※この作品はR-18です。

王位争奪戦-ラスボス婚約者と共にネトリ戦記-   作:ボルメテウスさん

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暗殺者との向き合い

リンカと向き合うことになったのは、夜が明けてから少し経った頃だった。

王城の中でも人の出入りが少ない一室に通されると、窓辺の椅子へ腰かけた彼女が、こちらを見もせず黙って座っていた。

 

手首の拘束はもう外してある。

逃げようと思えば逃げられるはずなのに、そうしなかったのは、まだ決めきれていないからだろう。

俺は扉の前で少しだけ立ち止まり、それからリンカの向かいへ静かに腰を下ろした。

 

部屋には、朝の光と薄い茶の香りだけが漂っている。

気まずい沈黙だったが、無理に壊すものでもない気がした。

 

「……寝られたか」

 

ようやく口を開くと、リンカは少し間を置いてから頷いた。

 

「少しだけ」

 

短い返事だった。

無理もない。

昨日まで俺を殺しに来ていた相手と、こうして朝から向かい合っているのだから、落ち着けという方が難しい。

 

俺は湯気の立つカップを手元へ引き寄せる。

リンカの前にも同じものが置かれているのに、彼女はまだ口をつけていない。

 

「毒なんて入ってないぞ」

 

冗談半分で言ったつもりだったが、リンカは真顔のままこちらを見た。

その目を見て、今のはちょっと悪かったなと思う。

 

「……そういうの、あまり面白くない」

 

「ごめん」

 

素直に謝ると、リンカはそれ以上何も言わなかった。

ただ、少しだけ肩の力が抜けたようにも見える。

 

しばらくしてから、俺はカップを置いた。

 

「昨日のことなんだけどさ」

 

リンカの睫毛が、わずかに揺れる。

 

「なんで俺を殺そうとしたんだ、とか。そういうの、一応聞いてもいいか」

 

問いかけると、彼女は窓の外へ目をやった。

春先の風が、白いカーテンの端をゆるく揺らしている。

 

「……お金」

 

ぽつりと落ちた声は、拍子抜けするくらいあっさりしていた。

 

「お金が必要だった」

 

「それで暗殺を?」

 

「うん」

 

それきり黙るかと思ったが、リンカは少しずつ言葉を続けた。

 

「平民は、上手く生きなければ簡単に死ぬ。

 私には剣の才能も、貴族に媚びる器用さもなかった。

 でも、人を殺す技術だけはあったから」

 

淡々としている。

まるで昨日の天気でも話すみたいな口調だった。

けれど、それが余計につらかった。

 

「王家に拾われて、使える道具になった。

 命じられたことをやれば、お金がもらえる。

 失敗すれば捨てられる。ただそれだけ」

 

リンカはそこでようやくカップに手を伸ばしたが、飲まずに指先で縁をなぞるだけだった。

 

「ズヌイ王子に言われたの」

 

視線は伏せたまま、声だけが静かに落ちる。

 

「これをやれって。

 成功すれば報酬をやる、失敗しても自分が守るって」

 

そこで、ほんの少しだけ唇が歪んだ。

笑ったわけじゃない。

でも、あれは多分、笑うしかなかった時の顔だ。

 

「……見捨てられたけど」

 

その一言だけで十分だった。

俺は腕を組んだまま、すぐには返せない。

 

かわいそうだとか、ひどいとか。

そんな言葉を投げるのは簡単だ。

でも、そういう薄い同情は、たぶん今のリンカが一番いらないものだと思った。

 

「殺せば金が入る。それだけ」

 

リンカはようやくこちらを見た。

試すみたいな目だった。

 

「そうやって生きてきた。

 だから、別に間違っていたとは思ってない」

 

「うん」

 

俺は頷いた。

 

「それで生きてきたなら、それでいいと思う」

 

リンカの目が少しだけ開く。

予想していた反応じゃなかったんだろう。

 

「……否定しないの」

 

「しないよ」

 

俺は肩をすくめる。

 

「だって、俺がお前の立場でも、綺麗ごとだけで生きられた自信ないし」

 

そこで一度言葉を切る。

リンカの視線は、もう逸れなかった。

 

「でもさ」

 

自分でも驚くくらい、声はまっすぐ出た。

 

「それ以外を選んでもいいんじゃないかとは思う」

 

リンカの指先が止まる。

 

「道具として生きるのが楽なら、それでもいい。

 けど、そうじゃないなら、別のやり方を選んだっていいだろ」

 

「……別のやり方」

 

「俺のところに来いって言ったのも、そういうこと」

 

命令するつもりはなかった。

恩を売りたいわけでもない。

ただ、目の前に、そういう選択肢を知らないまま生きてきた子がいるなら、置いておきたかっただけだ。

 

「来るかどうかは、リンカが決めればいい」

 

そう言うと、彼女は長く黙った。

窓の外で鳥が鳴いている。

春の柔らかい光が、伏せられた睫毛の先を白く照らしていた。

 

やがて、リンカは小さく息を吐く。

 

「……変な人」

 

「よく言われる」

 

「王子なのに」

 

「それも言われる」

 

少しだけ、彼女の口元が緩んだ。

ほんの一瞬だったが、昨日までの冷えた顔とは明らかに違っていた。

 

「すぐには決められない」

 

「うん」

 

「でも」

 

リンカはカップを持ち上げ、ようやくひと口だけ茶を飲んだ。

 

「ここに残るくらいなら、いい」

 

それだけ言って、また視線を伏せる。

照れているのか、まだ迷っているのか。

多分、その両方だ。

 

俺は無理に続けず、背もたれへ身体を預けた。

十分だと思った。

昨日まで敵だった相手が、逃げずに残ると言った。

それだけで、今は十分すぎる。

 

扉の外で、誰かが小さく笑った気がした。

たぶん、ずっと聞いていた婚約者が、面白そうにしているんだろう。

 

まったく、盗み聞きが好きな人だ。

 

それでも、今は少しだけ感謝していた。

あいつがいなければ、こういう面倒ごとに首を突っ込む覚悟も、多分まだ足りなかったからだ。

 

リンカは何も言わず、静かにカップを見つめていた。

けれどその横顔は、昨日より少しだけ柔らかく見えた。

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