王位争奪戦-ラスボス婚約者と共にネトリ戦記- 作:ボルメテウスさん
翌朝。
俺は応接室の扉を開けて、静かに閉じた。
「ヤマタ君?」
中からアーサーの声がした。
「何でもありません」
「今、絶対何か見た顔だったよね」
「見なかったことにしようと思いまして」
「入っておいでよ」
嫌だ。
そう言いたかったが、ここは俺の宮殿だ。
自分の応接室から逃げるのもおかしい。
仕方なく、もう一度扉を開ける。
朝日の差し込む室内。
長椅子にはウルティマが座っていた。
しかも、アーサーがいつも使っている場所に。
膝の上には菓子皿。
「おはよう、ヤマタ君」
「どうしているんですか?」
「遊びに来た」
「昨日もいましたよね?」
「今日も来ちゃ駄目なの?」
「せめて連絡してください」
「悪魔にそういう礼儀を求める?」
「王城に入るなら求めます!」
ウルティマは気にした様子もなく、菓子を一つ口へ放り込んだ。
その菓子には見覚えがある。
「それ、アーサーのでは?」
「うん」
「勝手に食べていいんですか」
「駄目だよ」
後ろからアーサーが入ってきた。
笑っている。
だが、ウルティマが取ろうとした最後の一個へ手を伸ばした。
ウルティマも同時だった。
二人の指が皿の上で止まる。
「それ、私の」
「まだ食べてないでしょ?」
「だから私の」
「早い者勝ちじゃない?」
「昔それで私のケーキ全部食べたよね」
「懐かしいね」
「三倍にして返させたけど」
「あれ、一個だけ変な味したよ」
「気のせいじゃない?」
「毒だったよね?」
「悪魔なら平気かと思って」
俺は二人を見る。
「どうしてそれで親友なんですか?」
二人が同時にこちらを向いた。
「面白いから」
声まで重なった。
「絶対に近づけてはいけない二人だった……」
結局、最後の菓子は半分に割られた。
ウルティマが片方。
アーサーがもう片方。
「仲良いですね」
「別に」
「普通だよ」
「否定の仕方まで息が合ってますよ」
俺が空いている椅子へ座ろうとすると、ウルティマが自分の隣を叩いた。
「ここ空いてるよ」
「そこへ行く理由がありません」
「昨日の続きしよう?」
「しません」
「今日は戦わないよ」
「その言葉を信用するには昨日が近すぎます」
「じゃあ観察だけ」
「もっと嫌です」
反対側へ移動しようとした。
「ヤマタ君」
今度はアーサーに呼ばれる。
彼女は長椅子の空いている側を指した。
「こっち」
「何でです?」
「婚約者だから?」
「語尾に疑問符をつけないでください」
仕方なく座る。
中央に俺。
右にウルティマ。
左にアーサー。
座ってから気づいた。
「……狭くないですか?」
「そう?」
ウルティマが顔を寄せてくる。
反射的に左へ逃げる。
今度はアーサーの肩に触れた。
「ヤマタ君」
「すみません」
「私は別にいいよ」
戻る。
またウルティマが近い。
「何ですか!」
「本当に反応が分かりやすいなって」
「観察を始めないでください!」
ウルティマは楽しそうに頬杖をついた。
「今日、一日一緒にいていい?」
「何のために?」
「君が何するか見たい」
「普通に仕事します」
「それを見たい」
「仕事を見るのは面白くありませんよ」
「君が失敗したり困ったりするかもしれない」
「期待する場所がおかしい!」
その時、左腕が軽く引かれた。
アーサーだった。
「ウルティマ」
「なに?」
「距離近くない?」
「アーサーに言われたくないなぁ」
「私は婚約者だから」
「へえ」
ウルティマの笑みが深くなる。
アーサーも笑っている。
なのに、二人の間だけ空気が妙に冷たい。
「えっと」
俺が口を挟む。
「喧嘩なら俺を挟まないでください」
「喧嘩じゃないよ?」
二人同時。
「それが一番怖いんですが!」
ウルティマが俺の右腕へ指を絡めた。
「ねえアーサー。ヤマタ君、少しくらいボクに貸してよ」
「貸し物じゃないよ」
アーサーの返答は早かった。
「そうですよ。俺は物じゃありません」
良かった。
まともな答えが返ってきた。
「でも、渡す気もないけど」
「結局どういう扱いなんですか!?」
ウルティマが笑う。
「欲張りだね、アーサー」
「昔から知ってるでしょ?」
「知ってる。気に入ったものは手元に置く」
「ウルティマだって同じじゃない」
「ボクは面白ければいいんだよ」
紫色の目が俺へ向く。
「だからヤマタ君、しばらくボクのところに来ない?」
「行きません」
「即答?」
「昨日、三分間追い回されたので」
「今日は追わないって」
「別のことをされそうです」
「鋭くなったね」
「あなたのせいです」
アーサーが小さく笑った。
「でもウルティマ」
「ん?」
「ヤマタ君、本当に嫌になると黙るよ」
俺は横を見る。
アーサーは俺ではなく、ウルティマを見ていた。
「逃げてる間は余裕がある。文句を言ってる間も大丈夫。でも、返事しなくなったら止めて」
声音は軽い。
いつもの笑顔も消えていない。
けれど、ウルティマは数秒だけ黙った。
「昔からそういうとこ細かいよね」
「長く一緒にいるからね」
「ふうん」
ウルティマが俺の腕から手を離した。
「じゃあ、そこまではしない」
「ありがとうございます?」
「どうして疑問形?」
「悪魔に配慮される状況がよく分からなくて」
それでも、さっきより少しだけ距離が空いた。
アーサーは何も言わず、茶を飲む。
ウルティマも普通に菓子へ手を伸ばした。
遠慮がない。
でも、線がどこにあるのかは互いに分かっている。
長く付き合った相手にしかできない距離だった。
「やっぱり仲良いですよね」
「違うよ」
「違うね」
「もういいです」
その後、本当に仕事へ移ろうとした。
だが。
「ヤマタ君」
「今度は何です?」
ウルティマが指を立てる。
「勝負しようよ」
「嫌です」
「まだ内容言ってない」
「あなたが言う勝負に安全なものがあるとは思えません」
「今回は安全」
「具体的には?」
「どっちが一番、君を面白い反応にできるか」
「どっち?」
嫌な予感がして、アーサーを見る。
彼女は笑っていた。
「いいね」
「受けないでください!」
「楽しそうじゃない?」
「俺が景品みたいになってます!」
「景品じゃないよ」
アーサーが立ち上がる。
「審査員?」
「さらに悪化しました!」
逃げようとした。
窓の外へ紫色の蝶が舞う。
「逃げるんだ?」
ウルティマの声。
「当然でしょう!」
扉へ向かう。
その前にアーサーが立った。
「ヤマタ君、逃げる時はいつも右側の扉を使うよね」
「どうして覚えてるんですか!」
「長い付き合いだから」
「それをこんな時に活用しないでください!」
反対へ走る。
窓際。
紫蝶が一匹、肩へ止まった。
「捕まえた」
振り払う。
「何ですか、これ!」
「目印」
「反則でしょう!」
「ルール決めてないよ?」
「だから嫌だったんです!」
庭へ飛び出す。
背後から二人の笑い声が聞こえる。
「右へ行くよ、アーサー」
「違うよ。ヤマタ君は追われると左へ曲がる」
「どっちですか俺は!」
自分でも分からなくなった。
左へ曲がる。
「ほら」
アーサーがいた。
「どうして!?」
「知ってるから」
引き返す。
ウルティマがいる。
「待ってたよ」
「挟まれた!」
正面。
アーサー。
背後。
ウルティマ。
勝てない。
昨日と同じだ。
だったら、正面から逃げ道を探すのをやめる。
「アーサー」
「なに?」
「さすがですね」
「急にどうしたの?」
「やっぱりウルティマより、俺のことを理解しています」
アーサーの眉が少し上がる。
ウルティマの笑みが止まった。
「へえ?」
効いた。
「でも」
今度はウルティマを見る。
「昨日の動きを読む速さは、ウルティマの方が上でした」
「ヤマタ君?」
「アーサーより予想外です」
「ふーん」
紫色の瞳が細くなる。
アーサーも笑った。
「今、私たちを煽ってる?」
「まさか」
「顔が下手だよ、ヤマタ君」
「でも面白いね」
ウルティマがアーサーへ向き直る。
「どっちがヤマタ君を理解してるか、やってみる?」
「いいよ」
「やらなくていいです!」
二人の視線が互いへ向いた。
今だ。
走る。
「逃げた!」
「ヤマタ君!」
庭園を抜け、廊下へ飛び込む。
扉を閉める。
鍵をかける。
「勝った……」
壁へ背を預ける。
息を整える。
静かだ。
追ってくる足音もない。
「本当に逃げ切った?」
恐る恐る窓から庭を見る。
アーサーとウルティマが芝生へ座っていた。
二人とも肩を震わせている。
「何で笑ってるんですか!」
窓を開けて叫ぶ。
ウルティマがこちらへ手を振った。
「だってさぁ、ボクたちを利用したよ!」
アーサーも口元を押さえている。
「成長したね、ヤマタ君」
「褒められている気がしません!」
「褒めてるよ」
「面白かったし」
二人は顔を見合わせる。
また同じ顔で笑った。
そこで気づいた。
二人を争わせたつもりだった。
だが、あの二人にとっては、それすら遊びの一部だったのではないか。
「……もしかして」
嫌な予感がする。
ウルティマが立ち上がった。
「明日も遊ぼうね」
「来なくていいです!」
アーサーも続く。
「今度は私がルールを決めるよ」
「アーサーまで!」
「今日負けたからね」
「何の勝敗ですか!?」
夕日に紫色の蝶が舞う。
二人の影が並んで伸びていた。
さっきまで俺を取り合っていたのに、今では並んで次の遊びを相談している。
「明日は隠れんぼにする?」
「ヤマタ君、隠れるの下手だよ」
「じゃあ追いかけっこ」
「昨日やった」
「だったら――」
「相談しないでください!」
二人がこちらを見る。
そして同時に笑った。
ああ。
完全に失敗した。
ウルティマから逃げるためにアーサーを使おうとした。
アーサーから逃げるためにウルティマを使った。
その結果。
悪友二人へ、共通の遊び相手として認識された気がする。
「二人とも帰ってください!」
「私はここに住んでるよ?」
「じゃあウルティマだけ!」
「酷いなぁ、ヤマタ君」
「明日も来るよ」
「来なくていいです!」
俺の声と二人の笑い声が、夕暮れの宮殿へ長く響いた。