王位争奪戦-ラスボス婚約者と共にネトリ戦記- 作:ボルメテウスさん
昼の光はやわらかいのに、王城の中庭に面した休憩所だけは、妙に音が遠く聞こえた。
白い石の欄干に凭れて噴水を眺めていると、背後から靴音が一つだけ近づいてくる。振り返る前に分かった。あの足取りは、無駄がなくて、けれど警戒心を見せないふりが上手い。
「一人なんだねぇ、ヤマタ王子」
ココ・ヘクマティアルは、昨日と同じように笑っていた。
人好きのする、商談相手を安心させるための笑みだ。けれど、今日はズヌイ兄さんの隣にいないせいか、その笑顔の薄さが少しだけ見えやすい。
「そっちこそ、一人なんだな」
「今日は商売じゃなくて、私個人で来たんだよ」
そう言って向かいの椅子へ腰を下ろす。動きは軽いのに、言葉の置き方だけが妙に丁寧だった。
俺は少しだけ身構えながら、彼女の目を見返した。
「確認したいことでもあるのか」
「うん。かなりある」
即答だった。
冗談めかした口調なのに、その奥には本気がある。
「リアス嬢も、リンカも、結果だけ見れば君の手元へ来ているよねぇ」
「そう見えるだけだよ。二人とも自分で選んだ」
「そこなんだよ」
ココは指先でカップの縁をなぞりながら、少しだけ首を傾ける。
「どうして君は、そういう相手を拾うのかな。王位争奪戦の最中に、もっと簡単に切り捨てられるものを、わざわざ抱え込んでる」
質問というより、値踏みだった。
返事ひとつで、俺がどんな人間かを決めるつもりなのだろう。
「抱え込んでるつもりはないんだけどな」
「でも結果としては、そうなってる」
それは否定できない。
リアスもリンカも、俺が勝ち筋として選んだというより、放っておけなかった末に近くへ来た。盤面の上では得点になっても、俺の中ではそんな綺麗な計算じゃない。
「見捨てたら後味が悪いからだよ」
言いながら、自分でもひどく不器用な答えだと思った。
もっと理屈っぽく飾ることもできたはずだ。けれど、飾った瞬間にたぶん嘘になる。
ココは笑ったまま黙っている。
その沈黙が、続きを促しているように思えた。
「助けた方が得とか、放っておいた方が安全とか、それくらいは分かる。けど、分かった上で嫌なものは嫌なんだよ。目の前で道具みたいに扱われてる奴を見たら、見なかったことにする方が面倒くさい」
そこでようやく、ココの笑みがほんの少しだけ止まった。
止まったのは一瞬だったが、その一瞬があまりに自然じゃなくて、逆に目についた。
「……変だねぇ」
「よく言われる」
「普通は切るんだよ。切って、勝って、それで満足する」
「俺はたぶん、切った後で嫌になる」
「勝っても?」
「そういう勝ち方したらな」
噴水の水音が、急に近く聞こえた。
ココは視線を伏せ、カップを持ち上げかけてやめる。その仕草が、初めて少しだけ迷って見えた。
「ズヌイ王子は、良い商売相手だよ」
唐突にそう言って、彼女は俺を見た。
「損得がはっきりしていて、動きが読みやすい。並ぶなら、ああいう人の方が安全なんだ」
「だろうな」
「でも君は、読めない」
困ったように笑う。
今度のそれは、誰かへ見せるための笑顔じゃなかった。
「利益にならないことを、本当に利益抜きでやる人なんて、今まであまり見たことがなかった」
「そんな大げさなもんじゃないよ」
「ううん。私には十分大きい」
その声は静かで、けれど少しだけ弾んでいた。
驚いているのに、それを嫌がっていない。むしろ見つけものをしたみたいに、目の奥だけが明るい。
「君の隣は、あまり安全じゃなさそうだねぇ」
「だったら来ない方がいい」
「そうやって囲い込まないところが、余計にずるいんだよ」
ココは立ち上がり、背もたれに掛けていた指先を離した。
風が吹いて、彼女の髪が頬にかかる。払いのける仕草のあと、彼女はいつもの笑顔より少しだけやわらかい顔で振り返った。
「もう少し見せてもらうよ、ヤマタ王子」
「好きにすればいい」
「そうする。商売相手としてはズヌイ王子の方が上でも、今の私は、君の方がずっと気になるから」
言い切ると、ココは小さく笑って歩き出した。
その背中を見送ってから、俺はようやく息を吐く。
さっきまでの笑顔とは、少し違っていた。
上手く言えないけれど、あれは誰かを値踏みする顔じゃない。自分でもまだ説明できない何かに、少しだけ浮かされている顔だった。