王位争奪戦-ラスボス婚約者と共にネトリ戦記- 作:ボルメテウスさん
午後の作戦会議は、俺の胃に悪い方向へ順調に進んでいた。
机の上には、ココが持ち込んだ軍部への物資輸送表と、アーサーが集めた貴族派の噂書きが広げられている。
その二人が同じ方向を見ている時点で、だいたいろくでもないことが起きる。
「次はヨルムンの陣営だね。軍部と信仰をまとめて取れれば、父王への見せ札としてかなり強い」
アーサーが、楽しそうに言った。
「特にジャンヌ・ダルク。軍ではすでに英雄扱いで、最近は聖女候補としても担がれ始めているよ」
ココが紙束を指で弾きながら、軽い口調で続ける。
「軍への寄付、神殿への根回し、物資の流れ。どれを見ても、彼女を看板にする準備が進んでるねぇ」
「……それって、また俺が誰かの婚約者候補に会いに行く流れか?」
俺がそう言うと、二人は同時に笑った。
「違うよ、ヤマタ君。今回は聖女候補だよ」
「しかも軍部付き。難易度は高いけど、取れたら大きいねぇ」
壁際に立っていたリンカが、淡々と口を挟む。
「軍部を敵に回す可能性がある。普通に危険」
「ほら、リンカもこう言ってるぞ」
俺が援軍を得た気分で言うと、アーサーは涼しい顔で微笑んだ。
「だから護衛として連れて行くんだよ」
「俺の安全確認じゃなくて、危険前提で話が進んでるの怖いんだけど」
そんなわけで、俺はリンカを連れてヨルムン兄さんの軍事区画へ向かうことになった。
訓練場へ近づくと、金属がぶつかる音と兵士たちの声が地面を震わせるように響いてくる。
門を抜けた先で、俺は思わず足を止めた。
中央で旗槍を振るっていた女性が、模擬剣を持つ兵士をまとめて吹き飛ばしていたからだ。
白銀の鎧に身を包み、金の髪を風に揺らす姿は確かに神聖に見える。
だが、やっていることは祈りではなく完全に前線のそれだった。
「聖女って、もっとこう、静かに祈ってる人じゃないのか?」
「少なくとも、あれは前線向き」
リンカの返答が冷静すぎて、逆に笑えなかった。
「よう、ヤマタ。ついに俺の女まで見に来たか」
豪快な笑い声と共に、ヨルムン兄さんが現れた。
「言い方が最悪すぎるだろ、兄さん」
「ははっ、事実は大事だぞ。あれがジャンヌだ。強いぞ、うちの兵どもより殴り合いに向いてる」
紹介されたジャンヌは、訓練を終えるとこちらへ歩いてきた。
姿勢はまっすぐで、礼も丁寧だったが、兵士たちが口々に「聖女様」と呼んだ瞬間、ほんの少しだけ表情が曇った。
その変化は小さかった。
けれど、見逃せるほど薄くもなかった。
その後、神官らしき男がやって来て、次の式典でジャンヌを正式な聖女候補として推薦する話を始めた。
しかも、その口ぶりからすると、元々ほぼ決まっていた別の候補を下ろすらしい。
ジャンヌは黙って聞いていた。
けれど、握った拳だけが動かなかった。
俺は気づけば、口を開いていた。
「ジャンヌさんは、本当に聖女になりたいんですか?」
周囲がざわつく。
リンカが横で小さく息を呑み、ヨルムン兄さんだけが面白そうに目を細めた。
「名誉なのは分かります。軍に必要なのも分かります。けど、あなたが苦しい顔をしているなら、それは聞いた方がいいと思うんです」
ジャンヌはしばらく黙っていた。
やがて、低く息を吐く。
「私は、戦うことならできます。兵と共に立つことも、敵の前に出ることも怖くありません」
その声は強かった。
それでも、次の言葉だけは少し揺れた。
「ですが、誰かを押しのけてまで聖女になることが、本当に正しいとは思えないのです」
その言葉が落ちた瞬間、訓練場の熱が少しだけ遠のいた気がした。
ヨルムン兄さんが笑う。
「やっぱりお前は面白ぇな、ヤマタ」
「面白がっている場合じゃない。軍部が荒れる」
リンカが冷静に言い、俺も心の底から頷いた。
「俺もそう思う」
それでも、ジャンヌの顔からは、さっきまでの硬さが少しだけ消えていた。
「ヤマタ様。あなたは、不思議な方ですね」
「最近、そればっかり言われます」
「けれど、嫌な言葉ではありません」
そう言って、彼女はほんの少しだけ微笑んだ。
そこへヨルムン兄さんが、俺の肩を叩いてくる。
「ジャンヌを口説くなら、俺の前で堂々とやれよ」
「口説いてない!」
「結果的には近い」
「リンカまでやめてくれ!」
ヨルムン兄さんは腹を抱えて笑いながら、ジャンヌへ視線を向けた。
「ジャンヌが本気で嫌がるなら、俺は止めねぇ。だが軍部はそうはいかんぞ。どうするか、見せてみろ」
それは挑発であり、妙な許可でもあった。
俺はこめかみを押さえる。
「なんで兄さん達は、俺に難題を投げるのが好きなんだよ」
「お前なら変なことをするからだ」
リンカが隣で静かに頷いた。
「否定できない」
俺は、もう何も言い返せなかった。