王位争奪戦-ラスボス婚約者と共にネトリ戦記- 作:ボルメテウスさん
式典当日の空は、腹が立つほど晴れていた。
王城前の大広場には雲一つなく、青空の下で王国旗がゆっくりとはためいている。金糸で縫われた竜の紋章が風を受け、太陽の光を鋭く跳ね返していた。
広場を埋めるのは、王都から集まった大勢の人々だ。
商人。職人。近隣の村から来た家族連れ。色鮮やかな衣装に身を包んだ貴族たち。舞台を囲む観覧席からは、期待に満ちた声が波のように広がっている。
俺がこれから暗殺されるかもしれない場所とは、到底思えなかった。
『携行食料を要求』
「緊張感を返してください」
足元を見る。
虫ちゃんが六本の脚で舞台の床を叩き、赤い単眼をこちらへ向けていた。
今日は証拠品ではなく、ララさんが作った逆探知装置の中継役として参加している。
見た目は相変わらず黒い虫だ。
しかも、出番の直前まで菓子を要求している。
「さっきあげましたよね」
『作戦行動には糖分が必要』
「その知識、絶対にララさんが入れましたよね」
舞台袖を見る。
大型の展示装置を確認していたララさんが、こちらに気づいて目を逸らした。
間違いない。
「ヤマタ君」
背後から、楽しそうな声が聞こえた。
アーサーが式典用の華やかな衣装で歩いてくる。腰まで伸びた髪はいつもより丁寧にまとめられ、どこから見ても外国の王族らしい姿だった。
その笑顔さえなければ。
「狙われている本人が、虫にお菓子を取られてるよ」
「取られてません。要求を拒否しています」
『緊急時用食料の提供を要求』
「要求が強くなった……」
「あははっ。あげればいいじゃない」
「癖になります」
「もう十分懐いてると思うけど」
「懐いてません」
虫ちゃんが俺の靴先へ前脚をかけた。
『帰巣先を確認』
「俺の部屋へ帰る気ですね」
『肯定』
「ほら、懐いてる」
「命令を書き換えられただけです!」
声が大きくなり、観客席の何人かがこちらを見た。
慌てて咳払いをする。
アーサーは口元を押さえ、肩を揺らしていた。
「そんなに笑える状況ですか」
「ごめんごめん。罠の中心にいるのに、いつも通りだなって」
その言葉で、喉の奥にあった空気が少し詰まった。
何気なく舞台を見渡す。
公開式典の舞台は、前に犯人の部屋で見つけた配置図とほぼ同じ形に組まれていた。
中央には俺が立つための演台。
その後方には、式典用の装飾柱が四本。
舞台の左右には、ララさんの発明品を紹介するための大型展示装置が配置されている。
見た目だけなら、配置図の通りだ。
だが中身は違う。
ララさんの展示装置は、敵から送られる命令を保存し、逆に発信元まで辿るための逆探知装置へ作り替えられている。
式典警備の配置も、犯人へ流した情報とは違う。
百さんは観客席。
リンカは舞台裏。
ココさんは商人席。
ズヌイ兄さんは主催者側の席で、商会の帳簿と証拠を公開する準備を進めている。
全員が見える場所にはいない。
それでも、どこにいるかは分かっていた。
「ヤマタ君」
アーサーの声が少し低くなる。
「呼吸」
「分かってます」
「今、止まってたよ」
息を吸う。
広場の空気は、朝より暖かい。人の熱と砂埃、それに屋台から漂う甘い香りが混じっている。
吐く。
背中に集まる視線は消えない。
けれど、前よりも重くは感じなかった。
観客席へ目を向ける。
百さんがいた。
貴族席の端で、式典用の軍装を身につけている。剣を腰に差し、腕を組んだままこちらを見ていた。
目が合う。
彼女は何も言わず、ほんの少し顎を引いた。
背筋を伸ばす。
顎を上げる。
逃げ道ではなく、正面を見る。
「よくできました」
アーサーが言った。
「百さんみたいな言い方をしないでください」
「モモちゃんの教育が行き届いてるからね」
「聞こえているぞ」
離れているはずの百さんの声が、通信具から響いた。
アーサーの笑顔が一瞬固まる。
「通信、繋がってたんだ」
「初めからな」
「モモちゃん、聞き耳はよくないよ」
「作戦通信だ」
「さっきの夫婦みたいなやり取りも聞こえてた?」
「切るぞ」
「すみませんでした」
アーサーが素直に頭を下げた。
俺は小声で息を吐く。
百さんの声を聞いたおかげで、肩の力が少し抜けた。
「ヤマタ!」
今度はララさんが走ってくる。
いつもの軽装ではなく、デビルーク第一王女としての正装だ。桃色の髪には小さな宝飾品が飾られ、胸元には王家の紋章が輝いている。
けれど、腕には工具箱を抱えていた。
王女らしさと発明家らしさが、まったく噛み合っていない。
「準備できたよ!」
「安全確認は?」
「した!」
「何回?」
「五回!」
「爆発の可能性は?」
「たぶんない!」
「今、“たぶん”って言いましたよね」
「大丈夫! 爆発しても上に飛ぶようにしたから!」
「爆発しないようにしてください!」
通信具から、百さんの深いため息が聞こえた。
「ララ王女」
「なに?」
「式典終了後、装置を私にも確認させろ」
「いいよ!」
「その前に爆発した場合は?」
「一緒に逃げよう!」
「逃げる前提にするな」
アーサーが吹き出した。
「緊張感がどんどん逃げていくね」
「犯人より先に逃げてますよ」
式典開始を告げる鐘が鳴った。
広場のざわめきが静まる。
俺たちはそれぞれの位置へ移動した。
アーサーは王族席。
ララさんは展示装置の操作台。
虫ちゃんは俺の足元から離れ、舞台の床下へ潜り込む。
『逆探知待機状態へ移行』
「菓子を食べた分は働いてくださいよ」
『報酬の追加を要求』
「終わった後です」
『契約成立』
本当に誰がこんな性格にしたのだろう。
式典の司会が、王国とデビルークの新たな交易について話し始める。
拍手。
歓声。
楽団の奏でる音楽。
俺は演台の中央へ進んだ。
配置図に赤く印をつけられていた場所。
犯人が、俺を殺すために選んだ位置。
靴底の下から、かすかな振動を感じた。
まだ何も起きていない。
それなのに、床の奥で何かが息を潜めているようだった。
「第五王子、ヤマタ・ドラグウェル殿下より――」
司会の声が広場に響く。
俺は演台へ手を置いた。
その瞬間。
足元の術式が、赤く光った。
来た。
舞台の床から、低い駆動音が響く。
観客席の何人かが首を傾げた。
次の瞬間、俺の背後に立っていた装飾柱が中央から割れた。
金色の外装が左右へ開き、内部から黒い金属の腕が伸びる。
「豪華ですねぇ」
アーサーの声が通信具から聞こえた。
「予算の使い方、間違ってない?」
「感想は後です!」
残る三本の柱も変形する。
祝祭用の装飾が刃へ変わり、支柱が太い脚となって床を踏み抜いた。
舞台の両脇から、式典用の運搬機械がせり上がる。
赤い認識灯が、一斉に俺を捉えた。
『標的を確認』
観客席から悲鳴が上がる。
『第五王子ヤマタ・ドラグウェルを排除します』
「名前まで言わなくていいです!」
機械兵の腕が振り下ろされる。
逃げろ、と足が叫ぶ。
それでも、その場に踏みとどまった。
俺が配置から外れれば、機械兵は別の対象を探す。
観客席へ向かうかもしれない。
そして何より、今ここで敵の命令を受信しなければ、逆探知ができない。
「ヤマタ!」
百さんの声。
「動くな!」
「難しい注文ですね!」
巨大な腕が頭上へ迫る。
風圧で髪が乱れた。
直撃する寸前、機械兵の腕が横へ弾かれる。
空気が震えた。
百さんの重力が、攻撃の軌道だけを地面へ引きずり落とした。
金属の拳が舞台へ突き刺さり、床板が大きく砕ける。
破片がこちらへ飛んでくる。
だが観客席へ届く前に、淡い光の壁へ触れて落ちた。
広場全体を覆うように、半透明の重力障壁が展開されている。
「観客の避難を開始する!」
百さんが叫ぶ。
「ヤマタ、中央から離れるな!」
「さっきから要求が無茶です!」
「私が落とさせない!」
短い言葉だった。
機械兵が次の攻撃を繰り出す。
俺は右へ一歩だけ動き、腕を避ける。
完全には逃げない。
赤い術式の範囲から外れないよう、機械兵を中央へ引きつけ続ける。
「ララさん、まだですか!」
「接続中! あと少し!」
舞台脇では、ララさんが操作台へ両手を走らせていた。
青い光の文字列が幾重にも浮かび、その中心を赤い命令信号が駆け抜けている。
虫ちゃんが床下から飛び出し、展示装置の端子へ脚を差し込んだ。
『敵性通信へ接続』
「よし、虫ちゃん! そのまま追いかけて!」
『追加報酬を要求』
「終わったらケーキ!」
『処理速度を上昇』
「報酬で性能が変わるんですか!?」
「気分の問題だよ!」
「機械に気分を入れないでください!」
機械兵の脚が舞台を踏みつける。
衝撃で身体が浮いた。
床へ転がる。
立ち上がる前に、別の機械兵が近づいてくる。
赤い認識灯が俺を捉え、胸部の装甲が開いた。
内部に見えたのは、回転する刃。
「嫌なものが出てきた!」
「ヤマタ、伏せて!」
リンカの声。
反射的に身を伏せる。
頭上を短剣が飛び、機械兵の胸部へ突き刺さった。
刃ではなく、駆動部へ正確に食い込む。
回転していた刃が火花を散らし、停止した。
機械兵の背後に、リンカが着地する。
「実行犯を見つけた」
「もうですか?」
「舞台裏。逃げた」
「捕まえられます?」
「逃げ道は知ってる」
リンカは短剣を引き抜き、舞台袖へ消えた。
直後、通信具から男の声が響く。
『なぜ警備が残っている!』
犯人側の通信を、虫ちゃんが拾ったらしい。
『第五王子を殺せ! 早くしろ!』
「焦ってるね」
アーサーの声が聞こえる。
どこか楽しそうだった。
「では、もう少し焦ってもらおうか」
「何をするんです?」
「警備が壊滅したって偽情報を流す」
「今の状況でさらに機械が増えませんか?」
「増えるよ」
「駄目じゃないですか!」
「でも、黒幕本人が確認するために端末を開く」
少しの沈黙。
アーサーの声から笑いが薄くなる。
「そこをララちゃんが捕まえる」
「……分かりました」
「ヤマタ君」
「はい」
「あと少し、格好いい囮をお願い」
「囮に格好よさを求めないでください!」
舞台の床が割れ、新たな機械兵が二体せり上がる。
「本当に増えた!」
「あははっ! 大人気だね、ヤマタ君!」
「笑ってる場合ですか!」
「だって解決編でも囮なんだもん!」
機械兵が四方から迫る。
逃げ道が狭くなる。
百さんの重力が一体を押さえつける。だが観客席を守りながらでは、すべてを止めきれない。
「ララさん!」
「敵の端末、開いた!」
ララさんが操作盤を叩く。
「虫ちゃん、通信を逆流させて!」
『了解』
赤い命令信号が、青い線へ包まれる。
流れが反転した。
敵から送られてきた命令が、そのまま発信元へ押し戻されていく。
舞台上の映像装置が一斉に点灯した。
本来なら交易品を紹介するための巨大な画面に、一人の男の姿が映る。
太った体格。
灰色の髪。
上等な商人服。
ズヌイ商会の副会頭、ガルド・ベルク。
彼は執務室らしき場所で、通信端末の前に立っていた。
画面に自分の姿が映ったことに気づき、顔色を変える。
『な……なぜ、こちらが映っている!?』
「見つけた!」
ララさんの声が広場に響く。
「この人が命令を送ってる!」
観客席がどよめく。
その上へ、別の映像が重なった。
裏帳簿。
偽造商印の材料購入記録。
西棟倉庫の使用履歴。
実行犯への報酬。
そして、虫ちゃんに残されていた音声。
『発表会で失敗しても構わない。第五王子を排除できれば、それでいい』
主催者席から、ズヌイ兄さんが立ち上がった。
彼の手には、厚い帳簿がある。
「ガルド」
低い声が、広場へ響く。
「俺の商印を使った代金は高いぞ」
『ズヌイ殿下、これは誤解です!』
「なら説明してみろ。偽造印の材料を買った金が、なぜお前の管理口座から出てる」
『それは部下が勝手に――』
「実行犯へ送った金もか?」
『違う!』
「西棟の通信装置の使用料も?」
ガルドの口が閉じる。
ズヌイ兄さんは帳簿を一枚めくった。
「お前の資産は、式典開始と同時に凍結した。商会の役職も停止。逃亡用に用意した馬車も、港の船も押さえてある」
『貴様……最初から私を疑っていたのか!』
「疑ってねぇ」
ズヌイ兄さんは薄く笑った。
「値段を調べただけだ。お前がこの事件で、いくら儲けるつもりだったのかをな」
ガルドの顔が歪む。
『デビルークの技術が入れば、我々の物流事業は終わる!』
声が広場へ響く。
『自動運搬、瞬間転送、無人倉庫! そんなものが普及すれば、これまで築いてきた商会も、働いている者たちも路頭に迷う!』
ララさんの指が、操作盤の上で止まった。
画面の向こうで、ガルドはなおも叫ぶ。
『私は商会を守ろうとしただけだ! 何千人もの生活を守るために!』
「だからララさんを悪者にしたんですか」
自分でも驚くほど、声がよく通った。
機械兵の駆動音も、観客のざわめきも、その一言の後ろへ引いていく。
ガルドが画面越しに俺を見る。
「話し合う前に、失敗したことにして。ララさんの発明が危険だったことにして」
『王子のお前に、商人の苦労が分かるものか!』
「分かりません」
否定しなかった。
「俺は商売も下手です。何人の生活がかかっているかも、帳簿だけでは分かりません」
ズヌイ兄さんが、こちらを見る。
「でも」
舞台脇に立つララさんを見る。
彼女は顔を伏せていない。
ガルドを睨み返すこともなく、操作盤の光を見つめている。
「値段が下がるから壊す。邪魔だから消す。そんな理由で、誰かの好きなものを奪っていいはずがない」
『黙れ!』
ガルドが端末へ手を叩きつけた。
『すべて破壊しろ!』
舞台上の機械兵が一斉に動く。
赤い認識灯が点滅し、胴体の奥から警告音が響いた。
「自爆命令!」
ララさんが叫ぶ。
機械兵の装甲の隙間から、白い光が漏れ出す。
観客席から悲鳴が上がった。
「百さん!」
「分かっている!」
重力障壁の光が強くなる。
だが舞台ごと爆発すれば、広場すべてを守りきれるか分からない。
「ララさん、止められますか!」
「止める!」
即答だった。
ララさんは操作盤へ両手を置く。
「私の発明を使ったなら、最後まで私の命令を聞いてもらうよ!」
青い制御線が、機械兵へ伸びる。
赤い自爆信号とぶつかり、火花のような光が空中で弾けた。
「虫ちゃん、全部の通信経路を繋いで!」
『処理負荷が上限を超過』
「ケーキ二個!」
『処理を継続』
「食べるんだ……」
虫ちゃんの単眼が強く光る。
六本の脚が高速で動き、複数の端子へ接続された。
青い線が一本、二本と増え、機械兵同士を結んでいく。
だが一体だけ、命令網から外れた機械兵がいた。
舞台の端。
その胸部の光が急速に強くなる。
「一体、接続できてない!」
ララさんが叫ぶ。
「手動端子が壊されてる!」
その機械兵の足元には、舞台裏から引きずり出された実行犯がいた。
リンカが片腕を捻り上げている。
男の腰には、自爆制御用の小型端末が固定されていた。
「こいつが持ってる」
リンカが言う。
「端末を外すと起爆する」
「罠が好きな人ですね!」
俺は中央から走り出した。
「ヤマタ!」
百さんの声が飛ぶ。
「中央を離れるな!」
「もう標的は機械の方です!」
「だからといって近づくな!」
機械兵の胸部が白く染まる。
時間がない。
俺は実行犯の前へ滑り込んだ。
男は青ざめた顔で腰の端末を押さえている。
「来るな! 外せば爆発するぞ!」
「外さなくても爆発しますよ!」
「私は命令されただけだ!」
「それは後で聞きます!」
端末を見る。
赤い表示。
三本の配線。
小さな解除レバー。
どれを触ればいいのか分からない。
「ララさん!」
「右の青い線!」
「青が二本あります!」
「濃い方!」
「光っていて分かりません!」
「虫ちゃん、ヤマタに表示して!」
虫ちゃんの単眼から細い光が飛び、切るべき配線を囲んだ。
『対象を表示』
「助かりました!」
『報酬を要求』
「後で!」
配線を掴む。
「リンカ、男を動かさないでください!」
「動かない」
「私がではなく、彼をです!」
「両方動かない」
実行犯の身体は、関節を決められたまま完全に固定されていた。
「痛い! 腕が折れる!」
「自爆よりは軽い」
「比較がおかしい!」
俺は配線を引き抜いた。
警告音が一段高くなる。
「間違えました!?」
「合ってる!」
ララさんの指が操作盤を走る。
「次、解除レバーを左!」
「左ですね!」
「ヤマタから見て左!」
「最初に言ってください!」
レバーへ指をかける。
機械兵の光が限界まで強くなった。
「今!」
レバーを倒す。
同時に、ララさんが制御板を叩いた。
「全部、止まれーっ!」
青い光が舞台を駆け抜けた。
白く輝いていた機械兵の胸部が、一度だけ明滅する。
警告音が途切れた。
赤い認識灯が、次々と消えていく。
最後に残った一体の腕が、俺の頭上で止まった。
静けさが落ちる。
風に揺れる旗の音だけが聞こえた。
『全機停止を確認』
虫ちゃんの声が響く。
誰も動かない。
『携行食料を要求』
次の瞬間、アーサーの大笑いが広場に響いた。
「あははははっ! 最後までそれなんだ!」
「笑ってないで、こっちを手伝ってください!」
「だって、命懸けで止めた直後にお菓子だよ!?」
「アーサー!」
百さんの怒鳴り声が飛ぶ。
アーサーは笑いながら目元を拭った。
「分かってる、分かってるって!」
百さんが舞台へ上がってくる。
俺の腕を掴み、頭から足元まで素早く確認した。
「怪我は?」
「ありません」
「本当に?」
「今回は火傷もしてません」
「胸を張ることではない」
百さんの指が、俺の肩についた金属片を払う。
手が離れるまで、少し時間がかかった。
その隣では、リンカが実行犯を拘束している。
広場の外から騎士たちが駆け込み、画面に映ったガルドの執務室へも別部隊が突入したらしい。
『離せ! 私が何をしたか分かっているのか!』
巨大画面の向こうで、ガルドが騎士に取り押さえられている。
ズヌイ兄さんが冷たい目でそれを見る。
「分かってるよ」
帳簿を閉じる。
「俺の商会の看板に泥を塗り、王族を殺そうとし、国同士の交易を潰そうとした」
『私は商会を守ろうと――』
「商人が利益を求めるのは当然だ」
ズヌイ兄さんは言葉を切った。
「だが、自分の損を他人の命で埋める奴は、商人じゃねぇ」
ガルドは何かを叫び続けていた。
けれど、その声は映像装置の切断と共に消えた。
広場へ静けさが戻る。
壊れた舞台。
止まった機械兵。
砕けた床の上には、偽造された商印が転がっている。
それを、午後の陽光が白く照らしていた。
ララさんが操作盤から手を離す。
ゆっくりと、自動お手伝いくんの残骸へ近づく。
機械の外装へ触れる。
前の発表会では、その手が途中で止まっていた。
今は違う。
指先で傷をなぞり、壊れた部品を一つ持ち上げる。
「止まったね」
「はい」
俺はララさんの隣へ立った。
「ちゃんと、止められました」
「うん」
ララさんは部品を握り締めず、掌の上へ載せたまま見つめている。
観客席のどこかで、拍手が一つ鳴った。
続いて、もう一つ。
まばらだった音が、少しずつ広がっていく。
やがて大広場を満たすほどの拍手になった。
ララさんが顔を上げる。
拍手をしている人々を見る。
それから、ズヌイ兄さんへ視線を向けた。
ズヌイ兄さんは主催者席の前に立ち、黙って彼女を見返している。
アーサーが俺の隣へ来た。
「ヤマタ君」
「何ですか」
「最高に盛り上がる場所が、向こうから来たね」
その声は拍手に紛れ、俺にしか聞こえなかった。
「無理に言わせないでくださいよ」
「もちろん」
アーサーは笑う。
「選ぶのはララちゃんだから」
式典の責任者が、壊れた舞台へ上がってきた。
「ララ王女殿下。式典は中止といたします。すぐに安全な場所へ――」
「待って」
ララさんが言った。
小さな声だった。
けれど、不思議なくらいよく響いた。
拍手が止まる。
大勢の視線が、彼女へ集まった。
ララさんは一度だけ、自分の発明品を見る。
次に俺を見る。
最後に、ズヌイ兄さんへ顔を向けた。
「私から、言いたいことがあるの」
壊れた舞台の中央へ歩き出す。
その背中を、俺は追わなかった。
代わりに語ることもしなかった。
ここまで、彼女の発明を利用する人間がいた。
彼女の立場を利用する人間もいた。
だからこそ、次に口にする言葉は、ララさん自身のものでなければならない。
舞台の中央で、ララさんが立ち止まる。
青空の下、桃色の髪が風に揺れた。
「ズヌイ」
名前を呼ばれ、ズヌイ兄さんが目を細める。
アーサーの笑みが深くなる。
百さんは何も言わず、俺の半歩前へ立っていた。
虫ちゃんが俺の足元まで戻ってくる。
『携行食料を要求』
「少しだけ静かにしてください」
『拒否』
「大事な場面なんです!」
小声で言い争う俺たちの前で。
ララさんはズヌイ兄さんを真っ直ぐに見て、口を開いた。