※この作品はR-18です。

王位争奪戦-ラスボス婚約者と共にネトリ戦記-   作:ボルメテウスさん

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戦場の兄

礼拝堂の裏庭を出る頃には、訓練場の熱気も少し落ち着いていた。

 

兵士たちは武器の手入れを始め、さっきまで響いていた怒号も、今は笑い声や雑談に変わっている。

ジャンヌさんは神官に呼ばれて別の建物へ向かった。背筋は伸びていたけれど、歩き出す前にこちらへ向けた顔は、少しだけ柔らかかった。

 

その背中を見送っていると、背後から豪快な声が飛んでくる。

 

「よう、ヤマタ。ずいぶん真面目な顔で戻ってきたじゃねぇか」

 

振り返ると、見晴らし台の上でヨルムン兄さんが腕を組んでいた。

夕方前の光を浴びているせいか、ただ立っているだけでも無駄に迫力がある。

俺はため息をつきながら階段を上がり、兄さんの隣へ立った。

 

「兄さんが仕組んだんじゃないのか、これ」

 

「俺はそんな器用なことはしねぇよ。面白そうだから見てただけだ」

 

「それはそれで質が悪いんだよなぁ」

 

俺がぼやくと、ヨルムン兄さんは腹の底から笑った。

この人の笑い声は、訓練場の鐘よりよく響く。

 

「で、ジャンヌはどうだった?」

 

「強い人だったよ。あと……思っていたより、ずっと悩んでる人だった」

 

「そりゃそうだろうな。あいつは聖女なんて綺麗な看板より、戦場の方が似合う女だ」

 

兄さんの口調は軽い。

けれど、ジャンヌさんを見る目そのものは、意外なほど雑ではなかった。

 

「じゃあ、なんで聖女候補になってるんだよ」

 

「俺が決めたわけじゃねぇ。軍の連中と神殿の連中が、勝手に盛り上がってるだけだ」

 

ヨルムン兄さんは訓練場を見下ろす。

兵士たちの何人かが、ジャンヌさんの去った方をまだ見ていた。

 

「あいつは強い。前に出る。兵が崩れそうな時でも旗を下ろさねぇ。そういう女を見た兵どもが、勝手に信じる」

 

「信じられるのは、悪いことじゃないだろ」

 

「ああ。だが、信じられすぎると、今度は本人が逃げられなくなる」

 

その一言で、俺は少し驚いた。

 

「兄さん、分かってたんだな」

 

「分かるさ。俺は馬鹿じゃねぇ。ただ、止めるのが面倒だっただけだ」

 

「そこは止めろよ」

 

「ははっ、言うじゃねぇか」

 

笑っている。

けれど、その笑いの奥に、少しだけ本音が見えた気がした。

ヨルムン兄さんはジャンヌさんを道具として見ていない。戦場に立てる女として認めている。

だからこそ、聖女として担がれる流れを止めきれない自分も、どこかで分かっているのかもしれない。

 

俺は横顔を見ながら、ずっと気になっていたことを聞いた。

 

「兄さんは、本当に王になりたいのか?」

 

ヨルムン兄さんは一瞬だけ黙った。

その後、訓練場に響くくらい大きく笑った。

 

「俺が王になったら、この国は潰れるぞ」

 

「自覚あるのかよ」

 

「当たり前だ。俺は戦が好きだ。強い奴とぶつかるのが好きだ。国を守る王にはなれるかもしれねぇが、国を長く育てる王には向かねぇ」

 

ひどいことを、なんでもないことみたいに言う。

でも、この人の場合は冗談ではない。

 

「俺が玉座に座ったら、まず周りの国と喧嘩する。勝てば楽しい。負けても楽しい。だが、国民はたまったもんじゃねぇだろ?」

 

「それ、笑って言うことじゃないだろ」

 

「だから俺は王に向かねぇって話だ」

 

あまりにも潔い。

ここまで自分の適性を理解しているなら、むしろ立派なのかもしれない。

いや、やっぱり王子としてはどうなんだ。

 

「負けたら国外追放だぞ。そこはどうするんだよ」

 

「傭兵になる」

 

「即答かよ」

 

「外には戦場がいくらでもある。王子の肩書きがなくなったところで、腕さえあれば食っていける。むしろ、そっちの方が俺には合ってる」

 

俺は何も言えずに額を押さえた。

ズヌイ兄さんは国外で商売を考えていた。

ヨルムン兄さんは国外で傭兵になる気満々。

うちの兄たちは、追放後の人生設計が前向きすぎる。

 

「だが、ジャンヌは違う」

 

ヨルムン兄さんの声が、少しだけ低くなった。

 

「あいつは俺みたいに好き勝手に生きられる女じゃねぇ。背負うものを見つけると、逃げずに立っちまう」

 

「だから苦しんでる」

 

「ああ。だから、お前がどう動かすか見たい」

 

「俺に何を期待してるんだよ」

 

ヨルムン兄さんは、まるで試合前の戦士みたいに歯を見せた。

 

「戦いだよ、ヤマタ」

 

「いや、俺はジャンヌさんと戦うつもりはないぞ」

 

「剣だけが戦いじゃねぇ。人の心を動かすのも戦いだ」

 

返す言葉に詰まった。

この人は本気でそう思っている。

恋愛や説得や救済まで、全部戦いの一種として見ているのだ。

 

「ジャンヌを惚れさせてみろ。あいつが自分で、お前の隣へ行きたいと思うくらいにな」

 

「言い方が最悪なんだよ、兄さん」

 

「だが、お前ならできるかもしれねぇ」

 

ヨルムン兄さんは俺を見た。

からかっている顔ではなかった。

 

「俺は戦場で相手を倒す。ズヌイは金で相手を動かす。クルは頭で人を測る。アイダは正面から人を従わせる」

 

そこで、一拍置く。

 

「お前は、相手が自分から歩いてくるようにする。そいつは、かなり厄介な力だ」

 

「そんなつもりはないんだけどな」

 

「だから厄介なんだよ」

 

また笑い声が響いた。

俺はうんざりした顔で訓練場を見下ろす。

ジャンヌさんの姿はもう見えない。

けれど、さっきの迷った横顔だけは、妙にはっきり残っていた。

 

「ジャンヌが本気でお前を選んだなら、俺は止めねぇ。だが、軍は止まらねぇぞ」

 

「そこが一番面倒なんだよな」

 

「だから面白いんだろ」

 

「兄さんとは一生分かり合えない気がする」

 

「ははっ、そりゃいい。分かり合えない兄弟の方が、戦ってて面白ぇ」

 

俺は苦笑いするしかなかった。

ただ、少しだけ分かったこともある。

 

ヨルムン兄さんは、ジャンヌさんを縛りたいわけじゃない。

むしろ、彼女が本気で選ぶところを見たいのだ。

 

それが俺の隣かどうかは、まだ分からない。

でも、この兄はもう観客席に座るつもりでいる。

 

そして俺は、また面倒な戦いの真ん中へ押し出されようとしていた。

 

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