※この作品はR-18です。

王位争奪戦-ラスボス婚約者と共にネトリ戦記-   作:ボルメテウスさん

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発明暴走記録

 赤い警告灯が、会場を何度も塗り替えていた。

 

『整理対象を確認』

 

 無機質な声と共に、作業用アームが壁際の装飾剣を引き抜く。

 

『危険物を回収します』

 

「危険なのはお前の方だ!」

 

 百さんが剣を振るい、飛来したアームを横から殴りつけた。

 

 鈍い金属音。

 火花が赤い光の中へ散り、弾かれたアームが観客席の手前で床に突き刺さる。

 

 別のアームがリンカの短剣を狙う。

 

 リンカは腰を落とし、掴みかかってきた先端を紙一重で避けた。そのまま関節部へ短剣を差し込み、足をかけて床へ引き倒す。

 

「武器を危険物に認定」

 

「そこだけは正しいですけどね!」

 

「認定した後の処理が駄目」

 

「冷静に分析しないで!」

 

 俺たちの頭上を、誰かの帽子が飛んでいく。

 

 続いて銀のトレー。

 花瓶。

 椅子の背に掛けられていた上着。

 

 自動お手伝いくんは会場にあるすべてを、片付けるべき物と判断したらしい。

 

『未整理物を確認』

 

「人間まで未整理物扱い!?」

 

 伸びてきた籠が、逃げ遅れた商人を丸ごと回収しようとする。

 

 ココさんがその商人の襟を掴み、後ろへ引き倒した。

 

「右側は塞がってるよ! 左の通路から避難! 商品を拾うのは後!」

 

「こ、この指輪は家宝で――」

 

「命より高いなら拾えばいい!」

 

「命の方が高いです!」

 

「なら走る!」

 

 悲鳴と足音が重なった。

 

 ホログラムの星空が乱れ、天井に映っていた星々が引き伸ばされて落ちてくる。華やかだった会場は、赤い光と散らばった備品で別の場所に変わっていた。

 

 その真ん中で。

 

「ふっ……あはっ……!」

 

 場違いな声が聞こえた。

 

 振り返る。

 

 アーサーが腹を抱えていた。

 

「ちょ、ちょっと待って……剣だけじゃなくて、貴族まで片付けようとしてる……!」

 

「何を笑ってるんですか!」

 

「あははははっ! だって、ヤマタ君、見てよ! あの侯爵、籠に入れられかけてる!」

 

「見てますよ! だから助けようとしてるんです!」

 

「駄目……最高……!」

 

 目尻に涙まで浮かべている。

 

 装飾の柱が倒れ、その横をアームに追われた貴族が走り抜ける。アーサーはそれを見て、さらに肩を揺らした。

 

「アーサー!」

 

 百さんの声が落雷のように響く。

 

「笑っている暇があるなら手を貸せ!」

 

「分かってる、分かってるって……でも、少しだけ……あははっ!」

 

「少しどころではない!」

 

 アーサーは目元を指で拭った。

 

 まだ笑っている。

 けれど、その目は動き続けていた。

 

 飛び交うアーム。

 回収される備品。

 赤く明滅する動力核。

 操作盤の表示。

 

 笑い声の裏で、視線だけが一つずつ何かを拾っている。

 

「ねえ、ララちゃん!」

 

 アーサーが舞台へ叫んだ。

 

 操作盤の前で固まっていたララさんが顔を上げる。

 

「その子、二種類の命令を同時に処理しようとしてない?」

 

「二種類?」

 

「安全機能は危険物を排除しようとしてる。でも、整理機能は全部を所定の場所へ運ぼうとしてる」

 

 アーサーは飛んできた皿を軽く避ける。

 

「危険だから近づくな。でも片付けるために近づけ。反対の命令を両方守ろうとして、優先順位が壊れてるんじゃない?」

 

 ララさんが操作盤を見下ろす。

 

 止まっていた指が動く。

 

「……本当だ」

 

 表示を切り替え、流れる文字列を追う。

 

「安全識別機能と自動出力調整が、同じ制御領域に入ってる……魔導結晶の出力が上がるたびに、両方の命令が強くなってる!」

 

「ほら、当たり」

 

 アーサーは得意そうに指を立てる。

 

 そして、再び装置に追われて走る貴族を見て吹き出した。

 

「でも面白いものは面白い!」

 

「台無しですよ!」

 

 俺は舞台へ目を戻す。

 

 ララさんは操作盤に両手を置いていた。指が素早く光の文字を送っていく。

 

 けれど、赤い表示は消えない。

 

「通常停止が効かない……」

 

 その声は、警告音に押し潰されそうに小さかった。

 

 操作盤の光が、ララさんの顔を赤く染めている。

 

 唇が動く。

 

「また、私……」

 

 その先は聞こえなかった。

 

 けれど、肩が少しだけ内側へ入った。

 

 前にも見た形だった。

 

 発明品が失敗した時。

 笑っていた顔から光が引き、視線が床へ落ちた時と同じ。

 

 ただし、今回は周囲に大勢いる。

 

 貴族も商人も、技術者も。

 全員が、彼女の発明品が暴れる姿を見ている。

 

 俺は床を蹴った。

 

「ヤマタ!」

 

 百さんの声が飛ぶ。

 

 舞台へ向かう俺の前へ、二本のアームが伸びてきた。

 

 先端の籠が開く。

 

『未整理物を回収します』

 

「俺までですか!」

 

 右へ避ける。

 

 もう一本が逃げ道を塞ぐ。

 

 その瞬間、見えない重さがアームを床へ叩きつけた。

 

 石床がひび割れる。

 

「行け!」

 

「ありがとうございます!」

 

「礼は後だ!」

 

 俺は倒れたアームを飛び越え、舞台へ駆け上がった。

 

 警告音が耳の奥を揺らす。

 

 ララさんは操作盤を見たまま動かない。

 

「ララさん!」

 

 肩へ手を置く。

 

 びくりと震え、ララさんがこちらを向いた。

 

「ヤマタ……」

 

「止め方はありますか?」

 

「でも、私が作ったのに……またみんなに迷惑を――」

 

「それは後です」

 

「え?」

 

「失敗したかどうかは、止めてから一緒に考えましょう」

 

 ララさんが瞬きをする。

 

 赤い光が、瞳の中で揺れた。

 

「一緒に?」

 

「俺には機械のことは分かりません。でも、指示されたことならできます」

 

「危ないよ」

 

「もう十分危ないです」

 

 背後で金属音が鳴る。

 

 リンカの短剣がアームの関節に刺さり、俺たちへ迫っていた先端が止まった。

 

「長話は後」

 

「そういうことです」

 

 ララさんは一度、目元を袖で拭った。

 

 それから両手で頬を軽く叩く。

 

「うん。じゃあ止める!」

 

 声に、少しだけいつもの弾みが戻る。

 

 操作盤を切り替え、装置の構造図を表示した。

 

「通常停止が駄目なら、動力核と制御系を直接切り離す。でも、安全のために緊急端子を二つに分けてあるの」

 

「二つ?」

 

「一つはここ。もう一つは本体の裏側」

 

「同時に押すんですね」

 

「うん。でも、本体の近くはアームの制御範囲に入ってる」

 

「つまり、危ない」

 

「すっごく危ない」

 

「先に言ってください」

 

「今言ったよ?」

 

「そうですけど!」

 

 ララさんが操作盤に手を置く。

 

 俺は暴走装置の本体を見る。

 

 赤く脈打つ魔導結晶。

 その周囲で、折り畳まれていたアームが獲物を探すように動いている。

 

「ヤマタ君」

 

 舞台下からアーサーが呼んだ。

 

 さっきまでの笑い声は消えていた。

 

「裏側へ行くなら、三秒ごとに左のアームが下がるよ。右は不規則。でも、危険物を見つけるとそっちを優先する」

 

「笑いながらそこまで見てたんですか?」

 

「私は器用だからね」

 

「そこは否定できないのが悔しいです」

 

 アーサーが舞台脇に落ちていた装飾剣を拾う。

 

「百、ちょっと借りるよ」

 

「それは私の剣ではない」

 

「知ってる」

 

 アーサーは装飾剣を遠くへ投げた。

 

 金属が床を滑る。

 

『危険物を確認』

 

 右側のアームが一斉にそちらへ向く。

 

「今!」

 

「ありがとうございます!」

 

 俺は本体へ走った。

 

 三歩。

 

 左のアームが持ち上がる。

 

 ララさんの声が響く。

 

「止まらないで!」

 

 四歩目。

 

 アームが振り下ろされる。

 

 俺は床へ身を投げ、下を滑り抜けた。頭上を金属の腕が薙ぎ、風圧が髪を揺らす。

 

 立ち上がる。

 

 本体の裏側へ回り込むと、小さな赤い端子が見えた。

 

「見つけました!」

 

「押すのはまだ!」

 

「分かってます!」

 

 端子へ手を伸ばす。

 

 魔導結晶の熱が外装越しに伝わってくる。指先がじりじりと焼けるようだった。

 

 背後で機械音が鳴る。

 

 一基のアームが、こちらへ向きを変えた。

 

「ヤマタ!」

 

 ララさんの声。

 

「まだですか!?」

 

「制御系の反応を合わせる! 三つ数えるよ!」

 

 アームの先端が開く。

 

『未整理物を確認』

 

「俺は片付けなくていいです!」

 

「三!」

 

 赤い光が強くなる。

 

「二!」

 

 アームが振り上げられる。

 

「一!」

 

 俺は端子へ指をかけた。

 

「今!」

 

 押し込む。

 

 同時に、ララさんが操作盤へ手を叩きつけた。

 

 一瞬、会場から音が消えた。

 

 青白い光が、赤い警告灯を飲み込む。

 

 俺へ振り下ろされかけていたアームが、顔のすぐ横で止まった。

 

 風だけが頬を撫でる。

 

 発光板が一度、二度と明滅し、暗くなる。

 

 力を失った機械腕が床へ落ちた。

 

 魔導結晶の鼓動も、ゆっくりと弱まっていく。

 

『緊急停止を確認』

 

 最後にその音声を残し、自動お手伝いくんは完全に沈黙した。

 

 静かだった。

 

 先ほどまでの悲鳴も、駆動音も、警告音もない。

 

 壊れたホログラムが天井で小さく弾ける音だけが響いた。

 

「ヤマタ!」

 

 ララさんが駆けてくる。

 

 俺の手を掴み、端子に触れていた指を見る。

 

「赤くなってる!」

 

「少し熱かっただけです」

 

「少しじゃないよ!」

 

「装置は止まりました」

 

「でも、ヤマタが怪我した!」

 

「ララさんも一人で止めなくて済みました」

 

 ララさんの指が止まる。

 

 俺の手を掴んだまま、顔を伏せる。

 

「……うん」

 

 小さな返事だった。

 

 それから、握る力が少しだけ強くなった。

 

 舞台下から声が聞こえた。

 

「っ、あは……あははははっ!」

 

 静寂を破ったのは、またアーサーだった。

 

「最後のアーム、ヤマタ君の顔の横で止まってる! あと少し遅かったら、籠に入れられてたよ!」

 

「笑うところですか!?」

 

「だって無事だったから笑えるんだよ!」

 

 アーサーは目尻の涙を拭いながら、舞台へ上がってくる。

 

「最高だったよ、ララちゃん。発表会としては大失敗だけど、見世物としては大成功」

 

「アーサー、それ褒めてる?」

 

「半分くらい」

 

「残り半分は?」

 

「本音」

 

「全部本音じゃん!」

 

 百さんも舞台へ上がってきた。

 

 剣を鞘に収めながら、アーサーを睨む。

 

「君は少し反省しろ」

 

「私、解決に貢献したよ?」

 

「笑いすぎだ」

 

「だって面白かったんだもん」

 

「貴族が回収されかけたのだぞ」

 

「回収されなかったから大丈夫」

 

「そういう問題ではない」

 

 百さんのこめかみに筋が浮かぶ。

 

 アーサーは俺の背後へ隠れた。

 

「ヤマタ君、守って」

 

「嫌です」

 

「即答!?」

 

「今回ばかりは百さんが正しいです」

 

「今回も、だ」

 

 百さんの訂正が入る。

 

 ララさんが、俺の手を離さないまま小さく笑った。

 

 ほんの少し前まで伏せられていた顔が、今は上がっている。

 

 舞台は壊れていた。

 

 椅子は倒れ、装飾は散らばり、発明品は沈黙している。

 

 華やかだったホログラムも半分以上消えていた。

 

 それでも、天井に残った一つの光球が、青い光を俺たちへ落としている。

 

「ララさん」

 

「なに?」

 

「次は、もっと安全にしましょう」

 

「うん」

 

「発表前に、もう一度みんなで確認して」

 

「うん」

 

「アーサーが笑う前に止められるように」

 

「それは難しいかも」

 

「どうして?」

 

「アーサー、起動した時からちょっと笑ってたし」

 

 俺はアーサーを見る。

 

 彼女は露骨に視線を逸らした。

 

「最初から嫌な予感がしてたんですか?」

 

「予感じゃないよ。期待」

 

「もっと悪い!」

 

 ララさんが声を上げて笑う。

 

 その笑い声は、さっきまで響いていた警告音とは違って、会場の空気を少しずつ軽くしていった。

 

 俺は赤くなった指先を見る。

 

 その手を、ララさんがまだ掴んでいる。

 

 失敗は消えない。

 壊れた装置も、散らばった会場も、そのままだ。

 

 けれど、一人で抱える必要はない。

 

 少なくとも、次に直す時は。

 

「じゃあ、まず原因を調べよう!」

 

 ララさんが操作盤へ向き直る。

 

「今からですか?」

 

「忘れないうちに!」

 

「俺の手当てが先だ」

 

 百さんが低い声で言った。

 

「そうだった!」

 

 ララさんがまた俺の手を持ち上げる。

 

「ヤマタ、医務室!」

 

「片付けは?」

 

 アーサーが動かなくなった装置を指さした。

 

「自動お手伝いくんに頼む?」

 

「絶対に起動しないでください!」

 

 俺の声と、アーサーの大笑いが、壊れた会場の天井へ響いた。

 

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