※この作品はR-18です。

王位争奪戦-ラスボス婚約者と共にネトリ戦記-   作:ボルメテウスさん

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ジャンヌの訪問

夜の王城は、昼間よりもずっと広く感じる。

 

廊下を歩く足音は遠く、窓の外では風が庭木を揺らしていた。

机に広げていた書類を片づけようとした時、扉が控えめに叩かれる。

 

こんな時間に来る相手なら、だいたい予想はつく。

アーサーか、ココか、あるいはリンカあたりだろうと思って扉を開けた。

 

そこに立っていたのは、ジャンヌさんだった。

 

鎧ではなく、淡い色の落ち着いた服を着ている。

訓練場で見た時の鋭さは薄れていたが、背筋は変わらずまっすぐだった。

ただ、胸の前で重ねた指先だけが、ほんの少し強く握られている。

 

「ジャンヌさん? こんな時間にどうしたんですか」

 

「少しだけ、お話をしてもよろしいでしょうか」

 

声は静かだった。

けれど、その奥に硬さがある。

 

「もちろんです。入ってください」

 

俺が横へ避けると、ジャンヌさんは小さく頭を下げて部屋へ入った。

すぐには奥へ進まず、扉の近くで一度だけ呼吸を整える。

 

戦場なら迷わず前へ出る人が、俺の部屋の敷居を越えたあとで立ち止まっている。

その姿が、妙に胸に残った。

 

「座りますか?」

 

「いえ、少しだけ、このままで」

 

ジャンヌさんは部屋の中央に立ったまま、ゆっくり口を開いた。

 

「私は、ヨルムン様に自分の気持ちを伝えようと思います」

 

「ジャンヌさんの気持ち、ですか」

 

「はい。聖女として担がれることも、婚約者として扱われることも、これまでは受け入れるべきだと思っていました」

 

俺は黙って聞いた。

急かす言葉は、今は邪魔になりそうだった。

 

「けれど、今は違うというより……初めて、自分がどうしたいのかを考えようとしているのだと思います」

 

ジャンヌさんの声は揺れていない。

でも、揺れないようにしているのは分かった。

 

「怖いですか」

 

そう聞くと、彼女は少しだけ目を伏せた。

 

「はい」

 

短い返事だった。

 

「戦場へ出ることよりも、誰かの期待を断ることの方が、ずっと怖いのです」

 

その言葉は、重かった。

たぶん、ジャンヌさんにとって敵の刃より厄介なのは、味方の祈りや信頼なのだろう。

 

俺は少し考えてから、なるべく軽く言った。

 

「怖いなら、怖いままでいいと思います」

 

「怖いままで、よいのですか」

 

「怖くなくなってから動こうとしたら、多分ずっと動けないですから」

 

ジャンヌさんは目を上げる。

真面目な顔でこちらを見るから、少し落ち着かなくなる。

 

「あなたは、簡単に難しいことを仰いますね」

 

「俺も内心では、結構びびってますよ」

 

「そうなのですか」

 

「神官とか軍部とか、ああいう人たち相手に口を出したあと、毎回ちゃんと後悔してます」

 

少しだけ、ジャンヌさんの表情が緩んだ。

それは大きな笑みではない。

けれど、張りつめていた糸がわずかにほどけるような変化だった。

 

「ヤマタ様は、不思議な方ですね」

 

「それ、もう何回も聞きました」

 

「ですが、今はその不思議さに助けられています」

 

そう言われると、返す言葉に迷う。

俺は視線を外し、部屋の端にあるベッドを軽く指した。

 

「無理に立ってなくても大丈夫ですよ。そこ、座ってください」

 

「よろしいのですか」

 

「俺の部屋ですけど、別に玉座じゃないですし」

 

ジャンヌさんは、ふっと息を漏らした。

 

「ふふ……そういうところが、あなたらしいですね」

 

少し迷ったあと、彼女はベッドの端に腰を下ろした。

背筋はまだ伸びている。

けれど、さっきまでの緊張は少しだけ薄れていた。

 

俺も間を置いて、彼女の横へ座る。

近い。

肩は触れそうで、触れない。

 

ジャンヌさんは前を向いたまま、小さく言った。

 

「今だけは、少しだけ休ませてください」

 

「はい。今はそれでいいと思います」

 

「……ありがとうございます、ヤマタ様」

 

その声は、礼儀としての感謝とは少し違っていた。

 

やがて、ジャンヌさんの身体がほんの少しだけこちらへ寄る。

遠慮がちで、慣れていない動きだった。

それでも、自分から選んだ距離なのは分かった。

 

俺は何も言わない。

下手に言葉を足すと、この静けさを壊してしまいそうだった。

 

夜風が窓を小さく鳴らす。

 

今この部屋にいる彼女は、聖女候補でも、ヨルムン兄さんの婚約者でもない。

旗を掲げる戦士でも、兵たちの希望でもない。

 

ただ、これから自分の言葉で立とうとしている一人の女性だった。

 

そしてその人は、今、俺の横に並んで座っている。

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