※この作品はR-18です。

王位争奪戦-ラスボス婚約者と共にネトリ戦記-   作:ボルメテウスさん

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商人の王

ズヌイ兄さんはしばらく黙ったまま、手の中のグラスを揺らしていた。

琥珀色の酒が壁の灯りを受けて揺れるたびに、その横顔の影もわずかに形を変える。

いつもならそこで軽口の一つでも挟むはずなのに、今日は妙に静かだった。

 

「……なるほどね」

 

ようやく落ちた声は、怒りとも嘲りともつかない、妙に乾いた響きをしていた。

 

「ココが離れた時点で、少しは考えたんだ」

 

兄さんは視線を酒へ落としたまま続ける。

 

「僕は王には向いていないんじゃないか、ってね」

 

「兄さんが?」

 

思わず聞き返すと、ズヌイ兄さんは苦く笑った。

 

「意外そうな顔をするなよ。自分のことくらい分かっているさ」

 

そして、こちらへ視線を向ける。

その目にはもう、さっきまであった探るような鋭さが少しだけ薄れていた。

 

「僕は金を集めるのは上手い。人を使うのも得意だ。

 欲しい物を手に入れる為の道筋を読むのも、そこそこできる」

 

「それは分かるよ」

 

「でもな、ヤマタ。王になる人間っていうのは、それだけじゃ足りないらしい」

 

その言葉に、俺はすぐには返せなかった。

ズヌイ兄さんが自分でそこまで言うとは、正直思っていなかったからだ。

 

「ココは利で動く女だ。

 少なくとも、僕はそう見ていた。

 けどそのココが、お前の方へ行った」

 

兄さんはそこで小さく肩をすくめる。

 

「つまり、僕のやり方じゃ拾えないものがあるってことだ。

 それを持っているお前の方が、王に近いんだろうな」

 

それは負け惜しみでも嫌味でもなく、妙にすっきりした声だった。

腹の探り合いの末に出た結論というより、もう前から薄々分かっていたことを、自分の口で認めただけなのかもしれない。

 

「諦めるのか」

 

「諦めるさ」

 

即答だった。

それがあまりにも早くて、逆に拍子抜けする。

 

ズヌイ兄さんはグラスを置き、机の上で指を組む。

 

「王位に執着しているように見えたかもしれないが、僕にとって大事なのは王冠そのものじゃない。

 王になれれば便利だった。

 なれないなら、なれないなりの稼ぎ方を考えるだけだよ」

 

「国外追放の後まで、もう考えてるのか」

 

「当然だろ」

 

兄さんは今度こそ、いつもの調子に近い笑みを浮かべた。

 

「ドラグウェルの外にも市場はある。

 むしろ王族の看板が外れた方が、好きに動けることもある。

 国外追放なんて、見方を変えれば新規開拓みたいなものさ」

 

「前向きすぎるだろ……」

 

思わず苦笑いが漏れる。

普通、国外追放ってのは人生の終わり寄りの言葉だ。

それを商売の次の段階みたいに語れるあたり、やっぱりこの人はズヌイ兄さんだと思う。

 

「お前も苦労するぞ、ヤマタ」

 

兄さんは、どこか面白がるように言った。

 

「人を拾って、拾った人間に好かれて、そこから先も背負う。

 王ってのは多分、そういう面倒の塊だ」

 

「今から嫌になること言うなよ」

 

「でも、お前はそれをやるんだろう?」

 

問いというより確認だった。

俺は少しだけ考えてから、曖昧に肩をすくめる。

 

「……分からない。けど、逃げるつもりはないよ」

 

その返事を聞いて、ズヌイ兄さんは静かに笑った。

 

「なら、僕の負けだ」

 

その一言で、この会談は終わったのだと分かった。

もうここに、互いを崩そうとする空気はない。

あるのは、盤面を降りる男と、そこへ残る男の、妙に穏やかな確認だけだった。

 

「まあ、国外へ出た後に良い商売先があったら教えてくれ」

 

「そこは普通、逆だろ」

 

「いや、お前は王様になるかもしれないんだ。

 太い取引先とは、早めに縁を作っておいた方がいい」

 

「……本当に兄さんらしいよ」

 

また苦笑いが漏れた。

さっきまでの緊張が嘘みたいに、部屋の空気は少しだけ軽くなっている。

 

ズヌイ兄さんは満足そうに椅子へもたれ、最後にグラスを持ち上げた。

 

「じゃあ、未来の王様。せいぜい頑張れ」

 

「兄さんも、国外で変な商売しすぎるなよ」

 

「保証はできないな」

 

そんなふうに笑い合えたのが、不思議だった。

けれど多分、これがこの人なりの引き際なのだろう。

王にはなれないと理解しても、最後まで損得勘定と冗談を手放さない。

そういう男だからこそ、ズヌイ兄さんはズヌイ兄さんだった。

 

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