※この作品はR-18です。

王位争奪戦-ラスボス婚約者と共にネトリ戦記-   作:ボルメテウスさん

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弱さの問いかける

 翌朝の演習場には、昨日より柔らかい風が吹いていた。

 

 砂地にはまだ足跡が残っている。帝国兵たちの踏み込み、転んだ若い兵の膝の跡、俺が思わず口を出した場所。その全部が、昨日の出来事をまだ薄く抱えているように見えた。

 

「ヤマタ君、また難しい顔をしてるねぇ」

 

 隣でアーサーが笑う。

 その声は軽いのに、こちらの胸の奥まで覗いているようで、少し落ち着かない。

 

「昨日のことを思い出してただけだよ」

 

「後悔?」

 

「半分くらい」

 

「残り半分は?」

 

「口を出してよかったのか、まだ考えてる」

 

 アーサーは返事をしなかった。

 ただ、面白そうに目を細める。少し後ろではリンカが無言で歩いていた。あいつの沈黙は、ときどき言葉より正確に空気を読む。

 

 演習場の脇に差しかかった時、一人の若い兵がこちらへ駆け寄ってきた。昨日、足をかばっていた兵だった。包帯を巻いた足で無理をしないよう、慎重に歩いている。

 

「ヤマタ殿下。昨日は、ありがとうございました」

 

「足は大丈夫ですか?」

 

「軽い捻挫でした。ですが、あのまま続けていれば悪化していたと医師に言われました」

 

「それなら、止めてよかったです」

 

 言いながら、少し胸が軽くなる。

 正しかった、と言い切るほど偉くはない。けれど、少なくとも間違いだけではなかったらしい。

 

 若い兵は、視線を落として拳を握った。

 

「私は、部隊から外されるのが怖かったのです。役に立たないと思われるのが、怖かった」

 

 その声に、昨日の砂の匂いが戻ってくる。

 無理をした理由は、痛みへの我慢ではなかった。置いていかれることへの恐れだった。

 

「……分かります」

 

 気づけば、そう答えていた。

 

「俺も、自分が役に立てているのか分からない時がありますし」

 

 若い兵が驚いたように顔を上げる。

 

「殿下が、そのようなことを?」

 

「ありますよ。むしろ、しょっちゅうです」

 

 情けない返事だと思った。

 王子らしい威厳なんて、少しもない。けれど、兵の肩から力が抜けたのを見て、これでよかったのかもしれないとも思った。

 

 若い兵が去った後、少し離れた柱の陰からモモさんが姿を見せた。

 最初から見ていたのだろう。静かな目で、こちらを測っている。

 

「ヤマタ殿下。少し聞きたい」

 

「はい。今度は何を試されるんですか」

 

「試すというより、疑問だ」

 

 モモさんはまっすぐ俺を見た。

 

「君は弱い」

 

「いきなりですね」

 

「戦えない。軍を率いた経験もない。政治の駆け引きも、アーサーほど得意ではない」

 

「否定できる部分がないのがつらいです」

 

「なのに、人が君の周りへ来る」

 

 風が止まった気がした。

 演習場の音だけが遠くなる。

 

「なぜだ」

 

 すぐには答えられなかった。

 俺自身、それを分かっていない。リアスも、リンカも、ココも、ジャンヌさんも、俺が引き寄せたなんて思っていない。ただ、目の前で苦しそうにしていたから、放っておけなかっただけだ。

 

「たぶん、俺が強いからじゃないと思います」

 

「それは分かっている」

 

「そこは少し遠慮してほしかったです」

 

「続けろ」

 

 モモさんの声は厳しい。

 けれど、不思議と怖くはなかった。

 

「俺は強くないから、強い人が無理をしている時に気づきたいんだと思います」

 

「強い人が無理をしている時?」

 

「リアスも、リンカも、ココさんも、ジャンヌさんも。みんな強い人でした。でも、強いから苦しくないわけじゃない」

 

 言葉にしながら、胸の中で何かが少しずつ形を持つ。

 

「昨日の兵もそうです。帝国兵だから、強くなきゃいけない。役に立たなきゃいけない。そう思って痛みを隠してた」

 

 俺は手元に視線を落とした。

 何かを握れるほど強い手ではない。誰かを守り切れる自信も、まだない。

 

「俺は、そういうのを見ると後で嫌になるんです。見なかったことにした方が楽なのは分かってるんですけど」

 

「……」

 

「でも、俺が弱いからこそ、弱さを隠そうとする人を放っておけないのかもしれません」

 

 モモさんは黙っていた。

 

 怒られるかと思った。

 王として危うい、と切り捨てられるかもしれないとも思った。

 

 けれど、返ってきた声は、思ったより静かだった。

 

「君は、王としては危うい」

 

「はい」

 

「だが、危ういからこそ見えるものがある」

 

「そうなんですかね」

 

「少なくとも、私はそう見た」

 

 モモさんは演習場へ目を向ける。

 兵たちがまた隊列を組み直している。誰もが強くあろうとしている。その中で、壊れる寸前の揺れを見ることが、どれほど難しいのか。たぶん、彼女は知っている。

 

「私は強い者を見てきた。強い者を率いてきた。だが、強さを隠れ蓑にして壊れる者も見てきた」

 

 その横顔は、将軍のものだった。

 けれど、一瞬だけ疲れた人の顔にも見えた。

 

「君は、その壊れる前の揺れを見る」

 

「褒められてますか?」

 

「褒めている。かなり」

 

「かなりなんですね」

 

 思わず苦笑すると、アーサーが横から嬉しそうに顔を出した。

 

「ね、モモ。だから言ったでしょ。ヤマタ君は面白いって」

 

「黙れ。今は君に言っていない」

 

「ひどいなぁ」

 

 リンカがぽつりと言う。

 

「仲が良い」

 

「違う」

 

「照れなくてもいいのに」

 

「アーサー。斬るぞ」

 

「最後にいつもの空気に戻すのやめてくれ」

 

 俺が頭を抱えると、モモさんは小さく息を吐いた。

 それから、改めてこちらを見る。

 

「ヤマタ殿下。私はまだ、君を認めきったわけではない」

 

「はい」

 

「だが、君の隣がなぜ人を引き寄せるのか、少し分かってきた」

 

「……それ、俺が一番分かってないんですけど」

 

「だからこそ、もう少し見極める」

 

「やっぱり続くんですね」

 

 アーサーが満足そうに笑う。

 

「もちろん。モモは気になるものを途中で放り出さないよ」

 

「アーサー。余計なことを言うな」

 

 モモさんの声は鋭い。

 けれど、そこに最初のような拒絶はなかった。

 

 警戒から疑問へ。

 疑問から、理解したいという視線へ。

 

 その変化に気づいて、俺はまた面倒なことになりそうだと思った。

 けれど、不思議と足を引きたいとは思わなかった。

 

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