※この作品はR-18です。

王位争奪戦-ラスボス婚約者と共にネトリ戦記-   作:ボルメテウスさん

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賑やかな姫

 ララ・サタリン・デビルークは、窓辺で頬杖をついていた。

 

 部屋は豪華だった。壁には細やかな装飾が施され、机には高価そうな菓子が並び、窓からは王城の庭園が見える。誰かが見れば、第一王女に相応しい客間だと言うのかもしれない。

 

 けれど、ララにとっては少しも面白くなかった。

 

「うーん……やっぱりつまんないなぁ」

 

 ぽつりと漏らすと、控えていた侍女が困ったように顔を上げる。

 

「ララ様、何かお気に召しませんか?」

 

「部屋は綺麗だよ。お菓子も美味しいし、景色も悪くないし」

 

「では、何が……」

 

「ズヌイって、私のこと見てるようで見てないんだもん」

 

 ララは足を揺らしながら、窓の外へ視線を向けた。

 

「私じゃなくて、デビルークの王女って肩書きを見てる感じ。あと、自分が王様になれなかった時の逃げ道、みたいな?」

 

 侍女は言葉を失った。

 

 けれど、ララは怒っているわけではなかった。泣きそうなわけでもない。ただ、本当に退屈そうにしている。

 

「別に分かってるよ。王女だから、そういう風に見られることもあるって。でも、それだけだと退屈なんだよね」

 

 その時、侍女が一通の招待状を差し出した。

 

「ララ様。アーサー様より、茶会の招待状が届いております」

 

「アーサーから?」

 

 ララは封を切り、中身に目を通す。そこに書かれていた名前を見た瞬間、表情がぱっと明るくなった。

 

「ヤマタ? ああ、この前アーサーが言ってた面白そうな王子様!」

 

 椅子から勢いよく立ち上がる。

 

「行く行く! ズヌイのところにいるより、絶対そっちの方が面白そう!」

 

 侍女が止めるより早く、ララはもう扉へ向かっていた。

 

 その頃、王城の庭園に面した談話室では、俺が胃の辺りを押さえていた。

 

「普通のお茶会ですよね?」

 

 向かいに座るアーサーは、にこにこと笑っている。

 

「普通に始まるかは分からないけど、形式としてはお茶会だよ」

 

「そこは保証してください」

 

「無理かなぁ」

 

「即答しないでください」

 

 俺の隣には百さんが立っている。

 背筋は伸び、腰には剣がある。昨日から距離が近くなった気がするのに、今はもう帝国将軍の顔だった。

 

「デビルーク第一王女を招く以上、これはただの茶会では済まない。相手はズヌイの婚約者であり、魔族国家の王女だ」

 

「それは分かってます。でも、まずはララさん本人と話したいです」

 

「君ならそう言うと思っていた」

 

 百さんは呆れたように言うが、否定はしなかった。

 

 壁際のリンカが短く呟く。

 

「また面倒な人が増える」

 

「会う前から決めつけないでくれない?」

 

「経験則」

 

「俺の周り、そんなに面倒な人ばかりかな」

 

 アーサーと百さんとリンカが、同時にこちらを見た。

 

「……何でそこで黙るんですか」

 

「答えなくても分かるかなって」

 

「アーサーまで」

 

 その時、庭園側の窓の外で何かが光った。

 

 次の瞬間、ふわりと浮いた小型の発明品のようなものに乗って、一人の少女が窓の近くへ降り立つ。桃色の髪が朝の光を受け、元気いっぱいに揺れた。

 

「こんにちはー! あなたがヤマタだよね?」

 

「え、あ、はい。ヤマタ・ドラグウェルです」

 

 俺が立ち上がるより早く、ララは窓から顔を出した。

 

「わぁ、本当に普通っぽい!」

 

「初対面で普通っぽいって言われたの初めてです」

 

「褒め言葉だよ、ヤマタ君。たぶん」

 

「アーサー、たぶんとは何だ」

 

 百さんが低く言う。

 

 ララはそんな空気など気にせず、部屋へ入ってくると、今度は百さんを見て目を輝かせた。

 

「あなたがモモ? すごーい! 綺麗で強そう!」

 

「……どうも」

 

「ねぇねぇ、剣使うの? 魔法も使える? 私、強い女の人って好き!」

 

「距離が近いな」

 

「物理的にも」

 

 リンカが淡々と補足する。

 

 百さんが警戒しているのは分かる。けれど、ララの方には悪意も敵意もない。初対面の距離感を完全に踏み越えているだけだ。

 

「ララさん、とりあえず座りませんか?」

 

「あ、そうだった! お茶会だもんね!」

 

 ララはぱっと椅子に座り、並べられた菓子を見てまた目を輝かせた。

 

 最初のうちは、ララがほとんど話していた。

 

 デビルークのこと。発明のこと。面白かった失敗作のこと。話題はころころ変わり、聞いているだけでこちらの体力が削られる。けれど、不思議と嫌な疲れではなかった。

 

 ただ、俺はずっと気になっていることがあった。

 

「ララさん。聞いてもいいですか」

 

「なになに?」

 

「ズヌイ兄さんとの婚約について、ララさん本人はどう思ってるんですか」

 

 ララの表情から、ほんの一瞬だけ明るさが抜けた。

 

 それはすぐに笑顔で覆われたけれど、その一瞬を見逃すことはできなかった。百さんも、横で目を細めている。

 

「んー。つまんないかな」

 

「つまらない?」

 

「ズヌイは悪い人じゃないと思うよ。たぶん。でも、私のことを私として見てない感じがするの」

 

「デビルーク第一王女として見ている、ということか」

 

 百さんの言葉に、ララはこくこくと頷いた。

 

「そうそう。それに、もし王様になれなかった時の逃げ道? みたいに思ってるのも、なんとなく分かるし」

 

「それを分かってて、婚約者として一緒にいるんですか」

 

「だって、お父様が決めたことだし。ズヌイも使える人脈いっぱい持ってるから、デビルークにとって損じゃないんだって」

 

「ララさんは、それでいいんですか」

 

 ララは俺を見た。

 

 丸い瞳が、不思議そうに瞬く。

 

「ヤマタは変なこと聞くね」

 

「変ですか?」

 

「みんな、国とか立場とか得とか損とか聞くのに。ヤマタは、私がどうしたいか聞くんだ」

 

「本人の話ですから」

 

 ララはしばらく黙った。

 そして、次の瞬間にはぱっと笑った。

 

「ヤマタって面白いね!」

 

「そうですか?」

 

「うん! ズヌイと話してる時より楽しい!」

 

「本人の前で言うには、かなり危険な発言だな」

 

 百さんが真顔で言う。

 

「でも本音だよね、ララちゃん」

 

「うん。本音!」

 

「隠す気がない」

 

 リンカが呟く。

 

 ララは身を乗り出し、俺をまっすぐ見た。

 

「ねぇ、ヤマタ。私、あなたのところに遊びに来てもいい?」

 

「遊びに、ですか」

 

「うん! ズヌイのところにいるより、絶対こっちの方が楽しいもん!」

 

「それ、かなり問題になる気がするんですけど」

 

「問題になるよ。だから面白いんじゃない」

 

「アーサーは面白がらないでください」

 

 百さんが一歩前へ出る。

 

「ヤマタ。これは軽い話ではない。デビルーク第一王女が君の側へ出入りするとなれば、ズヌイだけでなく、デビルーク王国も絡む」

 

「分かってます。でも、ララさん本人が退屈で苦しいなら、話を聞くくらいはしたいです」

 

 言うと、百さんは小さく息を吐いた。

 

「……君は本当に、そういう男だな」

 

「やっぱり面白い!」

 

 ララは嬉しそうに笑った。

 

「じゃあ決まり! 私、またヤマタのところに来るね!」

 

「決定が早いですね」

 

「楽しいことは早い方がいいんだよ?」

 

「面倒事は早く来る」

 

「リンカ、言い方」

 

「だが、間違ってはいない」

 

「百さんまで」

 

 俺が肩を落とすと、アーサーは満足げに笑った。

 

「よかったね、ヤマタ君。新しいお客様だよ」

 

「お客様で済みますか?」

 

「済まないと思う」

 

「そこは嘘でも済むって言ってください」

 

 ララは部屋の全員を見回し、明るく笑った。

 

「ヤマタの周りって楽しいね! アーサーもモモもリンカも、みんな面白い!」

 

「私は面白枠ではない」

 

「でも反応が面白いよ?」

 

「……手強いな」

 

 百さんが珍しく押されている。

 

 その様子に、俺は少しだけ笑いそうになった。

 けれど、すぐにララの言葉を思い出す。

 

 つまらない。

 私として見ていない。

 逃げ道みたいに思っている。

 

 明るい笑顔の奥には、確かに退屈と寂しさがあった。

 

 その笑顔を見なかったことには、きっとできない。

 

 茶会が終わる頃、ララはまた元気よく手を振って去っていった。表面上は今まで通り、ズヌイ兄さんの婚約者として戻っていく。

 

 それが、アーサーの仕込んだ爆弾だということも分かっている。

 

 けれど、その爆弾の中心にいるのは、ただ利用される王女ではなかった。

 

 退屈を嫌い、楽しい方へ飛び込もうとする、ララ・サタリン・デビルークという一人の女の子だった。

 

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