ワタナべ寄り
2000年代初頭、ちょっと話題になった人がいる。
その人は完全に記憶喪失で、身寄りが誰もいなかった。
捜索願も出されていなかった。
医師によると記憶はあったというのが後年になって語られたのだが、その人の記憶というのが、『その時代より未来のこと』であったり、『異世界としか思えない場所のこと』であったりしたため、その情報が知られたあとちょっと話題になって、ネットの掲示板をにぎわせた。
正体は様々に憶測されたが、話題になったあと、その人がどう暮らしているかまでは、よほど興味のある人しか知らないし、興味のある人も、すべてを追うほどの情報はなかった。
ただ、戸籍を得て、暮らしているらしい。
記憶もなく身寄りもないその人の詳しい暮らしぶりはわからない。ただ、年齢が若いので、自衛隊に入った、ということが語られている。それも、情報の根拠には乏しい、半分以上憶測で、けれどなんだか多くの人が納得してしまう、そういう話にしかすぎなかった。
犯罪歴がある可能性がある『身元不明の人』を自衛隊が受け入れるのか? という疑問を呈する人もいた。しかし無視された。『異世界と未来の記憶を持った身元不明の人が、自衛隊に入った』というエピソードには、奇妙な強固さがあった。
もっと言えば『自衛隊に秘密裏に存在する特殊部署が……』という話が支持された、というのがあるだろう。
事実はどうでもよかった。他人の人生なので。
ただ、人は消費できる情報を待ち望んでいて、それが来たら消費して、飽きたらまた別な情報を求める。それだけのことだ。
かくして2000年代初頭にちょっと話題になった記憶喪失の男性(恐らく、成人前)は、数年ごとにまたちょっと話題にはなったけれど、すっかり忘れ去られて……
二十年の月日が経過した。
◆
記憶喪失の男性、ワタナべシンにまつわる話にはいくつかの事実が混じっている。
未来のことを覚えている。これは、事実だった。それに、医師にもそう診断された。
異世界としか思えない場所の記憶を持っている。これも、事実だった。ただ、医師には『夢だろう』と診断された。正しくは、『事実を繋ぎ合わせて形成された記憶であるから、紐解けばなんらかの事実がわかるかもしれないが、そういうのを夢と言う』みたいな、そういうことだった。
ワタナべはニナカワの指示にしたがって、嘘を二つだけついた。
記憶喪失であること。
自分の名前しかわからないこと。
それ以外は嘘をつかなかった。医者の前で演技をしたらボロが出るし、ヤブでない医者がワタナべの記憶について探ったならば、きっと『あり得ない記憶がある』ことを見抜かれるだろうと、そういうことだった。
いくつかのテレビ番組にも出たのは、『そういう時代だった』としか言えない。
2000年代初頭。配信というのはさほど一般的ではなかった。ゲーム配信、音楽配信などはあった。だけれど2026年のように『なんでもかんでも配信する』ということはなかった。
そもそも、スマホがないので、撮影のためにビデオカメラを購入しなければならないし、生での配信も機材の揃った家でしかできない不便さがあった。その不便さがなんでもかんでもは配信しない風潮を作り上げていた。
この時代、市井で起きた『もしもスマホがあったら生配信するのにな』というようなことはテレビが行っていた。
2000年代初頭。本当に素人が大量にテレビに出る時代だった。視聴者参加型の企画というのが、どこのチャンネルでもあった。よく知らない大家族のドキュメンタリーとか、2026年当時で言うところの『恋愛リアリティショー』の先駆けみたいな企画とか、素人大食い選手権だとか、警察密着、医療密着など、テレビが『ネタになる素人』を探している。そういう時代だった。
ワタナべはその時代に張り巡らされていた網に引っかかり、ちょっとだけテレビに出た。
本当に記憶喪失かをチェックされたり、超能力者を名乗る知らない外国のおじさんに『記憶の透視』を受けたりした。
ヤラセの多かった時代でもある。ヤラセ、つまり『台本があるのに、台本がないかのように振る舞う』といった演出手法。ワタナべは自称超能力者と事前に打ち合わせをさせられて、『わかってはいたはずなんけど、実際にやられると、夢が壊れるような感じがあるな』と思わされたりした。
そうしてテレビの後押しもありそれなりの立ち位置を得たワタナべだったが、目立ち続けるのが本人の性格的に向いていなかったのもあり、『目立たない、堅実な職業』を探した。
自衛隊というのは選択肢のうち一つだった。
ただ身元がはっきりしないというのは目の前に立ちふさがる大きな問題で、半ばあきらめていたのだが、ここをクリアできる縁がテレビ出演の中でつながった。
ワタナべは『記憶喪失の少年の手がかりになるかもしれない』ということで、特技を披露させられることになった。
その時に槍捌きを披露した。長距離走は特技と言えるほどのものではなかったし、他に何かできることもなかったからだ。
そのせいで『戦国時代から来た人?』などと話題になったが、この時に共演した人が槍の道場をやっており、同時に銃剣道の教官でもあった。
ワタナべはこの人にいたく気に入られた。どうにも、『その若さでこれだけ使えるのは、よほど真面目に訓練を積んできた証拠だ』ということで、好感を持たれたらしい。
ワタナべは過去の経歴がないので犯罪を犯しているかもわからない。だが、戸籍を新しく獲得したので、犯罪歴はなく、三親等以内に犯罪者もいない。そもそも、三親等以内に誰もいない。戸籍上は。
そのあたりを、うまくやったらしい。ワタナべは本当に自衛官になった。2026年の意識から考えるとありえないぐらいの裏技だが、2000年代はまだまだ緩い時代だった。
見た目の朴訥さと、地蔵のような静けさも、ワタナべの道を後押しした。
地味で無口な坊主頭の少年は、見るからに悪いことに不向きな顔をしていた。……少なくとも、そういう評価を受けた。クラスメイトを売った男は、『朴訥な少年』とみなされたのだ。
かくしてワタナべはこの時代で戸籍と職業を手にした。
六人の少女を世話できるほどの稼ぎにはならないかもしれないが、一人、二人ぐらいなら養う展望も持てた。訓練課程を経てからニナカワに改めて指示を仰ごうと思い、久々に連絡をとった。
そうしたらニナカワは人を殺して逃亡していた。
犯罪者とは関わることができない。ワタナべはそういう立場になっている。
もうすべてを諦めて、『青臭いもの』を切り捨てて、ただただクラスメイトたちのためだけに、指示に従って動こう──そういう決意を固めていたのに、指示を仰ぐという基本方針がとれなくなってしまったのだ。
今さら、放り出されても、困る。
ワタナべを支配したのは、そういう感情だった。
今、この時代で築いている生活基盤も、維持する理由がわからなくなってしまった。ニナカワの犯した殺人は、ニナカワを拾ってくれたらしい会社と、そこにニナカワと同時に所属したみんなを巻き込んでいた。特にテイラーなど連日、大きな写真がテレビに映されて、ニナカワ以上に犯罪者みたいな扱いをされている。近付けない。
この時代、携帯電話はすでにあった。高校生でも持っている人がいるぐらいには浸透していた。
ただし通話状況はデータとして残る。ワタナべは今の立場を守ろうと思うなら、軽々に連絡をとることさえできない。
どうすべきか。
……それを考えない立ち位置だったのに、考えなければならなくなってしまった。
その状況に追い込まれて、ワタナべは初めて、自分が『考えたくない』と思っていることに気付いた。
ワタナべの行動はいつだって、小さな、アリバイ作りみたいな善性と、『贖罪』が原理だった。
ネコイを見捨てて逃げてしまった。だから、ネコイのために、アサギを頼った。
その結果、新たな罪を重ねた。ネコイと自分のために、スドウとニナカワと、キサキを売った。
ダンジョンの中で、インドウが危機に陥っているという報が舞い込んだ。
助けに行こうと思った。死ぬかもしれないけれど、確かに、行こうと思った。
でも、アサギに、自分の命も俎上に載っていることを意識させられて、足が止まってしまった。
もしもインドウの生存が絶望的ではなく、急げば間に合うと思われたなら、自分は行けただろうか?
……わからなかった。『行けたはずだ』と思うことは、できる。でも、実際に行けなかった自分がそんなふうに思うのを、自分自身が許せない。
最後。
肉の王宮を、アンデルセンについて、進んだ。
そうして通された玉座の間で、アサギと再会した。
間違いなく、最終決戦が始まる空気だった。そこで、アサギの側につくことを表明した。
では、何ができた?
相手の淫魔が手を出してこなかった、というのはあるだろう──その直前にネコイを弄んでいたのに、戦いという意味では、手を出してこなかった。
だから、何もしなかった。
ネコイを好きならば、ネコイに酷いことをしただけで、充分に、襲い掛かる動機にはなったはずだ。だというのに、あの時の自分は、まさに地蔵のように固まっていた。淫魔を何がなんでも殺そうという決意も殺意もなかった。
その結果。
……この時代に、来た。
もしもあそこでワタナべが殺意を以て淫魔と戦い、倒せていたら、この時代には来なかった。
倒せたかどうかは、わからない。……というか、『パーティ』の単位で手も足も出なかった淫魔に、ワタナべが単独で勝てる可能性はほとんど皆無だっただろう。
しかし、行動しないことには奇跡さえも起こらない。
ワタナベは奇跡を起こす可能性をいつだってふいにしてきた。
それは『賢い立ち回り』と言えるのかもしれない。成功する可能性が低いことに命を懸けるのは愚かだ。ただただひたすらに、リスクも考えずに挑戦をするのは、褒められる行いではない。
それでも、どこかで、奇跡を志して、挑戦をしていたならば。
……こんな状況に放り込まれなかったのではないか、と。ワタナべは思ってしまう。
状況を整理し、過去を明文化した。
そこにある『自分の気持ち』を拾い上げる努力をしてみた。
そうして、理解した。
自分に足りないものは、『自覚』だった。
主体性、と言い換えてもいいかもしれない。状況に即して動くことはできた。身の振り方という点では、かなり、いい線いっていただろう。
だが、自覚がなかった。すべては対応だった。行動がなかった。主体的な行動が。
では、ネコイのためにアサギを頼ったり、無駄かもしれないと思いながら──結局行けなかったが──インドウを助けに行こうとしたりしたのはどうか?
それは贖罪だ。贖罪とは、『マイナスをゼロに近づけるための行動』だ。
ワタナべはゼロになりたかった。
誰に負債もない状態でいたかった。
人に何かを借りっぱなしにしたくないというのは、誰もが当たり前に思うことではあるだろう。だけれど、自分の行動の原理が、ほとんど唯一、『借りを返すこと』だった、その理由は何か?
恐れていたからだ。
誰かに負わされた負債。それを返せと迫られ……
……自分のペースで走れなくなること。
それを、恐れたからだ。
ワタナべは、気付いて、笑った。
案外自分は、根っからの長距離ランナーだったんだな、と笑った。
今、放り出された。ペースメーカーはいつの間にか消え去ってしまった。
テレビに出た。街道にたくさんいた観客。気付けば誰もいない。でも、走らない理由にはならない。
走るとはなんだろう。哲学的な問いだろうか。いや、単純な問いで、単純で、それから陳腐な答えが待っている。
人生はよく、長距離レースに例えられる。
ワタナべの中にはどうしようもなく『なるべく長く生きたい』という欲望があった。そのために、無理をしたくない。だから、贖罪をしたがる。
本当は誰にも何も言われずにただただ自分のペースで走りたかっただけだ。
ゴールには走り続ければいつかつく。ゴールテープの先にあるものには、驚くほど興味がわかない。止まっていても、ついてしまう。でも、走る方が好みだった。だからワタナべは、走ることを選ぶ。
では、今、『走る』とは?
ニナカワがいなくなって、指示を仰げなくなった。
クラスメイト六人からは離れてしまった。ササイナナミのことはまだ引っかかっている。
生活がある。ようやく基盤と言えるものが築き上げられてきた。たぶん、この時代にいるクラスメイトの中で、ワタナべが一番、この時代に馴染んでいる。きっとたぶん、ニナカワがこぼしていた、『男にしかできないこと』をしている。そうすると生きていけるように、社会はなっているのかもしれない。
走るとは生きることだ。では、生きるとはなんだろう。ただただ毎日、漫然と目の前の目標をこなし続けることか? それもいい。そういうのは得意だ。
でも、やってみたいことが、ようやく、見えてきた。
ワタナベはゼロになりたい。負わされた負債はなるべく返したい。罪の意識を抱きたくない。罪の意識のせいで誰かに走るペースを乱されるのは、あまり好ましいと思えない。
でも、同時に、この『負債を返す』というのに、どうしようもなく生きる実感を覚えてしまう。
だから、ネコイのことが、好きなのかもしれない。
あの直情的で、騒がしい彼女のそばで過ごす時間は、生きている感じがしたから。
人生は長距離走。街道にギャラリーはいらない。ゴールテープの先にあるものに興味はない。ペースメーカーはいてもいいが、そんな大層なランナーでもない。
じゃあこの人生に欲しいものは何かと言えば、それは、走る理由なんだと思った。
ネコイは走る理由になる。しょうがないな、まったく、こいつは。とペースを上げる理由になる。
それが欲しかった。たぶん、自分の気持ちはそういうことなんだなと、ワタナべは思った。思って、ネコイにあんまりにも失礼すぎて笑ってしまった。
ワタナべの目標は決まった。
ネコイを迎え入れて、『生活』をする。
それはたぶん結婚に該当するものだろう。
ネコイの戸籍のないのが、職業上受け入れられないかもしれない。その負債をどうやって返そうか。ネコイも記憶喪失ということで新しい戸籍を獲得してもらおうか。ネコイの意思を問いかける前に、色々と考えてしまう。
ちょっと気持ち悪かった。
でも、それが人を好きになるということなのかもしれないと思った。
ワタナべは指針を見つけて生きていく。
クラスメイトとの連絡はとれなかった。立場上、仕方ないことだった。
でもニナカワが人を殺してからさらに五年も経ったころ、ほとぼりも冷めていて、連絡をとれそうな雰囲気があった。
少し遅れてしまった。でも、社会状況と職務事情が許さなかった。
だから、仕方ない。
仕方ない、ことだった。
仕方ない。
……忘れていた。
自分は、『仕方ない』という言い訳で、一体いくつのものを、透明にしてきたのか。
その結果、一体いくつのものを、失ってきたのか。
過去の世界に来て、十年が経過していた。
久しぶりに、ネコイに連絡をしようと思った。
番号は、知っていた。それは、ヨドガワの携帯電話の番号だった。
プライベート用の携帯電話から、かけた。
そして、教えられた。
ネコイは、五年前から行方不明になっていた。
仕方ないからと取りこぼしたものが、また一つ。
そこからさらに十年経ったあともなお、ネコイは発見されていない。
ワタナべは、家庭を持ち、息子と娘が一人ずついる。
仕方ないことだった。何せ、生きているのだから。