王位争奪戦-ラスボス婚約者と共にネトリ戦記- 作:ボルメテウスさん
暴走した自動お手伝いくんが沈黙してから、会場には奇妙な静けさが残った。
天井のホログラムは半分ほど消え、星空だったはずの映像がところどころ黒く欠けている。床には砕けた装飾品と機械の破片が散らばり、さっきまで貴族を追い回していた作業用アームが、力なく横たわっていた。
その隣で、アーサーだけがまだ笑っている。
「思い出すだけで駄目……あの侯爵、籠の中で『私は公爵家の――』って……あはははっ!」
「笑いすぎです」
「だって肩書きを名乗ったら、機械が分類を始めたんだよ?」
「やめてください。俺まで少し面白くなってきます」
「ヤマタ」
百さんの低い声が飛んできた。
「笑っていないで、手を見せろ」
「俺は笑ってません」
「口元が緩んでいる」
言われて、慌てて唇を引き締める。
百さんは俺の右手を取り、赤くなった指先へ冷却用の魔術布を巻いていく。手つきは丁寧なのに、結び目だけは妙に固かった。
「痛いです」
「自業自得だ」
「でも、あそこで端子を押さないと――」
「行くなとは言っていない。せめて手袋を使えと言っている」
「そんな余裕ありませんでしたよ」
「なら次は余裕を作れ」
次。
その言葉が、不思議と胸に残った。
失敗したら終わりではない。
直せるなら、次がある。
すぐ隣では、ララさんが止まった発明品の前にしゃがみ込んでいた。
さっきまで俺の手を離そうとしなかったのに、今は操作盤へ両手を走らせている。青白い文字列が空中へ浮かび、細かな記録が滝のように流れていた。
「ララさん、手当てが終わったら俺も――」
「待って」
声の調子が変わった。
俺は言葉を止める。
ララさんの指が、空中に浮かんだ一行の文字を拡大した。
「これ……何?」
「何かありましたか」
「この命令、私が書いたものじゃない」
アーサーの笑い声が止まった。
あれほど騒がしかったのに、止まる時は一瞬だった。
ズヌイ兄さんも主催者席から立ち上がり、舞台へ近づいてくる。
「見せろ」
ララさんは表示を広げた。
発明品の制御記録。
専門的な文字ばかりで、俺にはほとんど読めない。
ただ、一部分だけ他と違うことは分かった。
ララさんの命令文は、線が伸び、枝分かれし、機械全体へ広がっている。けれど問題の箇所だけは、その上から無理やり釘を打ち込んだように繋がっていた。
「安全機能を強制的に最大出力へ変更してる」
ララさんが指で記録を追う。
「それだけじゃない。整理機能にも同じ命令を流してる。二つをわざとぶつけて、処理能力を超えさせて……」
「暴走させた?」
俺が聞くと、ララさんは唇を結んだ。
「うん」
短い返事だった。
けれど、さっきのように顔は伏せなかった。
青白い文字列を睨んだまま、指を動かしている。
「この命令を複製する。残しておけば、誰が入れたか調べられるかも」
「できるのか?」
ズヌイ兄さんが問う。
「やってみる」
ララさんが複製用の枠を展開し、異物のような命令文をその中へ移そうとした。
その瞬間。
止まっていた発明品の内部から、甲高い音が鳴った。
かちり。
小さな音だった。
けれど、ララさんの指が止まる。
「今のは?」
俺が聞き終えるより先に、装置の外装が内側から膨らんだ。
細い隙間から、黒い何かが這い出してくる。
一体。
二体。
次々に。
掌ほどの小型機械だった。虫のような六本脚。中央には赤い単眼。薄い刃物のような口が、細かく開閉している。
「ララさんの新しい機能ですか?」
「違う!」
即答だった。
黒い機械の単眼が一斉に光る。
『証拠保全処理を妨害する対象を確認』
「証拠保全じゃなくて、証拠隠滅の間違いでは?」
『記録消去を開始します』
「認めた!」
小型機械群が飛び上がった。
向かう先は、操作盤と魔導結晶。
「させるか!」
百さんが片手を振り下ろす。
空気が沈んだ。
黒い機械群が見えない壁に押し潰され、次々と床へ叩きつけられる。石床が蜘蛛の巣状にひび割れ、機械の脚が悲鳴のような音を立てた。
それでも数体が重力の外へ抜ける。
「左」
リンカの声。
短剣が三本、ほとんど同時に飛んだ。
刃は小型機械の胴体ではなく、脚の付け根へ突き刺さる。赤い単眼を光らせたまま、機械が床を転がった。
「壊さないんですか?」
「証拠」
リンカは次の短剣を構える。
「中身が必要」
「冷静ですね」
「慣れてる」
何に慣れているのかは聞かない方がよさそうだった。
ララさんは操作盤を守るように立ち、文字列を展開し続けている。
「駄目。消去命令が速い!」
「止める方法は?」
「追加された制御核を抜けば止まる。でも、場所を探さないと――」
「あはっ……」
場違いな声が響く。
見ると、アーサーが再び肩を震わせていた。
「ちょっと待って。証拠を調べようとしたら、証拠が襲ってくるの? 性格悪すぎる……!」
「また笑ってる場合ですか!」
「笑ってるけど、見てるよ」
アーサーの目は、小型機械の動きを追っていた。
百さんの重力を避ける機体。
リンカが止めた機体。
そして、操作盤へ向かわず、ララさんの手元へ集中する機体。
「ララちゃん。複製した部品を、一度私に渡して」
「え?」
「早く」
ララさんが複製途中の小さな制御部品を取り外し、アーサーへ投げる。
アーサーが受け取った瞬間、小型機械群の赤い単眼が一斉に彼女へ向いた。
「ああ、やっぱり」
アーサーは嬉しそうに笑った。
「この子たち、記録そのものを追ってる。操作盤じゃない。証拠を持っている相手を優先してるよ」
「それを持って笑っている場合ではない!」
百さんが叫ぶ。
「だから囮になるんでしょ?」
アーサーは制御部品を掲げ、舞台の反対側へ走り出した。
「ほら、こっちだよ。悪趣味な虫さんたち!」
黒い群れがアーサーを追う。
赤い光が、舞台上を流星のように横切った。
「追いつかれますよ!」
「追いつかれそうになったら助けてね、モモちゃん!」
「勝手なことを!」
百さんは悪態をつきながらも手を動かした。
重力の壁がアーサーの背後へ落ち、小型機械群をまとめて床へ叩きつける。そこへリンカの短剣が飛び、動ける個体の脚を一つずつ止めていった。
「ヤマタ!」
ララさんが俺を呼ぶ。
「本体の奥。魔導結晶の下に、私の設計にはない制御核がある!」
「抜けばいいんですね」
「うん。でも、まだ動いてる配線に触ったら危ない」
「危険なのは慣れてきました」
「慣れちゃ駄目だよ!」
百さんも同じことを言いそうだ。
俺は止まった発明品の外装へ手をかけた。
歪んだ装甲板の隙間から、青白い光が漏れている。内部では細い管が絡まり合い、弱った心臓の血管のように脈打っていた。
「どれですか」
「右から三本目の青い管。その奥に黒い箱がある!」
「黒い箱が二つあります!」
「小さい方!」
「どっちも似たような大きさです!」
「角に赤い点!」
「あった!」
腕を奥へ伸ばす。
指先に熱が当たる。
百さんに巻いてもらった魔術布がじわりと温かくなった。
「ヤマタ、無理に引っ張らないで! 左右の留め具を押してから!」
「左右……これですか?」
「そう! 同時に!」
留め具へ指をかける。
その時、一体の小型機械が重力の隙間を抜けた。
赤い単眼が俺を捉える。
『制御核への接触を確認。排除します』
「まだ残ってる!」
ララさんの声が飛ぶ。
機械が跳んだ。
俺の腕は装置の中へ入ったまま。避ければ、制御核を取り逃がす。
身体が固まる。
次の瞬間、目の前で火花が弾けた。
リンカの短剣が機械の脚を貫き、軌道を逸らした。黒い機体が俺の肩を掠め、装置の外装へ激突する。
「前」
リンカが言う。
「見る」
「はい!」
俺は留め具を押した。
「ララさん!」
「今、逆接続する!」
操作盤の光が反転する。
青い文字列が赤い命令へ逆流し、装置内部を走った。
「抜いて!」
黒い箱を掴む。
引く。
動かない。
「固い!」
「捻って!」
「どっちに!」
「右!」
右へ捻る。
鈍い音が鳴った。
箱が外れる。
同時に、アーサーを追っていた小型機械群の動きが止まった。
一体ずつ、赤い単眼が消えていく。
空中にいた機体が落ち、床へ乾いた音を立てた。
アーサーは走る勢いを止められず、舞台端の幕へ突っ込んだ。
「ぶっ……!」
幕に包まれたまま倒れる。
静けさが戻った。
俺は制御核を抱えたまま、装置から腕を引き抜いた。
「取れました」
ララさんがこちらへ駆け寄る。
俺の手ではなく、まず制御核を見る。
表面は半分ほど焼け焦げていた。中央には見覚えのない印が刻まれている。
「この印……」
ララさんが指で煤を払う。
ズヌイ兄さんが歩み寄り、箱を俺の手から取った。
印を見た瞬間、彼の目から温度が消えた。
「俺の商会の管理印だ」
会場の空気が、今度は別の意味で冷えた。
「ズヌイ兄さんの商会が仕込んだんですか」
俺が聞くと、ズヌイ兄さんは印の縁を爪でなぞった。
薄い金属片が剥がれる。
「違う」
「どうして分かるんですか」
「本物は、外周の線が七本だ。これは八本ある」
制御核を傾け、焼け残った印を光へ向ける。
「精巧だが偽物だ。俺の名を使って、この発表会を潰そうとした奴がいる」
ララさんが制御記録を確認する。
流れていた文字列の多くは黒く欠けていた。
「犯人の記録、ほとんど消されてる」
「何か残っていませんか」
「発表会の前に、魔導結晶へ外部接続があったことだけ。接触者の名前はない」
ララさんの指が、画面の前で止まる。
「私の発明を使って、みんなを巻き込もうとしたんだ」
声は小さかった。
けれど、俯かなかった。
焼けた制御核を見つめ、唇を真っ直ぐ結んでいる。
俺はその隣へ立った。
「調べましょう」
ララさんがこちらを見る。
「でも、ヤマタには関係――」
「あります」
言葉が思ったより早く出た。
「俺もあの場にいました。手も焼きました。未整理物として片付けられかけました」
「最後のはちょっと面白かったね」
幕から抜け出したアーサーが言う。
「アーサーは黙っててください」
「ひどいなぁ。私、かなり活躍したのに」
「笑いながらですけどね」
「笑顔で仕事ができるのは長所だよ」
百さんがアーサーの肩を掴んだ。
「君には後で話がある」
「モモちゃん、顔が怖いよ」
「逃げるな」
「ヤマタ君、助けて」
「今回は無理です」
アーサーが百さんに連れていかれる。
その背中を見て、ララさんの口元がほんの少し緩んだ。
ズヌイ兄さんは焼けた制御核を握ったまま、俺を見る。
「ヤマタ」
「はい」
「これは俺の商会に喧嘩を売った事件だ。お前が首を突っ込む必要はねぇ」
「ララさんも狙われました」
「俺の婚約者だ」
「ララさんです」
ズヌイ兄さんの眉がわずかに動いた。
前の商談と同じ沈黙が落ちる。
けれど、今度は机も紅茶もない。
間にあるのは、焼けた制御核と、偽造された商印だけだった。
「……相変わらず、買いにくい答えをするな」
「売ってませんから」
「知ってるよ」
ズヌイ兄さんは鼻で笑い、制御核を商会員へ渡した。
「俺は商会の内側を洗う。お前たちは発明品と魔導結晶を調べろ。情報は共有する」
「共闘ですか?」
「一時的な取引だ」
「取引……」
「嫌なら降りろ」
俺はララさんを見る。
彼女は焼けた操作盤に手を置き、消えかけた記録を睨んでいる。
その横顔には、もう舞台で立ち尽くしていた時の影はなかった。
「参加します」
「なら決まりだ」
ズヌイ兄さんが踵を返す。
窓の外では、夜が薄くなり始めていた。
割れた窓の向こうから、夜明け前の光が差し込む。床へ散らばった機械片の間を抜け、偽造された商印を白く照らした。
壊れた発明品。
消された記録。
誰かが残した、偽物の名前。
ただの失敗だと思っていたものの下から、別の輪郭が浮かび上がっている。
ララさんが俺の袖を引いた。
「ヤマタ」
「はい」
「絶対に見つけようね」
その手は震えていなかった。
俺は頷く。
「一緒に」
夜明けの光が、止まった機械の赤い単眼を一つずつ消していった。