※この作品はR-18です。

王位争奪戦-ラスボス婚約者と共にネトリ戦記-   作:ボルメテウスさん

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モモの本音

 演習場の木陰に、風がゆっくり流れていた。

 

 兵たちはすでに引き上げ、砂地に残った足跡だけが、さっきまでの熱を薄く残している。剣の音も、号令も、今は遠い。そんな静けさの中で、モモさんは一人、木陰の下に立っていた。

 

 呼び出された俺は、少しだけ足を止める。

 

 いつも腰にあった剣が、今日は近くの椅子へ置かれていた。たったそれだけなのに、目の前の人が帝国の将軍ではなく、モモ・サイガという一人の女性としてそこにいる気がした。

 

「ヤマタ殿下。少し、時間をもらいたい」

 

「はい。何かありましたか?」

 

「演習のことではない。私自身の話だ」

 

 言葉は落ち着いている。けれど、視線だけはわずかに揺れていた。

 

 少し離れた回廊では、アーサーが柱にもたれている。こちらに気づくと、悪戯を仕掛ける前のように笑った。

 

「モモちゃん、頑張ってねぇ」

 

「黙っていろ、アーサー」

 

「はいはい。親友の晴れ舞台だもの、静かにしてるよ」

 

「その顔で言われても信用できん」

 

 いつもの調子に見えるのに、モモさんの声は普段より少し柔らかい。アーサーも茶化しながら、踏み込みすぎない場所に留まっていた。

 

 俺が木陰へ入ると、モモさんは置かれた剣へ一度だけ視線を落とした。

 

「私は、強いと言われることに慣れている」

 

「はい」

 

「美しいと言われることも、欲しいと言われることも、利用価値があると言われることも、もう珍しくはない」

 

 その声は淡々としていた。

 けれど、淡々としているからこそ、長く積もったものが見える気がした。

 

「だが、休めと言われたのは初めてだった」

 

 俺はすぐに返せなかった。

 

 モモさんは木陰の下で、小さく息を吐く。戦場なら絶対に見せないだろう間が、そこにはあった。

 

「君は、私を将軍として見た。公爵家の当主代理としても見た。だが、それだけで終わらせなかった」

 

「俺は、そんな大したことはしてませんよ」

 

「そう言うところも、君らしい」

 

 少しだけ笑う。

 その笑みは、応接室で見た鋭いものではなかった。

 

「私は、君の隣でなら休める」

 

「えっ」

 

「そして、休めるだけではない。君の隣に立ちたいと思った」

 

 胸の奥が跳ねた。

 

 モモさんは逃げなかった。言い切ったあとも、こちらから目を逸らさない。けれど、頬に差した薄い赤みが、彼女自身も平静ではないことを教えていた。

 

「妃として利用されるためではない。家のためでも、帝国のためでも、アーサーの盤面のためでもない」

 

 剣を持たない手が、胸元へ寄せられる。

 

「私が、君の隣にいたい」

 

 風が木の葉を揺らした。

 すぐに何かを言わなければいけないのに、言葉が喉の奥で止まる。

 

「俺で、いいんですか」

 

 やっと出たのは、そんな頼りない一言だった。

 

「俺、たぶんかなり頼りないですよ。戦えないし、すぐ胃が痛くなるし、アーサーにも振り回されますし」

 

「知っている」

 

「そこは少し否定してほしかったです」

 

「だが、頼りないのに目を離せない」

 

 モモさんは一歩近づいた。

 近い。肩が触れるほどではないのに、さっきよりずっと近い。

 

「君がいい」

 

 静かな告白だった。

 剣を掲げることも、号令をかけることもない。ただ、その言葉だけで、彼女がどれだけ真剣なのかは十分に伝わってきた。

 

 俺は深く息を吸う。

 

「……俺でよければ、隣は空けておきます」

 

「曖昧だな」

 

「すみません。でも、軽く返したくなかったので」

 

「なら、それでいい」

 

 モモさんは俺の隣に腰を下ろした。

 将軍としてではなく、強い女としてでもなく、少しだけ休むように。

 

 遠くでアーサーが小さく呟く。

 

「よかったね、モモちゃん」

 

 モモさんは聞こえていないのか、聞こえていて無視したのか、何も返さなかった。

 

 ただ、木陰の下で並んだ距離だけが、前より確かに近くなっていた。

 

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