執行猶予一年から五年。刑期は死刑、または五年以上から無期。
ニナカワがテイラーと相打ちになって死んだのは、執行猶予中の出来事だった。
警察はどうにも、この身寄りのない、十年以上前の殺人犯について、かなり持て余したらしい。
何せ十年前の犯人と指紋などは一致する。その他特徴も一致する。一致しすぎる──十年という歳月が経ったとは思えないほど、当時のままなのだ。
整形か? いや、そんな痕跡はない。身寄りがない。本当に本人か? 証拠は本人と示している。だが……
警察はこの犯罪者について持て余した。
法律も、持て余した。
最終的に、『まあ、若く見えるが、当人であることには間違いがない』ということで刑は言い渡されたのだが、被害者の遺族がとうにおらず、また、自首という形であった上、当人もかなり反省している様子だったので、執行猶予は最大の五年が言い渡された。
この時、ニナカワは、どういった思考の果てかはわからないが、最大の執行猶予を勝ち取ることを予想していた。
あるいはそうできると信じていた。
この時のニナカワはとっくに正気ではなかった。異世界から戻ってから、正気であった瞬間など、実は一瞬たりともなかったのかもしれない。
ともあれことはニナカワの想定した通りに進み、ニナカワは晴れて『警察から逃げなくてもいい状況』を手に入れた。
行動には監視がつく。保護観察も、されたようだった。しかしニナカワは愛想がよく、心の底から反省している様子で、しかも、見た目が若く、美しい。四十代──というふうに当人は自己申告したが、十代にしか見えない可憐な少女が、『心の底から反省している様子』でいれば、ほだされる人も多い。
そもそも刑というのは社会復帰のために与えられるものだ。人は反省すると思われている。少なくとも司法の中では。そして反省している様子の少女を哀れむ者は、なんの罪もない少女を哀れむ者よりよほど多い。
ニナカワはこうして信用を勝ち得て、探った。
アサギの居所を探った。
住所というものは生徒には共有されない時代の学生だった。だから、アサギの家の場所は、具体的にはわからない。
ただ学校の場所がわかれば、その周辺、せいぜい何駅かぶんの範囲を捜索すれば済む。
ニナカワは職探しという名目であたりを探り、ついに、アサギの住所を特定した。
そうしてことに及んだ。
ただしニナカワというのはどこまでも不幸で、やろうと思ったことがだいたい裏目に出る性質を持っている。
それは、あの異世界で、ヤナウエを裏切ってアサギにつこうとワタナべに相談してしまった時から変わらない。
ニナカワがアサギの住所を探り当て、まだ幼いアサギタカミネを殺そうとしたところ、ほぼ同じ時期に、アイラ・テイラーもまた、アサギの住所を探り当てていた。
こちらはアサギの誘拐が目的だった。だがその誘拐の理由はといえば、保護の面が強い──弱者の英才教育を受けているアサギを教育して救ってあげたい、というのはちょっとねじれすぎていて、それは他者からすれば『保護』の二文字にまとめるしかないものだった。
かくして、アサギタカミネの家の周辺で、ニナカワとテイラーは出会い、互いの目的が正反対だったので、殺し合った。
戦闘能力は圧倒的にテイラーの方に分があったが、誰かを殺すつもりで動いていたニナカワとは覚悟の差があった。
ニナカワの水がテイラーの喉と心臓と目から脳を貫き、末期の一瞬でアイラはニナカワを上から『壁』で押しつぶした。
テイラーは最後にその抵抗ができただけでほぼ即死。
一方でニナカワはなかなか死ねず、アサギを殺すという呪詛を吐きながら死んでいった。
目撃者がいた。テイラーとニナカワが互いを攻撃し合う瞬間にたまたま居合わせた、不幸な人だった。
その人は少女同士の異能バトルを目撃したのだと正直に告白したが、誰も信じない。
それからテイラーの死体がまず消えて、続いてニナカワの死体も消えたものだから、その目撃者が大変な大嘘つき扱いされることになった、という余談がある。
一応、通報が間に合って警察の記録には残ったのだが、警察の記録をあっさりと漏らすわけにもいかない。もっとも、漏れたのだけれど。
かくして一人の大嘘つきを生んで、テイラーとニナカワの人生は終わった。
彼女たちは、終わることができた。
◆
ハシグチマコトとハナイムツキは、社会の中で居場所を獲得した。
けれど容姿が老いなさ過ぎた。最初はごまかせた。けれど、だんだん、ごまかせなくなった。
貯金──銀行に預けたものではなく、溜め込んだ現金──で契約できるアパートで、細々過ごすことを選んだ。
二人はそうして過ごすうちに、ある日、嫌になった。
「このままずっと、生きるのかな」
「……」
「昔から、こうなんだ。頑張っても、頑張っても、なんか、ダメでさ。……アイラばっかり、目立ったり。なんか、そもそも、うまくいかなかったり」
「……」
「小学校の時にね、体育祭のリレーのアンカーに選ばれたの。そしたらさ、体育祭、例年にないほどの土砂降りで中止になっちゃった。……『体育祭のリレーのアンカーぐらいで』ってみんな慰めてくれるんだけど、私は……走れなかったことが、悔しいんじゃないの。『努力したのに、挑戦さえ許されないで、ダメになる』っていうのが……もう、その時点で、『またか』って感じでさ」
「……」
「一生、こうなのかな。永遠に、こうなのかな。……頑張った結果が、こんな徒労感を感じさせられること、ばっかりなのかな。ねえ、私、死んだ方が、いいと思う?」
「……殺してあげようか?」
「……」
「代わりに、私も殺して」
ハシグチとハナイは互いに見つめ合って微笑んだ。
そしてまずは荷物の整理を始めた。あらゆるものを売った。そしてお金に変えた。
最後にテーマパークへ行った。そこの併設された、豪華でなかなか泊まれないようなホテルにも泊まった。
楽しいことをさんざんした。
未練が出るかなと思った。
まったく、なかった。
これまでの人生に飽きていたというよりも、これから先の人生に希望が持てなかった。
老いない容姿。存在しない戸籍。人生は閉塞していた。これから先楽しいことがあるとも思えなかった。なんだか努力って無駄になるなあ、って。二人ともが、思っていた。
たぶん、この最後の遊びが誰の邪魔も入らずに達成できたのは、人生を終わらせると誓ったから初めて起こった奇跡で、これから先、こういう奇跡はないんだろうとしか思えなかった。
たぶん、次は、土砂降りだと思う。
だから天気がいいうちに、終わろう。
二人はそう誓った。死に場所はアパートを選んだ。大家さんが、若い容姿の二人組を見て、明らかに足元を見るような人だったから。小さな報復で、事故物件にしてやろうと思った。そんな程度の理由だった。
あらかじめ通報して、互いに互いの『女神の加護』を使った。
二人とも、武器を使う系ではなかった。
「久しぶり」
「本当にまだできるんだ」
そんなふうに笑った。心が通じ合っていた。
だから、殺してあげなくちゃと、決意が新たになった。
苦しまずに、殺してあげようと。これまでにないほど、気力がみなぎった。
ハシグチマコトとハナイムツキは、そうして死んだ。
これまでに死んだクラスメイトの中で、最も幸福な死にざまだった。
◆
ワタナべは、老けて見られる学生だった。
だから、多少はごまかしが利いた。
結婚相手は上司の娘さんだ。ワタナべはどこか朴訥な雰囲気と、それから、命令にためらいなく従う者特有の空気感を常にまとっていた。
そういう様子が年かさの者に気に入られることが多い。真面目で朴訥、命令に従順。これで能力が高すぎないのがさらにいい。ワタナべは誰かを指導させるには向かないが、手駒の一つとして持っておくには、理想的な『知性面でも性格面でも、裏切りそうにない人物』だった。
そうして家庭を持った時、ワタナべは心の中にざらりとした苦いものが広がるのを感じていた。
それはネコイに連絡がとれないまま、社会の要請に従って結婚してしまったからだと思われた。
……だが、年数が経つにつれ、違った理由からだということが、明らかになっていった。
見た目が、変わらなかった。
ワタナベはもともと老けていた。だから、多少はごまかしが利いた。
それでも子供ができて、その子供たちが大きくなるにつれ、無理が出た。人の見た目の印象を作るのは容姿だけではない。容姿には人生が出る。家庭を持ち仕事に従事していれば、同じ年齢・同じ容姿でも、また違った顔に見える──というのは確かにあった。だが、それでも、限界もあった。
妻は良い人だった。
ワタナべが記憶喪失の少年であることは教えていた。それでもいいと言ってくれた。
ワタナべの見た目が変わらないことに気付かれた。はっきりと気付いているとは言われなかった。でも、気付いていただろう。それでも、寄り添ってくれた。
自衛官というのは、何も言わずにふらりと出て、任務に従事して、それから帰るといったこともする。そういうのを、妻は父親と過ごした経験で知っていた。だからだろうか、何が起きても動じない強さがあった。
『その日』。
ワタナべは、ふらりと外に出た。
朝早かった。妻は起きていた。だが、何も聞かなかった。
情報が国防に関わるので何も言えないのを理解していた。でも、『その日』、ワタナべが朝早くふらりと出たことは、国防に関係がなかった。
学校に向かった。
二十五年ぶりに。
どうしてそうしたのかはわからない。だが、足が向いた。
帰るつもりはなかった。このまま失踪しようと思っていた。息子と娘がいる。大きくなるにつれて、二人の視線が痛かった。任務でいなくなって数か月後、ふらりと帰る。数か月経てば、子供は大きくなる。だが、ワタナべは変わらない。それを見て『誰だろう』というような視線になる子供たち。……それが、たまらなく痛かった。
消えようと思った。
どう消えたらいいかは、わからなかった。
そうしたら、学校に足が向いていた。
転移に巻き込まれるんじゃないかということを思っていた──わけでは、なかった。
でも、この世界に居場所がないと感じていたから、期待した。
あの、終わっている異世界に行くことを、期待した。ここではないどこか、別な世界へ行きたかった。それだけは、はっきりと、自覚していた。
そうしてワタナベは……
その瞬間に立ち会った。
異世界転移。
外から見ると、あんなに、光っていて、まるで──
──夜が明けたみたいだと、思った。
◆
司書の仕事は続かなかったので、ゲームの開発に時間を割けるようになった。
老いないというのはいいことだ。でも、社会では奇妙に思われる。
『若いですね。何をされてるんですか?』と聞かれて、それに応えるためにアンチエイジング法に詳しいフリをするのも疲れてしまっていた。だからすっぱりと辞めた。ちょうど、自分の後にも司書になりたがっている人はいる。人手不足な時代ではあったが、求められている職には人が来るものだ。そもそも司書の定員が減っているという背景もあったけれど。
そうして完成したゲームを放流して、オオミシオリの目標は終わってしまった。
ネコイやナナミと違って、シオリのクラスメイトは死んでいて、もう二度と会うこともない。
もしも自分が異世界転移する前の時代に再転移していたらどうしただろう、と考えた。考えて、ナナミみたいなことをして生きていたんだろうなと思った。
この世界は
ただぼーっと生きていくだけで、生きていける。
この先には、永遠がある。
この世界が終わったとして、オオミシオリの人生は終わらない。
普通に生きれば四十代。たぶんまだまだ若い。少なくとも死ぬには早い。
でも、やりたいこともなくなってしまったし、ただぼんやりと寝転がって生きていくには暇すぎてやっていられない。
もしかしたら五月病というやつなのかもしれない。
だからオオミシオリは、ササイナナミに頼むことにした。
「殺してくれないかな?」
ササイナナミは『殺してく』ぐらいで、オオミシオリの頭部を突き刺して、その呪力を吸い取った。
迷いがなかった。笑ってしまうほど、葛藤がなかった。つまり、情も何も、なかった。
たぶんササイナナミだけが、最初から人間じゃない。
シオリは思い出した。学校生活。いいクラスだった。いい人たちだった。でもどこか、疎外感を覚えていた。このクラスにまったく混じれていない自分を、客観的に見ている自分がいた。
平気だと思っていたのは、平気だと思い込もうとしていたからかもしれないと、そう思う。
ゲームが完成して、あのクラスがなくなっていることを思い知って、初めて、理解した。
あそこが、自分の居場所だった。
自分の人生の意味はわからない。生きる理由もよくわからない。でも、あのクラスにまつわること以外のモチベーションが全然わかないぐらいには、あのクラスが終わった瞬間に、自分の人生も終わっていたことに気付かされた。
もっと早く気付ければな、と思いながら、オオミシオリの人生は終わった。
あるいは、とっくに、終わっていた。
◆
その光は、生き延びた全員に届いた。
引きこもっていたヨドガワタツコにも。
どこかにいたネコイタマキにも。
オオミシオリを殺したササイナナミにも。
そして、学校を見ていたワタナべシンにも。
四人は、あまりにも懐かしい迷宮の中で再会した。
互いにしばらく驚いた顔をしていた。
でも、それから、笑った。
唐突に始まった同窓会。変わらなさすぎるクラスメイトの顔を見て、笑いが込み上げてしまった。
それから、ネコイがため息をついた。
「……なーんで、卒業したつもりでいたのに、また会うことになるんだろ」
ヨドガワも同じように、ため息をついた。
仕方なさそうというより、諦めの強い顔だった。
「時間は、ぐるぐる巡る円環だと思ってたんですよね。でも──どうにも、違うみたいです。はい。っていうか、人間の視点から観測できてる時間ていうものは、正確な姿ではないのかもしれません」
「もしかしておヨド、引きこもってそんなことばっか考えてたの!?」
ネコイの見た目もリアクションも、何も変わっていなかった。
どこで何をしていたのかはわからない。ワタナべやヨドガワは知らない。だが、その変わらなさに、笑いが込み上げた。
「どうする?」
ナナミの微笑はいつも変わらない。彼女はまるで、昨日までずっと迷宮にいて、明日からも当たり前に迷宮にいるかのような顔をしていた。
三人の視線が、ワタナべに向いていた。
ここは、間違いなく、異世界の迷宮だった。
最奥に淫魔が待つ迷宮。……クラスメイトたちは、本当にいるのか? 違った時系列のどこかに転移してしまった可能性もある。それに、同じような迷宮に見えても、まったく違う場所の可能性だってある。
情報が足りない。
こういう時、ワタナべはいつも、情報を得ようとして、行動できなかった。
インドウを助けに行けなかった。
アンデルセンの背中に続いてしまった。
アサギを助ける行動を起こせなかった。
……キサキの死に立ち会うこともできなかった。
カリヤ。ナカイ。……他のみんな。
どうにもできなかった。力がなかった。知識がなかった。それ以上に、決断力がなかった。
命が惜しかったからだ。
でも……
「とりあえず、奥に進んでみるか」
……今は、そうでもない。
永遠に続く。自分だけが変わらないまま。世界も、周囲の人たちも変わっていくのに、自分だけが不変のまま、永遠に続く。そういう悪夢を見ていた。
けど、うまくいけば、終わらせることができるかもしれない。
ワタナベは懸案事項を見つめた。
ササイナナミは、なんで見られているんだろう、という顔で笑っていた。
とりあえず、反対はなさそうだった。
だから、進む。
何も背負わず単純に行動を決めることが、こんなにも快いものだと、ワタナベは初めて知った。