※この作品はR-18です。

王位争奪戦-ラスボス婚約者と共にネトリ戦記-   作:ボルメテウスさん

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商人の観察

昼下がりの光は柔らかいのに、王城の廊下を歩く空気は妙に静かだった。

窓から差し込む明るさが石の床へ長く伸びているせいか、余計に人の気配が薄く感じられる。

リアスの件があってから、俺はどこを歩いていても少しだけ視線を感じるようになった。

悪意ばかりじゃない。

興味や噂好きや、単純な値踏みも混じっている。

王位争奪戦なんてものが始まった以上、そういう目から逃げられないのは分かっていた。

 

自室へ戻る途中、中庭へ面した小さな休憩所の前で足が止まる。

白い柱に囲まれたその場所には、昼の光を背にして一人の女が立っていた。

 

「やあ、ヤマタ王子」

 

ココ・ヘクマティアルだった。

ズヌイ兄さんの隣で笑っていた時と同じ柔らかな声音なのに、今はそこに誰かへ合わせるための飾り気がほとんどない。

それだけで、昨日の会談よりずっと距離が近い気がした。

 

「一人なんだな」

 

「うん。今日は商談じゃなくて、個人的な確認に来たからねぇ」

 

さらりと言って、ココは細い指先で椅子を示した。

座れ、ということらしい。

こういう時、断るのが正解なのかどうか、未だによく分からない。

けれど少なくとも、この人は断られたところで笑って済ませる顔ではなかった。

 

向かいへ腰を下ろす。

中庭の噴水の音が、妙に遠く聞こえた。

 

「確認って?」

 

俺が先に聞くと、ココは楽しそうに目を細める。

笑っている。

けれど、あの笑顔の奥にあるものが、前より少しだけ見えやすい。

 

「君がどういう人なのか、かな」

 

「そんなの、この前少し話しただけじゃ分からないだろ」

 

「だから来たんだよ」

 

答えが早い。

軽い口調のくせに、そこに迷いがない。

 

ココはテーブルに肘をつくでもなく、姿勢を崩さないまま俺を見る。

商人というより、観察者みたいな目だった。

 

「君ってさ、どうしてああいうことをするの?」

 

「……ああいうこと?」

 

「リアス嬢の時も、リンカの時も」

 

そこで初めて、言葉が少し重くなる。

試している。

しかも、ただの噂話として聞いているわけじゃない。

答え方次第で、俺の中身を測るつもりなんだろう。

 

「得になるから、じゃないよねぇ」

 

「ならないな」

 

即答すると、ココは少しだけ目を見開いた。

たぶん、そこは濁すと思っていたんだろう。

 

「ズヌイ王子なら、そこはまず損得で答える」

 

「だろうな」

 

「クル王子なら合理でまとめる。アイダ王子なら責務とか理想で話す気がする」

 

「兄さん達の分析、ずいぶん辛口だな」

 

「商売相手として見てるからね」

 

笑って言う。

やっぱりこの人は、相手を最初に“人”ではなく“交渉対象”として見ている。

 

「じゃあ、俺は?」

 

その問いに、ココは少しだけ間を置いた。

青空を映したみたいに明るい笑みなのに、その奥だけが静かだ。

 

「分からないから困ってる」

 

妙に素直な答えだった。

 

「リアス嬢を取ったのも、リンカを拾ったのも、盤面だけ見れば君の方が得してる。

 でも、君本人は得した顔をしてない。むしろ、面倒ごとが増えたみたいな顔をしてる」

 

「実際増えたし」

 

「そこ、普通はもう少し誤魔化すところじゃない?」

 

「誤魔化して得するなら頑張るけど、今のところ上手くいった試しがない」

 

正直に言うと、ココが一瞬だけ黙った。

風が吹いて、彼女の髪が頬にかかる。

その髪を払う仕草は綺麗だったが、そこで初めて、作った笑顔じゃない表情が少しだけ混じった気がした。

 

「……変な人だねぇ」

 

「よく言われる」

 

「誇ることじゃないと思うけど」

 

「俺もそう思う」

 

そこまで言ってから、ふと気になって聞き返した。

 

「ココさんは、何を確認したかったんだ?」

 

すると今度は、彼女の方が視線を逸らした。

ほんの一瞬だけだったが、その動きに無防備なものが混じる。

 

「君が、ただの善人なのかどうか」

 

「善人?」

 

「笑顔で近づいて、最後は自分の手元に置く。そういう人、商売の世界だと珍しくないから」

 

なるほど。

そういう見方をされるのは、少し納得した。

リアスもリンカも、結果だけ見れば俺の側へ来ている。

外から見れば、綺麗な顔をしたやり口のいい男に見えてもおかしくない。

 

「で、どうだった?」

 

聞くと、ココは静かに俺へ視線を戻した。

今度の笑みは薄い。

でも、前みたいな完璧な笑顔じゃない。

 

「違った」

 

その一言が、思っていたよりゆっくり落ちた。

 

「君、自分がどれだけ危ないことしてるか、ちゃんと分かってないでしょう」

 

「……否定できない」

 

「人を拾うって、そういうことだよ」

 

責めるような口調ではなかった。

むしろ、少しだけ困ったような響きがある。

 

俺は返事を探しながら、中庭の噴水へ目を向ける。

水音は変わらず穏やかなのに、会話の方だけ温度が変わっていく。

 

「分かってないわけじゃない」

 

少し考えてから言う。

 

「ただ、目の前で困ってる奴がいたら、見捨てる方が後味悪いんだよ」

 

ココは何も言わなかった。

沈黙が落ちる。

けれど、不思議と息苦しさはなかった。

 

やがて、彼女が小さく笑う。

 

「……なるほどねぇ」

 

その笑いは、今までで一番自然だった。

楽しそうで、少し驚いていて、それでいて嬉しそうでもある。

さっきまでの営業用の笑顔とは、明らかに違う。

 

「何だよ」

 

「ううん。ちょっと、嬉しかっただけ」

 

そう言われて、今度はこっちが黙る番だった。

ココは立ち上がり、風に揺れる中庭の木々を一度だけ見たあと、また振り返る。

 

「今まで、そういう答えを返してくる人、見たことなかったから」

 

その声は軽い。

でも、軽いまま流すには惜しいくらい、本音が混じっていた。

 

「また話そう、ヤマタ王子」

 

去っていく背中を見送りながら、俺はようやく息を吐く。

商談をしたつもりはない。

けれど、何かを確かめに来た相手に、何かを持って帰らせた感覚だけはあった。

 

そして、多分。

あの人は、ズヌイ兄さんの妃候補としてここへ来ているはずなのに、今は少しだけ別のものを見始めている。

 

そんな気がした。

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