王位争奪戦-ラスボス婚約者と共にネトリ戦記- 作:ボルメテウスさん
夜の王城は、昼間のざわめきが嘘みたいに静かだった。
俺の部屋では、机の上にジャンヌさんについて集めた紙片が広げられている。
その向かいで、アーサーは肘をつきながら楽しそうに笑っていた。
「それで、ヤマタ君。聖女候補様とのお話はどうだったかな」
「その言い方、わざとだろ」
「もちろん」
悪びれもせず、アーサーは紅茶のカップを持ち上げた。
紫の髪が肩から流れ、青い瞳が細くなる。
「ジャンヌさんは、思っていたよりずっと真面目な人だったよ。戦うことは怖がってない。でも、聖女として立つことには迷ってる」
「うん。だろうね」
「分かってたのか?」
「ある程度はね。彼女は、自分の痛みより先に周囲の期待を見るタイプだよ。兵士が望むなら立つ。神殿が望むなら頷く。ヨルムンが必要とするなら、逃げない」
アーサーの声は軽い。
けれど、言っている内容は妙に鋭かった。
「ただし、一つだけ譲れないものがある」
「元々の聖女候補を押しのけることか」
「正解」
アーサーは満足そうに微笑む。
「ジャンヌは、自分が傷つくことには耐えられる。でも、自分のために誰かが傷つくことには耐えにくい。そこが彼女の一番弱い部分で、一番綺麗な部分でもある」
「弱いって言い方はどうなんだ」
「戦略上の呼び方だよ。あなたなら“優しさ”って言うだろうけど」
「まあ、そっちの方がまだいい」
俺がそう言うと、アーサーは小さく笑った。
からかっているようで、どこか嬉しそうでもある。
「だから、普通のやり方では駄目」
「普通のやり方?」
「ジャンヌを口説く。ジャンヌを説得する。ジャンヌをこちらへ引き抜く。そういうやり方」
「……それ、俺にやらせるつもりだったのか?」
「少しは」
「少しは、じゃない」
俺が睨むと、アーサーは肩をすくめた。
「でも今回は、それだと彼女は動かない。ジャンヌは自分のために逃げる女じゃないからね」
アーサーの指が机の上の紙片を一つ叩く。
そこには、元々の聖女候補についての断片的な情報が書かれていた。
「だから、作戦は逆だよ」
「逆?」
「ジャンヌを助けるんじゃない。元の聖女候補を助ける」
俺は一瞬、言葉の意味を掴み損ねた。
アーサーはそんな俺を見て、少しだけ口元を吊り上げる。
「ジャンヌは、自分が押しのける相手を気にしている。なら、その相手が不当に下ろされない形を作ればいい。そうすれば、ジャンヌは初めて自分の気持ちを選べる」
「つまり、聖女の席そのものを奪い合いにしないってことか」
「そう。あなたがやるべきことは、ジャンヌを奪うことじゃない。彼女が断っても誰かが壊れない状況を作ること」
その言葉は、妙に胸に落ちた。
ジャンヌさんは、自分が苦しいから嫌だとは言えない。
けれど、誰かを押しのけることが正しくないとは言える。
なら、彼女が拒める理由を作る必要がある。
「……それ、俺向きなのか?」
「とても」
即答だった。
「ヤマタ君は、相手を勝たせるために口説くのは下手だけど、相手が苦しまない逃げ道を作るのは得意だからね」
「褒めてるのか、それ」
「最大級に褒めているよ」
アーサーは立ち上がり、俺の隣まで歩いてくる。
そして、机の上の紙片をまとめながら、耳元で囁くように言った。
「次は、元の聖女候補に会いに行こう。ジャンヌではなく、その子から話を聞く」
「それで、ジャンヌさんが選べる状態を作る」
「うん。それが、あなたの性格ならではの作戦」
アーサーは楽しそうに笑う。
いつものように、危ないことを考えている顔だ。
「ただし、ヤマタ君」
「何だよ」
「それをやると、神殿と軍部の両方に喧嘩を売ることになる」
「先に言えよ、そういう大事なことは」
「言ったら嫌がるでしょう?」
「当たり前だろ」
俺が頭を抱えると、アーサーは肩を震わせて笑った。
まったく、本当に性格が悪い。
けれど、作戦そのものは間違っていない気がした。
ジャンヌさんをどうにかするのではなく、ジャンヌさんが自分で選べる場所を作る。
それなら、俺にもできるかもしれない。
問題は、そのためにまた面倒な場所へ首を突っ込むことになるという一点だけだ。
いや、多分それが一番大きい。