ニナカワサクラコ(ワタナべに売られて娼婦になった女子)寄り
娼婦後の回想から
ニナカワにとって、異世界での暮らしは屈辱と尊厳破壊そのものだった。
まだ来た時はよかった。ヤナウエたちが率いて、戦う。なんで自分が戦いなんかさせられなきゃいけないのかとは思っていたけれど、まあ、仕方ない。それは、みんな、そうだろうから。我慢した。
ヤナウエの横にササイレイナとかいう汚いギャルがいるのは気に食わなかった。でも、それも我慢した。ニナカワは我慢ができる。我慢ならないことは多いけれど、大抵のことには耐える忍耐強さがある。
でも、ワタナべに騙されて売られてからのことは、我慢ならなかった。
拘束された。尻の穴を穢された。
犯された。ねっとりと、尊厳を嬲るようにいじられた。
無理矢理に気持ちよくされた。人前で漏らすまでイかされた。尻の穴に卵を入れられて産まされた。それを喰われた。屈辱以上に、真剣に気持ち悪かった。そんなことをした男が自分を犯すのだから、まだゴキブリにでも犯された方がマシだと思った。
自殺は考えた。
でも、耐えた。
ニナカワは大抵のことは我慢できる。この世界で娼婦なんかやらされてしまったことは耐えられないけれど、その扱いに負けて死を選ぶことは耐えられた。
生きているから。
いつか、報復する。……ワタナべ。あの地味な地蔵。見るべきところもない痩せた男。自分を犠牲にした憎い男。
報復してやる。むごたらしく殺してやる。尻の穴を男に犯させて殺してやる。よがって精液を出したところを切りとってやる。
ニナカワは大抵のことには、耐えられる。
だから、殺意にも耐えられた。
天へ上る階段が現れて、クラスメイトたちが集った。
そこにはワタナべもいた。ネコイもいた。
キサキはいなかった。いたら、一緒に、自分たちを売ったワタナべに報復しようと、誘いをかけてあげるつもりでいたのに。
アサギもいなかった。
あのクズのゴミ、死んだのだろうか? 調子に乗って、イキり散らして、それで、死んだ? 笑いそうになる。でも、ニナカワは、大抵のことには耐えられた。だから、笑うのも、憎悪を見せるのも、殺そうと行動をするのも、耐えた。
まだだ。
状況がわからない。ニナカワはずっと、閉じ込められていた。
思い出す。
変なピンク色の泥が『部屋』を包んでダンジョンみたいにした時も、ニナカワがいた場所は、出口のない小部屋にされてしまった。だから、情報を集めることができなかった。
その時一緒に部屋にいた男は、何がなんだかわからない様子で、でも、ニナカワを助けようと動いた。
ニナカワを拘束していた固定式の手枷を外して、『とにかく、出口を探そう』だなんて言った。そうしてあたりを見回した。
ニナカワに背を向けた。
その瞬間、殺した。
意味がわからなかった。なんで、自分を助けようとしているのか。なんで、この私が、こんな男に、助けられてあげると思っているのか。
自由になったら、お前なんかすぐに殺すに決まってるだろう。人をさんざんオモチャにして犯した男のくせに、どうして、手を取り合う未来があるみたいに行動したのだろう? 全然、意味がわからない。虫以下の思考能力の、レイプ犯のクズ。
ニナカワが授かった女神の加護は『水使い』で、振られた職業は『魔法使い』だった。
水を使うには集中力がいる。人間は自分の体の外にある流体を手足のように扱う機能を持っていない。たとえば、鞭なんかを思い浮かべればわかる。あれは流体ではないが、それに近い操作の難しさがある。まったくなんの訓練もなしでは、ただ振るだけでも難しい。
ニナカワがダンジョン攻略をしていたころ、主に行っていた攻撃手段は、『ペットボトルの中の水を発射する』という投射攻撃だった。
ペットボトルがクラス全員分かき集めても五つしかなかった。だから、ニナカワの弾は五発。威力はそれなりに強くて、速度もある攻撃だった。でも、他の魔法使いよりは不自由だった。
だが今、ニナカワは、ワタナべへの報復を誓って、修練を続けていた。
修練に使った『水』は自分の愛液だった。『仕事』が終わったあとに残される自分の分泌物。それを、離れた場所から操作できるようになり、自在に動かせるようになり……
ついには刃として人を殺せるほどの威力で、『斬れる』ようにしたのが、今。
そして、肉のダンジョンと化した地上で、しばらく、男の死体と過ごすことになった。
助かったのは、このダンジョンが、死体を吸い込み、溶かし、消してしまうことだった。
分泌物も同じように吸収してくれた。ありがたい。生きていても死んでいても、あの男と一緒に過ごすのは、無理だったから。
しばらくそうして待っていた。全裸でなかったことも、ありがたかった。制服。これを着せて犯したがるやつが本当に多い。そんなに魅力的なんだろうか、制服姿というやつは? 理解したくもなかった。
そうして膝を抱えて過ごすこと、数日か、あるいは数時間か。
ニナカワにとって時間の流れはもはや重要ではなかった。この体は食事もしない、睡眠もいらない、排泄もしないように造り替えられているし、時間があれば水を操る訓練もできた。操る水は、自分の中からいくらでも出せた。
排泄がいらないくせに、愛液は股をほじればいくらでもわいてくる。
犯されるための体にされている。
ムカつく。
ニナカワは我慢強い。大抵のことは耐えられる。
だが、最後にすべて殺すのは我慢できそうもなかった。
まずはワタナべ。ついでにネコイ。
それからアサギ。
そして王族。
ダンジョンのモンスターどもも殺そう。
あとは……
あとは。
……娼婦をやっていると、聞きたくもない話をされることがある。
この世界では日差しを『女神の微笑』と呼ぶ。女神。自分たちに加護を与えたやつ。『いる』のだ。元の世界みたいに『そういう神話があって、その中で語られている』ものではない女神が。
この異世界拉致に一枚噛んでるであろう女神が。
それも殺そう。
あとはこの世界にいる人も、可能な限り殺そう。
なかったことにしたい。
ニナカワは、この世界に来てからのすべてをなかったことにしたかった。
そもそもこんなクソみたいな終わってる世界に招かれたことが間違いなのに、そこで積まされた『職業経験』は、ありえてはならない間違いだった。
ニナカワは間違いを許せない。
だから、なかったことにする。
そのために、クラスメイトを殺そう。
この世界の記憶をなかったことにする。記憶を持ってるやつらも全員なかったことにする。
それで元の世界に帰る。普通の人生に戻る。
普通の人生に戻る。普通の人生に戻る。普通の人生に戻る。普通の人生に戻る。帰る。普通の人生に戻る。ワタナベは殺す。惨たらしく殺す。普通の人生に戻る。ネコイも同罪だ。普通の人生に戻る。あいつも誰かに犯させよう。尻の穴でイかせて首を刎ねて殺そう。普通の人生に戻る。娼婦にならずに済んだ連中がいた。キサキ。普通の人生に戻る。殺そう。普通の人生に戻る。ヨドガワ。テイラー。気に入らないオタクと金髪。普通の人生に戻る。ヤナウエ。あいつがアサギを持て余したのが原因だ。普通の人生に戻る。アサギ。調子に乗ってイキったいじめられっこ。あんなやつに媚びようと思ってワタナベに相談したのが普通の人生に戻る。間違いだった。普通の人生に戻る。普通の人生に戻る。普通の人生に戻る。
ニナカワは冷静に思考をまとめた。
その結果、目につく全部を殺すことにした。
だから手順が必要だ。
冷静にやらなければならない。人をたくさん殺すのは、難しい。きちんとやりとげないと、普通の人生に戻れない。
すべてがどろどろに溶けて、ニナカワは久しぶりに外に出た。
空から自分に陽光が降り注いでいるのが見えた。薄曇りが晴れて、雲の切れ間から青空が見えていた。普通の人生に戻る。階段。きっとあの先に行けば願いが叶う。普通の人生に戻る。願い。みんな殺して普通の人生に戻る。
普通。
なんだっけ、それ。
よく、わかんない。
人生。
おもしろい、ことば。
かんがえたこと、なかった。
いしきしたこと、なかった。
普通の人生なんて意識しないでいられる状況に、ずっといたかった。
でも、異世界に呼ばれてしまった。そうしたら、自分が今まで送っていた人生が恋しくて恋しくて、それに名前をつけて、幼いころに抱いていたぬいぐるみみたいに抱きしめてないと、何もかも見失いそうだった。
普通の人生に戻る。
みんな殺して、自分が忘れれば、戻れる。
ニナカワは光の
ワタナべがいた。ネコイがいた。
テイラーがいた。ヨドガワがいた。
この馬鹿みたいな露出度の格好をしたやつは、ササイナナミ?
ハシグチがテイラーと抱き合って喜んでいる。美しい友情? 反吐が出る。
ハナイが何か話しかけて来る。同じように売られて娼婦をさせられてた仲間意識があるのかもしれない。誘ってやってもいい。ワタナべとネコイを犯しながら殺す。屈辱を味わわせて殺す。全員殺す。普通の人生に戻る。そのためにハナイも最後は殺す。
でも、今じゃない。
ニナカワは大抵のことは耐えられる。だから、殺したくて殺したくてたまらないけれど、耐えた。耐えて笑った。『ここまで来たらもう、誰にも隔意なんかありませんよ。一緒に元の世界に戻りましょう』みたいに笑った。
笑いながら、こいつら全員殺すにはどうしたらいいかを考える。
一気に殺せる状況、見極めないと。
階段を上っていく。
仲良く登っていく。
会話はあった。でも、目も合わせない組み合わせもあった。
ハシグチとテイラーとヨドガワでグループができていた。
この三人は、他の誰にも目を向けなかった。
ハナイがこちらに話しかけてきて、グループみたいになっていた。
合わせた。話の内容は耳を滑ってよくわからない。
ワタナベとネコイがくっついていた。
今じゃない。
ササイナナミが笑っていた。
気色悪い。
階段は長かった。でも、長いと思ったころにはもう、戻る道がなくなっていた。
上るしかないみたい。ここで全員落としたら殺せるかな、と思った。でも、ササイナナミがたぶん殺せない。なんか、羽根、生えてるし。
上り切った。
雲でできたみたいな、真っ白な大地が広がっていた。
その中央に、女が浮いている。
ピンクの髪の女だった。
馬鹿みたいな露出度の服を着た女だった。
そいつが虹色の瞳をこっちに向けて、微笑んでいた。
「よくぞ、来ました。我が勇者たち」
何かの口上が始まるらしい。
でも、ニナカワは、みんなを殺すために、注意深く周囲を窺っていた。
……皮肉にも、そのお陰で、最初に気付いた。
「何、あいつ」
この場において異質なモノが、女神らしき女の背後から、生えて来る。
ニナカワのつぶやきは大きくなかったけれど、それは、女神も含めた全員の注意を惹いた。
その瞬間、女神の背後から生えた変なのが、大口を開けて、女神をぱっくりと呑み込んだ。
「は?」
誰の声だったのか。女神の声じゃ、ないと思う。
女神を呑み込んだやつは、ぼりぼりと咀嚼してから、ごっくん、と本当に呑み込んだ。蛇みたいな大口だったけど、完全に嚥下した姿は、子供みたいな、やっぱりおかしな露出度の、女だった。
その女は、少しだけぽっこりしたお腹を撫でて、笑った。
「ふふふ」
最初は静かに。
「あはははははは」
だんだん、肩を震わせて。
「ははははははははははははははははははははは!」
最後は、大口を開けて。
それで、ピタッと止まった。
「これで帰れる」
涙を流してこっちを見た。
瞬間、世界がぷつんと暗くなった。
ニナカワの周囲には、誰もいなかった。
何かが始まって、何かが終わったらしい。
その中でニナカワは決意して、実行しようと、思考した。
でも、何も成せなかった。
ニナカワサクラコは、最後まで『その他大勢』で、どこにも関わることができなかった。