王位争奪戦-ラスボス婚約者と共にネトリ戦記- 作:ボルメテウスさん
本格的に兄たちが動き出す前に、アーサーと話しておくべきだと思った。
ヨルムン兄さんは豪快に笑って去っていったが、最後に残した言葉だけは妙に重かった。
アイダ兄さんとクル兄さん。
ここから先、本当の意味で厄介になるのはその二人だと、あの人は確かに言った。
俺の部屋では、アーサーがいつものように紅茶を飲んでいた。
紫の髪を肩から流し、青い瞳だけで机の上の資料をなぞっている。
一見すると優雅な婚約者だが、頭の中ではたぶん何人かを盤面に並べている。
「ヨルムン兄さんに言われたよ。ここからはアイダ兄さんとクル兄さんが本格的に動くって」
「うん。そうなるだろうね」
返事は早かった。
驚きもない。
むしろ、その話題を待っていたような顔だ。
「特にクルは、もう君をかなり警戒しているよ」
「リアスの件があるからか」
「それが一番大きいね。自分の陣営にいた妃候補を、君に持っていかれた形だから」
「持っていったって言い方、やめないか」
「外から見ればそう見えるよ、ヤマタ君」
アーサーはカップを置く。
陶器が机に触れる音は小さいのに、妙に耳に残った。
「クルは感情で怒鳴るタイプじゃない。けれど、内側ではかなり計算し直しているはずだよ。リアスの時点で、君は“予測不能な危険要素”になった」
「俺が?」
「うん。しかも、本人にその自覚が薄いのが厄介」
「それ、最近やたら言われるな」
「事実だからね」
にっこり笑われても、まったく嬉しくない。
俺は椅子の背にもたれ、天井を見上げた。
リアス、リンカ、ココ、ジャンヌ。
改めて並べると、確かに周囲からどう見られているのかは分かる。
相手の陣営にいた女性が、いつの間にかこちらへ来ている。
俺にそのつもりがなくても、結果だけ見ればかなり危ない王子だ。
「じゃあ、次にクル兄さんの妃候補を狙うのは難しいってことか」
「難しいね。彼は同じ失敗を繰り返さない。接触経路は絞るし、君が話しかける前に相手の心を閉じさせる準備くらいはしてくる」
「嫌すぎる」
「頭脳戦なら、あの子はかなり面倒だよ。こちらの動きを読んで、読む前提でさらに罠を置く」
「それを嬉しそうに言うなよ」
「だって面白いじゃない」
そう言って微笑む顔は、婚約者というより悪役側の参謀だった。
いや、実際かなり近いのかもしれない。
「でも、クル兄さんのところを直接狙えないなら、どうするんだ?」
「直接狙わなければいい」
「また嫌な言い方をするな」
アーサーは口元に指を添えた。
その目が楽しそうに細くなる。
「クルが守りを固めるなら、その外側から盤面を壊せばいいんだよ」
「外側?」
「うん。彼の管理下にある妃候補へ手を伸ばすのではなく、彼の計算そのものを狂わせる札を置く」
「……アーサー」
「何かな?」
「その顔、かなり嫌な予感がする」
アーサーは、これ以上ないほど楽しそうに笑った。
まさしく、罠の入口に花を飾っている人間の顔だった。
「失礼だなぁ。私は君のために、とっておきの札を出そうとしているだけだよ」
「その“とっておき”って言葉が一番怖いんだよ」
「実はね、ヤマタ君にぴったりな妃候補がいるんだぁ」
その声が甘い。
甘いのに、背筋が冷える。
「……今度は誰なんだ」
「私の親友でね、一緒にいるととっても面白いと思うんだぁ」
「親友?」
「うん。斎賀百。こちらではモモ・サイガと呼ばれているよ。盟友国の公爵家当主代理で、帝国の将軍でもある、とっても強くて、とっても面倒で、とっても美人な子」
「情報量が多い」
「強力な重力魔法と剣術を持っていて、指揮官としても優秀。男に言い寄られることには慣れているけれど、その全てをばっさり断っている。男嫌いと言われるくらいにはね」
「なんでそれを俺に薦めるんだよ」
「だって、君ならきっと面白いことになるから」
嫌な沈黙が落ちた。
俺はアーサーを見る。
アーサーは笑っている。
親友を心配している顔ではない。
獲物と罠を同時に用意した人間の顔だった。
「……アーサー」
「何かな、ヤマタ君」
「親友を売る気か?」
「売るなんて人聞きが悪いなぁ。紹介だよ、紹介」
「その顔で言われても信用できないんだよ」
「大丈夫。モモは私の親友だからね。きっと、君のことを気に入るよ」
「それ、俺が無事で済む保証にはなってないよな」
「もちろん」
「もちろんじゃないんだよ」
背中に冷や汗が伝う。
クル兄さんとアイダ兄さんが本格的に動く前に、アーサーはさらに面倒な札を切ろうとしている。
盟友国の公爵家当主代理。
帝国の将軍。
男嫌い。
そして、アーサーの親友。
どれか一つでも十分厄介なのに、全部乗せで来るらしい。
「……また面倒なことになりそうだな」
「うん。だから面白いんじゃない」
アーサーの笑みは、最後まで綺麗だった。
綺麗すぎて、完全に悪役そのものだった。