※この作品はR-18です。

王位争奪戦-ラスボス婚約者と共にネトリ戦記-   作:ボルメテウスさん

19 / 71
その腹は

ズヌイ兄さんの私室は、王子の部屋というより商人の応接間に近かった。重たい机の上には書類が積まれ、壁際の棚には酒瓶と細工物が整然と並んでいる。趣味の良さというより、値の張る物をちゃんと分かって置いている、そんな部屋だ。

 

案内された椅子へ腰を下ろすと、兄さんは向かいで足を組み、いつもの薄い笑みを浮かべた。だが今日は、その笑みの縁が少しだけ硬い。

 

「わざわざ来てくれるなんて嬉しいよ、ヤマタ」

 

「呼ばれたから来ただけだよ」

 

「はは、そこはもう少し兄を立ててくれてもいいだろうに」

 

軽い調子だった。軽いままなのに、部屋の空気は妙に冷えている。たぶん、ココの件だ。あの人が俺の側へ完全に移ったせいで、ズヌイ兄さんの盤面は一つ崩れた。表では笑っていても、面白くないはずがない。

 

兄さんは琥珀色の酒をグラスへ注ぎ、自分の分だけ口をつけた。

 

「ココが世話になっているそうだね」

 

「世話ってほどでもない」

 

「謙遜しなくていいよ。僕の妃候補だった女が、今は君のところにいる。十分すぎる変化だ」

 

その言い方には棘があった。けれど、怒鳴る気はないらしい。むしろ静かに測ろうとしている。

 

「ココは物じゃない。自分で選んで動いたんだろ」

 

「そこが問題なんだよ」

 

兄さんは笑ったまま言った。

 

「彼女は利で動く女だ。損得の見えない場所へ自分から寄るような人間じゃない。にもかかわらず、君のところへ行った」

 

指先でグラスの縁をなぞる音が、小さく響く。

 

「ねえヤマタ、君はココに何を見せた?」

 

「別に何も。普通に話しただけだよ」

 

「それで崩れるような女なら、最初から僕の隣には置かない」

 

視線が細くなる。普段の軽薄さの奥にある、本当の温度がやっと見えた気がした。ズヌイ兄さんは、利益が減ったから苛立っているだけじゃない。理解できないズレが、気に入らないんだ。

 

「兄さんこそ、ココをどう見てたんだよ」

 

そう返すと、兄さんは一瞬だけ目を止め、それから肩をすくめた。

 

「優秀な商売相手。頭が切れて、金の流れも読める。隣に置くには十分だろう?」

 

「それだけか」

 

「それ以上が必要かい?」

 

その問いに、すぐ答えは出なかった。必要かどうかは分からない。ただ、それだけで見ていたなら、ココが離れた理由はそこにある気がした。

 

短い沈黙が落ちる。窓の外では風が木々を鳴らしていた。

 

やがて兄さんは背もたれへ体を預け、少しだけ笑みを深くした。

 

「まあ、いいさ。失った札を惜しむのは性に合わない。ただ――」

 

そこで言葉を切り、まっすぐこちらを見る。

 

「君は思っていたより厄介だ」

 

「お互い様じゃないか」

 

「そうかもしれないね」

 

今度の笑みは、さっきまでより自然だった。諦めたわけじゃない。むしろ、ここからどう崩すか考え始めた顔だ。

 

俺もたぶん、同じ顔をしていたと思う。

 

ココが離れたことで、兄さんとの間にあった曖昧な距離は消えた。ここから先は、笑いながら腹を探る時間になる。剣も怒声もまだいらない。ただ、互いに相手の手札を数え始めた。それだけで十分だった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。