テイラー寄り
ニナカワが殺人事件を起こして逃亡したあと
「つまりッスよ。2001年にはあの異世界のダンジョンはクリアされてたわけじゃないッスか。だっていうのに、2026年にうちらが異世界に呼び出されることについて、ある一つの可能性が浮上するんですよ」
最近のテイラーは、ヨドガワの話を聞くことが増えた。
生きていくことができないから。
アイラ・テイラーは帰国子女である。
しかしその見た目は完全に外国の者だ。
手足が長く、腰の位置が高い。背もある。顔立ちも綺麗で、朗らかな笑みを浮かべている。
客観的な視点から語れば間違いなく『一軍』の人材だった。
けれど彼女は、クラスにおける『一軍』には入っていなかった。ヤナウエ、ウエマツ、スドウ、ササイレイナ。ここに混じってはいなかったのだ。
それは、アイラ・テイラーの性格に理由があった。
はっきり言ってしまえば、テイラーは、ヤナウエのことが、生理的に無理だった。
「つまり、『時間というのは過去から未来に向けて伸びる一本の線ではなく、ぐるりと巡った円環なのではないか』という可能性です。……あの、テイラーさん、本当にこの話に興味あります?」
正直に言えば、テイラーは、ヨドガワの語るどの話にも興味がなかった。
だが、話しているヨドガワを見ているのは、好きだった。
こうしてヨドガワに与えられた部屋に隠れて潜むような暮らしを始めて、もうじき一か月が経過する。
ニナカワがよりにもよって『女神の加護』を使って人を殺してしまった。そのせいで、風当たりが強くなった。
ヨドガワはずいぶん前からこうして部屋に引きこもっているからあまり問題はなさそうだった。ハシグチもハナイも、いくらか追いかけ回されそうになったようだけれど、あまり目立つ方ではないからか、くじけずに働いている。
ネコイはもうずいぶん前から話していない。無事かどうかは、テイラーが心配する権利のあることではないだろう。
そのテイラー自身は、ダメだった。目立ちすぎた。
外国人扱いをされる。実際、向こうで幼少期を過ごした。けれど当人は日本国籍の日本人のつもりでいる。……まあ、言葉はまだ、日本のものよりも、イギリスのものの方が出て来たりもするのだけれど。それでも、元の時代では日本人でいられた。
ところがこの時代では外国人扱いされる。そういうデリカシーがない時代だった。
素性のわからない外国人というのは、素性のわからない日本人より就労のハードルが高い。
そして目立つ。2026年ごろになると都心では外国人観光客も多いし、普通に住んで働いている金髪碧眼などの特徴を持つ人も多い。けれど2001年はまだ、ダメだった。みんなから向けられる視線の強さが、2026年とは確かに違った。温度も、違った。
しばらく隠れているように言われたのは、思いやりというよりも、謹慎命令だったのだろう。
そうしてテイラーは、ヨドガワと過ごすことが増えた。
反対に、幼馴染のハシグチマコトと過ごす時間は減った。
アイラ・テイラーがヤナウエを生理的に無理だと感じていたのには、理由がある。
テイラーは『かわいいもの』が好きだ。小動物のようなもの、が好きだ。
そしてテイラーにとって、アサギは『小動物』のカテゴリだった。
昔のハシグチマコトも、同じようなカテゴリだった。
だから、それを酷く扱うヤナウエのことは、生理的に無理なのだ。
どれほど良いことをしている人でも、猫の虐待を動画にさらされれば、それまでの行いすべてが『無理』になる。ヤナウエの能力の高さと容姿の良さを認めつつ、『アサギをいじめている』という一点で、同じ空間にいるだけで不愉快なほど、生理的に無理だった。
……とはいえ。
『いじめられている小動物』を守るために、何かができたわけではなかった。
テイラーはスタイルがいい。能力だって低くない。
だが『低くない』程度なのだ。いじめられている誰かを庇って守り通すほどには高い能力がない。
そもそも、テイラーは常に『少数派』だ。
容姿がみんなと違う。育ちがみんなと違う。それは、メリットになることもあったけれど、その容姿で生きてきたテイラーの体感としては、ほとんどがデメリットだった。派手なデメリットではなく、こまごまとしたところで、他の人がしなくていいタイプのちょっとした苦労を背負う。そういう、デメリット。
ようするにテイラーも、生きていくだけで精一杯だった。
「おヨドの話はきっとたぶん面白いです。私、好きですよ」
「それわかってないってことだよねぇ!?」
ヨドガワが派手にリアクションをとる。テイラーは笑った。
楽しかった。ヨドガワの部屋で過ごす時間は。
ヨドガワだけが、この社会の中で、成長していないから。
彼女が自分の容姿に『時間使い』の女神の加護を利用しているかはわからないが、見た目も、体格も、雰囲気も、異世界から戻って来た時と、変わっていなかった。
何より変わっていないのは、雰囲気だ。
幼い。
今となっては、幼く感じる、学生のころの自分たち。ハシグチやハナイが揉まれて『大人』になっていく中で、ヨドガワだけが、あの当時の雰囲気を残していた。それが、かわいくて、好きだった。
テイラーはこの世界において圧倒的弱者で、どちらかと言えば『かわいい小動物』とみなされる側だった。
テイラーが小動物カテゴリに入れる人には『弱者』という共通点がある。
おどおどしていて気が弱いハシグチマコト。今は小動物ではなくなってしまった彼女。テイラーという『一軍』になれそうな女子が、いつまでも三軍以下のハシグチと仲良くできていたのには、テイラーの根底にある『弱者への庇護欲』、『母性』、あるいは──『見下し』が、あったからだ。
テイラーは見下せる誰かを好む。
自覚していなかった。でも、最近、自覚させられた。
この時代に来てしまってから、どんどん立場が弱くなってきた。
そうしたら、ハシグチとうまく付き合えなくなった。
だから、自覚するしかなかった。
自分は見下せる相手としかコミュニケーションがとれない。
そして、自分が見下せる相手は、どんどん減っている。
アサギが、恋しかった。
「おヨド」
「なんでしょ」
「……アサギくんのこと、どう思います?」
「え、えー……それはー……あの、なんで今さら、そんなこと?」
ヨドガワの態度の中には複雑な色がありすぎて、アサギに対してどういう想いを抱いているのかは、テイラーからは読み取れなかった。
確かに複雑な色にもなるだろう。
アサギタカミネ。
テイラーの視点からすれば、常に注目していた相手だった。
どうしようもなく弱弱しかった。そこに、惹かれた。好きだったのかもしれない。抵抗をしている姿は見たことがなかった。色々と情けないものを積み重ねていた。
でも、目がとても暗くて、深かった。
覗き込んでも覗き込んでも底が見えない、穴みたいだった。
残念なのは、異世界でいったん別れて再会したあと、その目がなんだか輝いていたことだった。
空虚な輝きだった。
でも、テイラーを凌辱している時、不意に、あの時の穴が見えた。底の見えない深い暗闇。テイラーは脳が焼けるような快楽の中で安心した。
この人は、強くなんかなっていない。
怯えた小動物のままだ。
根本的に何かを恐れていて、恐れている何かを倒せるだなんてまったく思っていない。
今やっているのは、『力をつけて、報復する』ということではない。報復ということが、できない人だ。彼にできるのはせいぜい危機回避とか緊急避難だけで、降りかかる火の粉は払えるけれど、自分で計画・立案して、誰かを酷い目に遭わせるということができない。思考の中に『攻撃』がない、弱くてかわいい人のままだ。そう、思った。
そう思ってからの自分は、ずいぶん、アサギに対する好意を隠していなかったと思う。
だから、最後、テイラーがヨドガワに手を引かれて、崩れ行く『肉の迷宮』から出る前に見たアサギの姿を思い出すと、胸がときめく。
あの姿は。
何もかも失って、崩れ落ちて、うつむくあの姿は──
──本当に、かわいかった。
「テイラーさんの方はどう思ってるんですか?」
ヨドガワは案の定、答えを先に述べるのを避けた。
彼女は自分の意見を他者に出すのを極端に嫌う人だ。内心の端っこでも言葉に載せることを弱みを晒すことと同じだと捉えている。
その弱さは、テイラーにとって愛おしいものだった。ハシグチマコトにもかつてあった、しかし今は失われた弱さだった。
「私、アサギくんのこと好きでした」
「…………………………えっ」
「おヨドは違う?」
「あっ、いや、そのー…………好き、か、好きじゃないか、は、わかんない、です。ヤバさがとにかく先立ってて。立場の弱さにはシンパシー覚えたりもしてたんですけどね。はい。つっても、まあ、うーん……『そこまで注意して見てない存在だった』っていうのが、正確なところ、かなあ」
「……」
「私の印象だとアサギはなんていうのかな……『いきなり出てきた』んスよ。クラスにいたころ、存在してなかった。……いや、どうかと思うのはわかりますよ。本当にわかります。でも、どうしようもなくって、見ないことにしてたっていうか」
「大丈夫ですよ」
「……んで、異世界でもやっぱり、『存在しない』状態で……追放されて、いきなり出てきた。そういう印象なんですよね。だからまあ、当人をどう思うかっていうか……印象を言うなら『嵐みたいなやつだったな』っていうか……」
アサギが『出て来て』からは、激動だった。
だから、アサギ当人に対する印象が残らないというヨドガワの気持ちは、わかる。アサギが出てきたことで動いた状況に意識を持っていかれて、その原因となったアサギ本人は、舞台装置とか、そういう、『人物ではないもの』かのように思えてしまう。その気持ちは、テイラーにもわかった。
ヨドガワは、「あーただ……」とフォローのように前置きした。
「……好きか嫌いかで言えば、悪い印象はなかったって感じですかね。好きか嫌いかで言えてないじゃねーか」
「あはは」
「結構酷いことされたのに不思議なんだけど、悪い印象はないな……本当にない。驚くほどない。実は私を売ったやつらにも悪い印象ないんですよね。なんだろ、マゾなのかな私」
「おヨドは、異世界でのことを『過去』にできてるんですね」
「そうなのかな? テイラーさんは?」
何気なく放った言葉が、何気なく返って来た。
しかしそれは、テイラーを言葉に詰まらせる鋭さを伴う言葉だった。
異世界でのことを、過去にできているか?
……できていない。
それどころか、異世界転移前の学校生活さえ、過去にできていない。
テイラーが今も生きている理由は、なんだか無意識に『戻れる』と思っているからだった。
『見下しにより人と付き合っている』という事実に続いて、また一つ、自分の内面を見つめ直し、言語化する羽目になってしまった。
テイラーはまだ、何もかも、過去にできていない。
今も、気分は修学旅行だ。寝室で隣り合ったクラスメイトと好きな男子の話をしている。『将来』も『現在』もない。心が過去に置きっぱなしだ。
でも、だから生きていられるのかな、とも思った。
アイラ・テイラーの人生は、客観的に見て、とっくに終わっている。
テイラーは今、何もできず世話をされるだけの小動物になっていた。
ニナカワが騒ぎを起こすまでは、どうにか喰らいつこうとしていた。でも、ダメになってしまった。マスコミが騒いでいる。容姿が目立つテイラーが標的にされていた。ケージの外から出ては危険だから、安全なケージに籠もっていなさい、と飼い主が言い、それに従う。そういう小動物。一人では何もできず、ご飯をくれる人がいなくなればあっさり死ぬ。本当に弱い生き物。それが、今のアイラ・テイラーだった。
「あの、私、何かまずいこと言いましたかね……?」
テイラーの沈黙に、ヨドガワが怯えていた。
テイラーは微笑みを取り戻した。
「いえ。異世界でのこと、こうして思い返すと、楽しかったですね。また、行きたいかもしれません」
「そうかあ!? そうかなあ!? 二度と行きたくないですが!」
明確に答えるのを避けた。でも、自分も、まるであの時のことをとっくに『過去』にできているかのようなことを言った。
テイラーは真剣に自分と向き合いたくなかった。生きる理由とか、将来のこととか、考えたくはなかった。だって、どうしようもないから。
テイラーがいくら気を付けていても、ニナカワが突発的に女神の加護を使って殺人を犯してしまったのは、どうしようもない。
テイラーがどういう振る舞いをしても、青い目と金色の髪を見た人が、テイラーを外国人扱いするのは、どうしようもない。
人生は生まれつきどうしようもないことと、努力ではどうにもならないことがたくさんある。
考えて考えて考えて、準備して準備して準備して、そして災害みたいなものに遭って、全部が無駄になる。現在も、将来も、粉々に消えてなくなる。異世界転移で、そういうことを覚えてしまった。
アサギの状況もたぶん、そういうものだった。
もしも運命を操れる存在がいて、それがアサギを救おうとするならば、どうするだろうとテイラーは考えた。
たぶんヤナウエたちとはクラスを分けるだろう。……でも、それだけで解決できるようにも思えない。どういう人と同じクラスになったとしても、その時々の『一軍』が、アサギをターゲットにしそうな気がする。アサギにはそういう、匂い立つような弱さがあった。
態度だろうか。容姿だろうか。わからない。とにかくアサギには、『見下したくなる何か』があった。弱者界の天才。輝ける弱さ。肉食獣を引き寄せる香り。そういうものが全身から漂っていた。
テイラーは見下す側の精神性を持っているから、断言できる。アサギがなんらかの被害者になるのは、もうどうしようもない運命だった。彼はあまりにも、魅力的過ぎた。
テイラーは妄想する。
「ねぇ、おヨド。もしも、私とアサギくんが、学校に通ってたころ、こっそり付き合ってたら、どうなりますか?」
「……アサギが『俺はいじめられてるけど、影で金髪碧眼の彼女と付き合ってるんだぜ』みたいな感じで自信を持つ姿がイメージできねー」
「ヤナウエくんのこと、倒せますか?」
「無理でしょ。まあ異世界で実力行使ならワンチャン? でも、この現実でヤナウエは倒せないなあ。あいつ、本当に強かった。何度思ったかわかりませんからね、この時代に来てから。『ヤナウエがいてくれたらな』って。これがたぶん、レイナさんとかが付き合ってた理由なんだろうなー。生存力っていうのかな。生命力っていうのかな」
「おヨドは、ヤナウエくんのこと、好き?」
「好きか嫌いかで言えばどっちとも言えないって感じッスね。また好き嫌いで言えてねーじゃねーか」
「あはは」
「……私みたいな『弱い側』からすると、ヤナウエ周りは『人間』ってより『環境』なんですよね。だからなんだろ、好意を持つ持たないじゃないっていうか。『実は猛暑、好きなんだよね』ってやつがいたら変態でしょ? さすがに私もそこまでレベル高くないし……」
「もし」
妄想は本当に楽しくて、いくらでもいくらでも、口をついて出て来る。
それは現実逃避だからだろう。益体もないことを、深く考えずに口に出す。それについて、無駄だとわかりながら検討する。
『もしも』は魔法の言葉だ。
「もし、アサギくんがいじめられてなくて、クラス全員が仲良しだったら、私たちは、全員で、元の時代に帰れたでしょうか」
「そりゃ帰れたでしょうね」
ヨドガワはまったく悩むことなく答えた。
少し意外で、テイラーは驚いた顔をしてしまった。
ヨドガワが気まずそうに視線を逸らす。
「や、そのー……スペックは足りてたと思いますよ、本当に。いいクラスだった。……いいクラスだったなあ。本当に。……もちろん、いじめがない前提で、ですけど。……あーごめんなさい。いじめがあったことを差し引いても、いいクラスだったと、思います」
「……」
「逆に私は考えちゃうんですよね。アサギが突然『出て来る』ことがなかったらって。そしたらなんだかんだ、十五階層も突破して、魔王もどうにかできて、みんな揃って元の時代に帰れたんじゃないかって。ヤナウエなら、あそこから……アサギに変に怯えなきゃ、どうにか持ってったんじゃないかって、思ってます。はい」
「アサギくんのこと、嫌いですか?」
「悪い印象は、ないです」
ヨドガワの声は固くて、それ以上の意思は何があっても声音にも表情にも出さないぞという決意を感じさせた。
それがもう、答えだった。
「二人で、あのクラスを救いませんか」
テイラーは話題を変えた。ひょっとしたら全然変えられていなかったのかもしれない。
ヨドガワは露骨に疲れた顔になった。
「いいですね。四十代になったおばさん二人、クラスに乗り込んで、『お前たちは近い将来異世界転移するから、クラスメイト全員で仲良くしておけ! 特にアサギの扱いは気を付けろ!』って言うんですか? ああ、『私たちは過去に転移した未来のお前たちだ!』っていう情報もつけます?」
「……」
「時間はね、過去から未来に伸びる一本の線じゃなくて、巡る円環かもしれないって話、しましたよね」
「……はい」
「たぶん、私が知らないだけで、私が学生やってる時、『この私』はいたんだと思ってます。同じことが、ぐるぐる、起こってるんですよ。昔の私は『この私』に会ったことがない。だからきっと、私はどうしたって、昔の私には会えないし、忠告もできない。私は、そう思ってます」
「……」
「すいません、もしもクラスメイトに忠告をするんなら、一人でやってもらっていいですか。私は……もう、『おヨド』でさえないんで」
それは運命への屈服宣言だった。
テイラーは、怒りがわかなかった。ただ、『どうしようもない』という確信を強めて、何をしても無駄なんだと思う材料の一つをまた手に入れただけだった。
閉じた円環の中で、自分たちはここにいる。
なら、自分たちの人生は、始まった瞬間には終わっていた、ということだ。
自分たちだけではない。世界は全部、終わってる。
あらゆる努力は無駄だし、あらゆる備えは無駄だ。最初から何が起きるか決まっていて、決まっている通りの何かが起きる。なら、そんな世界で生きて、苦しむ理由も、きっとない。
テイラーは笑った。
「ありがとう、おヨド」
「……え、なんスか。いきなりお礼言われると怖いんですけど」
「何もかも『過去』にしなくたっていいってわかったんです」
「すみません、わかりません」
運命が最初から定まっていて、時間が円環のように巡るのなら、何をしなくても未来は変わらない。
反対に、何をしたっていい。
「私、アサギくんを探そうと思います」
「まだ生まれてないです」
「ですからご両親を探します。それで、アサギくんが産まれたら、さらって育てます」
「なんで」
「それが一番、クラスを変えられる可能性が高いからです。──ねえおヨド。時間が円環みたいだとしたら、もしも、クラスを変えて、クラスメイトが一人も欠けることのないまま元の時代に戻れたら、この私たちは、消えるのでしょうか?」
「……」
「私たち、もうとっくに終わってますよね」
「…………まあ、はい」
「だったら、死を選ぶより、そうやって、円環をズラして消えようと思う方が、ずっとずっと前向きじゃありませんか?」
「そのために、アサギをさらって育てる???」
「アサギくんはどう考えても弱者の英才教育を受けていますから。私が教育しなおします」
「すみません、英語わかんなくて」
「日本語です! 私はアサギくんがクラスのみんなと協力できたらみんな助かると思ってます。おヨドはアサギくんが突然『出て来る』ことがなければうまくいったと思ってるんですよね」
「まあそッスね」
「だったら、運命の円環の軸は、アサギくんでしょう。これをちょっとでもズラせたら、何かは変わります」
「……理論上はそうですね。『運命の円環』っていうものからして、机上の空論なわけですが──あの、時間は直線じゃなく円環だっていうのも、思考遊びみたいなモンですよ。実際に、『時間』っていうのは存在しないっていうか、いえ、存在はしますけど……」
「私にも生きる目標が必要ですから」
「……」
「私がアサギくんを、保護します」
ヨドガワはしばらく黙った。
そして、『もうこれしか、テイラーの奇妙な思考と行動を表現する、クラスメイトに向けていい言葉はない』という様子で、つぶやく。
「それは、『愛』ッスね……」
テイラーは満足げにつぶやいて、部屋を出て行った。
だからヨドガワは──もう『ケージの中の小動物』として、祖母に飼われ続ける覚悟をとっくに決めているヨドガワは、ため息をついた。
うらやましいという気持ちは、全然ない。
ただ、『元気でいいね』と、嘲るような気持ちが腹の底から、息になってこぼれただけだった。