※この作品はR-18です。

王位争奪戦-ラスボス婚約者と共にネトリ戦記-   作:ボルメテウスさん

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モモ・サイガの見極め

 モモ・サイガから呼び出された時点で、嫌な予感はしていた。

 

 朝の空気は澄んでいる。王城の演習場へ向かう道には、まだ昨日の熱も残っていない。けれど、隣を歩くアーサーがやけに楽しそうだったので、俺の胃は早くも重くなっていた。

 

「ヤマタ君、そんな顔をしなくてもいいのに」

 

「アーサーが楽しそうな時点で、だいたい俺にとっては良くないことが起きるんだよ」

 

「信用がないなぁ」

 

「あるから警戒してるんだ」

 

 そう返すと、アーサーは愉快そうに笑った。

 少し後ろではリンカが無言でついてくる。護衛としてはありがたいが、時々その沈黙が「今回は本当に危険」と言っているようで、余計に落ち着かない。

 

 演習場には、すでに帝国兵が並んでいた。

 

 動きが違う。

 槍を構える角度、踏み込みの幅、命令を受けた時の反応。素人の俺でも分かるくらい、鍛えられた兵たちだった。

 

 その前に立つモモさんは、昨日の応接室とはまるで違って見えた。

 美しい人、という印象は消えない。けれど、ここではそれ以上に「人を率いる者」の顔をしている。背筋を伸ばし、兵の動きを一つも見逃さない目で追っていた。

 

「ヤマタ殿下。少し、付き合ってもらいたい」

 

「内容を聞いてからでもいいですか」

 

「私の兵の演習を見てもらう。君がどう見るか、確かめたい」

 

「俺、軍事の専門家じゃないですよ」

 

「だからこそだ」

 

 短い返答だった。

 言い切られると、逃げ道がなくなる。

 

 演習が始まる。

 兵たちが一斉に動いた。剣と盾がぶつかり、砂が跳ねる。鋭い掛け声が朝の空気を裂いていく。

 

 その中で、一人だけ遅れている兵がいた。

 

 若い。まだ顔に幼さが残っている。必死に周囲へ合わせようとしているのは分かるが、踏み込みが浅い。足を引きずるほどではない。けれど、何かをかばっている。

 

 嫌な引っかかりが胸に残った。

 

「あの兵、足をかばってないか?」

 

 俺が呟くと、リンカが目を細める。

 

「確かに、踏み込みが浅い」

 

 モモさんは何も言わない。

 こちらを見ている。兵ではなく、俺を。

 

 試されているのだと分かった。

 

 若い兵が転んだ。

 周囲の動きが止まり、上官らしき男が怒声を飛ばす。

 

「立て。遅れた者が隊全体を殺す」

 

「申し訳、ありません……」

 

 若い兵は歯を食いしばって立ち上がろうとした。

 その顔を見た瞬間、胸の奥がざらついた。

 

 ここで口を出すのは、多分おかしい。

 俺は帝国兵の訓練に関わる立場じゃない。軍のことも分からない。戦場の理屈も知らない。

 

 けれど、黙って見ている方が後で嫌になる気がした。

 

「すみません。少し、いいですか」

 

 声を出した瞬間、演習場の視線がこちらへ集まった。

 背中に汗が滲む。

 

 上官が戸惑う。

 

「ヤマタ殿下?」

 

 モモさんは静かに言った。

 

「続けろ」

 

 その一言で、余計に逃げられなくなった。

 

「その人を責める前に、足を診た方がいいと思います」

 

「しかし、これは訓練であり」

 

「怪我を隠して無理をする兵がいたら、本番で隊全体が危なくなるんじゃないですか」

 

 上官の顔が強張る。

 若い兵は驚いたようにこちらを見ていた。

 

「弱いから切るんじゃなくて、なぜ動けないのかを見た方がいいと思います」

 

 言ったあとで、喉が乾いた。

 自分が正しいかどうかなんて分からない。戦場では違うのかもしれない。けれど、今ここは戦場ではない。訓練なら、まだ止まれるはずだ。

 

 モモさんは、しばらく俺を見ていた。

 

 それから短く命じる。

 

「診せろ」

 

 若い兵の足を確認すると、軽い負傷が見つかった。隠していたらしい。部隊から外されたくなかった。役に立たないと思われたくなかった。そう言って、彼は唇を噛んだ。

 

 その言葉は、思っていたより胸に刺さった。

 

 役に立ちたいから、無理をする。

 捨てられたくないから、痛みを隠す。

 それは兵だけの話ではない。どこにでもある。リアスにも、リンカにも、ジャンヌさんにも、似たものがあった。

 

 演習が終わった後、モモさんに呼ばれた。

 

 アーサーとリンカは少し離れて見ている。

 アーサーは満足そうで、リンカは相変わらず静かだ。たぶん、俺がまた面倒な方向へ進んだと思っている。

 

「君は、戦場を知らない」

 

「はい」

 

「軍を率いた経験もない」

 

「はい」

 

「だが、今の判断は間違いではなかった」

 

 息が少しだけ抜けた。

 怒られる覚悟もしていたから、その言葉は素直にありがたかった。

 

「そう言ってもらえると、少し安心します」

 

「私は、弱い兵を甘やかす王子なら切るつもりだった」

 

「物騒ですね」

 

「だが君は、甘やかしたのではない。理由を見た」

 

 モモさんの声は厳しいままだった。

 けれど、そこに昨日のような冷たい警戒はない。

 

「失敗した者を切るのは簡単だ。だが、失敗の原因を見ない指揮官は、同じ失敗を繰り返す」

 

「……そういうものですか」

 

「そういうものだ」

 

 彼女ははっきりと言い切った。

 

「君は弱く見える」

 

「そこは否定しづらいです」

 

「だが、弱い者を見る目は持っている」

 

 褒められているのか、判断に迷った。

 ただ、その言葉を軽く流す気にはなれなかった。

 

「褒めている。私なりに」

 

「ありがとうございます」

 

 そう返すと、モモさんは少しだけ視線を外した。

 ほんのわずかな間だったが、さっきまでの将軍の顔とは違って見えた。

 

 アーサーが近づいてくる。

 

「ほら、モモ。少し気に入ったでしょ?」

 

「黙れ、アーサー」

 

「照れなくてもいいのに」

 

「斬るぞ」

 

「物騒すぎるだろ、この二人」

 

 俺が呟くと、リンカが淡々と答えた。

 

「相性は悪くない」

 

「悪くないの基準がおかしい」

 

 モモさんは改めて俺を見た。

 その目はまだ厳しい。けれど、最初に会った時とは違う。

 

「ヤマタ殿下。もう少し、君を見極める」

 

「まだ続くんですね」

 

「ああ。だが、今日は少しだけ分かった」

 

「何がですか」

 

「アーサーが君を手放さない理由だ」

 

 その言葉に、なぜか返事が詰まった。

 隣でアーサーが嬉しそうに笑っているのが分かる。

 

 俺は空を見上げた。

 朝の光は、演習場の砂を白く照らしている。

 

 また一人、面倒な人が増えた。

 そう思ったのに、不思議と嫌ではなかった。

 

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