※この作品はR-18です。

王位争奪戦-ラスボス婚約者と共にネトリ戦記-   作:ボルメテウスさん

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悪女達の作戦

ココが正式にこちら側へ来た翌日の午後、俺の私室は妙な緊張に包まれていた。

 

机の上には地図と書類が広げられ、窓際にはアーサーが立っている。

対面の椅子には、当たり前のようにココ・ヘクマティアが座っていた。

この二人が同じ部屋にいるだけで、空気がやたら物騒になるのはどういう仕組みなんだろうな。

 

「さて、ココ」

 

アーサーは紫の髪を指先で払いながら、笑顔で切り出した。

 

「あなたには、ズヌイが持っていた商業網を吐いてもらおうかな」

 

「いきなりひどいなぁ。私は加入しただけで、買収された覚えはないよ」

 

ココも笑っている。

けれど、二人の笑顔はまるで違った。

 

アーサーの笑みは、盤面に駒を置く時のものだ。

ココの笑みは、値札を貼る前に商品を眺める商人のそれに近い。

 

どっちも怖い。

 

「頼むから、最初の作戦会議から喧嘩しないでくれ」

 

俺が言うと、アーサーは首だけこちらへ向けた。

 

「喧嘩じゃないよ、ヤマタ君。主導権の確認」

 

「そうそう。どちらが君をより上手く勝たせられるかの確認だねぇ」

 

「もうその時点で俺の胃に悪いんだよ」

 

軽く頭を抱える俺を置いて、二人は何事もなかったかのように書類へ視線を落とした。

 

ココが持ち込んだ資料には、ズヌイ兄さんが関わっていた商会、金融家、港町の交易路が細かく記されていた。

俺が見ても半分も分からないが、アーサーは一目見ただけで口元を緩める。

 

「なるほど。ズヌイは商売だけなら本当に優秀だね」

 

「王には向いていなかったけど、金の流れを見る目は本物だよ。そこは認めてあげてほしいな」

 

「認めているよ。だからこそ、負けた後も使える」

 

「あなた、味方にしても敵にしても性格が悪いねぇ」

 

「ありがとう。褒め言葉として受け取っておくよ」

 

会話だけ聞けば、仲がいいようにも聞こえる。

けれど、そこに混じる刃のようなものは隠しきれていない。

 

アーサーは地図の一点を指で押さえた。

 

「次は貴族派を動かすべきだね。父王が見ているのは、ただの妃の数じゃない。影響力のある女を迎えた陣営が上に来る」

 

ココはすぐに首を横へ振った。

 

「それは遅いよ。まずは商業網を押さえるべきだねぇ。金の流れを掴めば、人の動きも読める。人の動きが読めれば、貴族の動きも読める」

 

「あなた、本当にすぐ金で測るね」

 

「あなたはすぐ人を駒で測るよねぇ」

 

「どっちも人聞きが悪いのに、どっちも否定できないのが怖いな」

 

俺の言葉に、二人が同時にこちらを見る。

 

「ヤマタ君は黙っていて」

 

「ヤマタ王子は座っていて」

 

「息が合ってるのが一番怖いんだけど」

 

そんな時、扉の向こうから控えめなノックが響いた。

部屋に入ってきた侍従は、一通の封書を差し出してくる。

封蝋には、第四王子ズヌイ・ドラグウェルの紋章が押されていた。

 

「ズヌイ兄さんから?」

 

封を切ると、妙に几帳面な文字が並んでいる。

アーサーとココが同時に俺の背後へ回り込み、左右から手紙を覗き込んできた。

 

近い。

圧が強い。

 

『王位については、君に譲るよ、ヤマタ。

 ただし、負けた男にも商売は残る。

 これは兄からの忠告ではなく、未来の取引先への先行投資だと思ってくれ』

 

思わず苦笑いが漏れた。

 

「兄さん、本当にブレないな」

 

「いい商人だねぇ。王には向かなかったけど」

 

ココが面白そうに笑う。

その声には、少しだけ懐かしさのようなものも混じっていた。

 

手紙はさらに続いていた。

 

『次に動くなら、港湾商会連合に気をつけろ。

 表向きは中立だが、裏ではクルと繋がり始めている。

 さらに父王は、妃の数より質を見ている可能性が高い。

 君の周囲に集まる女たちは、単なる数ではなく、性質が面白い。

 そこを理解していない王子は、いずれ沈む』

 

読み終えたあと、部屋の空気が少し変わった。

 

ズヌイ兄さんは、本当に王位争奪戦から降りるつもりなのだろう。

それでもただ消えるわけではない。

最後に情報を置いて、未来の商売相手として俺を見る。

あまりにも兄さんらしい。

 

手紙の最後には、さらに一文が添えられていた。

 

『国外で店を開いたら、最初の上客は君にすると決めている。

 その時は王族価格でふっかけるから、今のうちに覚悟しておくといい』

 

「……国外追放された後まで商売する気満々かよ」

 

「むしろ、それでこそズヌイだね」

 

アーサーが楽しげに笑った。

 

「この情報は使える。港湾商会連合がクル側へ寄っているなら、こちらが先に揺さぶればいい」

 

「私は金の流れを見るよ。帳簿と船の出入りを追えば、どこへ何が流れているか分かる」

 

「じゃあ私は、貴族側へ噂を流す。中立を装う商会がクルへ流れていると分かれば、面白いくらい疑心暗鬼になる」

 

「私の調査を邪魔しないでねぇ」

 

「あなたこそ、私の盤面を荒らさないで」

 

「作戦会議のはずなのに、どうして俺を挟んだ戦争みたいになってるんだ」

 

俺が言うと、アーサーは満面の笑みを浮かべる。

 

「安心して、ヤマタ君。これは味方同士の確認だよ」

 

ココも同じように笑った。

 

「そうそう。今はまだね」

 

「今はまだって言うな」

 

二人は笑っていた。

その笑顔の温度はまったく違うのに、作戦だけは恐ろしいほど噛み合っている。

 

アーサーが貴族の噂を動かし、ココが商人の金を追う。

ズヌイ兄さんの置き土産が、二人の手で次の一手へ変わっていく。

俺には細かい部分まで見えていないが、この組み合わせが強いことだけは分かった。

 

そして、多分かなり危ない。

 

「ヤマタ君」

 

アーサーがこちらを向く。

 

「次の標的は、港湾商会連合に関わる令嬢か、その背後にいる貴族家だね」

 

ココが続ける。

 

「商売と婚姻は、案外近いところにあるからねぇ。誰が誰に金を出して、誰が誰と結ばれるのか。そこを見れば、次の盤面が見える」

 

俺は深く息を吐き、ズヌイ兄さんの手紙を机に置いた。

 

「分かった。俺にできることがあるなら動くよ」

 

「そう言うと思った」

 

「そう言うと思ってたよ」

 

「だから息を合わせるなって」

 

二人の笑い声が重なる。

 

王位争奪戦は、また別の段階へ進もうとしていた。

ズヌイ兄さんは盤面から降りる。

けれど、残した情報は俺たちの次の道を照らしている。

 

そして俺の隣には、危険な婚約者と、危険な商人がいる。

 

頼もしい。

とても頼もしい。

 

ただし、胃に悪い。

 

それだけは、どうしようもなく確かだった。

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