※この作品はR-18です。

王位争奪戦-ラスボス婚約者と共にネトリ戦記-   作:ボルメテウスさん

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ヨルムンの激励

朝の光が、薄いカーテン越しに部屋へ差し込んでいた。

 

昨夜の空気は、まだ少しだけ残っている。

ジャンヌさんはすでに目を覚ましていたが、すぐには言葉を交わさなかった。

ベッドの端に腰を下ろしたまま、窓の外を見ている。背筋はいつも通り伸びているのに、昨日までの張り詰めた感じは薄い。

 

聖女候補でも、ヨルムン兄さんの婚約者でもない。

ただ、静かな朝を迎えている一人の女性。

 

そう思ったところで、扉が遠慮なく叩かれた。

 

「よう、ヤマタ。生きてるか」

 

この声で朝が台無しになった。

 

俺は思わず額を押さえる。

 

「……朝から嫌な予感しかしない」

 

ジャンヌさんが少しだけ首を傾げる。

 

「ヨルムン様、でしょうか」

 

「でしょうね。あの人、こういう時だけ妙に勘がいいんですよ」

 

仕方なく扉を開けると、そこには案の定、ヨルムン兄さんが立っていた。

朝だというのに、無駄に元気そうだ。こちらの顔を見るなり、兄さんは歯を見せて豪快に笑う。

 

「よう、ヤマタ。勝ったらしいな」

 

「朝一番に来て、第一声がそれなのかよ」

 

「違うのか?」

 

「何をもって勝ちって言ってるんだよ」

 

俺が言い返すより早く、兄さんは部屋の中へ視線を向けた。

ジャンヌさんの姿を見た瞬間、さらに笑みが深くなる。

 

「ははっ! やったじゃねぇか。聖女まで惚れさせるとはな!」

 

「だから言い方を考えろって!」

 

肩を叩かれた。

しかも本気で痛い。

 

「痛い痛い痛い! 兄さん、力加減!」

 

「祝いだ、祝い。細けぇこと言うな」

 

「祝いで骨が軋むのはおかしいだろ」

 

俺が抗議すると、ジャンヌさんが少し困ったように笑った。

その顔を見て、ヨルムン兄さんは一瞬だけ表情を和らげる。

 

「ジャンヌ」

 

「はい」

 

「お前が選んだなら、俺は止めねぇ。言った通りだ」

 

ジャンヌさんは静かに頭を下げた。

 

「ありがとうございます、ヨルムン様」

 

「礼はいらん。お前が戦士として、自分で選んだならそれでいい」

 

その言葉に、ジャンヌさんの目が少しだけ揺れた。

ヨルムン兄さんは豪快で雑な人だけど、こういうところで嘘は言わない。

 

俺は部屋の外へ出て、扉を半分だけ閉めた。

ジャンヌさんを巻き込まずに話した方がよさそうだった。

 

「それで、わざわざ朝から何の用だよ」

 

「お前に言っておくことがあってな」

 

ヨルムン兄さんの笑みが、少しだけ薄くなる。

その目が、戦場を見る時の冷静なものに変わった。

 

「ズヌイは降りた。ココもお前のところへ行った。今度はジャンヌだ」

 

「ジャンヌさんは物じゃないぞ」

 

「分かってる。だから、お前の勝ちだって言ってるんだ」

 

俺は言葉に詰まった。

 

「力で奪ったわけじゃねぇ。金で買ったわけでもねぇ。あいつが自分でお前の方へ歩いた」

 

「……そう言われると、重いな」

 

「重いもんだろ。人に選ばれるってのはよ」

 

ヨルムン兄さんは回廊の窓から王城の中心を見た。

朝の光に照らされた塔が、やけに遠く感じる。

 

「だがな、ヤマタ。ここからは笑ってばかりもいられねぇぞ」

 

「急に真面目な顔するなよ。怖いだろ」

 

「お前は今、兄弟の中で二人を実質的に抜いた」

 

「二人?」

 

「ズヌイと俺だ」

 

俺は黙った。

 

ズヌイ兄さんは王位を諦め、商売へ切り替えた。

ヨルムン兄さんは最初から玉座より戦場を見ている。

そしてジャンヌさんがこちらへ心を寄せたことで、ヨルムン陣営の象徴も揺れている。

 

つもりがなくても、盤面は動いた。

そういうことなのだろう。

 

「このままなら、お前は独走する」

 

「俺が?」

 

「ああ。本人が一番分かってねぇのが厄介だがな」

 

ヨルムン兄さんは、そこで低く笑った。

 

「だが、アイダとクルが黙ってるとは思うな」

 

その二つの名前に、自然と背筋が伸びる。

 

「アイダは正面から来る。あいつは王としての器を持ってるし、人も正面から従わせる」

 

「それは分かる」

 

「問題はクルだ。あいつは表で怒鳴ったりしねぇ。笑いもしねぇ。ただ、お前がどこを見て、何に弱いかを測る」

 

「……それ、一番嫌なタイプだな」

 

「ああ。頭脳戦なら、あいつが一番面倒だ」

 

ヨルムン兄さんはもう一度、俺の肩を叩いた。

今度は少しだけ力が抑えられている。

 

「気を抜くな。ズヌイと俺を抜いたからって、勝った気になるには早い」

 

「だから、俺は勝った気なんてないって」

 

「なら、そのままでいろ。お前は変に勝った顔をしねぇ方が強い」

 

「褒めてるのか、それ」

 

「褒めてる。俺なりにな」

 

ヨルムン兄さんは背を向けた。

立ち去る前に、少しだけこちらを振り返る。

 

「見せてみろ、ヤマタ。お前がアイダとクルをどう相手取るのかを」

 

「また観客気分かよ」

 

「当然だ。俺はもう、お前の戦いを見る側に回る」

 

「本当に自由だな、兄さんは」

 

「自由じゃなきゃ、王なんぞ向かねぇよ」

 

そう言って、ヨルムン兄さんは豪快に笑いながら回廊の向こうへ歩いていった。

 

俺はしばらく、その背中を見送る。

 

部屋の奥で、ジャンヌさんが静かに立ち上がる気配がした。

振り返れば、彼女は何も言わずにこちらを見ている。

その目には、不安と、少しの覚悟が混じっていた。

 

「……また面倒なことになってきましたね」

 

そう呟くと、ジャンヌさんは柔らかく微笑んだ。

 

「それでも、あなたは進むのでしょう」

 

「進まないと、もっと面倒になりそうなので」

 

自分で言って、苦笑する。

 

王位争奪戦は、もう俺が思っていたよりずっと大きく動いている。

ズヌイ兄さんとヨルムン兄さんを越えた先にいるのは、アイダ兄さんとクル兄さん。

 

ここから先は、たぶん本当の意味で兄弟同士の戦いになる。

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