王位争奪戦-ラスボス婚約者と共にネトリ戦記- 作:ボルメテウスさん
活動報告において、募集も行っていますので、興味がある方はぜひ。
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城へ呼び出されたのは、昼を少し過ぎた頃だった。
王城の使いが俺の部屋を訪ねてきた時、嫌な予感が胸の奥に静かに沈んだのを、今でもはっきり覚えている。
王城からの召集そのものは珍しいことではない。
けれど、今日は妙に空気が重かった。
廊下を歩く兵士の足取りはいつもより固く、城の中を行き交う侍女たちも必要以上に声を潜めている。
この城に長く住んでいれば、そんな些細な変化でも分かるものだ。
大抵こういう時は、ろくでもない決定が下される。
俺は肩を軽くすくめながら、王城の長い廊下をゆっくり歩いていた。
ドラグウェル王国の王城は、要塞国家らしく無駄に大きい。
壁は厚く、通路は広く、外敵を迎え撃つための構造ばかりが目につく。
王城というより、巨大な砦の中に住んでいると言った方が近いかもしれない。
天井の高い回廊を進んでいると、壁に掲げられた旗が自然と目に入る。
深い紅の布地に描かれているのは、この国の象徴でもある竜の紋章だった。
ドラグウェル王家は、古くから竜を象徴としてきた家系だ。
王族が生まれれば、その子には竜の色が与えられる。
その竜は王子の成長とともに姿を変えると言われているが、正直なところ俺にはよく分からない。
少なくとも、俺が自分の竜を誇らしく思ったことは一度もなかった。
そんなことをぼんやり考えながら歩いていると、やがて広い階段の先に重厚な扉が見えてくる。
王城の大広間へと続く扉だ。
すでに何人かの貴族や重臣が集まっているらしく、扉の前には普段より多くの近衛兵が立っていた。
その姿を見るだけでも、今日の召集がただの顔合わせではないことは十分に伝わってくる。
俺は軽く息を吐き、肩の力を抜いた。
どうせ王族なんて、面倒ごとの中心に立たされる役回りだ。
末弟とはいえ、その例外にはなれないらしい。
重い扉が静かに開かれ、俺は大広間の中へと足を踏み入れた。
石造りの広間には、すでに多くの人間が集まっていた。
貴族、将軍、文官、そして王家に仕える重臣たち。
誰もが玉座の方向を向き、声を潜めながら互いに様子をうかがっている。
そしてその中央、王の玉座の前には、見慣れた四つの背中が並んでいた。
長兄のアイダは、いつもと変わらない落ち着いた姿勢で立っている。
背筋は真っ直ぐで、余計な動きは一切ない。
まるでこの場に集められた理由を、すでに理解しているかのようだった。
その隣で腕を組んでいるのは、次兄のヨルムンだ。
周囲の緊張とはまるで無縁のように、退屈そうな顔をして天井を眺めている。
あの人は戦場でも城でも、あまり態度が変わらない。
少し離れた位置に立つ三兄のクルは、広間全体を観察するように視線を動かしていた。
誰がどこに立っているのか、誰がどんな顔をしているのか。
あの人の目はいつも、感情より先に状況を拾い上げる。
そして四兄のズヌイは、どこか楽しげに笑っていた。
軽そうな雰囲気のくせに、目だけは妙に鋭い。
あの人が何を考えているのかは、正直あまり想像したくない。
兄たちの姿を一通り眺めてから、俺は最後の位置へと歩いていく。
五人目の王子として並ぶのは、いつまで経っても慣れない。
兄弟の背中を見ながら、俺は小さく息をついた。
どう考えても、この召集は穏やかな内容ではない。
この場にこれだけの人間が集められている時点で、国全体に関わる話である可能性が高い。
そして、その中心に立つのは――。
自然と視線が玉座の上へ向かう。
ドラグウェル王国の国王。
俺たちの父親でもある男、ドレイク・ドラグウェル。
玉座に腰掛けたその姿は、相変わらず巨大な岩のように動かない。
ただそこに座っているだけなのに、広間全体の空気を押し潰してしまいそうな重さがある。
父上は、ゆっくりと視線を広間へと巡らせた。
それだけで、ざわめきが嘘のように消える。
誰もが口を閉じ、次の言葉を待つ。
王の一言が、この国の未来を決めると知っているからだ。
俺もまた、無意識のうちに背筋を伸ばしていた。
そして次の瞬間、父上は静かに口を開いた
父上の声は決して大きくない。
それでも、その一言は広間の隅々まで迷いなく届いた。
「王位継承戦を始める」
その言葉が落ちた瞬間、大広間の空気がわずかに揺れた。
誰かが声を上げたわけではない。
ただ、場にいた全員が一度だけ息を止めたのが分かる。
俺も例外じゃなかった。
王位継承戦。
その言葉自体は、この国では珍しくない。
王族の歴史を少しでも知っていれば、何度か耳にすることのある制度だ。
けれど、それは昔の話だ。
少なくとも、俺が生まれてから一度も行われたことはない。
それを今、父上が公の場で宣言した。
玉座の前に並ぶ俺たち五人の王子へ向けて。
「期限は二年」
父上は淡々と続ける。
まるで決まりきった事務連絡でも伝えるような口調だった。
「その間に最も多くの妃を迎えた王子を、次の王とする」
広間のどこかで、小さく息を呑む音がした。
貴族の一人か、あるいは重臣か。
誰が反応したのかは分からない。
だが、その驚きが場全体に広がるのは一瞬だった。
最も多くの妃を迎えた者が王になる。
言葉だけ聞けば、妙な条件にも思える。
けれどこの国の貴族たちなら、すぐに意味を理解する。
婚姻とは家同士の結びつきだ。
妃が増えるということは、その背後にある家や勢力も増えるということになる。
つまりこれは、ただの結婚競争ではない。
王子たちが、それぞれの勢力をどれだけ集められるか。
それを二年で測る、ということだ。
そこまで考えてから、俺は胸の奥に冷たいものが落ちるのを感じた。
……いや、待て。
今の説明は、あくまで貴族目線の理屈だ。
俺が引っかかったのは、もっと単純な部分だった。
兄弟同士で、妃を奪い合え。
父上の言葉を乱暴に言い換えるなら、そういうことになる。
俺は思わず視線を横へ向けた。
長兄のアイダは、微動だにせず前を見ている。
表情にはほとんど変化がないが、わずかに目が細くなっていた。
父上の宣言を、すでに受け止めている顔だ。
その隣では、ヨルムンが低く笑っていた。
「はは……なるほどな」
呟きは小さいが、あの人の声はやけに通る。
楽しそうというより、面白そうだと言わんばかりの響きだった。
戦いが始まると聞いた時の顔だ。
ただし今回は、剣じゃなくて結婚らしいが。
三兄のクルは、すでに思考に潜っている。
広間のざわめきなど気にしていないようで、王の言葉を頭の中で分解しているのが見て取れた。
あの人はいつもそうだ。
人の感情より、仕組みの方を先に見る。
四兄のズヌイは、逆に周囲の貴族たちを観察していた。
誰が動揺しているか、誰が興味を示しているか。
あの視線は、まるで商人が商品を値踏みする時のそれに似ている。
兄たちの反応を順に見ていくうちに、だんだん現実感が薄れていった。
誰も驚いていないわけではない。
けれど、父上の決定を止めようとする者は一人もいない。
この国では、王の言葉はほとんど命令と同じだ。
その王が、公の場で宣言した。
王位争奪戦を始める、と。
俺はもう一度、玉座の方を見上げた。
父上――ドレイク・ドラグウェルは、広間を静かに見渡している。
まるで、これから始まる何かを楽しみにしているかのようだった。
そして、父上は最後の言葉を付け加える。
「敗者は王族の権利を剥奪し、国外へ追放する」
その一言で、広間の空気は完全に凍りついた。
さっきまでのざわめきが嘘みたいに消える。
誰もが理解してしまったのだ。
これは遊びでも儀式でもない。
本気の競争だ。
そして負けた者は、王族ですらなくなる。
俺はゆっくり息を吐いた。
……ずいぶんと、容赦のない父親だ。
そんな感想が頭に浮かぶのと同時に、胸の奥が妙に冷えていく。
兄弟で争え。
妃を奪え。
勝てなければ国を出ていけ。
父上は、そう言ったのだ。
大広間の中央で、俺たち五人の王子は並んで立っている。
そして今この瞬間から、
互いに競争相手になったらしい。
正直なところ、王位なんてものには大して興味がない。
俺がなりたいのは王様じゃなくて、もう少し平和な役職だ。
けれど――。
この宣言を、公の場で聞いてしまった以上。
「関係ありません」と言って帰れるほど、
この国は甘くない。
そんなことを考えながら、俺はもう一度兄たちの背中を見た。
同じ王家に生まれた五人の兄弟。
そのはずなのに。
今この場で、少しだけ距離が広がった気がした。
父上の言葉が終わっても、しばらくの間、広間は静まり返ったままだった。
重臣たちも貴族たちも、互いに顔を見合わせることすらためらっている。
それほどまでに、今の宣言は重かった。
王位争奪戦。
しかも敗者は国外追放。
言葉としては短いが、その意味はあまりにもはっきりしている。
この国の王は、実の息子たちを競わせるつもりなのだ。
しかも公の場で。
やがて、わずかなざわめきが広間の端から広がり始めた。
声を出す者はいないが、誰もが隣の様子をうかがっている。
貴族たちの視線は、自然と俺たち五人へと向かっていた。
王位争奪戦の当事者。
つまり、今この場に並んでいる王子たちだ。
俺は軽く肩を回しながら、横目で兄たちの様子を見た。
長兄のアイダは、やはり動かない。
父上の宣言を聞いたあとも、姿勢を崩さず静かに立っている。
その顔には動揺らしいものが見えない。
むしろ、すでに覚悟を決めたような静けさがあった。
あの人にとって王位とは、望むものというより背負うものなのかもしれない。
周囲が最有力候補と呼ぶ理由も、なんとなく分かる。
その隣で、ヨルムンが首を鳴らした。
「二年か……」
低く呟いた声は、妙に楽しそうだった。
「悪くねぇな」
口元には、はっきりと笑みが浮かんでいる。
戦場の話でも聞いた時のような顔だ。
王位争奪戦と聞いても、あの人にとってはただの勝負らしい。
相手が兄弟だろうが関係ないのだろう。
三兄のクルは、相変わらず表情が薄い。
ただ、指先がわずかに動いていた。
何かを数えているのか、条件を整理しているのか。
あの人の頭の中では、すでに王位争奪戦が一つの問題として組み立てられている気がする。
そして四兄のズヌイは、ゆっくりと視線を動かしていた。
王ではなく、周囲の貴族たちへ。
誰が動揺しているか、誰が沈黙しているか。
その一人一人を確かめるように見ている。
……ああ、そうか。
あの人の頭の中では、もう始まっているのだ。
誰と組むか。
誰を味方につけるか。
誰を切り捨てるか。
王位争奪戦の盤面が、もう見えているのかもしれない。
兄たちの様子を眺めているうちに、胸の奥が妙に冷えてきた。
俺だけ、少し温度が違う。
そんな感覚があった。
王位争奪戦という言葉を聞いて、最初に浮かんだのは勝算でも作戦でもない。
ただ、兄弟同士で争うのか、という疑問だった。
俺は視線を落とし、軽く息を吐いた。
王位なんてものに、特別な執着はない。
この国の王になる覚悟があるかと言われれば、正直自信もない。
それでも――。
「敗者は国外追放」
父上は、そう言った。
つまりこの争いは、参加するかどうかを選べる種類のものじゃない。
逃げれば負け。
戦わなくても負け。
そういう仕組みだ。
俺はもう一度、玉座を見上げた。
父上は相変わらず静かに座っている。
広間のざわめきなど、まるで気にしていない。
この状況を、当然のように見ている。
……本当に、この人らしい。
王というより、戦場の指揮官だ。
兵を並べて、どの駒が生き残るかを見ている。
ただし今回は、その駒が息子だっただけだ。
やがて父上はゆっくりと立ち上がった。
それだけで、広間の空気が再び張り詰める。
「以上だ」
短い言葉だった。
「各自、好きに動け」
王はそれだけ告げると、もう興味を失ったかのように視線を外した。
宣言は終わり。
説明も補足もない。
あとは勝手に争え、ということらしい。
広間に再びざわめきが広がった。
重臣たちは互いに小声で話し始め、貴族たちは落ち着かない様子で周囲を見回している。
誰もが、この宣言の意味を計算し始めているのだ。
そして俺たち王子も、自然とその流れの中心に立たされている。
少しだけ間を置いて、アイダが最初に動いた。
ゆっくりと玉座へ一礼し、背を向ける。
その動きに迷いはなかった。
ヨルムンも肩を回しながら歩き出す。
口元にはまだ笑みが残っている。
クルは一度だけ広間全体を見渡し、それから静かに歩き出した。
ズヌイは最後に玉座の方へちらりと視線を送り、意味ありげに笑う。
気がつけば、四人ともすでに出口へ向かっていた。
俺だけが、まだその場に立っている。
広間のざわめきが、遠くに聞こえる。
王位争奪戦。
その言葉だけが、妙にはっきり頭に残っていた。
兄たちの背中が一人、また一人と大広間の出口へ消えていく。
ざわめきの残る広間の中央に、俺だけが少し取り残されたような気分になっていた。
もちろん、実際にはそんなことはない。
貴族たちはまだ何人も残っているし、重臣たちもあちこちで小声の相談を始めている。
それでも、さっきまで並んでいた四つの背中が見えなくなると、急に広間が広く感じた。
俺は小さく息を吐き、ゆっくりと歩き出した。
足取りは自然と遅くなる。
急ぐ理由が特にないというのもあるが、それよりも頭の中がまだ整理しきれていない。
王位争奪戦。
その言葉を思い出すたび、妙な現実感のなさが胸の奥に残る。
二年の期限。
最も多くの妃を迎えた者が王。
そして敗者は国外追放。
改めて並べてみると、ずいぶんと乱暴な条件だ。
「本当にやるのかよ……」
誰に聞かせるでもなく、小さく呟いてしまう。
父上ならやるだろう、という妙な確信もある。
あの人は昔から、思いつきを冗談で終わらせるタイプではない。
やると言ったら、本当にやる。
それがこの国の王だ。
広間の出口へ近づくと、重い扉の向こうから冷たい空気が流れ込んできた。
外はすでに夕方に差しかかっているらしい。
扉をくぐり、王城の廊下へ出る。
石造りの長い廊下には、さっきまでの喧騒が嘘のように静けさが戻っていた。
遠くで衛兵の足音が響く以外は、ほとんど物音がしない。
俺はゆっくり歩きながら、壁に掛けられた竜の紋章をぼんやりと見上げた。
ドラグウェル王家の象徴。
この国を築いた竜の血。
……まあ、血がどうこうと言われても、俺にはいまいち実感がない。
ただ一つだけ分かるのは、今日の宣言でこの王城の空気が変わったということだ。
今までは兄弟だった。
少なくとも表向きはそうだった。
けれど今日からは違う。
同じ王位を狙う競争相手。
それが俺たち五人の立場になった。
廊下の角を曲がりながら、ふと兄たちの顔を思い出す。
アイダはきっと、もう動き始めているだろう。
王位を背負う覚悟を持っている人だ。
この争いを真正面から受け止めるはずだ。
ヨルムンは……まあ、あの人は普通に楽しみそうだ。
戦う理由があれば、それで満足するタイプだからな。
クルは条件を整理して、最短で勝つ方法を考える。
ズヌイは誰と組めば一番得かを計算する。
兄たちの顔を思い浮かべるほど、胸の奥に妙な重さが残る。
俺はどうする。
その問いだけが、ずっと頭の中に引っかかっていた。
王位なんて、正直いらない。
玉座に座りたいとも思わないし、国を背負う覚悟があるとも言えない。
けれど――。
「敗者は国外追放」
父上の言葉が、やけにはっきり耳に残っている。
参加しない、という選択肢は存在しない。
何もしなくても、この争いには巻き込まれる。
俺は苦笑しながら頭をかいた。
「……参ったな」
誰に向けた言葉でもない。
ただ、状況をどう受け止めればいいのか分からなかった。
そんなことを考えているうちに、自室のある廊下へたどり着いていた。
王城の奥にある、王子の私室が並ぶ区域。
昼間でも人通りは少なく、今はほとんど誰の姿もない。
俺は扉の前に立ち、少しだけ肩の力を抜いた。
とりあえず部屋に戻って、頭を整理しよう。
王位争奪戦だの何だの言われても、いきなり作戦なんて浮かぶわけがない。
そう思いながら、扉に手をかける。
その瞬間、ふと嫌な予感が胸をよぎった。
理由は特にない。
ただ、こういう面倒な状況の時に限って、あの人の顔が浮かぶ。
黒い髪を揺らしながら、楽しそうに笑う婚約者。
――アーサー。
王位争奪戦なんて話を聞いたら、あの人が黙っているとは思えない。
むしろ、ものすごく面白がりそうだ。
俺は苦笑しながら扉を押し開けた。
そして次の瞬間、予感はあっさりと的中する。
部屋の中央に置かれた椅子に、すでに一人の女性が座っていた。
長い脚を組み、まるで自分の部屋みたいにくつろいでいる。
こちらに気づくと、ゆっくりと顔を上げた。
その口元には、見慣れた笑みが浮かんでいる。
「お帰りなさい、ヤマタ君」
楽しそうな声だった。
「面白いことになったねぇ」
部屋の中央に座っていたアーサーは、俺の顔を見るとゆっくりと微笑んだ。
紫の長い髪が肩から胸元へ流れ落ち、青い瞳が楽しそうに細められる。
まるで今日の出来事が、最初から分かっていたかのような顔だった。
「お帰りなさい、ヤマタ君」
柔らかい声でそう言いながら、椅子の背にもたれたままこちらを見上げる。
その様子はまるで自分の部屋のようにくつろいでいて、ここが俺の部屋だという事実を忘れそうになる。
俺は扉を閉めながら、思わずため息をついた。
「……本当にいたよ」
アーサーは肩をすくめながら、くすくすと笑う。
「本当に君は面白い事に巻き込まれやすいよねぇ」
その言い方は、困ったねと言っているようでいて、声には完全に楽しさが混じっていた。
俺は額を押さえながら、椅子の背に寄りかかる。
「いやいや、アーサー。分かっているのか、この状況」
「王位争奪戦だぞ」
「兄弟で妃を奪い合えって言われて、敗けたら国外追放だ」
「普通は面白がるような話じゃないと思うんだけどな」
俺の言葉を聞いて、アーサーはしばらく黙っていた。
それから、ゆっくりと唇の端を持ち上げる。
「そんなの分かっているよ」
少しだけ顔を傾けながら、青い瞳がまっすぐ俺を見つめる。
「だから面白いよねぇ」
あっさりと、そう言った。
俺は一瞬だけ言葉を失う。
……やっぱりこの人、楽しんでるな。
王位争奪戦だぞ。
国を巻き込んだ争いで、負ければ国外追放。
普通なら、少しくらい不安そうな顔をしてもいい場面だ。
それなのに、アーサーの表情は妙に楽しそうだった。
俺は頭をかきながら、もう一度アーサーを見る。
「というよりさ」
「アーサーは、なんで俺を選んだんだ?」
椅子に座る彼女の前まで歩きながら、腕を組む。
「言ったら悪いけどさ」
「俺以外の兄さん達の方が、王になる可能性は高いだろ」
「アイダ兄さんは優秀だし、ヨルムン兄さんは騎士団の支持がある」
「クル兄さんは頭が切れるし、ズヌイ兄さんは金と人脈がある」
「どう考えても、俺より有利な人ばっかりだ」
俺がそう言い終わった瞬間だった。
アーサーの笑みが、ふっと変わる。
「へぇ」
静かな声だった。
次の瞬間、アーサーが椅子から立ち上がる。
距離が一気に縮まり、俺の目の前まで歩いてくる。
「そんな事を言う悪い口は」
ゆっくりと顔を近づけながら、細い指が俺の顎を軽く持ち上げた。
「どこからなのかな」
そのまま、強引に唇が重なる。
「っ!?」
驚く間もなく、唇を塞がれる。
逃げる暇もなく、数秒間そのまま動きを止められた。
やがてアーサーはゆっくりと離れる。
俺は思わず息を吐いた。
「……いきなり何するんだよ」
文句を言う俺の胸に、アーサーがそのまま身体を寄せてくる。
腕が背中へ回され、軽く抱き締められた。
長い髪が肩に触れ、かすかに甘い香りがする。
「君以外のはねぇ」
耳元で、静かな声が囁く。
「面白くない」
少しだけ身体を離し、アーサーが俺の顔を覗き込む。
青い瞳が、まるで獲物を見つけたみたいに輝いていた。
「だからだよ」
その声は柔らかい。
けれど、その奥には妙な確信があった。
俺は眉をひそめながら、アーサーを見返す。
「……面白いって、それだけの理由か?」
アーサーは少しだけ考えるような顔をしてから、くすっと笑う。
「それだけじゃないよ」
「ヤマタ君」
名前を呼ばれた瞬間、指先が俺の胸に軽く触れた。
「君はね」
「面白い上に、ちゃんと勝てる」
あまりにも自然な口調だった。
まるで、もう結果を知っているみたいに。
俺は思わず眉をひそめる。
「……いやいや」
「ちょっと待て」
「勝てるって」
「俺が?」
アーサーは楽しそうに笑う。
「そうだよ」
「君がだ」
そのまま俺の胸に額を預け、くすくすと笑う。
「王位争奪戦なんて」
「こんな楽しいゲーム」
「参加しないなんてもったいない」
ゆっくりと顔を上げ、青い瞳がまっすぐ俺を見る。
「大丈夫」
その声は、不思議なくらい自信に満ちていた。
「ヤマタ君」
アーサーの指が俺の胸を軽く叩く。
「君には」
それと共に見せたのは邪悪な笑みと共に。
「最高の勝利をあげるよ」