※この作品はR-18です。

クラス転移したけど、クラスも世界も終わってる   作:稲荷竜

69 / 70
三人称
アサギたちが異世界転移をする時代より少し前から

途中から一人称


69話

 相互殺人の死体があった。

 遺体ではなく、死体だった。

 被害者は二人とも、十代の女性と見られた。

 

 そこまでは、記録に残っている。

 だが、そこで、記録が止まっていた。

 

 二人の死体は発見後しばらくして、消え去ったからだ。

 

 粗末なアパートの一室。不可解な相互殺人。消えた死体。

 この話はどこかから漏れて、そしてネットでわずかな噂となり、尾ひれがついて、事実はすっかり尾ひれに呑み込まれて消え去った。

 

 無数にあるインターネット上のおもちゃの一つになったこの事件──

 

 ──その被害者の名前を知る者は、もはや誰もいない。

 

────────

死亡

ハシグチ マコト

ハナイ ムツキ

 

残り

6/32

────────

 

◆一人称

 

「運が悪いと思うこともあるかもしれないけれど、考え方次第よ。誠実にやっていれば、誰かが見ていてくれるわ」

 

 母親は両拳を握りしめて僕を送り出した。

 気楽で明るくて、それから『悩み』というものを不当に軽くしようとする人だな、と思った。

 

 恐らくきっとあの人たちも今まで生きていて、辛いこと、苦しいことに一度たりとも遭ったことがない──とは、思わなかった。思わないようにしていた。

 でも、僕の悩みを不当に矮小化され続けるうちに、どこか諦めにも似た気持ちがわいてきて、気付けばもう、僕は僕を悩ますあらゆることについて、両親というのを『頼れる存在だ』と認識するのをやめてしまっていた。

 

 母の口癖は『誠実』『考え方次第』、そして、『あなたは幸運なんだから』だった。

 

 どうにも昔、僕が幼いころ、家の周囲で殺人事件があったらしい。

 外国の人と日本の人、どちらも十代と見られる人たちが殺し合ったそうだ。

 

 うちにも警察が来た。

 ……その警察が、『犯人兼被害者が、アサギタカミネを殺すと言っていた』というような話をしたせいで、僕の記憶にその事件は深く刻まれている。

 

 警察は名前からまあ男性だろうとあたりをつけて、アサギさんちの男性が、十代の女性二人(片方は西欧系の外国人)をだまくらかして恨みをかい、この二人に刺されかけたんだろう──みたいな事件の図を描いていたようだった。

 しかしアサギタカミネが当時五歳の僕の名前だったので、不可解そうに去って行った。

 

 だから僕は、運がいいそうだ。

 不可解な事件に結局巻き込まれずに済んだのだから。

 

 その後、事件の詳しいことはわからない。いくらかニュースにもなったらしい。でも、当時五歳の僕には毎日が楽しくて、世界にはきっと面白くて、甘くて柔らかいものばかりだとしか思えなくて、そういう血なまぐさいニュースは関心の外だった。

 

 それに両親も、そういうニュースから僕の耳目を塞ぐタイプだった。

 

 思い返せば思い返すほど、うちの両親は僕を『良い子』に育てようと懸命だったと思う。

 ただし、能力が高くなかった。その能力で子供を『良い子』に育てようと思った場合、なぜだか、『汚いもの、下品なものに触れさせない』という方針をとるらしい。

 

 僕はあらゆるものを禁止された。

 自分で言うのもなんだけれど、僕は良い子だった。だから、両親に従って、自分の興味・関心があるもの、幼稚園や小学校などで話題になっている『子供たちの中で流行っているもの』も、大人しく禁じられた。

 そうしたらいつの間にか『空気が読めない』『話が通じない』という立ち位置を確保していた。

 

 何が、いけなかったんだろう。

 

 僕の現状の遠因はきっとそこにあるような気がする。けれど、その遠因に、驚くほど僕の意思が介在できる隙間が存在しない。

 

 両親の『禁止』を跳ねのけてクラスメイトに混じれるように情報収集をすべきだった?

 どうやって? なんの力も権限もない子供が、子供を『こうすれば良い子に育つ』と確信している両親にどう逆らう? あの、目を怒らせて、『こんなもの、見てはいけません』と、そうすることが僕のためになると確信している大人から、どうやって?

 

 そのくせ両親は責任をとらないように立ち回る。

 ある禁止事項のせいでできないことがあった。でも、それができるようになっておくべきと社会から要請された。

 両親は僕の『できない』ことの理由をたずねる。僕は、両親の課した禁則事項が原因で経験を積めなかったんだよと説明する。

 と、返事はこうだ。

 

『言い訳しないの』

 

 僕の発言はすべて言い訳で、僕の言葉は全部責任逃れ。

 すべての責任は僕にある。『現在』は『過去』を積み重ねて到達する先で、だから『現在』何かができない場合、『過去』に原因があることが多い。

 そして子供の『過去』はどうしようもなく親の支配下に置かれる。支配的に振る舞い、『禁止』を増やすことで子供を教育しようという親ならば、なおさらだ。

 

 けれど親は、僕の『過去』について、僕の言い訳だという。

 

 世界には理不尽があふれていた。でも僕は、両親を信じていた。信じすぎてしまった。そうか、言い訳なんだ。と思った。何か僕ができる努力の余地があるんじゃないかと思った。現状の悪いことの原因は、僕がどこかで立ち回りを間違えたから起こるのであって、現在の視点から過去を見返せば、普通の人なら『ああ、そうか、ここで、こうすればよかったんだな』と気付く。世界はそうなっているんじゃないかと信じていた時期があった。

 

 僕は、僕に責任を求めた。

 

 だから、学校でいじめられている責任も、きっと、僕がどうにかできる範疇の、過去に自分が犯した失敗のせいなんだろうなと思った。

 そして、原因さえ見つかれば、現在でも取り戻せる。努力の余地があると、そう信じて、自分の失敗を探し続けた。

 

 結論を言えば、何もなかった。

 

 どれだけ過去を遡っても、僕はきっと、何も悪くなかった。

 

 だからきっと、こういうのが原罪なんだろう。

 

 僕の罪は生まれたことで、僕の罰は生きることだ。

 

 アサギタカミネ。

 不幸なやつもいるもんだな、と思った。

 

 それが自分でなければ、笑えた。

 

────────

死亡

アイラ・テイラー

ニナカワ サクラコ

 

残り

4/32

────────

 

 

 原罪という言葉を最初に生み出した人は、きっと、僕みたいな目に遭っていたんじゃないだろうかと思うことがある。

 

「これからアサギが、女子の体操服を盗むんだよな」

 

 スマホを構えたクラスメイトが、これから行われる僕の犯行を撮影しようとしていた。

 僕は起動中のカメラの目の前で犯行を行わなければいけなかった。

 

 不条理だ。不可解だ。理不尽だ。僕が一体何をしたんだろう。僕はどうして、女子の体操服なんかを盗まなければいけないんだろう。それも、撮影されている目の前で。

 でもそういうものだった。これが当然だった。もう、『どうしてこんなことをするの?』と自分の中で問いかけることさえも疲れた。

 

 強要される犯罪行為。

 

 積みあがっていく『お前が悪い』という証拠。

 

 いじめ。

 

 昔のいじめについては詳しく知らないけれど、殴られる、蹴られる、なんていう方が、僕にとってはマシだった気がする。

 だってそのいじめは、犯罪として立証できる。殴られた痕を病院で見せれば証拠になる。

 

 でも、今のいじめは、犯罪を強要して、それを撮影して、人を悪者に仕立て上げる。証言者なんかいない。クラスでは僕が圧倒的に少数で、相手が圧倒的に多数だ。こうして『悪者に仕立て上げられる』『変態に仕立て上げられる』ことに、どうやって抵抗すればいいのか。そもそも、どうして、こんな目に遭うのか。何もわからない。原因がわからないから、対処のしようがない。

 

 僕は女子のロッカーを開けた。

 ササイナナミというクラスメイトのロッカーだ。

 そこには、今日の体育で使う予定の体操服が入っていた。

 それに手を伸ばす。握る、取り出す。

 

 スマホが僕の犯罪行為を撮影していた。 

 

 僕に罪があるとすれば、それは原罪に違いなかった。『なぜ』『どうして』『自分が何をしたのか』。そんなことを問うても意味なんかないことを、散々に思い知らされた。

 

 目撃者は大量にいる。僕がこうして、犯罪行為を強要され、スマホで証拠を撮られているのを、外側から見ている連中は、今も、このクラスにいる。

 ところがあいつらは証言者にはならない。無関心な他人。無関係なギャラリー。僕という生贄でクラスの平和が保たれて、自分に火の粉が降りかからないのを知っているから、僕はあの連中の視界と意識には映らない。映っても、僕の側に立つことは絶対にない、同じ空間にいるだけの無関係な傍観者たち。

 

「おい、アサギ、何してんだよ」

 

 お前がさせたくせに、何を言ってるんだ──なんて、そういうことが言えるぐらい、僕に元気があったら、何か変わったんだろうか。

 

 ……たぶん、何も変わらなかった。僕という人間は生まれつき、こうやって、誰かが誰かに感じさせられた鬱憤を晴らすための見世物として生まれてきた。そうでなければ説明がつかない。だって僕は、こいつらにこんな仕打ちを受けるようなことを、何一つしていないのだから。

 

 あるいは、したのかもしれないと考えるような時期もあった。

 でも、いくら考えても考えつかなかった。『僕は、何か、こんなふうに、犯罪を教唆されて、自分だけ証拠をとられて、生きているだけで弱みを積み上げられて、あいつらの機嫌一つで将来をめちゃくちゃに壊されて、現在をこんな絶望的にされるほどの、何か酷いことを、こいつらにしてしまっただろうか?』と考えたことは、あった。でも、全部、無駄だった。

 

 僕の苦境に、原因は存在しない。

 

 火のないところに立つ煙。それが僕の現状。

 

「ヤナウエくん、何してるの?」

 

 唐突な声が、クラスの外からした。

 

 名前を呼ばれたヤナウエより、僕の心臓の方が強く動いただろう。

 何せ、その声の主人は、今まさに、僕が体操服を盗んだ人なのだから。

 

 ササイナナミ。髪の長い、美しい人。微笑を浮かべた人。

 

 このクラスは無関係な傍観者か、僕が僕であるという罪を責める加害者しかいない。

 けれどただ一人、関係者がいるとすれば、それは、彼女のことだ。

 ……だからこそ僕は、彼女の体操服を盗むという役割を課せられた。僕にとって、クラスメイトはほとんどすべてどうでもいい無関係な他人であり、間接的な加害者だけれど、ナナミさんだけは、違うから。

 

「ああ、ナナミさん──」ヤナウエは笑っている。僕に向けるのとまるで違う、爽やかな、モテそうな笑顔だった。「──アサギがさ、君の体操服を盗んでるところを、偶然目撃しちゃって」

 

 ヤナウエの取り巻きがニヤついている。ヤナウエにすがりつくように立っている派手なメイクの女が、ササイナナミを見てニタニタとイヤな笑みを浮かべている。

 

 ナナミさんは、僕に近付いた。

 

 足音がまるで、処刑の時間が迫るのを知らせる秒針の音のようだった。

 

 ナナミさんは、手を出した。

 

 僕は、どうしていいかわからず、彼女の顔を、おそるおそる見上げた。

 

 彼女は、微笑んでいた。

 

「ありがとう、とってくれて。でも、用事が早く終わったから、今、受け取るね」

 

「え」

 

 頭がうまく回らない。少しして、ようやく、気付く。

 

 僕はかばわれた。

 

 ナナミさんが、僕に、体操服を持ってくるように依頼した──そういう筋書きに、された。

 

 もちろん事実とは違う。僕はヤナウエに命じられて、ナナミさんの体操服を盗むように言われた。その光景を撮影された。そうしなければもっと酷いことになるとわかっていても、やるべきではないことをしてしまった。

 

 でも、かばわれた。

 

 ヤナウエが目を閉じてため息をつき、微笑を浮かべる。

 

「なんだよアサギ、ナナミさんに頼まれてたんなら、そう言えよ」

 

 ヤナウエはナナミさんのカバーストーリーに乗っかって、今、この場は僕を見逃すことにしたようだった。

 

 ヤナウエの腕にすがりつく、化粧の濃い女が、忌々し気にナナミさんを睨んでいた。

 ……あいつは、ナナミさんの双子の妹のはずだ。でも、全然、顔の印象が違う。性格が顔に出ているから、だろうか。それとも、僕があいつを、心底嫌い、憎み、しかし全然逆らうことができない絶対者だと思い込んでいるから、そう見えるだけ、なのだろうか。

 

 ヤナウエたちは『白けた』という態度でその場を去り、席に戻り、談笑を始めた。

 

 あいつらにとって、僕を犯罪者に仕立て上げるのは、ああしてくだらないニュースをネタに話すのと同列の『娯楽』でしかない。

 

「アサギくん、大丈夫だった?」

 

 でも、ヤナウエたちは、このクラスの支配者だ。僕をかばえば、あいつらのターゲットがよそに向く。

 ナナミさんはしかし、奇妙に、ヤナウエたちのターゲットにならない立ち位置にいた。

 

 ……どうしてだろう。

 

 彼女と僕と、何が違うのか。

 僕と他のクラスの連中と、何が違うのか。

 どうして僕だけ、一挙手一投足、誰に好意を抱いているか、誰からの信頼を損ないたくないか、それを少しでも態度に出しただけで、それを責め立てられ、犯罪行為を強要されたりするのだろう。

 

 原罪という言葉を最初に生み出した人は、きっと、僕みたいな目に遭っていたんじゃないだろうかと思うことがある。

 

 だって、僕がやられていることが罰だとすれば、一体僕のどこに罪があるというのか。小さな悪事までしたことがない、と自信満々には言えない。けれど、ここまでのことをされるほどの罪を、僕がいつ犯したというのか。

 

 僕だけが罰を受けて、僕とそう変わりない人や、僕よりもターゲットのされそうな人が、全然平気な様子でいることに、どんな理由があるのか。

 

 神様がいて悪事には罰が降るというのなら、どうして僕にこんな仕打ちをしているヤナウエは、平気なのか。良い家に生まれて、良い暮らしをして、勉強もできて、運動もできて、多くの味方がいるのか。僕は悪事を働かなくても、何もないというのに。

 

 神様、僕は、何か悪いことをしましたか?

 

 どうして僕は、こんな人生を歩まねばならないんですか?

 

 世間体を気にしてなんやかんやと理屈をこねて僕を学校に押し込んで、『我慢なさい』『強く気持ちを保ちなさい』と毒にも薬にもならないアドバイスの物まねをする両親。いじめを見てみぬフリをするだけではなく、なぜか僕の態度を注意し、僕を悪者に仕立て上げたがる教師。僕の犯罪行為の証拠や、根も葉もない悪い噂をコンテンツにして楽しむクラスメイト。

 学校になんか来たくない。いっそ、自殺でもすれば楽なのだろうか。でも、死をうまく思い描けない。死ねない気がする。何かの罰で懲役を終えるまで、死ぬのさえうまくいかない気がする。そして死んでも、きっと、僕は、連中の撮影した動画の中での犯罪行為を拡散され、コンテンツにされ、何も知らない連中から、面白おかしく叩かれる悪者として生き続けてしまう気がする。

 

 僕が、何か悪いことをしたからですか?

 

 だとしたら、どんな、悪いことをしたのでしょう。

 

 神様は答えてくれなかった。

 

 でも、神様は、どうやら、いたらしい。

 

 ただしこの世界の神様ではなく、異世界の神様が。

 

 僕らはクラス転移をした。

 終わっているクラスが、終わっている異世界に。

 

 ……でも、少しだけ思うんだ。

 

 終わってくれたら、それはどんなに楽だろう、って。

 

 あるいは僕らは前世で何かの罪を犯して、永遠の罰の中にいるのかもしれない。

 終わらない地獄のような場所で、無間の罰を受け続ける罪人。それが、僕らだ。でも……

 

 僕らは一体、何をしたんだろう?

 

 ……たぶん、僕らは何もしていない。

 僕の受けているいじめに理由がないように、クラスメイトどもが受ける被害にも、きっと理由なんかない。

 

 生きているから、苦しいんだ。

 でも、死ねないから、僕らは永遠に、苦しみ続けるしか、ない。




次話完結

生存
男子
アサギ タカミネ
インドウ アラタ
ウエマツ ミキオ
オオタ イツキ
カリヤ ソウ
ゴトウ ヒロユキ
スズキ タイチ
スドウ タダフミ
ソウマ コウタロウ
タイナカ ヒロ
ナイトウ タケシ
ナカイ カナメ
ハラダ ヒロト
ヤギ ケンコウ
ヤナウエ タカユキ
ワタナベ シン
ワタナべ シン
17/16

女子
アンドウ ユウリ
エグチ ソラ
キサキ コウ
コバヤシ ノア
ササイ ナナミ
ササイ ナナミ
ササイ レイナ
タナカ ヒヨリ
ツガワ ミオ
テイラー アイラ
ネコイ タマキ
ネコイ タマキ
ニナカワ サクラコ
ハシグチ マコト
ハナイ ムツキ
ムラカミ コトネ
ヤライ モモカ
ヨドガワ タツコ
ヨドガワ タツコ
19/16

総合計
36/32
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