※この作品はR-18です。

王位争奪戦-ラスボス婚約者と共にネトリ戦記-   作:ボルメテウスさん

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商人が向いた先

昼の光はやわらかいのに、王城の中庭に面した休憩所だけは、妙に音が遠く聞こえた。

白い石の欄干に凭れて噴水を眺めていると、背後から靴音が一つだけ近づいてくる。振り返る前に分かった。あの足取りは、無駄がなくて、けれど警戒心を見せないふりが上手い。

 

「一人なんだねぇ、ヤマタ王子」

 

ココ・ヘクマティアルは、昨日と同じように笑っていた。

人好きのする、商談相手を安心させるための笑みだ。けれど、今日はズヌイ兄さんの隣にいないせいか、その笑顔の薄さが少しだけ見えやすい。

 

「そっちこそ、一人なんだな」

 

「今日は商売じゃなくて、私個人で来たんだよ」

 

そう言って向かいの椅子へ腰を下ろす。動きは軽いのに、言葉の置き方だけが妙に丁寧だった。

俺は少しだけ身構えながら、彼女の目を見返した。

 

「確認したいことでもあるのか」

 

「うん。かなりある」

 

即答だった。

冗談めかした口調なのに、その奥には本気がある。

 

「リアス嬢も、リンカも、結果だけ見れば君の手元へ来ているよねぇ」

 

「そう見えるだけだよ。二人とも自分で選んだ」

 

「そこなんだよ」

 

ココは指先でカップの縁をなぞりながら、少しだけ首を傾ける。

 

「どうして君は、そういう相手を拾うのかな。王位争奪戦の最中に、もっと簡単に切り捨てられるものを、わざわざ抱え込んでる」

 

質問というより、値踏みだった。

返事ひとつで、俺がどんな人間かを決めるつもりなのだろう。

 

「抱え込んでるつもりはないんだけどな」

 

「でも結果としては、そうなってる」

 

それは否定できない。

リアスもリンカも、俺が勝ち筋として選んだというより、放っておけなかった末に近くへ来た。盤面の上では得点になっても、俺の中ではそんな綺麗な計算じゃない。

 

「見捨てたら後味が悪いからだよ」

 

言いながら、自分でもひどく不器用な答えだと思った。

もっと理屈っぽく飾ることもできたはずだ。けれど、飾った瞬間にたぶん嘘になる。

 

ココは笑ったまま黙っている。

その沈黙が、続きを促しているように思えた。

 

「助けた方が得とか、放っておいた方が安全とか、それくらいは分かる。けど、分かった上で嫌なものは嫌なんだよ。目の前で道具みたいに扱われてる奴を見たら、見なかったことにする方が面倒くさい」

 

そこでようやく、ココの笑みがほんの少しだけ止まった。

止まったのは一瞬だったが、その一瞬があまりに自然じゃなくて、逆に目についた。

 

「……変だねぇ」

 

「よく言われる」

 

「普通は切るんだよ。切って、勝って、それで満足する」

 

「俺はたぶん、切った後で嫌になる」

 

「勝っても?」

 

「そういう勝ち方したらな」

 

噴水の水音が、急に近く聞こえた。

ココは視線を伏せ、カップを持ち上げかけてやめる。その仕草が、初めて少しだけ迷って見えた。

 

「ズヌイ王子は、良い商売相手だよ」

 

唐突にそう言って、彼女は俺を見た。

 

「損得がはっきりしていて、動きが読みやすい。並ぶなら、ああいう人の方が安全なんだ」

 

「だろうな」

 

「でも君は、読めない」

 

困ったように笑う。

今度のそれは、誰かへ見せるための笑顔じゃなかった。

 

「利益にならないことを、本当に利益抜きでやる人なんて、今まであまり見たことがなかった」

 

「そんな大げさなもんじゃないよ」

 

「ううん。私には十分大きい」

 

その声は静かで、けれど少しだけ弾んでいた。

驚いているのに、それを嫌がっていない。むしろ見つけものをしたみたいに、目の奥だけが明るい。

 

「君の隣は、あまり安全じゃなさそうだねぇ」

 

「だったら来ない方がいい」

 

「そうやって囲い込まないところが、余計にずるいんだよ」

 

ココは立ち上がり、背もたれに掛けていた指先を離した。

風が吹いて、彼女の髪が頬にかかる。払いのける仕草のあと、彼女はいつもの笑顔より少しだけやわらかい顔で振り返った。

 

「もう少し見せてもらうよ、ヤマタ王子」

 

「好きにすればいい」

 

「そうする。商売相手としてはズヌイ王子の方が上でも、今の私は、君の方がずっと気になるから」

 

言い切ると、ココは小さく笑って歩き出した。

その背中を見送ってから、俺はようやく息を吐く。

 

さっきまでの笑顔とは、少し違っていた。

上手く言えないけれど、あれは誰かを値踏みする顔じゃない。自分でもまだ説明できない何かに、少しだけ浮かされている顔だった。

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