※この作品はR-18です。

王位争奪戦-ラスボス婚約者と共にネトリ戦記-   作:ボルメテウスさん

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完璧な王子は、悪魔を見抜く

 アイダ兄上が俺の宮殿を訪れたのは、ウルティマが勝手に三日連続で遊びに来るようになった頃だった。

 

「今日は王位継承に関する話をしようと思ってね」

 

「分かりました」

 

「その前に」

 

 兄上の視線が、俺の後ろへ向く。

 

 応接室の長椅子。

 

 そこではアーサーとウルティマが、俺の菓子を勝手に食べていた。

 

「どうして俺の菓子なんですか」

 

「近くにあったから」

 

 ウルティマが答える。

 

「ヤマタ君の物は私の物でもあるから」

 

「アーサーまで何を言ってるんです?」

 

 アイダ兄上が小さく笑った。

 

「随分と賑やかになったね」

 

「望んだ結果ではないです」

 

「酷いなぁ」

 

 ウルティマが菓子を口へ放り込みながら立ち上がった。

 

「初めまして。ボクはウルティマ」

 

 少女らしい笑顔を浮かべる。

 

「アーサーの親友だよ」

 

「友人の範囲に悪魔まで含めるのはどうかと思うんですが」

 

「まだ言う?」

 

「事実でしょう」

 

 ウルティマは笑いながら、アイダ兄上へ右手を差し出した。

 

「よろしくね、第一王子様」

 

「こちらこそ」

 

 兄上も手を伸ばす。

 

 しかし。

 

 指先が触れる直前で止まった。

 

「兄上?」

 

 笑顔は崩れていない。

 

 けれど、兄上の目だけが変わっていた。

 

 相手の顔ではなく、その奥を見るような視線。

 

「一つ、確認してもいいかな」

 

「なに?」

 

 ウルティマが首を傾げる。

 

「君は、人ではないね」

 

 応接室から音が消えた。

 

 茶器から上がる湯気だけが、二人の間をゆっくり通り過ぎる。

 

「……兄上?」

 

 俺が呼ぶ。

 

 ウルティマの笑顔が、一瞬だけ消えた。

 

 次には、もっと深い笑みに変わった。

 

「あはっ」

 

 小さな笑い声。

 

「すごいね」

 

 差し出していた手を引く。

 

「どうして分かったの?」

 

「姿も魔力もよく隠している」

 

 兄上は穏やかに答えた。

 

「だが、呼吸に合わせて揺れる魔力と、その内側にあるものが一致していない」

 

「そこまで見るんだ」

 

「王族として、危険な相手を見分ける訓練は受けているからね」

 

 ウルティマがアーサーを見る。

 

「聞いてたより面白いじゃん」

 

「私は最初から優秀だって言ってたよ」

 

「でも、ここまでとは思わなかった」

 

「俺は何の話をされてたんです?」

 

 二人とも答えない。

 

 ウルティマは再び兄上を見ると、指先を軽く鳴らした。

 

 空気が沈んだ。

 

 窓が細かく震える。

 

 床に置かれていた茶器が、かた、と音を立てた。

 

 紫黒の魔力がウルティマの身体から滲み出す。

 

 昨日までの遊びで見せていたものとは違う。

 

 ほんの少し。

 

 それだけのはずなのに、呼吸をするたび胸の奥へ重いものが落ちてくる。

 

「ウルティマ」

 

 アーサーが名前を呼ぶ。

 

「分かってるよ」

 

「何がです?」

 

「壊さないってこと」

 

「そこから確認が必要なんですか!?」

 

 俺が声を上げた瞬間。

 

 アイダ兄上が一歩前へ出た。

 

 俺の前。

 

 アーサーの前。

 

 剣を抜く。

 

 金色の光が刀身を走った。

 

「ヤマタ」

 

「はい」

 

「下がっていなさい」

 

「でも」

 

「大丈夫だ」

 

 短い言葉だった。

 

 視線はウルティマから外れていない。

 

「ヤマタの客人なら尊重する」

 

 剣先がわずかに上がる。

 

「だが、弟へ害意を向けるなら話は別だ」

 

 ウルティマの目が細くなる。

 

「自分じゃなくて、最初にヤマタ君を守るんだ」

 

「兄だからね」

 

「へえ」

 

 楽しそうな声だった。

 

 その指先に紫色の球体が生まれる。

 

「じゃあ、一個だけ」

 

「待ってください!」

 

「死なないよ」

 

「その言葉、昨日も聞きました!」

 

 紫の光弾が放たれた。

 

 兄上は避けなかった。

 

 左手を上げる。

 

 金色の光が竜翼のように広がり、光弾を包み込んだ。

 

 触れた場所から紫色が侵食していく。

 

「普通の障壁なら食べられるよ?」

 

「そうだろうね」

 

 兄上が剣を振る。

 

 一閃。

 

 障壁ごと切ったのではない。

 

 紫の光弾を構成していた魔力の線だけが断ち切られた。

 

 毒の光が霧となり、消える。

 

「……へえ」

 

 ウルティマの声が少し低くなる。

 

 次の瞬間、姿が消えた。

 

「兄上!」

 

 背後。

 

 そう思った時には、もうウルティマがいた。

 

 兄上の首へ指先を伸ばしている。

 

 けれど。

 

 金色の剣先が、すでにウルティマの喉元へ止まっていた。

 

 兄上は振り返っていない。

 

「嘘」

 

「位置を読む必要はない」

 

 兄上が静かに言う。

 

「相手がどこを狙うか分かればいい」

 

 ウルティマの指先は、兄上の首から数センチ。

 

 兄上の剣先も、彼女の喉から数センチ。

 

 二人とも動かない。

 

 なのに。

 

 二人とも笑っている。

 

「そこまで」

 

 アーサーが手を叩いた。

 

「私の婚約者の応接室で殺し合いはなし」

 

「俺の応接室です!」

 

「細かいことはいいじゃない」

 

「よくありません!」

 

 ウルティマが手を引く。

 

 兄上も剣を収めた。

 

 紫の魔力が消え、窓の震えも止まる。

 

 何事もなかったように午後の日差しが戻ってきた。

 

「やっぱりすごいね」

 

 ウルティマが長椅子へ戻る。

 

「強い。頭もいい。判断も速い。それにボクを見抜いた」

 

 アイダ兄上は剣を腰へ戻した。

 

「褒め言葉として受け取っておこう」

 

「うん。褒めてる」

 

 ウルティマは足を組む。

 

「本当に完成品だね」

 

 以前、俺にも言っていた言葉だ。

 

 兄上は少しだけ眉を上げた。

 

「完成品?」

 

「王様としてほとんど欠点がないってこと」

 

「それは買い被りだよ」

 

「そう言えるところも含めて」

 

「ウルティマ」

 

 アーサーが笑う。

 

「だから言ったでしょ。面白くないくらい優秀だって」

 

「うん」

 

 ウルティマは頷いた。

 

「だから、ボクはヤマタ君の方が好き」

 

「どうしてそこで俺が出るんですか」

 

 思わず口を挟む。

 

「兄上と比較して決めないでください!」

 

「だって違いすぎるんだもん」

 

「それは認めますけど!」

 

 兄上が俺を見る。

 

 次に、アーサー。

 

 ウルティマ。

 

 そして、もう一度俺へ。

 

「ヤマタ」

 

「はい?」

 

「君は本当に、不思議な人間を集めるね」

 

「俺が集めているわけではありません」

 

「アーサー殿下」

 

 兄上が指を折る。

 

「百殿。リンカ殿。ココ殿。ララ殿」

 

「数えなくていいです」

 

「そして今度は悪魔か」

 

「さらに嫌な言い方になりましたね!」

 

 ウルティマが楽しそうに笑う。

 

「ね? 面白いでしょ」

 

「君が言うことではないよ」

 

 兄上の声にも僅かな笑いが混じる。

 

「でも、事実ではある」

 

「俺は普通に生きたいだけなんですが」

 

「君の『普通』は少し見直した方がいいかもしれないね」

 

「兄上まで……」

 

 兄上は近くの椅子へ座った。

 

 先ほどの戦闘で少しずれた茶器を自分で並べ直す。

 

「私の周囲に人が集まる理由は説明できる」

 

 茶を一口。

 

「第一王子だから。王位継承順位が高いから。領地を持ち、軍を持ち、実績があるから」

 

「兄上の人柄もあるでしょう」

 

「ありがとう」

 

 兄上は素直に受け取った。

 

「だが、君の場合は少し違う」

 

「何がです?」

 

「理由が説明しづらい」

 

 俺は黙った。

 

「アーサー殿下ほどの人物が君の隣へ立つ」

 

 兄上の目がアーサーへ向く。

 

 アーサーは茶を飲みながら、薄く笑っている。

 

「帝国の将軍が命を預ける。暗殺者が残る。商人が協力する。王女が婚約を捨てて君を選ぼうとしている」

 

「ララさんはまだ最終協議中です」

 

「そこを訂正するんだ」

 

 ウルティマが吹き出した。

 

「そして」

 

 兄上が彼女を見る。

 

「君ほどの悪魔まで、ヤマタの近くへいる」

 

「アーサーがいるからでもあるよ」

 

「それだけかい?」

 

 ウルティマが口を閉じる。

 

 数秒。

 

 指先で茶器の縁をなぞる。

 

「……半分くらい」

 

「残りは?」

 

「ヤマタ君が面白いから」

 

「だそうだ」

 

「俺に聞かないでください」

 

 兄上は笑った。

 

「私なら、人を集めるために理由を作る」

 

「理由?」

 

「役割。利益。目標。責任。それを示して、一緒に進んでもらう」

 

 机の上へ指を置く。

 

「君は、それをほとんどしていない」

 

「褒められている感じがしません」

 

「褒めているよ」

 

 兄上の視線が真っ直ぐ向く。

 

「普通なら同じ場所に立たない者たちが、君の周囲では同じ卓へ着く」

 

 ウルティマが俺の菓子を取り。

 

 アーサーがその半分を奪った。

 

「今もそうですね」

 

「そこは例外にしてください」

 

「私は、君のその力が何になるのか楽しみにしている」

 

 兄上は静かに笑う。

 

「王としての能力なのか。それとも、君個人だけが持つものなのか」

 

「俺にも分かりません」

 

「今はそれでいい」

 

 兄上は立ち上がる。

 

「私にはないものなら、なおさら知りたい」

 

「兄上にないものなんてあるんですか」

 

「あるよ」

 

 即答だった。

 

「だから競争する意味がある」

 

 窓から差す午後の光が長く伸びる。

 

 床の上に四人分の影が落ちていた。

 

 兄上。

 

 アーサー。

 

 ウルティマ。

 

 そして俺。

 

 形も大きさも違う影が、同じ場所で重なっている。

 

「次は誰を連れてくるのか、楽しみにしているよ」

 

「連れてきません!」

 

「どうかな」

 

「兄上!」

 

 笑いながら、兄上は扉へ向かう。

 

 その背中へウルティマが声を投げた。

 

「アイダ」

 

 兄上が振り返る。

 

「なにかな?」

 

「君も面白いよ」

 

「光栄だね」

 

「でも、壊れるところはもっと面白そう」

 

「試すなよ、ウルティマ」

 

 アーサーの声が一段低くなった。

 

「冗談だよ」

 

「今、一瞬考えたでしょ」

 

「ちょっとだけ」

 

「やめて」

 

「親友って厳しいね」

 

「あなたの場合は必要なんです!」

 

 俺まで声を上げる。

 

 アイダ兄上はそんな三人を見渡し、肩を揺らした。

 

「ヤマタ」

 

「はい」

 

「大変そうだね」

 

「分かってくれるなら助けてください!」

 

「それは君自身の力を測る機会を奪ってしまう」

 

「ここだけ競争相手になるんですか!?」

 

 兄上は笑ったまま部屋を出ていった。

 

 扉が閉まる。

 

 静かになる。

 

 数秒後。

 

 ウルティマが俺を見る。

 

「いいお兄ちゃんだね」

 

「はい」

 

「強いし」

 

「はい」

 

「格好いいし」

 

「はい」

 

「ヤマタ君とは全然違う」

 

「最後はいりません!」

 

 アーサーが笑い始める。

 

 ウルティマも笑う。

 

 俺は椅子へ座り、残っていた茶を飲んだ。

 

 冷めていた。

 

 けれど。

 

 兄上に「自分にはない」と言われた言葉だけが、妙に胸の奥へ残っている。

 

 何なのか、まだ分からない。

 

 分からないままでも。

 

 兄上が楽しみにしているというなら。

 

 いつか、自分の言葉で答えられるようになりたいと思った。

 

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