王位争奪戦-ラスボス婚約者と共にネトリ戦記- 作:ボルメテウスさん
応接室に入った瞬間、俺は少しだけ足を止めた。
アーサーが呼んだ親友。
その言葉だけで、すでに嫌な予感はしていた。
アーサーの友人という時点で、普通の人間が出てくる可能性は低い。
そして、その予感は半分だけ当たっていた。
部屋の奥、窓際に近い席に、一人の女性が座っている。
背筋はまっすぐで、ただ紅茶を飲んでいるだけなのに、訓練場の将軍が休息しているような圧があった。
美しい人だ。
けれど、その美しさより先に、近づくと斬られそうだな、という感想が浮かぶ。
「来たね、ヤマタ君」
アーサーは楽しそうに笑っている。
完全に、俺の反応を観察している顔だった。
「紹介するよ。私の親友、モモ・サイガ」
女性は静かにカップを置き、こちらへ視線を向けた。
「エインヴルス帝国、サイガ公爵家当主代理。モモ・サイガだ」
声は落ち着いている。
低すぎず、強すぎず。
けれど、余計な装飾がない分、こちらの背筋まで伸びそうになる。
俺は慌てて姿勢を整えた。
「ヤマタ・ドラグウェルです。今日は時間を作っていただき、ありがとうございます」
モモさんは、ほんの少しだけ眉を動かした。
「……随分と普通の挨拶をするのだな」
「えっ、普通じゃ駄目でした?」
思わず聞き返すと、アーサーが口元を押さえて笑った。
「ほらね、モモ。言ったでしょ。ヤマタ君は面白いって」
「今のところ、面白いというより拍子抜けだ」
拍子抜け。
初対面の相手に言われる言葉としては、なかなか珍しい。
俺が困っていると、モモさんはじっとこちらを見た。
見られている、というより観察されている。
アーサーの婚約者というだけで、相当警戒されているのが分かった。
「率直に聞く。君はアーサーをどう扱っている?」
「扱う、ですか?」
「彼女は厄介な女だ。頭が切れ、他人を盤上の駒のように動かす。君がただ利用されているだけなら、話は早い」
「いや、利用はされてると思います」
「認めるのか」
モモさんの目がわずかに細くなる。
アーサーは隣で不満そうに頬を膨らませた。
「ヤマタ君、私への評価が雑じゃないかな」
「事実だろ」
「ひどいなぁ」
「でも、助けられてもいます。あと、性格は悪いですけど、俺を勝たせようとしてくれているのは本気なので」
言ってから、少しだけ照れくさくなる。
褒めているのか悪口なのか、自分でもよく分からない。
モモさんは、しばらく黙っていた。
「君は、彼女を恐れていないのか?」
「怖いですよ。かなり」
「では、なぜ隣に置く」
「怖いけど、信用しているからです」
部屋が少し静かになった。
アーサーの笑みが、ほんの少しだけ柔らかくなる。
モモさんはその表情を見て、さらに俺を見た。
「……妙な男だな」
「最近、それもよく言われます」
「褒め言葉だよ、ヤマタ君」
「絶対違うだろ」
俺とアーサーのやり取りを見ていたモモさんは、どこか調子を崩されたように息を吐いた。
「では、私についてはどう見る」
「どう、とは」
「公爵家当主代理。帝国将軍。重力魔法の使い手。アーサーの親友。君にとっては、利用価値の高い女だろう」
「肩書きだけ聞くと、すごすぎて胃が痛いです」
「……胃?」
「そんな大物を妃候補にするとか言われたら、普通は緊張しますよ。というか、俺は今でも、なんでここにいるのか半分くらい分かってないです」
「私が呼んだからだよ」
「それが一番信用できない理由なんだよ」
アーサーが楽しそうに笑う。
モモさんは完全に言葉を失っていた。
「君は、私を口説くつもりで来たのではないのか?」
「初対面でそれやったら失礼じゃないですか?」
また沈黙。
どうやら俺は、何か予想と違う返答をしたらしい。
モモさんは俺を見たまま、少しだけ目を伏せた。
「アーサー。君の婚約者は、本当にこの調子なのか」
「うん。だから面白いんだよ」
「本人の前で珍獣みたいに言うな」
アーサーはそこでカップを置いた。
その動きだけで、嫌な予感がした。
「さて、二人とも少しは分かり合えたみたいだし、本題に入ろうか」
「待て。その言い方、すごく嫌な予感がする」
「アーサー。君がその顔をする時は、大抵ろくなことではない」
「ひどいなぁ。私は親友と婚約者の未来を真面目に考えているだけだよ」
「その時点で怖い」
モモさんも同じような顔をしていた。
親友でも、アーサーの悪い笑みには警戒するらしい。
アーサーは、満面の笑みで言った。
「モモ。ヤマタ君の妃にならない?」
沈黙が落ちた。
「……は?」
「……今、何と言った?」
俺とモモさんの声が重なる。
「だから、ヤマタ君の妃。モモなら家格も軍事力も申し分ないし、ヤマタ君との相性も悪くないと思うんだよね」
「親友を売るなって言ったよな、俺!」
「売ってないよ。紹介しているだけ」
モモさんの目が冷えた。
「アーサー。君は私を帝国将軍ではなく、婚姻用の攻城兵器か何かだと思っているのか」
「うーん、半分くらい?」
「斬るぞ」
「ほら怒ってる! 当たり前だけど怒ってる!」
俺が慌てて止めに入ると、アーサーは悪びれもなく笑った。
「でも、モモ。嫌なら即座に断っているでしょう?」
モモさんの言葉が止まった。
即座に断るつもりだったのだろう。
それは顔を見れば分かる。
けれど、何かが引っかかっているらしい。
「……判断材料が足りないだけだ」
「じゃあ、しばらく見ればいいよ。ヤマタ君を」
「俺を見世物にしないでくれ」
モモさんはゆっくり立ち上がり、こちらを見た。
その目はまだ厳しい。
けれど、最初のような鋭い警戒だけではなかった。
「いいだろう。少なくとも、君がアーサーの言う通りの男かどうかは見極める」
「えっ、断る方向じゃないんですか?」
「安心しろ。現時点では妃になる気はない」
「安心しました」
「ただし、君がアーサーに見込まれた理由には興味がある」
アーサーは満足そうに笑った。
「ね? 面白くなってきたでしょ」
「面白くない。胃が痛い」
帝国の将軍。
公爵家当主代理。
男嫌いと呼ばれる親友。
また面倒な人が、俺の周りに増えた気がした。
そして、その原因はだいたい隣で笑っている婚約者だった。