王位争奪戦-ラスボス婚約者と共にネトリ戦記- 作:ボルメテウスさん
ララ・サタリン・デビルークは、窓辺で頬杖をついていた。
部屋は豪華だった。壁には細やかな装飾が施され、机には高価そうな菓子が並び、窓からは王城の庭園が見える。誰かが見れば、第一王女に相応しい客間だと言うのかもしれない。
けれど、ララにとっては少しも面白くなかった。
「うーん……やっぱりつまんないなぁ」
ぽつりと漏らすと、控えていた侍女が困ったように顔を上げる。
「ララ様、何かお気に召しませんか?」
「部屋は綺麗だよ。お菓子も美味しいし、景色も悪くないし」
「では、何が……」
「ズヌイって、私のこと見てるようで見てないんだもん」
ララは足を揺らしながら、窓の外へ視線を向けた。
「私じゃなくて、デビルークの王女って肩書きを見てる感じ。あと、自分が王様になれなかった時の逃げ道、みたいな?」
侍女は言葉を失った。
けれど、ララは怒っているわけではなかった。泣きそうなわけでもない。ただ、本当に退屈そうにしている。
「別に分かってるよ。王女だから、そういう風に見られることもあるって。でも、それだけだと退屈なんだよね」
その時、侍女が一通の招待状を差し出した。
「ララ様。アーサー様より、茶会の招待状が届いております」
「アーサーから?」
ララは封を切り、中身に目を通す。そこに書かれていた名前を見た瞬間、表情がぱっと明るくなった。
「ヤマタ? ああ、この前アーサーが言ってた面白そうな王子様!」
椅子から勢いよく立ち上がる。
「行く行く! ズヌイのところにいるより、絶対そっちの方が面白そう!」
侍女が止めるより早く、ララはもう扉へ向かっていた。
その頃、王城の庭園に面した談話室では、俺が胃の辺りを押さえていた。
「普通のお茶会ですよね?」
向かいに座るアーサーは、にこにこと笑っている。
「普通に始まるかは分からないけど、形式としてはお茶会だよ」
「そこは保証してください」
「無理かなぁ」
「即答しないでください」
俺の隣には百さんが立っている。
背筋は伸び、腰には剣がある。昨日から距離が近くなった気がするのに、今はもう帝国将軍の顔だった。
「デビルーク第一王女を招く以上、これはただの茶会では済まない。相手はズヌイの婚約者であり、魔族国家の王女だ」
「それは分かってます。でも、まずはララさん本人と話したいです」
「君ならそう言うと思っていた」
百さんは呆れたように言うが、否定はしなかった。
壁際のリンカが短く呟く。
「また面倒な人が増える」
「会う前から決めつけないでくれない?」
「経験則」
「俺の周り、そんなに面倒な人ばかりかな」
アーサーと百さんとリンカが、同時にこちらを見た。
「……何でそこで黙るんですか」
「答えなくても分かるかなって」
「アーサーまで」
その時、庭園側の窓の外で何かが光った。
次の瞬間、ふわりと浮いた小型の発明品のようなものに乗って、一人の少女が窓の近くへ降り立つ。桃色の髪が朝の光を受け、元気いっぱいに揺れた。
「こんにちはー! あなたがヤマタだよね?」
「え、あ、はい。ヤマタ・ドラグウェルです」
俺が立ち上がるより早く、ララは窓から顔を出した。
「わぁ、本当に普通っぽい!」
「初対面で普通っぽいって言われたの初めてです」
「褒め言葉だよ、ヤマタ君。たぶん」
「アーサー、たぶんとは何だ」
百さんが低く言う。
ララはそんな空気など気にせず、部屋へ入ってくると、今度は百さんを見て目を輝かせた。
「あなたがモモ? すごーい! 綺麗で強そう!」
「……どうも」
「ねぇねぇ、剣使うの? 魔法も使える? 私、強い女の人って好き!」
「距離が近いな」
「物理的にも」
リンカが淡々と補足する。
百さんが警戒しているのは分かる。けれど、ララの方には悪意も敵意もない。初対面の距離感を完全に踏み越えているだけだ。
「ララさん、とりあえず座りませんか?」
「あ、そうだった! お茶会だもんね!」
ララはぱっと椅子に座り、並べられた菓子を見てまた目を輝かせた。
最初のうちは、ララがほとんど話していた。
デビルークのこと。発明のこと。面白かった失敗作のこと。話題はころころ変わり、聞いているだけでこちらの体力が削られる。けれど、不思議と嫌な疲れではなかった。
ただ、俺はずっと気になっていることがあった。
「ララさん。聞いてもいいですか」
「なになに?」
「ズヌイ兄さんとの婚約について、ララさん本人はどう思ってるんですか」
ララの表情から、ほんの一瞬だけ明るさが抜けた。
それはすぐに笑顔で覆われたけれど、その一瞬を見逃すことはできなかった。百さんも、横で目を細めている。
「んー。つまんないかな」
「つまらない?」
「ズヌイは悪い人じゃないと思うよ。たぶん。でも、私のことを私として見てない感じがするの」
「デビルーク第一王女として見ている、ということか」
百さんの言葉に、ララはこくこくと頷いた。
「そうそう。それに、もし王様になれなかった時の逃げ道? みたいに思ってるのも、なんとなく分かるし」
「それを分かってて、婚約者として一緒にいるんですか」
「だって、お父様が決めたことだし。ズヌイも使える人脈いっぱい持ってるから、デビルークにとって損じゃないんだって」
「ララさんは、それでいいんですか」
ララは俺を見た。
丸い瞳が、不思議そうに瞬く。
「ヤマタは変なこと聞くね」
「変ですか?」
「みんな、国とか立場とか得とか損とか聞くのに。ヤマタは、私がどうしたいか聞くんだ」
「本人の話ですから」
ララはしばらく黙った。
そして、次の瞬間にはぱっと笑った。
「ヤマタって面白いね!」
「そうですか?」
「うん! ズヌイと話してる時より楽しい!」
「本人の前で言うには、かなり危険な発言だな」
百さんが真顔で言う。
「でも本音だよね、ララちゃん」
「うん。本音!」
「隠す気がない」
リンカが呟く。
ララは身を乗り出し、俺をまっすぐ見た。
「ねぇ、ヤマタ。私、あなたのところに遊びに来てもいい?」
「遊びに、ですか」
「うん! ズヌイのところにいるより、絶対こっちの方が楽しいもん!」
「それ、かなり問題になる気がするんですけど」
「問題になるよ。だから面白いんじゃない」
「アーサーは面白がらないでください」
百さんが一歩前へ出る。
「ヤマタ。これは軽い話ではない。デビルーク第一王女が君の側へ出入りするとなれば、ズヌイだけでなく、デビルーク王国も絡む」
「分かってます。でも、ララさん本人が退屈で苦しいなら、話を聞くくらいはしたいです」
言うと、百さんは小さく息を吐いた。
「……君は本当に、そういう男だな」
「やっぱり面白い!」
ララは嬉しそうに笑った。
「じゃあ決まり! 私、またヤマタのところに来るね!」
「決定が早いですね」
「楽しいことは早い方がいいんだよ?」
「面倒事は早く来る」
「リンカ、言い方」
「だが、間違ってはいない」
「百さんまで」
俺が肩を落とすと、アーサーは満足げに笑った。
「よかったね、ヤマタ君。新しいお客様だよ」
「お客様で済みますか?」
「済まないと思う」
「そこは嘘でも済むって言ってください」
ララは部屋の全員を見回し、明るく笑った。
「ヤマタの周りって楽しいね! アーサーもモモもリンカも、みんな面白い!」
「私は面白枠ではない」
「でも反応が面白いよ?」
「……手強いな」
百さんが珍しく押されている。
その様子に、俺は少しだけ笑いそうになった。
けれど、すぐにララの言葉を思い出す。
つまらない。
私として見ていない。
逃げ道みたいに思っている。
明るい笑顔の奥には、確かに退屈と寂しさがあった。
その笑顔を見なかったことには、きっとできない。
茶会が終わる頃、ララはまた元気よく手を振って去っていった。表面上は今まで通り、ズヌイ兄さんの婚約者として戻っていく。
それが、アーサーの仕込んだ爆弾だということも分かっている。
けれど、その爆弾の中心にいるのは、ただ利用される王女ではなかった。
退屈を嫌い、楽しい方へ飛び込もうとする、ララ・サタリン・デビルークという一人の女の子だった。