※この作品はR-18です。

王位争奪戦-ラスボス婚約者と共にネトリ戦記-   作:ボルメテウスさん

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商人の酒

夜も更けて、王城の廊下から人の気配が薄れてきた頃だった。

書き物を切り上げようとしたところで、扉が三度、控えめに叩かれる。こんな時間に訪ねてくる相手など限られているはずなのに、聞こえた声は少し意外だった。

 

「起きてるかな、ヤマタ王子」

 

扉を開けると、ココが瓶を片手に立っていた。

昼間と変わらない笑顔ではあるが、肩の力が抜けていて、商談の席で見る張りつめた気配がない。薄い夜着の上に外套を引っかけただけの姿は妙に無防備で、そのくせ目だけは相変わらず、こちらを測るように細い。

 

「……どうしたんだ、その酒」

 

「どうしても飲みたい気分でねぇ。ひとりで飲むには少しつまらなかったから、君を巻き込みに来たんだよ」

 

ずいぶん勝手だ。

そう思ったものの、追い返せるほど冷たくもなれず、結局そのまま部屋へ通した。

 

卓にグラスを二つ並べると、ココは手慣れた動きで酒を注ぐ。琥珀色の液体が灯りを受けて揺れ、部屋に甘い香りが広がった。最初のうちは他愛のない話だった。王城の料理は味が濃いとか、ズヌイ兄さんの笑顔は計算高すぎるとか、アーサーの勘の鋭さは人間離れしているとか。ココはいつものように軽く笑いながら言葉を転がし、俺もそれに付き合っていた。

 

だが、二杯目を空ける頃には、少しずつ空気が変わり始める。

 

「ねぇ、ヤマタ王子」

 

「ん?」

 

「君って、本当に変だよねぇ」

 

グラスの縁に唇を触れさせたまま、ココがじっとこちらを見る。

酔いのせいか頬がわずかに赤く、いつもの笑顔も少しだけ輪郭が柔らかい。

 

「またそれか。最近やたら言われるんだけど」

 

「だって変だもの。損になることを平気で拾うし、面倒そうな人間ほど放っておけない顔をするし。商売人としては最悪だよ」

 

「褒めてないよな、それ」

 

「全然」

 

くすくすと笑う。

その笑い方が、前よりずっと素に近い。俺は苦笑しながら自分のグラスを傾けた。

 

「でも、今ここに来てる時点で、ココさんもそんなに商売人向きじゃないんじゃないか」

 

その一言で、彼女の手が止まった。

まっすぐ言い返してくるかと思ったのに、しばらく黙ったあと、小さく息を漏らす。

 

「……それ、ずるいなぁ」

 

「何が」

 

「そうやって、さらっと見抜くところ」

 

三杯目は、彼女の方が早かった。

酒を注ぐ手つきが少しだけ雑になり、椅子に座る姿勢も崩れていく。やがてココは、向かいではなく俺の隣へ移ってきた。距離が妙に近い。香水と酒の匂いが混ざって、頭が少しだけ熱くなる。

 

「ねぇ」

 

「近いって」

 

「いいでしょ。今は商談じゃないし」

 

そう言って、彼女は俺の肩へ軽く額を預けた。

からかっているのかと思ったが、押しつけてくる重みが思ったより素直で、思わず動けなくなる。

 

「ズヌイ王子の隣はね、楽なんだよ。得になることが分かりやすいから。何を渡せば何が返るか、ちゃんと見える。そういう相手は、商売としては最高」

 

「……だろうな」

 

「でも、君は違う」

 

囁く声が少し掠れていた。

ココは俺の袖を指先でつまみ、拗ねたように揺らす。

 

「君の隣は、全然計算できない。得になる保証もないし、むしろ面倒ばっかり増えそうなのに……それでも、こっちの方が気になるんだよ」

 

その言葉に、胸の奥が妙に静かになる。

うまく返事が見つからないまま黙っていると、ココが顔を上げた。青い瞳はとろりと潤んでいて、昼間の切れ味はどこかへ溶けている。

 

「君、今、困ってるでしょ」

 

「そりゃまあ、困るだろ」

 

「そういう顔、好きだなぁ」

 

「やめろ、変なこと言うな」

 

「変じゃないよ」

 

くすっと笑って、彼女は俺の腕へ絡みつくように身を寄せた。

普段の余裕ある笑みとは違う、甘えるような、少し子どもっぽい表情だった。

 

「君のそういう顔、私ばかりに見せてよ」

 

「酒に酔ってるだろ」

 

「酔ってるよ。でも、酔ってる時の方が本音って出るんだよねぇ」

 

参った。

こういう時、突き放すのが正解なのかもしれない。けれど、今のココを見ていると、それは違う気がした。打算も笑顔も一度横へ置いて、ようやくこぼれた顔を、今ここで乱暴に扱いたくなかった。

 

「……ほどほどにしろよ」

 

「やだ」

 

即答だった。

しかも答えたあとで、本人が一番おかしそうに笑う。

 

「本当に、君の前だと駄目だなぁ。ちゃんとしていたいのに、ちっとも上手くいかない」

 

そう言って、彼女はもう一度俺の肩へ体重を預けた。

外では夜風が庭木を揺らしている。静かな部屋の中で、ココの吐息だけが妙に近かった。

 

このまま朝になったら、きっと本人は何事もなかったように笑うのだろう。

それでも今夜だけは、その笑顔の奥に隠れていたものを、少しだけ見せてもらった気がした。

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