※この作品はR-18です。

王位争奪戦-ラスボス婚約者と共にネトリ戦記-   作:ボルメテウスさん

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消された命令と、偽りの商印

 暴走した自動お手伝いくんが沈黙してから、会場には奇妙な静けさが残った。

 

 天井のホログラムは半分ほど消え、星空だったはずの映像がところどころ黒く欠けている。床には砕けた装飾品と機械の破片が散らばり、さっきまで貴族を追い回していた作業用アームが、力なく横たわっていた。

 

 その隣で、アーサーだけがまだ笑っている。

 

「思い出すだけで駄目……あの侯爵、籠の中で『私は公爵家の――』って……あはははっ!」

 

「笑いすぎです」

 

「だって肩書きを名乗ったら、機械が分類を始めたんだよ?」

 

「やめてください。俺まで少し面白くなってきます」

 

「ヤマタ」

 

 百さんの低い声が飛んできた。

 

「笑っていないで、手を見せろ」

 

「俺は笑ってません」

 

「口元が緩んでいる」

 

 言われて、慌てて唇を引き締める。

 

 百さんは俺の右手を取り、赤くなった指先へ冷却用の魔術布を巻いていく。手つきは丁寧なのに、結び目だけは妙に固かった。

 

「痛いです」

 

「自業自得だ」

 

「でも、あそこで端子を押さないと――」

 

「行くなとは言っていない。せめて手袋を使えと言っている」

 

「そんな余裕ありませんでしたよ」

 

「なら次は余裕を作れ」

 

 次。

 

 その言葉が、不思議と胸に残った。

 

 失敗したら終わりではない。

 直せるなら、次がある。

 

 すぐ隣では、ララさんが止まった発明品の前にしゃがみ込んでいた。

 

 さっきまで俺の手を離そうとしなかったのに、今は操作盤へ両手を走らせている。青白い文字列が空中へ浮かび、細かな記録が滝のように流れていた。

 

「ララさん、手当てが終わったら俺も――」

 

「待って」

 

 声の調子が変わった。

 

 俺は言葉を止める。

 

 ララさんの指が、空中に浮かんだ一行の文字を拡大した。

 

「これ……何?」

 

「何かありましたか」

 

「この命令、私が書いたものじゃない」

 

 アーサーの笑い声が止まった。

 

 あれほど騒がしかったのに、止まる時は一瞬だった。

 

 ズヌイ兄さんも主催者席から立ち上がり、舞台へ近づいてくる。

 

「見せろ」

 

 ララさんは表示を広げた。

 

 発明品の制御記録。

 専門的な文字ばかりで、俺にはほとんど読めない。

 

 ただ、一部分だけ他と違うことは分かった。

 

 ララさんの命令文は、線が伸び、枝分かれし、機械全体へ広がっている。けれど問題の箇所だけは、その上から無理やり釘を打ち込んだように繋がっていた。

 

「安全機能を強制的に最大出力へ変更してる」

 

 ララさんが指で記録を追う。

 

「それだけじゃない。整理機能にも同じ命令を流してる。二つをわざとぶつけて、処理能力を超えさせて……」

 

「暴走させた?」

 

 俺が聞くと、ララさんは唇を結んだ。

 

「うん」

 

 短い返事だった。

 

 けれど、さっきのように顔は伏せなかった。

 

 青白い文字列を睨んだまま、指を動かしている。

 

「この命令を複製する。残しておけば、誰が入れたか調べられるかも」

 

「できるのか?」

 

 ズヌイ兄さんが問う。

 

「やってみる」

 

 ララさんが複製用の枠を展開し、異物のような命令文をその中へ移そうとした。

 

 その瞬間。

 

 止まっていた発明品の内部から、甲高い音が鳴った。

 

 かちり。

 

 小さな音だった。

 

 けれど、ララさんの指が止まる。

 

「今のは?」

 

 俺が聞き終えるより先に、装置の外装が内側から膨らんだ。

 

 細い隙間から、黒い何かが這い出してくる。

 

 一体。

 二体。

 次々に。

 

 掌ほどの小型機械だった。虫のような六本脚。中央には赤い単眼。薄い刃物のような口が、細かく開閉している。

 

「ララさんの新しい機能ですか?」

 

「違う!」

 

 即答だった。

 

 黒い機械の単眼が一斉に光る。

 

『証拠保全処理を妨害する対象を確認』

 

「証拠保全じゃなくて、証拠隠滅の間違いでは?」

 

『記録消去を開始します』

 

「認めた!」

 

 小型機械群が飛び上がった。

 

 向かう先は、操作盤と魔導結晶。

 

「させるか!」

 

 百さんが片手を振り下ろす。

 

 空気が沈んだ。

 

 黒い機械群が見えない壁に押し潰され、次々と床へ叩きつけられる。石床が蜘蛛の巣状にひび割れ、機械の脚が悲鳴のような音を立てた。

 

 それでも数体が重力の外へ抜ける。

 

「左」

 

 リンカの声。

 

 短剣が三本、ほとんど同時に飛んだ。

 

 刃は小型機械の胴体ではなく、脚の付け根へ突き刺さる。赤い単眼を光らせたまま、機械が床を転がった。

 

「壊さないんですか?」

 

「証拠」

 

 リンカは次の短剣を構える。

 

「中身が必要」

 

「冷静ですね」

 

「慣れてる」

 

 何に慣れているのかは聞かない方がよさそうだった。

 

 ララさんは操作盤を守るように立ち、文字列を展開し続けている。

 

「駄目。消去命令が速い!」

 

「止める方法は?」

 

「追加された制御核を抜けば止まる。でも、場所を探さないと――」

 

「あはっ……」

 

 場違いな声が響く。

 

 見ると、アーサーが再び肩を震わせていた。

 

「ちょっと待って。証拠を調べようとしたら、証拠が襲ってくるの? 性格悪すぎる……!」

 

「また笑ってる場合ですか!」

 

「笑ってるけど、見てるよ」

 

 アーサーの目は、小型機械の動きを追っていた。

 

 百さんの重力を避ける機体。

 リンカが止めた機体。

 そして、操作盤へ向かわず、ララさんの手元へ集中する機体。

 

「ララちゃん。複製した部品を、一度私に渡して」

 

「え?」

 

「早く」

 

 ララさんが複製途中の小さな制御部品を取り外し、アーサーへ投げる。

 

 アーサーが受け取った瞬間、小型機械群の赤い単眼が一斉に彼女へ向いた。

 

「ああ、やっぱり」

 

 アーサーは嬉しそうに笑った。

 

「この子たち、記録そのものを追ってる。操作盤じゃない。証拠を持っている相手を優先してるよ」

 

「それを持って笑っている場合ではない!」

 

 百さんが叫ぶ。

 

「だから囮になるんでしょ?」

 

 アーサーは制御部品を掲げ、舞台の反対側へ走り出した。

 

「ほら、こっちだよ。悪趣味な虫さんたち!」

 

 黒い群れがアーサーを追う。

 

 赤い光が、舞台上を流星のように横切った。

 

「追いつかれますよ!」

 

「追いつかれそうになったら助けてね、モモちゃん!」

 

「勝手なことを!」

 

 百さんは悪態をつきながらも手を動かした。

 

 重力の壁がアーサーの背後へ落ち、小型機械群をまとめて床へ叩きつける。そこへリンカの短剣が飛び、動ける個体の脚を一つずつ止めていった。

 

「ヤマタ!」

 

 ララさんが俺を呼ぶ。

 

「本体の奥。魔導結晶の下に、私の設計にはない制御核がある!」

 

「抜けばいいんですね」

 

「うん。でも、まだ動いてる配線に触ったら危ない」

 

「危険なのは慣れてきました」

 

「慣れちゃ駄目だよ!」

 

 百さんも同じことを言いそうだ。

 

 俺は止まった発明品の外装へ手をかけた。

 

 歪んだ装甲板の隙間から、青白い光が漏れている。内部では細い管が絡まり合い、弱った心臓の血管のように脈打っていた。

 

「どれですか」

 

「右から三本目の青い管。その奥に黒い箱がある!」

 

「黒い箱が二つあります!」

 

「小さい方!」

 

「どっちも似たような大きさです!」

 

「角に赤い点!」

 

「あった!」

 

 腕を奥へ伸ばす。

 

 指先に熱が当たる。

 

 百さんに巻いてもらった魔術布がじわりと温かくなった。

 

「ヤマタ、無理に引っ張らないで! 左右の留め具を押してから!」

 

「左右……これですか?」

 

「そう! 同時に!」

 

 留め具へ指をかける。

 

 その時、一体の小型機械が重力の隙間を抜けた。

 

 赤い単眼が俺を捉える。

 

『制御核への接触を確認。排除します』

 

「まだ残ってる!」

 

 ララさんの声が飛ぶ。

 

 機械が跳んだ。

 

 俺の腕は装置の中へ入ったまま。避ければ、制御核を取り逃がす。

 

 身体が固まる。

 

 次の瞬間、目の前で火花が弾けた。

 

 リンカの短剣が機械の脚を貫き、軌道を逸らした。黒い機体が俺の肩を掠め、装置の外装へ激突する。

 

「前」

 

 リンカが言う。

 

「見る」

 

「はい!」

 

 俺は留め具を押した。

 

「ララさん!」

 

「今、逆接続する!」

 

 操作盤の光が反転する。

 

 青い文字列が赤い命令へ逆流し、装置内部を走った。

 

「抜いて!」

 

 黒い箱を掴む。

 

 引く。

 

 動かない。

 

「固い!」

 

「捻って!」

 

「どっちに!」

 

「右!」

 

 右へ捻る。

 

 鈍い音が鳴った。

 

 箱が外れる。

 

 同時に、アーサーを追っていた小型機械群の動きが止まった。

 

 一体ずつ、赤い単眼が消えていく。

 

 空中にいた機体が落ち、床へ乾いた音を立てた。

 

 アーサーは走る勢いを止められず、舞台端の幕へ突っ込んだ。

 

「ぶっ……!」

 

 幕に包まれたまま倒れる。

 

 静けさが戻った。

 

 俺は制御核を抱えたまま、装置から腕を引き抜いた。

 

「取れました」

 

 ララさんがこちらへ駆け寄る。

 

 俺の手ではなく、まず制御核を見る。

 

 表面は半分ほど焼け焦げていた。中央には見覚えのない印が刻まれている。

 

「この印……」

 

 ララさんが指で煤を払う。

 

 ズヌイ兄さんが歩み寄り、箱を俺の手から取った。

 

 印を見た瞬間、彼の目から温度が消えた。

 

「俺の商会の管理印だ」

 

 会場の空気が、今度は別の意味で冷えた。

 

「ズヌイ兄さんの商会が仕込んだんですか」

 

 俺が聞くと、ズヌイ兄さんは印の縁を爪でなぞった。

 

 薄い金属片が剥がれる。

 

「違う」

 

「どうして分かるんですか」

 

「本物は、外周の線が七本だ。これは八本ある」

 

 制御核を傾け、焼け残った印を光へ向ける。

 

「精巧だが偽物だ。俺の名を使って、この発表会を潰そうとした奴がいる」

 

 ララさんが制御記録を確認する。

 

 流れていた文字列の多くは黒く欠けていた。

 

「犯人の記録、ほとんど消されてる」

 

「何か残っていませんか」

 

「発表会の前に、魔導結晶へ外部接続があったことだけ。接触者の名前はない」

 

 ララさんの指が、画面の前で止まる。

 

「私の発明を使って、みんなを巻き込もうとしたんだ」

 

 声は小さかった。

 

 けれど、俯かなかった。

 

 焼けた制御核を見つめ、唇を真っ直ぐ結んでいる。

 

 俺はその隣へ立った。

 

「調べましょう」

 

 ララさんがこちらを見る。

 

「でも、ヤマタには関係――」

 

「あります」

 

 言葉が思ったより早く出た。

 

「俺もあの場にいました。手も焼きました。未整理物として片付けられかけました」

 

「最後のはちょっと面白かったね」

 

 幕から抜け出したアーサーが言う。

 

「アーサーは黙っててください」

 

「ひどいなぁ。私、かなり活躍したのに」

 

「笑いながらですけどね」

 

「笑顔で仕事ができるのは長所だよ」

 

 百さんがアーサーの肩を掴んだ。

 

「君には後で話がある」

 

「モモちゃん、顔が怖いよ」

 

「逃げるな」

 

「ヤマタ君、助けて」

 

「今回は無理です」

 

 アーサーが百さんに連れていかれる。

 

 その背中を見て、ララさんの口元がほんの少し緩んだ。

 

 ズヌイ兄さんは焼けた制御核を握ったまま、俺を見る。

 

「ヤマタ」

 

「はい」

 

「これは俺の商会に喧嘩を売った事件だ。お前が首を突っ込む必要はねぇ」

 

「ララさんも狙われました」

 

「俺の婚約者だ」

 

「ララさんです」

 

 ズヌイ兄さんの眉がわずかに動いた。

 

 前の商談と同じ沈黙が落ちる。

 

 けれど、今度は机も紅茶もない。

 

 間にあるのは、焼けた制御核と、偽造された商印だけだった。

 

「……相変わらず、買いにくい答えをするな」

 

「売ってませんから」

 

「知ってるよ」

 

 ズヌイ兄さんは鼻で笑い、制御核を商会員へ渡した。

 

「俺は商会の内側を洗う。お前たちは発明品と魔導結晶を調べろ。情報は共有する」

 

「共闘ですか?」

 

「一時的な取引だ」

 

「取引……」

 

「嫌なら降りろ」

 

 俺はララさんを見る。

 

 彼女は焼けた操作盤に手を置き、消えかけた記録を睨んでいる。

 

 その横顔には、もう舞台で立ち尽くしていた時の影はなかった。

 

「参加します」

 

「なら決まりだ」

 

 ズヌイ兄さんが踵を返す。

 

 窓の外では、夜が薄くなり始めていた。

 

 割れた窓の向こうから、夜明け前の光が差し込む。床へ散らばった機械片の間を抜け、偽造された商印を白く照らした。

 

 壊れた発明品。

 消された記録。

 誰かが残した、偽物の名前。

 

 ただの失敗だと思っていたものの下から、別の輪郭が浮かび上がっている。

 

 ララさんが俺の袖を引いた。

 

「ヤマタ」

 

「はい」

 

「絶対に見つけようね」

 

 その手は震えていなかった。

 

 俺は頷く。

 

「一緒に」

 

 夜明けの光が、止まった機械の赤い単眼を一つずつ消していった。

 

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