※この作品はR-18です。

クラス転移したけど、クラスも世界も終わってる   作:稲荷竜

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淫魔一人称。手記風
『主人公』が異世界に呼ばれる前から


59話

 席替えの時、いつも、一番後ろの席になりたいと願っていました。

 私は誰かに見られるのが怖く、誰かに話しかけられるのがわずらわしかったのです。

 

 学校には通いました。親がそうしないと不機嫌そうにするからです。いじめられてはいませんでした。きっとたぶん、そうでした。でも、居心地の悪さはずっと感じていました。

 

 何か明確に『こういう理由で、学校に行きたくない』と言えるようなこともなく、ずっとずっと、うっすらと学校に行きたくなかったんです。誰かにわかってもらおうとした時期もありました。でも、全部、私が怠惰だから、という結論にしかされませんでした。私は、理解してもらうのをあきらめました。

 

 怠惰。

 

 よく、『怠けている』『サボッている』と言われました。結果だけ目の前に出されたら、私もそれに同意するでしょう。

 でも、違うんです。怠けていないんです。サボッていないんです。私だって、一生懸命なんです。ただぐったりと横になっている時間も、机の上に上半身を突っ伏している時間も、必死に重力に抗っているんです。でも、それは、人から見ると、怠けている時間としか、見られないようでした。私の内側にある必死の闘争は、私以外には、なんにも動いていないようにしか見えないのです。

 

 どこか、遠い世界に行きたい。

 

 突飛な発想でした。何も知らない子供のわがままでもあったでしょう。

 でも、その発想をした当時、私は真剣に、それを願いました。自分の、誰にも理解してもらうことのない、理解できるように私も言葉にできないこの苦境を解決するには、きっと、この世界ではなく、別な世界しかない。別な世界にこそ、『怠惰』な私の居場所はある。そう、信じたのです。

 

 異世界にも居場所はありませんでした。

 

 それを、クラスのみんなと、異世界に放り込まれて、思い知りました。

 

 

「英雄たちよ!」

 

 仰々しい出迎えに、私は血が凍るようでした。祭り上げられる、なんていうのは、悪夢そのものだったのです。

 私は『何か』になりたくありませんでした。

 英雄。なんと恐ろしい言葉なのでしょう! 役割を課せられてしまった。ただ起き上がるだけ、立ち上がるだけでも、内側で大変な闘争をし、その果てに苦しい勝利を掴まねばならないこの私が、英雄。そのうち一人に数え上げられてしまった……きっと、とてつもない何かを課せられるに違いありません。私はそのことが、心底恐ろしかったのです。

 

 クラスメイトたちは、はしゃいでいました。英雄になれるのが、嬉しいらしいのです。男の子ばかりがはしゃぐかと思っていたけれど、女の子たちも、同じぐらい、はしゃいでいるように見えました。たぶん、私たちを仰々しく出迎え、煽り、心底から期待するような笑顔を向けるアンデルセンという人が、本当に、少女マンガから出てきたかのように、『王子様』だったからなんだと、思います。

 

 三十七名のクラスは、こうして、異世界で運命共同体になりました。

 

 私たちは(まるで自分がクラスにきちんと帰属できているかのような表現になってしまいますが、どうやら、もうクラスという共同体の一員だと自分をみなす以外に、自分自身の居場所を定義する方法がなさそうだという諦念をこめて、私はクラスを『私たち』と述べることにします)戦いを始めました。

 

 そうしてあっさりと、壁にぶち当たりました。

 

 

 戦いなんかしたことのなかった私たちは、最初、それでも、『女神の加護』を得て、慣れない武器の感触に興奮し、ダンジョンという暗闇を自分たちの手で切り拓く、フロンティア・スピリッツを己の中に発見し、武者震いをしながら、意気揚々と地下の暗闇の中に降っていました。

 

 最初、ばったばったと敵を薙ぎ倒すことができました。

 私がこの恐ろしい冒険について行けたのは、私もクラスという共同体の一員としてある程度以上の興奮を覚えていたなどと、そんなわけではなく、私の立ち位置が、クラスの中で一番後ろだったからです。

 

 聖女。

 

 どうにも私は、このむず痒い力を授かってしまったようでした。

 この力の持ち主の居場所は、クラスで一番後ろだったのです。傷つく人がいれば癒し、戦いとなればみんなに力を分け与える。

 いわゆる『一神教によって列聖された人、その中で特に女性に与えられる称号』というわけではなく、『他者に力を分け与える』という、民衆の中に南無阿弥陀仏を広めた空也聖のような、病や貧困に苦しむ人に手を差し伸べたマザー・テレサのような、もしくはガンジーのような、そういうあり方を求められる職業にして女神の加護。それに『聖』の一文字をつけているようでした。

 

 私はこの女神の加護に求められるのが、ジャンヌ・ダルクのような役割ではなかったことに、心底、安堵していました。

 みんなの前に立つなんて、とんでもないことなのです。多くの人の視線を背中に受けることは、想像しただけで耐えられないのです。もしそんなことになれば、私はきっと与えられた部屋から出ることも、できず、『怠けて』しまうことでしょう。

 

 クラスの中で、一番後ろの席がいい。

 

 私の願いはやはり、それぐらいでした。みんなのようにはしゃぐこともできず、元の世界に帰りたいという一心で苦しみに耐えることも、できそうもありません。

 どこにも居場所なんか、ないのです。でも、居場所がない事実には、耐えられないのです。だから、クラスの一員のふりをしていました。それも、クラスで一番後ろにいられたからできたことでした。

 

 そうやって順調に進んだ結果、私たちは初めての決定的な敗北を喫したのです。

 

 十五階層で、淫魔に出会いました。

 クラスメイトが凌辱され、連れ去られました。私たちはそれを見ているしか、ありませんでした。

 

 クラスが一つの共同体ではなくなり始めたことを、一番後ろから見ていた私は、気付きました。

 でも、どうにもできませんでした。

 私にクラスをまとめる力はなく、そもそも、クラスの状態がまずいことを、力ある人に教えることさえ、できなかったのです。

 それはきっと、『怠けていた』からだと、人には言われるでしょう。

 それがわかって、私は、逃げました。

 

 逃げた先で、彼女に出会いました。

 

 

 私たちが行き来できる範囲というのは、ダンジョンという広大な暗闇を除けば、本当に狭い範囲でしかなかったのです。

 

 王宮の一定の範囲内。宮殿の外には出られず、常にどこからか監視をされ、範囲からはみ出そうとすると、やんわりと、優しく、しかし断固として止められます。

 

 私はどうにもその範囲から足の先を踏み出してしまったらしく、どこからともなく、あの『王子様』が私のもとへ来て、私の前に優しく立ちふさがりました。

 

「ミス・オオミ。何か欲しいものがあるのだったら、私にお手伝いさせてはいただけませんか?」

 

 本当に優しい声と顔でした。

 でも、断固としていました。相手に『はい』と『いいえ』以外を許さない。細かい言葉で補足して、正確な要求を語ることを許さない。そういう、静かで圧力の強い口調でした。

 

 私は心底怯えました。

 

 アンデルセン王子の口調に、私は『大人』を思い出させられたのです。

 私は大人が苦手でした。大人というのは、私たちを『若者』という一つの、大きな枠の中にまとめようとします。そして彼らは、その枠を大きいとは、全然思っていないのです。すべての、一定範囲の年齢の者が、『若者』という枠に収まって当たり前で、『若者』の規範から少しでもはみ出たら、それは異常個体であり、指導が必要だというのを、固く信じているのでした。

 

 私からすればそれは邪教であり、邪神の布いた因習です。

 

 しかしその因習は、私の住む世界を支配する絶対的なルールで、私はいつも、『若者らしくない』という指導に対しては、へらへら笑って、否定せず、しかし肯定も謝罪もしないという、ほんのかすかな抵抗を試みるしかありませんでした。

 

 私の笑顔には、一定の効果があるようでした。

 断じて、相手の言葉を肯定はせず、謝罪もしません。しかし、大人は、私が微笑んでいると、なぜだか、私が彼らを心底から尊敬し、彼らのめちゃくちゃな言い分を一部の取りこぼしもなく認め、その『指導』に深く感謝していると思い込むのです。

 私はその勘違いを利用してきました。

 その習慣が、アンデルセン王子を相手にも、同じ微笑を浮かべさせました。

 

 ところが、王子には通じなかったのです。

 それは、そうでしょう。『はい』『いいえ』で答えるべき場面で、黙って微笑むなど、会話が成立していません。もとより成立させる気のない話しかけ方だったようにも思われますが、彼の想定とは、話の流れが違ったものと思われました。

 

 彼はなぜだか、私に興味を持ったようです。

 

「もしよければ、私の妹に会ってみますか?」

 

 どういった話の流れだったのか、思い出すことはできません。

 話に流れなど、なかった気もします。私は、微笑の裏側に何かを見られ、アンデルセン王子はそれに反応して、私に今の提案をしたのでしょう。しかし私の微笑の裏側には、なんにもないのです。がらんどうでした。

 だからこそ、大人たちは、私の微笑に、自分の声がそのまま気持ちよく反響する感触を覚え、私が微笑を浮かべるだけで、自分の『指導』が会心の手ごたえだった幻想を抱くのかもしれません。

 

 私は肯定せず、言い分の意味を理解することもできず、ただ微笑を浮かべていました。

 そうしたら、『彼女』のところに案内されたのです。

 

 私はずっと頭に『?』を浮かべたまま、だからこそ微笑を浮かべ続けました。これだけが、私の武器だったのです。私が『聖女』という女神の加護を授かった時、クラスが納得したような感覚がありました。それはきっと、この空っぽな笑顔が、功を奏した、ということなのでしょう。

 

 私は『聖女のように微笑んで』、彼女に対面しました。

 

 目隠しをした彼女。足枷をつけた彼女。真っ白な部屋、鳥籠のようなベッドに腰かける彼女。

小さな人(クライニー)』という俗称で呼ばれているらしい、眼球のない彼女。

 

 運命の出会い、と呼ぶべきなのでしょう。

 

 この時に彼女と結んだ縁のせいで、私はみんなのようには死ねず、ダンジョンの十五階層で、苦しむ羽目になったのですから。

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