすが尽きれば死んでしまう。

 誰も近寄らない。食事も睡眠も排泄も必要のない体だから、世話も必要ない。それをいいことに、誰も近寄らない。

 

 もしも小さな人が、その『誰もいない世界』以外を知らなければ、それなりに満足して生きていったかもしれなかった。

 

 けれど、小さな人には『目』があった。何もかもが見える目。透視、千里眼。そういったものがあった。たぶん、呪力由来の、『女神の加護』──『淫魔女王の加護』と呼ぶべきものだったのだろう。そういうのが、他の先祖返りより、たぶん、強めに発現していた。

 

 だから、世界にはいろいろなものがあるのを、知ってしまった。

 

 友人がいる。家族がいる。寂しいというのは、ああいうものがいないことではない。他の人にはああいうものがいるのに、自分にはああいうものがいないと、知ることだ。

 

 あたたかな家の中で、お茶を飲んで過ごす時間。趣味。没頭できるものがあること。誇り。大事なものを抱え、時にその責任感に押しつぶされそうになりながら、それのために努力をいくらでも重ねられるもの。組織。その一部でも、そのトップでもいい。集団に属すること。あるいは集団を率いること。

 

 金。

 

 金銭、財宝、資産。重要だ。こんな世界なのに王宮は華美だし、こんな世界なのに日々の贅沢というやつを人々が夢見ないわけではない。

 

 それら全部を知ってしまった。

 でも、小さな人は、部屋に繋ぎ止められたまま一生を終える定めだった。

 綺麗に飾られた鳥籠の中でしか生きてはいけない。弱いから。強ければ、籠を破って出て、連れ戻しに来た飼い主をついばんでその肉を得て、それから、どこまでもどこまでも、飛びたい限りに飛べるだろう。

 でも、小さな人は本当に『残りかす』でしかなかった。

 呪力を抜き出されてしまえば、ただの人以下の弱弱しい体でしかない。魔道具の足枷も壊せない。三十年も生きずに死ぬし、死ぬまでに一つの部屋に閉じ込められ続ける、そういう存在だった。

 

 狂うに決まっていた。

 

 小さな人は生まれつき欲望が強かった。物欲、金銭欲、名誉欲、承認欲求、性欲。あらゆる欲が強かった。だから、あらゆるものが欲しかった。

 でも、この手の中にあるのは、鳥籠の中の景色だけ。

 

 狂った。静かに。

 

 静かだったのは、体が弱いからだ。

 激しく狂うにも体力が必要だった。華奢で小さな体、しかも足枷つきの身で、周りを巻き込むような狂い方は出来なかった。

 

 だから、内側で、暴れ回った。

 

 目。

 

 小さな人は生まれつき、千里眼の力を持っていた。

 眼球を自ら抜き出して捧げたという。赤ん坊のころだから、記憶にはない。でも、自分がそれをした理由はわかった。呪力と一緒に、この『淫魔女王の加護』と呼ぶしかない能力まで抜き出されたくなかった。

 だってこれは、自分が生まれつき持っていた、自分のものだから。何も得られない人生の中で、唯一、自分が得ている、自分の所有物、だから。

 

 見て、見て、見て、見続けた。

 

 そうして、兄を発見した。

 

 アンデルセン王子。

 

 兄は異世界人を騙して接待する役割を負っていた。

 そして、異世界人が王家の意に添わなくなった時、拉致してダンジョンに放り込むか、殺す役割を負っていた。

 兄は態度には出さなかったけれど、罪の意識を抱えているようだった。異世界人を騙して連れ込んで、しかもダンジョンで労働させ、最後には生贄にする。その非人道的なことに、かなりの罪悪感があった様子だった。

 

 それは若いころにぶち当たる壁のようなもので、年齢とともに消えていく、ある種の流行病みたいなものなのかもしれない。

 

 だから、早く、兄に接触したかった。

 

 兄が自分でその罪悪感を乗り越えるために、どうにか接触して、甘い言葉をかけてあげたかった。兄が欲しかった。家族は、自分が持っていないものだから。自分のためになんでもしてくれるお兄ちゃんがいればいい、と思った。そういう家族に憧れた。

 

 けれど小さな人は部屋から出ることが出来ない。

 だから願った。女神の加護を失った世界。ダンジョン最奥の淫魔女王は地上の者の願いを叶えることはない。でも、願うという習慣は、残っていた。人の心に自然と発するものらしく、願う先を失ったはずのこの世界でも、何かに願うようなそぶりをする人は、たくさんいた。

 

 願いは叶った。

 

 悩みに悩みぬいたまだ幼い兄が、懺悔をしに来たのだ。

 

 あるいは、生まれてから一度も会ったことがない妹を一目見に来ただけだったのかもしれない。

 

 小さな人は、兄の懺悔に甘言を弄した。

 そうして引き入れることに成功した。

 

 兄という手足を得て、遠くに行けるようになった。

 小さな人は、兄に助言した。兄の正義感を育てた。異世界人を呼び出すこの愚かな風習をやめ、大人しく滅びを受け入れようという気持ちを育てた。

 兄の目標はいつしか『今の、間違った、悪事に手を染める王家を滅ぼし、異世界人召喚を辞めさせたい』というものになっていった。

 王家へのクーデターをもくろむ王子がこうして誕生する。

 

 小さな人は、兄に助言を与えた。

 王宮内での政治に役立つ助言だ。誰にも言っていない、記録に残しているだけの情報。あるいは、どこかでうっかり漏らした本音。

 時には王宮の外にいるめかけのこと。隠し子のこと。なんでも教えた。兄はそれを役立てて、派閥を育てた。

 王家の暗部の顔ではあっても、王家の暗部の代表者は王だった。けれど、兄は、小さな人の助言もあり、暗部を掌握することに成功した。立場は一員のまま、実質的にリーダーとなった。

 

 異世界人の中から、協力者を探させた。

 小さな人は、力が欲しかった。でも、この足枷がなんといっても邪魔だ。

 だから足枷を外すための鍵が欲しかった。しかし、それはダンジョンの中にあるらしい。足枷ははめるのには鍵はいらないから、ずっと昔に、捨てたらしい。この足枷をつける者なんか、解放する必要のない者に決まっているから。解放する必要のない者でも、死ねば外れる、そういう足枷だから。

 

 忌々しい。

 

 だから異世界人から協力者を探して、足枷の鍵を求めさせた。

 全然うまくいかなかった。足枷の鍵がある階層まで進めなかった。

 

 異世界人の召喚は、五年に一度あった。

 小さな人に残されたチャンスは多くない。一回目は失敗だった。二回目、仲間になった女の子がいた。クラスでちょっとはぐれ気味で、甘い言葉でころりとこちらに傾いた。言葉を刷り込んで、だんだん、自然に、自分のために動くのが当然のことだと思い込ませた。

 

 でも、帰って来なかった。

 帰って来なかったけれど、まだ生きている気がした。

 生きていた。

 

 十五階層まで進んでそして失敗したそのクラスで、その女の子は次の淫魔にされていた。

 淫魔女王に造り替えられた。そのお陰で、つながりがわかるようになった。小さな人も、淫魔の一種だからだろうか。詳しいことは、わからない。神様にでも、聞いてみなくちゃ。

 

 次の召喚。

 アサギタカミネが来た。

 

 兄はうまくアサギを追い込んで、自分の元へ越させた。

 そしていつものように操ろうとした。

 

 でも、できなかった。

 

 アサギタカミネはこじれていた。今まで、小さな人が関わった者どもの比にならないぐらい、壊れていた。何もかもを疑っていた。向けられる好意さえもだ。

 何より自分を疑っていた。彼は前提として、自分自身に価値を認めていない。だから、自分を評価する人の見る目を認めることがない。そのくせ、自分自身を大事にしている。これを毀損する者には、何をしてもかまわないという、過剰なまでの攻撃性……反撃性が、あった。

 

 危うくて面白かった。

 欲しい、と思った。

 

 これまでずっと我慢を重ねてきた小さな人は、何かを欲しがるともう止まらない。

 しかもそれが、足枷を外さなくても手に入るかもしれないものなら、あきらめきれない。

 

 絶対に欲しかった。

 それはきっと、生まれて初めて抱くことができた、『具体的な欲望』だった。

 千里眼越しに知った様々なものの感触を小さな人は知らない。でも、アサギタカミネの感触は知っている。だから、執着が、自分でもコントロールできなかった。

 

 一つ、断言できることがある。

 最初に触れあって、自分の魅力に参らなかったのが、アサギタカミネではなく、他の人であったなら、きっと小さな人は、その『アサギタカミネではない誰か』を欲した。

 小さな人がアサギタカミネを欲するようになったのは、あくまでも順番だ。でも、その順番は、運命という名前で呼ぶのにふさわしいと思えた。

 

 アサギタカミネとの間に、運命を感じた。

 

 わからなかった。

 告白を断られた理由がわからない。誰かと付き合っているから? 別に、そんなもの、どうでもいい。興味がない。自分が欲しているのだから、自分のものになって欲しい。

 

 だから、小さな人がアサギタカミネに敵意を向けられた時、叫ぶのは、こういう言葉だった。

 

「どうして、わたくしがこんなに求めているのに、わたくしの物になってくださらないの?」

 

 本当に不思議だった。

 この世に祈るべき何かがいるとする。どうにも、人々の様子を見ている限りだと、そいつは、苦しんでいる人にはいずれ幸福を与え、驕った者にいずれしっぺ返しを与える存在らしかった。

 不運なことがあった人は『いずれ、いいことがあるさ』と肩を叩かれていた。悲劇に見舞われた人は、『きっと、いいことがありますよ』と励まされていた。

 

 最初から奪われて、閉じ込められて、生きていくしかなかった自分には、『きっと、いいことがある』はずだった。

 

 報われなきゃ生まれた意味がわからない。

 もう充分に不幸な目には遭った。だから、これから先は、ずっと幸福であるべきだ。

 

 眼球のない少女は、そう思っている。

 その想いに、アサギタカミネは応えた。

 

「求めるものがはっきりしていて、羨ましい限りだよ。僕はもう、自分が何をすれば楽しめて、何を求めれば熱くなれるのかが、さっぱりわからないんだ」

 

 互いに、互いの不幸なんか、どうでも良かった。

 

 不幸自慢はしない。自慢するようなものではないから。

 でも、自分が誰よりも不幸だと、お互いが確信していた。

 

 だから、アサギタカミネと、小さな人が、利害の不一致で戦うというのは……

 

 不幸な者同士が、幸せを求めて戦う。

 これは、そういう戦いだった。

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