※この作品はR-18です。

王位争奪戦-ラスボス婚約者と共にネトリ戦記-   作:ボルメテウスさん

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完璧な兄

 第一王子アイダ・ドラグウェル。

 

 その名前を出して、悪く言う者はほとんどいない。

 

 貴族も、兵士も、商人も、次の王はアイダ兄上だろうと口を揃える。

 

 俺は、それを長男という立場が作った評価だと思っていた。

 

 少しくらいの失敗なら家臣が隠し、足りない部分は周囲が補っている。完璧な第一王子という姿も、王位継承のために整えられた看板なのではないか。

 

「難しい顔だね、ヤマタ君」

 

 馬車の向かいで、アーサーが頬杖をついた。

 

「いつも通りです」

 

「アイダ殿下から招待状が届いてから、ずっと眉間に線があるよ」

 

「俺が兄上の競争相手だなんて、実感がないんです」

 

 ズヌイ兄さんが王位継承を事実上諦めたことで、争いはアイダ兄上と俺の一騎打ちになった。

 

 その直後、兄上から領地視察の招待が届いた。

 

 到着した俺たちを待っていたのは、豪華な宮殿ではない。住民へ開放された行政庁舎だった。

 

 広間の奥で、兄上は年老いた女性の相談を聞いていた。

 

「南の水路が止まれば、うちの畑が駄目になります」

 

「閉じるのは三日だけです、ミラさん。東の貯水池から臨時水路を繋ぎます」

 

 兄上は地図を広げ、役人へ作業員の手配を命じる。

 

「息子さんは腰を痛めていましたね。作業は領政府で行います。無理をさせないでください」

 

 女性が目を丸くした。

 

「覚えておられたのですか?」

 

「昨年の収穫祭で聞きました」

 

 相談を終えた兄上は、俺たちへ穏やかに笑いかけた。

 

「久しぶりだね、ヤマタ」

 

「お忙しいところ、申し訳ありません」

 

「民の話を聞くことも、君と話すことも私の仕事だよ」

 

 兄上は俺たちを会議室へ案内し、領内の予算、食料備蓄、河川工事の資料を差し出した。

 

「俺に見せていいんですか?」

 

「君は正式な競争相手だ。情報を隠したまま意見を求めることはできない」

 

「手加減はしないということですか」

 

「ああ」

 

 兄上の目は穏やかなままだった。

 

「それは君を末の弟ではなく、一人の王子として認めるということだ」

 

 優しい。

 

 しかし、王位を譲る気はない。

 

 敵ならば、もっと嫌な人であってほしかった。

 

 そうすれば戦う理由を作れたのに、兄上は俺が考えていた逃げ道を、会うたびに塞いでいった。

 

 視察に出ると、その評価が立場だけではないことも分かった。

 

 兄上は農民の作物を知り、商人の家族を覚え、工事の進み具合まで把握していた。人々は兄上を恐れて頭を下げるのではない。自然に声をかけ、相談し、最後には笑って仕事へ戻っていく。

 

「困ったね、ヤマタ君」

 

 アーサーが小声で言う。

 

「何がです?」

 

「能力だけじゃなく、人柄まで完璧だ」

 

 否定しようとした時、空で雷が鳴った。

 

 上流から豪雨による増水の報告が届く。さらに森から、巣を追われた魔獣の群れが現れた。

 

「第二避難鐘を鳴らせ。川沿いの住民を高台へ」

 

 兄上は一度も言葉を詰まらせなかった。

 

「工兵隊は堤防へ。石を積むな。土嚢と木材で水圧を分散させる。騎士隊は魔獣を討伐せず、採石場へ誘導。治癒術師は西門と診療所に分かれろ」

 

 役人と騎士が一斉に走り出す。

 

「兄上は?」

 

「私が堤防に立つ」

 

 雨が降り始めた。

 

 兄上が剣を抜くと、巨大な光の竜翼が堤防を覆った。

 

 光竜障壁。

 

 濁流を押し返しながら、兄上は魔獣の群れへ向かう。

 

 剣は首を落とさない。脚の関節だけを斬り、騎士たちが安全に誘導できる状態へ変えていく。

 

 さらに金色の光が味方へ流れ、疲労した騎士と治癒術師の動きを支えた。

 

 自分が前線に立ちながら、戦場全体を見失っていない。

 

「本当に全部できるね」

 

 アーサーの声から、いつもの冗談が消えていた。

 

 兄上へ近づこうとするほど、差だけが鮮明になる。

 

 俺たちは西地区の避難を手伝った。

 

 役人から全員避難済みだと報告を受けた時、道端の荷車が目に入った。

 

 大人用の外套が一枚。

 

 子供用の毛布が二枚。

 

「水車小屋に住む家族は三人ですよね」

 

「名簿では夫婦と娘一人です」

 

 毛布には別々の名前が刺繍されていた。

 

 荷車の泥は、川の方角から続いている。

 

「もう一人いる」

 

 俺が呟くと、アーサーはすでに水車小屋の方角を見ていた。

 

「行こうか」

 

 理由は聞かなかった。

 

 水車小屋は濁流に取り囲まれていた。

 

 二階には足を怪我した男と妻、二人の子供が残されている。

 

 役人へ預けた荷物だけで避難済みと判断されていたのだ。

 

「橋は流されました!」

 

 女性の声に、俺は屋根へ繋がれた綱を外した。

 

「なら、別の道を作ります」

 

 アーサーが魔法で流れを逸らし、その隙に俺が小屋へ渡る。

 

 子供を一人ずつ背負い、綱を伝って岸へ運ぶ。

 

 最後に怪我人を背負った時、上流から巨大な流木が迫った。

 

 金色の光が視界を覆う。

 

 光竜障壁が流木を砕いた。

 

「ヤマタ、そのまま進め!」

 

 川岸にアイダ兄上が立っていた。

 

 王族服は泥に汚れ、肩から血が滲んでいる。それでも障壁は揺らがない。

 

 全員を救助した後、兄上は家族の前で頭を下げた。

 

「避難確認が不十分だった。申し訳ない」

 

「殿下は大勢を助けてくださったではありませんか」

 

「大勢を守れば、見落とした者へ謝らなくてよい理由にはなりません」

 

 兄上は俺へ向き直る。

 

「ありがとう、ヤマタ。私が見つけられなかった命だ」

 

「兄上が大勢を守っていたから、俺はここへ来られたんです」

 

「それでも、君が見つけたことは変わらない」

 

 功績を奪わない。

 

 自分の失敗も隠さない。

 

 欠点らしいものを見つけても、兄上はそれを認め、次の失敗を防ぐ方法へ変えてしまう。

 

「困りましたね」

 

「何がだい?」

 

「いえ、何でもありません」

 

 雨が上がった翌朝、被害報告が届いた。

 

 死者は一人もいなかった。

 

 兄上は負傷者への補償を命じ、水車小屋の件についても、俺とアーサーが異変を見つけたと正式に記録させた。

 

「私の行動だけを残せば、次も同じ見落としが起きる」

 

 最後まで、王として正しかった。

 

 堤防の上で、兄上が俺へ尋ねた。

 

「私に勝とうとしているかい?」

 

「昨日までは、勝てる部分を探していました」

 

「見つかった?」

 

「いいえ」

 

 兄上は責めず、静かに川を見た。

 

「私を超える必要はない」

 

「それでは王位争奪戦になりません」

 

「前の王より優れていることが、王の条件ではない。その時代の国を、より幸福にできる者が王になるべきだ」

 

「兄上より幸福にできると証明しろ、と?」

 

「そうだ」

 

 人柄も、実力も、王としての在り方も完璧だった。

 

 嫌われれば反発できる。

 

 見下されれば、意地で立ち向かえる。

 

 だが兄上は俺を認め、同じ競争相手として扱った上で、正面から国の未来を問うてくる。

 

「兄上とは違う答えを探します」

 

「それでいい」

 

 差し出された手を握る。

 

 剣を握り続けた硬い掌だった。

 

 兄上は一人で最も危険な場所に立ち、全体を守ることができる。

 

 俺にはできない。

 

 だから百さんに頼る。

 

 リンカに頼る。

 

 アーサーやララさんに頼る。

 

 誰かが全体を守っている間に、その光の端から零れかけた足跡を探す。

 

 兄上と同じ王になる必要はない。

 

 完璧な兄を倒すのではなく、兄とは違う未来を示さなければならない。

 

 帰路へ向かおうとした時、左手首の腕輪が震えた。

 

『ヤマタ! 危険通知が何回も来たけど、何があったの!?』

 

 ララさんの声が朝の堤防へ響く。

 

「次の戦いが始まりそうです」

 

 兄上が首を傾げた。

 

「王位争奪戦かい?」

 

「いえ。こちらは勝てる可能性がありません」

 

『聞こえてるよ、ヤマタ!』

 

 アーサーの笑い声が朝空へ広がった。

 

 兄上は事情が分からないまま、それでも穏やかに笑っていた。

 

 最後まで隙のない兄の姿を見ながら、俺は歩き出す。

 

 勝てる場所を探すのではない。

 

 俺たちにしか進めない道を探すために。

 

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