王位争奪戦-ラスボス婚約者と共にネトリ戦記- 作:ボルメテウスさん
赤い警告灯が、会場を何度も塗り替えていた。
『整理対象を確認』
無機質な声と共に、作業用アームが壁際の装飾剣を引き抜く。
『危険物を回収します』
「危険なのはお前の方だ!」
百さんが剣を振るい、飛来したアームを横から殴りつけた。
鈍い金属音。
火花が赤い光の中へ散り、弾かれたアームが観客席の手前で床に突き刺さる。
別のアームがリンカの短剣を狙う。
リンカは腰を落とし、掴みかかってきた先端を紙一重で避けた。そのまま関節部へ短剣を差し込み、足をかけて床へ引き倒す。
「武器を危険物に認定」
「そこだけは正しいですけどね!」
「認定した後の処理が駄目」
「冷静に分析しないで!」
俺たちの頭上を、誰かの帽子が飛んでいく。
続いて銀のトレー。
花瓶。
椅子の背に掛けられていた上着。
自動お手伝いくんは会場にあるすべてを、片付けるべき物と判断したらしい。
『未整理物を確認』
「人間まで未整理物扱い!?」
伸びてきた籠が、逃げ遅れた商人を丸ごと回収しようとする。
ココさんがその商人の襟を掴み、後ろへ引き倒した。
「右側は塞がってるよ! 左の通路から避難! 商品を拾うのは後!」
「こ、この指輪は家宝で――」
「命より高いなら拾えばいい!」
「命の方が高いです!」
「なら走る!」
悲鳴と足音が重なった。
ホログラムの星空が乱れ、天井に映っていた星々が引き伸ばされて落ちてくる。華やかだった会場は、赤い光と散らばった備品で別の場所に変わっていた。
その真ん中で。
「ふっ……あはっ……!」
場違いな声が聞こえた。
振り返る。
アーサーが腹を抱えていた。
「ちょ、ちょっと待って……剣だけじゃなくて、貴族まで片付けようとしてる……!」
「何を笑ってるんですか!」
「あははははっ! だって、ヤマタ君、見てよ! あの侯爵、籠に入れられかけてる!」
「見てますよ! だから助けようとしてるんです!」
「駄目……最高……!」
目尻に涙まで浮かべている。
装飾の柱が倒れ、その横をアームに追われた貴族が走り抜ける。アーサーはそれを見て、さらに肩を揺らした。
「アーサー!」
百さんの声が落雷のように響く。
「笑っている暇があるなら手を貸せ!」
「分かってる、分かってるって……でも、少しだけ……あははっ!」
「少しどころではない!」
アーサーは目元を指で拭った。
まだ笑っている。
けれど、その目は動き続けていた。
飛び交うアーム。
回収される備品。
赤く明滅する動力核。
操作盤の表示。
笑い声の裏で、視線だけが一つずつ何かを拾っている。
「ねえ、ララちゃん!」
アーサーが舞台へ叫んだ。
操作盤の前で固まっていたララさんが顔を上げる。
「その子、二種類の命令を同時に処理しようとしてない?」
「二種類?」
「安全機能は危険物を排除しようとしてる。でも、整理機能は全部を所定の場所へ運ぼうとしてる」
アーサーは飛んできた皿を軽く避ける。
「危険だから近づくな。でも片付けるために近づけ。反対の命令を両方守ろうとして、優先順位が壊れてるんじゃない?」
ララさんが操作盤を見下ろす。
止まっていた指が動く。
「……本当だ」
表示を切り替え、流れる文字列を追う。
「安全識別機能と自動出力調整が、同じ制御領域に入ってる……魔導結晶の出力が上がるたびに、両方の命令が強くなってる!」
「ほら、当たり」
アーサーは得意そうに指を立てる。
そして、再び装置に追われて走る貴族を見て吹き出した。
「でも面白いものは面白い!」
「台無しですよ!」
俺は舞台へ目を戻す。
ララさんは操作盤に両手を置いていた。指が素早く光の文字を送っていく。
けれど、赤い表示は消えない。
「通常停止が効かない……」
その声は、警告音に押し潰されそうに小さかった。
操作盤の光が、ララさんの顔を赤く染めている。
唇が動く。
「また、私……」
その先は聞こえなかった。
けれど、肩が少しだけ内側へ入った。
前にも見た形だった。
発明品が失敗した時。
笑っていた顔から光が引き、視線が床へ落ちた時と同じ。
ただし、今回は周囲に大勢いる。
貴族も商人も、技術者も。
全員が、彼女の発明品が暴れる姿を見ている。
俺は床を蹴った。
「ヤマタ!」
百さんの声が飛ぶ。
舞台へ向かう俺の前へ、二本のアームが伸びてきた。
先端の籠が開く。
『未整理物を回収します』
「俺までですか!」
右へ避ける。
もう一本が逃げ道を塞ぐ。
その瞬間、見えない重さがアームを床へ叩きつけた。
石床がひび割れる。
「行け!」
「ありがとうございます!」
「礼は後だ!」
俺は倒れたアームを飛び越え、舞台へ駆け上がった。
警告音が耳の奥を揺らす。
ララさんは操作盤を見たまま動かない。
「ララさん!」
肩へ手を置く。
びくりと震え、ララさんがこちらを向いた。
「ヤマタ……」
「止め方はありますか?」
「でも、私が作ったのに……またみんなに迷惑を――」
「それは後です」
「え?」
「失敗したかどうかは、止めてから一緒に考えましょう」
ララさんが瞬きをする。
赤い光が、瞳の中で揺れた。
「一緒に?」
「俺には機械のことは分かりません。でも、指示されたことならできます」
「危ないよ」
「もう十分危ないです」
背後で金属音が鳴る。
リンカの短剣がアームの関節に刺さり、俺たちへ迫っていた先端が止まった。
「長話は後」
「そういうことです」
ララさんは一度、目元を袖で拭った。
それから両手で頬を軽く叩く。
「うん。じゃあ止める!」
声に、少しだけいつもの弾みが戻る。
操作盤を切り替え、装置の構造図を表示した。
「通常停止が駄目なら、動力核と制御系を直接切り離す。でも、安全のために緊急端子を二つに分けてあるの」
「二つ?」
「一つはここ。もう一つは本体の裏側」
「同時に押すんですね」
「うん。でも、本体の近くはアームの制御範囲に入ってる」
「つまり、危ない」
「すっごく危ない」
「先に言ってください」
「今言ったよ?」
「そうですけど!」
ララさんが操作盤に手を置く。
俺は暴走装置の本体を見る。
赤く脈打つ魔導結晶。
その周囲で、折り畳まれていたアームが獲物を探すように動いている。
「ヤマタ君」
舞台下からアーサーが呼んだ。
さっきまでの笑い声は消えていた。
「裏側へ行くなら、三秒ごとに左のアームが下がるよ。右は不規則。でも、危険物を見つけるとそっちを優先する」
「笑いながらそこまで見てたんですか?」
「私は器用だからね」
「そこは否定できないのが悔しいです」
アーサーが舞台脇に落ちていた装飾剣を拾う。
「百、ちょっと借りるよ」
「それは私の剣ではない」
「知ってる」
アーサーは装飾剣を遠くへ投げた。
金属が床を滑る。
『危険物を確認』
右側のアームが一斉にそちらへ向く。
「今!」
「ありがとうございます!」
俺は本体へ走った。
三歩。
左のアームが持ち上がる。
ララさんの声が響く。
「止まらないで!」
四歩目。
アームが振り下ろされる。
俺は床へ身を投げ、下を滑り抜けた。頭上を金属の腕が薙ぎ、風圧が髪を揺らす。
立ち上がる。
本体の裏側へ回り込むと、小さな赤い端子が見えた。
「見つけました!」
「押すのはまだ!」
「分かってます!」
端子へ手を伸ばす。
魔導結晶の熱が外装越しに伝わってくる。指先がじりじりと焼けるようだった。
背後で機械音が鳴る。
一基のアームが、こちらへ向きを変えた。
「ヤマタ!」
ララさんの声。
「まだですか!?」
「制御系の反応を合わせる! 三つ数えるよ!」
アームの先端が開く。
『未整理物を確認』
「俺は片付けなくていいです!」
「三!」
赤い光が強くなる。
「二!」
アームが振り上げられる。
「一!」
俺は端子へ指をかけた。
「今!」
押し込む。
同時に、ララさんが操作盤へ手を叩きつけた。
一瞬、会場から音が消えた。
青白い光が、赤い警告灯を飲み込む。
俺へ振り下ろされかけていたアームが、顔のすぐ横で止まった。
風だけが頬を撫でる。
発光板が一度、二度と明滅し、暗くなる。
力を失った機械腕が床へ落ちた。
魔導結晶の鼓動も、ゆっくりと弱まっていく。
『緊急停止を確認』
最後にその音声を残し、自動お手伝いくんは完全に沈黙した。
静かだった。
先ほどまでの悲鳴も、駆動音も、警告音もない。
壊れたホログラムが天井で小さく弾ける音だけが響いた。
「ヤマタ!」
ララさんが駆けてくる。
俺の手を掴み、端子に触れていた指を見る。
「赤くなってる!」
「少し熱かっただけです」
「少しじゃないよ!」
「装置は止まりました」
「でも、ヤマタが怪我した!」
「ララさんも一人で止めなくて済みました」
ララさんの指が止まる。
俺の手を掴んだまま、顔を伏せる。
「……うん」
小さな返事だった。
それから、握る力が少しだけ強くなった。
舞台下から声が聞こえた。
「っ、あは……あははははっ!」
静寂を破ったのは、またアーサーだった。
「最後のアーム、ヤマタ君の顔の横で止まってる! あと少し遅かったら、籠に入れられてたよ!」
「笑うところですか!?」
「だって無事だったから笑えるんだよ!」
アーサーは目尻の涙を拭いながら、舞台へ上がってくる。
「最高だったよ、ララちゃん。発表会としては大失敗だけど、見世物としては大成功」
「アーサー、それ褒めてる?」
「半分くらい」
「残り半分は?」
「本音」
「全部本音じゃん!」
百さんも舞台へ上がってきた。
剣を鞘に収めながら、アーサーを睨む。
「君は少し反省しろ」
「私、解決に貢献したよ?」
「笑いすぎだ」
「だって面白かったんだもん」
「貴族が回収されかけたのだぞ」
「回収されなかったから大丈夫」
「そういう問題ではない」
百さんのこめかみに筋が浮かぶ。
アーサーは俺の背後へ隠れた。
「ヤマタ君、守って」
「嫌です」
「即答!?」
「今回ばかりは百さんが正しいです」
「今回も、だ」
百さんの訂正が入る。
ララさんが、俺の手を離さないまま小さく笑った。
ほんの少し前まで伏せられていた顔が、今は上がっている。
舞台は壊れていた。
椅子は倒れ、装飾は散らばり、発明品は沈黙している。
華やかだったホログラムも半分以上消えていた。
それでも、天井に残った一つの光球が、青い光を俺たちへ落としている。
「ララさん」
「なに?」
「次は、もっと安全にしましょう」
「うん」
「発表前に、もう一度みんなで確認して」
「うん」
「アーサーが笑う前に止められるように」
「それは難しいかも」
「どうして?」
「アーサー、起動した時からちょっと笑ってたし」
俺はアーサーを見る。
彼女は露骨に視線を逸らした。
「最初から嫌な予感がしてたんですか?」
「予感じゃないよ。期待」
「もっと悪い!」
ララさんが声を上げて笑う。
その笑い声は、さっきまで響いていた警告音とは違って、会場の空気を少しずつ軽くしていった。
俺は赤くなった指先を見る。
その手を、ララさんがまだ掴んでいる。
失敗は消えない。
壊れた装置も、散らばった会場も、そのままだ。
けれど、一人で抱える必要はない。
少なくとも、次に直す時は。
「じゃあ、まず原因を調べよう!」
ララさんが操作盤へ向き直る。
「今からですか?」
「忘れないうちに!」
「俺の手当てが先だ」
百さんが低い声で言った。
「そうだった!」
ララさんがまた俺の手を持ち上げる。
「ヤマタ、医務室!」
「片付けは?」
アーサーが動かなくなった装置を指さした。
「自動お手伝いくんに頼む?」
「絶対に起動しないでください!」
俺の声と、アーサーの大笑いが、壊れた会場の天井へ響いた。