※この作品はR-18です。

クラス転移したけど、クラスも世界も終わってる   作:稲荷竜

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三人称視点
主人公が帰ったあとのクラスの様子
前編


6話

「なあ、みんな、その……こんなこと言うのもおかしいと思うけどさ……み、みんなで、アサギに、謝って、戻ってきてもらわないか?」

 

 レイナが助かったあとだ。

 

 ヤナウエの号令でロビーに集められたクラスメイトたちは、想像もしていなかった申し出を聞くことになる。

 

 誰もが最初、理解できなかった。

 

 この場にいない──未だ寝込むレイナの面倒を見ているナナミがいれば、なんとなく、ヤナウエがそう申し出る経緯に想像がついたことだろう。

 

 だが、クラスメイトたちには、何がなんだかわからない。

 

 アサギタカミネが来たということさえ知らない者がほとんどだった。

 ……絶対にみんなに賛成されないと確信していたナナミは、妹を助けるため、独断で、アサギタカミネを呼びに城を出たのである。

 

 通常、異世界人が出ることを許されない城の外に、第二王子の手の者の監視つき、そして案内つきで、向かった──

 

 ──この意味を考察できる者は、ナナミを含め、クラスメイトたちの中には誰もいないが。

 

 閑話休題(ともあれ)、レイナが『あんな状態』だったため、クラスメイトたちを遠ざけていたのもあり、ヤナウエの心変わりはあまりにも唐突にしか思えない者がほとんどだった。

 

 その心変わりがどのようにもたらされたのかを知らない者が、笑う。

 

「おいおいヤナッち、どうしたんだよ!? どういうギャグ? わかんねーって!」

 

 髪を逆立てた細身の男子だ。

 クラスの中で上位グループに所属している者の中には、『太鼓持ち』という役割を負う者もいる。

 

 この逆立てた髪の男子はヤナウエのグループで『面白いお調子者』『便利な小間使い』として振る舞うことで立場を得ていた。

 だから、ヤナウエの言葉にみんながシンとしてしまうと、リアクションをとらずにいられない。そうしないと、立場の維持ができないから。

 

 ……だが。

 

 この逆立てた髪の男子の想定では、『だよなー!』と言いながらヤナウエが笑って、みんなも笑う──そういう流れがこのあとあるはずだった。

 だが、ヤナウエから返ってきたのは、冗談めかすことなど絶対にできない、厳しく、冷たく……

 

 ……怯えた視線だった。

 

「知らないんだ。お前らは知らねぇんだよ。……アサギは必要だ。か、考えてもみろよ! アサギがいなくなってから、攻略も足踏みしてる! アサギは……あいつは、実力を隠してたんだ……」

 

 隠していたのではない。鍛え上げた。

 そもそも、デバフという形で尽くしていた。……このクラスにしか、居場所がないと思っていたから。

 

 だが、居場所は他にもあると気付いた。

 

 だからこその変化がアサギタカミネには起こっている──が、それだけの物語を、ヤナウエはアサギの身の上に想像できない。

 

 知力の問題ではなく、バイアスの問題だ。

 

 人間は誰しも、『見下していい相手』に物語がある、あるいは、物語が()()()などとは想像もしない。できない。

 加えて言えば、『実力をつけた』だと先見の明がなかったリーダーの責任を問われるが、『実力を隠していた』だと、追放を決定したリーダーの責任が分散される──

 

 ──計算してその言い回しを選んだわけではなく、ヤナウエに生来備わった感覚が、無意識に責任を軽くする方向の言葉選びをさせた。

 ようするに、彼の本性、性分による、他責思考の口ぶりだ。

 

「……ヤナ、もしかして、レイナを治したのは、アサギなのか?」

 

 このクラスで最も背が高く、もっとも優れた肉体をした男が、重苦しくつぶやく。

 この男は、クラスのトップグループにおける『腕っぷし』の担当だ。

 ……ただし、令和の世の学生である彼らは、暴力を振るうことで、自らの立場を弱くすることを知っているし、そんなヘマはしない。

 

 だからこそ、『明らかに強そうな見た目』が役立つ。

 

 実際に殴ってはこなくとも、『いじめられっ子が、たとえばナイフを持ち出そうと思った時、明らかに自分では勝てそうもない戦力』がそこにいることが、見た目でわかれば、ためらう。

 暴力という、人生を引き換えにすれば誰でも扱える一発逆転手段を封じるため、示威される武力。それが、この男の担当だった。

 

 ヤナウエは、「あ、ああ、そ、そ」と言葉に何度もつまづいてから、

 

「そ、そう、そうなんだ。レイナは、アサギが、治してくれた……だ、だから、その功績で、ほら、俺たちも……許してやるべきなんじゃないかなって、そう思ってさ……」

「……そういうことであれば。ヤナが許すなら、俺たちも、文句はない」

 

 許す、許さない。

 この論をもしもアサギ本人が聞いたならば、今の彼は、鼻で嗤って、こんなことを思うだろう。

 

『どうしてお前たちが、許す側だと思っているんだ?』

 

 言葉にはしない。

 彼はもう、クラスメイトたちを、言葉の通じる生き物とは認識していない。

 

「そういうことかよ!」髪を逆立てた男子は、お調子者っぽさを全力で発した。「だったら許してやろうぜ! あいつも──どこで何してたか知らないけど、そろそろ俺たちが恋しくなってきたころだろ!」

 

 意味のわからない話題を振られたクラスメイトたちの雰囲気が和らいでいく。

 全員が、アサギタカミネを許し、また迎え入れて()()()()──そういうことを、口々に言い始めた。

 

 お調子者は、言葉を続ける。

 

「ま、帰ってきたら雑用からスタートだな! いやキツかったんすよヤナッち。あいつがいないせいでさあ、掃除とか、整備とか、地味で大変なことみーんな俺に押し付けやがって! お前らもだぞ!?」

 

 この指摘は『悪い悪い』という笑いを誘った。

 彼には冗談と本気の均衡を上手く操って声を発する才能があった。 

 

「だからいなかったぶん、いっぱいコキ使ってやろうぜ! 出戻りは新入りから──バイト先でもそう言われてたんだよね、オレ!」

 

「ふざけるな!!!」

 

 空気がまた、凍り付く。

 

 叫んだのは、ヤナウエだった。

 

 ヤナウエは、向けられる驚きの視線に、「あ、いや……」と知らずに浮かせていた腰を下ろしながら……

 

「……いや、そういうのは、アサギの役目じゃない。とにかく、あいつを怒らせるな。あいつを、あいつ、あいつに、許し、てもら……ああ、いや、その……温かく、迎えてやらないと、いけない、から……」

 

 プライドがある。

 プライド以上に、『立ち位置』がある。

 

 どの組織にも『メンツ』というものは存在して、ヤナウエはリーダーであるメンツから、弱い物言いができないという縛りを負っていた。

 

 だが、その本心は、恐怖に支配されている。

 

 ヤナウエは、確信しているのだ。

 

 ──あの時。

 

 自分がアサギに殴り掛かり、喉を突いて反撃をされた、あと。

 二回目、殴ろうと思って、苦しい呼吸を整えていた、あの時……

 

 待たれていた。

 

 殴り掛かるのを、待たれていた。

 

 そして、殴り掛かれば……

 

 殺されていた。

 

 ためらいがなかった。むしろ、望んでさえいたのではないか?

 追放してから三か月で何があったのかは知らない。だが、アサギは、自分たちが超えなかった何かの線を超えている。

 

 だからこそ、そばに置きたい。

 

 悪いことをしたつもりはない。でも、報復される動機が向こうにあるのはわかる。

 そんなアレが見えない場所で生きているだなんて、恐ろしくてしょうがない。あんな冷えた目で、あんな火傷するような殺意を放てる男が、自分を恨んだまま、どこかで生きている。絶対に嫌だ。絶対に、どうにかしたい。そうしなければ、眠ることもできない。

 

 懐柔したい。死んでくれれば一番いい。でも、それはどちらも、傍に置かなければできない。

 それに……殺せない。あいつを殺すだけの力が、クラス全員揃えても、ない。

 

 ただ単にレベルが違う──のは、あるのだろう。

 でも、それ以上に……

 

 生物としての覚悟が違う。

 

 アレはためらわない。

 こちらは、人間を相手にすれば、ためらう。絶対に、ためらう。

 

 何があったかはわからない。けれど、何かがあいつを……変えてしまった。

 隠していたのではなく、変わった。

 ……ヤナウエはようやくその結論に至ることができた。

 もっとも、その結論を認めることは、できないけれど。

 

「とにかく……追放。そう、追放は……か、かわいそう、だったよな。だからさ、温かく、迎えてやりたいんだ。……友達として、さ」

 

 そこで感動的な空気になったのは、ヤナウエが、クラスの人間にとっては、『爽やかで友情にあつく、リーダーシップがあり、勇気がある』という評価だからだ。

 確かにそういう面も、ヤナウエにはある。

 

 下種な行いをする者は、その品性まで下種だから、そういう行いをするのではない。

 

 元いじめっこの弁護士が、依頼者のために努力することはある。

 元いじめっこの教師が、生徒のために心を砕くことはある。

 

 生きていれば人間は変わる──という話では、ない。

『まっとうでない人付き合い』をする相手は、そういう人たちにとって、ごくごく限られた一部でしかなく、その一部以外の人間にとっては、『いいヤツ』である場合がほとんどだ、という話だ。

 

 相手によって態度を変える。

 これはしばしば、『人間なら当たり前』と言われる。

 

 だから、『まっとうではない扱いをされる一部』は、本来、なんの問題にもならない。

 

 学生時代にどれだけ酷いいじめをしても、まともに就職して、まともに結婚して、まともに家庭を作る者がほとんどであるように。

 ごくごく一部に酷いことをしていたとして、通常の人生ならば、問題になんかならないのだ。

 

 だから、そういう者らは、世の中にのさばることができる。

 

 結局は、社会がそういう者たちを守るからだ。

 何せ、そういう者たちが社会に見せている面は、『良い人』の面だから。

 

 

 けれど、彼らの『社会』は、変わってしまった。

 

 

 ……クラスのリーダーの『優しさ』に、むず痒いような、温かい空気が流れた。

 

 その空気を──

 

「ヤナウエくん」

 

 ──引き裂くように、ロビーに入ってきたのは。

 

 ササイナナミ。

 

 それから、双子の妹の、ササイレイナ。

 

 クラスの中でもとびきりの美少女の登場。さらに、『体調不良』とされていたレイナが無事に戻ってきたことに、クラスメイトたちは嬉しいどよめきを挙げる。

 

 だが、ナナミはそれを無視するように、ヤナウエの前に立ち……

 

「私たち、アサギくんのところに行くことにしたの」

 

 まとまりかけた『クラスの決定』を。

 ヤナウエが恐怖から逃れるための策謀を……

 

「…………………………へ?」

 

 粉々に、うち砕いた。

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