王位争奪戦-ラスボス婚約者と共にネトリ戦記- 作:ボルメテウスさん
アーサーの説明は、最初から少し悪意があった。
応接室の空気は穏やかなはずだった。窓からは中庭の光が入り、机の上には紅茶と焼き菓子まで置かれている。
けれど、アーサーが楽しそうに口を開くたび、俺の肩はじわじわ重くなっていった。
「まずリアスだね。理想に疲れていたところを、ヤマタ君が拾った」
「言い方」
「次にリンカ。暗殺に失敗して見捨てられたところを、ヤマタ君が拾った」
「だから言い方」
「ココは笑顔の奥を見抜かれて、面白がってこちらに来た。ジャンヌは聖女候補として苦しんでいたところを、ヤマタ君が逃げ道を作った」
アーサーはそこで満足そうにカップを持ち上げる。
向かいに座るモモさんは、静かに俺を見ていた。表情は崩れていない。だが、視線だけは少し鋭い。
「聞き方によっては、君の婚約者は随分と危険な男だな」
「俺も今の説明だけ聞いたらそう思います」
「でも全部事実だよ?」
「事実でも並べ方に悪意があるだろ!」
アーサーはくすくす笑っている。
本当に楽しそうだった。俺が胃を押さえそうになっているところまで含めて、完全に遊んでいる。
モモさんは、紅茶に口をつけず、俺の顔を見続けていた。
「君は、相手の弱みにつけ込んでいる自覚はあるのか」
「弱みにつけ込んだつもりはないです。ただ、困ってるなら放っておけないというか」
「それは王位争奪戦では甘すぎる」
「でしょうね。俺も向いてないと思います」
「では、なぜ続ける」
そこは、少しだけ答えに詰まった。
別に王になりたいと大声で言えるほど、腹が決まっているわけじゃない。
けれど、俺の周りにはもう、勝手に増えた縁がある。放り出して逃げたら、多分そっちの方がずっと怖い。
「逃げたら、俺の周りに来てくれた人たちまで巻き込むからです」
モモさんの目が、わずかに細くなった。
「責任感はあるのだな」
「あるというより、逃げた後の方が怖いだけです」
「ね、変でしょ?」
アーサーが嬉しそうに言う。
「そこで嬉しそうにするな」
モモさんは、今度はアーサーへ視線を向けた。
「君は、こういう男を王にしようとしているのか」
「うん」
「君とは正反対に見えるが」
「だからいいんだよ」
アーサーの返事は軽い。
けれど、その軽さの奥には、変な揺るぎなさがあった。
モモさんは、納得していない顔で俺に戻る。
「君は、アーサーの策を止めたくならないのか」
「なりますよ。しょっちゅう」
「ひどいなぁ、ヤマタ君」
「いや、実際止めたくなるだろ。かなり物騒なことを笑顔で言うし」
「本当にひどい」
「でも」
そこで俺は、少しだけ言葉を選んだ。
「アーサーが俺を勝たせようとしてくれているのは本気です。そこは疑ってません」
モモさんの視線が止まる。
アーサーも、ほんの少しだけ笑みを変えた。
「本気なら、危険な策でも許すのか」
「許すというか、止める時は止めます。でも、全部否定するつもりもないです」
「なぜ」
「俺だけだと見落とすものを、アーサーは見てくれるからです」
言ってから、妙に気恥ずかしくなった。
アーサーは嬉しそうに目を細めている。
「ヤマタ君……」
「ただし性格は悪い」
「そこを付け足さなくてもよくない?」
「大事なところだろ」
モモさんは、静かに息を吐いた。
呆れているようにも見える。けれど、初対面の時より、こちらを見る目の硬さは少し薄れていた。
「分からないな」
「何がですか」
「君とアーサーは、明らかに性格が正反対だ」
モモさんの声は淡々としていたが、そこには本気の疑問があった。
「君は人を見捨てられない。アーサーは必要なら人を盤面に置く。君は後味を気にする。アーサーは結果を取りに行く。君は他人の痛みに踏み込むが、アーサーは笑いながら急所を突く」
「褒めてる?」
「褒めていない」
「そこは俺も同意です」
アーサーが少し唇を尖らせたが、反論はしなかった。
モモさんは、俺たちを交互に見る。
「なのに、なぜ君たちは一緒にいられる?」
部屋が少し静かになった。
すぐには答えられなかった。
正直、俺自身もきちんと考えたことはなかった。アーサーに振り回されて、助けられて、怖がって、信用して。いつの間にか隣にいるのが当たり前になっていた。
「……正反対だから、じゃないですか」
「正反対だから?」
「俺が見えないものを、アーサーは見る。アーサーが切り捨てそうなものを、俺が拾う」
言葉にしてみると、妙にしっくり来た。
「多分、どっちかだけだと駄目なんです」
アーサーが、ふっと笑った。
いつもの悪役みたいな笑みではなく、少しだけ静かな顔だった。
「私はそう思っているよ」
モモさんは黙ったまま、紅茶へ手を伸ばした。
カップを持つ指先に、さっきまでの鋭さはない。
「君たちは、似ていないのではない。噛み合っているのか」
「そんな格好いいものかは分かりませんけど」
「少しだけ、分かった気がする」
「何がですか」
「アーサーが君を選んだ理由だ」
アーサーが得意げに笑う。
「でしょ?」
「調子に乗るな」
「ひどいなぁ」
モモさんは、改めて俺を見る。
まだ警戒は残っている。けれど、それは危険人物へ向けるものではなく、未知の相手を見極めようとする目だった。
「まだ妃になる気はない」
「それは安心しました」
「だが、君という男を見極める価値はある」
「結局、胃が痛い流れなんですね」
アーサーは楽しそうに笑い、モモさんは静かに紅茶を飲んだ。
俺はその二人を見て、今日もまた面倒な人間関係が増えたことを悟った。
しかも今回は、アーサーの親友だ。
絶対に簡単には終わらない。