※この作品はR-18です。

王位争奪戦-ラスボス婚約者と共にネトリ戦記-   作:ボルメテウスさん

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悪魔は、第五王子の何を見ている?

 翌朝。

 

 俺が執務室へ入ると、窓際にウルティマがいた。

 

「……何してるんですか?」

 

「観察」

 

「帰ってください」

 

「まだ何もしてないよ?」

 

「観察すると宣言してる時点で嫌です」

 

 ウルティマは窓枠へ腰を掛けたまま、菓子を一つ口へ放り込む。

 

 昨日、アイダ兄上は言った。

 

 俺の周りには、本来なら同じ場所に立たない者たちが集まっている、と。

 

 そしてウルティマは、それを聞いた瞬間から妙に静かだった。

 

 静かな悪魔というのは、騒がしい悪魔より怖い。

 

「アイダが言ってたこと、本当なのかなって」

 

「何がです?」

 

「君が人を引き寄せるって話」

 

「兄上が買い被っているだけです」

 

「だから確かめるの」

 

「どうやって?」

 

 ウルティマが笑う。

 

「普通に見る」

 

「それなら何もしないでくださいね」

 

「善処する」

 

「今の返事、一番信用できません」

 

 そんな会話をしている間にも、公務は始まった。

 

 最初に飛び込んできたのは、若い役人だった。

 

「殿下! 申し訳ありません!」

 

 両手いっぱいの書類を抱え、そのうち半分を床へ落とす。

 

「あ」

 

「あ……」

 

 二人で床を見る。

 

 役人の顔から色が消えた。

 

「昨日提出予定だった倉庫改修の見積書を、別の部署へ送ってしまって……」

 

「それで?」

 

「工事の開始が二日遅れます」

 

 俺は落ちた書類を一枚拾う。

 

「取り戻せます?」

 

「今日中に再提出すれば、三日目には工程を戻せます」

 

「なら、そうしましょう」

 

「……処分は?」

 

「必要ですか?」

 

 役人が目を瞬く。

 

「同じ間違いを繰り返すなら考えます。でも今回は、原因が分かってるんでしょう?」

 

「確認欄を一人で処理していました」

 

「じゃあ次は?」

 

「二重確認にします」

 

「それでお願いします」

 

 書類を渡す。

 

「あと、全部拾ってから行ってください」

 

「はい!」

 

 役人は慌てて床へ膝をついた。

 

 俺も残りの紙を拾う。

 

 その横から、ウルティマが覗き込んできた。

 

「怒らないんだ」

 

「怒って工事が早くなるなら怒ります」

 

「王子なのに一緒に拾うんだ」

 

「俺が踏んだら余計に面倒でしょう」

 

「ふうん」

 

 ウルティマはそれ以上言わなかった。

 

 ただ、食べようとしていた菓子を持った手が止まっていた。

 

 昼前には市場へ出た。

 

 今度は商店街の店主たちから、税率ではなく荷車の通行時間について相談された。

 

「朝の荷車が増えすぎて、店を開けられないんです」

 

「時間をずらせば?」

 

「運送業者は夜明け前から動きたいと」

 

 俺は隣の役人を見る。

 

「どう思います?」

 

「午前を二つに分けるのが良いかと。食品と日用品を先、建材を後へ」

 

「店主さんは?」

 

「それなら助かります」

 

「運送組合にも聞いてみましょう」

 

 店主が笑った。

 

「殿下が決めてくだされば早いのに」

 

「俺が荷車を引くわけじゃありませんから」

 

 ウルティマが横で吹き出した。

 

「なに?」

 

「いえ」

 

「絶対笑いましたよね」

 

「ちょっとだけ」

 

 夕方には訓練場へ回った。

 

 百さんが兵士たちの訓練を見ている。

 

「ヤマタ」

 

「お疲れさまです」

 

 百さんの視線が俺の後ろへ移る。

 

「なぜ悪魔がいる」

 

「観察だそうです」

 

「追い出すか?」

 

「聞こえてるよ?」

 

 ウルティマが手を振る。

 

 百さんは無言で剣の柄へ手を置いた。

 

「大丈夫です!」

 

 慌てて間に入る。

 

「今日は何もしてません!」

 

「今日は、か」

 

「そこを拾わないでください」

 

 訓練を見終え、日が沈みかけた頃。

 

 ウルティマが庭園のベンチへ腰を下ろした。

 

「ねえ、ヤマタ君」

 

「何です?」

 

「君って、誰かを従わせようとしないんだね」

 

「従わせる必要があります?」

 

 ウルティマの口が止まった。

 

「必要なら頼みますけど」

 

「命令できるじゃん」

 

「王子なのでできますね」

 

「じゃあ、なんでしないの?」

 

「自分より詳しい人がいるなら、その人に聞いた方が早いでしょう」

 

 風が庭園を抜ける。

 

 紫色の蝶が一匹、ウルティマの指先へ止まった。

 

「……へえ」

 

「何です?」

 

「別に」

 

 それで終わると思った。

 

 翌日までは。

 

 昼食の後、リンカが俺の部屋へ入ってきた。

 

「ヤマタ」

 

「はい」

 

「悪魔を止めて」

 

「何をしたんです?」

 

「引き抜き」

 

「……はい?」

 

 嫌な予感しかしない。

 

 庭園へ走る。

 

 そこには、ウルティマ。

 

 百さん。

 

 リンカ。

 

 ココさん。

 

 そしてアーサーがいた。

 

「何してるんですか!」

 

「実験」

 

「やっぱり何かした!」

 

 ウルティマは机の上に紙を並べている。

 

「百には帝国より高い地位」

 

「断った」

 

「リンカには今の三倍の報酬」

 

「断った」

 

「ココには税制優遇と独占交易権」

 

「条件としては魅力的ね」

 

 ココさんが笑う。

 

「でも断ったわ」

 

「アーサーには――」

 

「言わなくていいよ」

 

 アーサーが先に遮った。

 

「どうせ『ヤマタ君より優秀な王子はいくらでもいる』でしょ」

 

「うん」

 

「それで?」

 

「笑われた」

 

「当然です」

 

 俺は机を叩いた。

 

「勝手に人を試さないでください!」

 

「でも面白かったよ?」

 

「面白いかどうかの話ではありません!」

 

 百さんが腕を組む。

 

「私は地位でここにいるわけではない」

 

 リンカも淡々と続ける。

 

「報酬なら、もっと高い仕事はある」

 

 ココさんは紙を一枚摘まむ。

 

「私は利益も見るけど、利益だけならヤマタ君を選ばないわね」

 

「そこは少し傷つきます」

 

「褒めてるのよ」

 

「どう聞けば?」

 

 アーサーが笑う。

 

「私は最初から条件の話じゃないしね」

 

 ウルティマは机へ頬杖をつく。

 

「だから困ってる」

 

「何がです?」

 

「理由が全部違う」

 

 紙を一枚ずつ指す。

 

「百は責任。リンカは恩と居心地。ココは将来性。アーサーは……まあ色々」

 

「色々でまとめないでよ」

 

「でも全員残る」

 

 ウルティマは紙から俺へ視線を移した。

 

「君が強いからじゃない」

 

「はい」

 

「頭が一番いいからでもない」

 

「はい」

 

「一番お金をくれるからでもない」

 

「分かっていますから、続けないでください」

 

「なのに残るんだよね」

 

 夕日が庭園を赤く染める。

 

 風が吹き、机の上の紙が一枚飛んだ。

 

 続いて二枚、三枚。

 

 そこに書かれた理由は全部違う。

 

 同じ言葉は一つもない。

 

 ウルティマがそれを目で追う。

 

「アイダの言ってた意味、ちょっと分かったかも」

 

「何がです?」

 

「君は人を集めてない」

 

「ずっとそう言ってます」

 

「うん。勝手に残ってる」

 

「その言い方もどうなんですか」

 

「でもさ」

 

 ウルティマが笑う。

 

「君、誰かが離れようとしたら止める?」

 

 考える。

 

「理由によります」

 

「自分のためなら?」

 

「本人が行きたいなら、止めません」

 

「自分が困っても?」

 

「困りますけど」

 

「それでも?」

 

「俺が困るから残れとは言えません」

 

 ウルティマの目が細くなる。

 

 紫の蝶が、夕日の中を横切った。

 

「そこかもね」

 

「何がです?」

 

「まだ秘密」

 

「ここまで勝手に調べて秘密なんですか!」

 

「もうちょっと見たいから」

 

「見なくていいです!」

 

 俺が怒鳴ると、ウルティマは一瞬だけ黙った。

 

 それから。

 

「あはっ」

 

 楽しそうに笑う。

 

「そうやって怒れるところも答えかも」

 

「人を勝手に試したから怒ってるんです!」

 

「自分が試された時より怒ってる」

 

 言葉が止まった。

 

 昨日。

 

 ウルティマに追い回された時、俺はここまで声を荒げていない。

 

 今は。

 

 百さんも。

 

 リンカも。

 

 ココさんも。

 

 アーサーも。

 

 本人たちは平然としているのに、俺だけが腹を立てている。

 

「……もうやらないでください」

 

「善処する」

 

「禁止です」

 

「分かった」

 

 今回は、返事が早かった。

 

 ウルティマは散らばった紙を拾い始める。

 

 アーサーも一枚拾い、彼女へ渡した。

 

「少し分かった?」

 

「うん」

 

「何が?」

 

「アーサーがここにいる理由」

 

 アーサーの笑みが僅かに深くなる。

 

「それは教えない」

 

「知ってるけどね」

 

「なら聞かないでよ」

 

 二人が笑う。

 

 俺は空を見上げた。

 

 夕日はもう半分、城壁の向こうへ沈んでいる。

 

 違う理由で集まった人たち。

 

 違う場所から来た人たち。

 

 俺には、その全部を一つの言葉へまとめることはできない。

 

 たぶん、まとめなくてもいい。

 

「ヤマタ君」

 

「何です?」

 

「明日も観察していい?」

 

「駄目です」

 

「即答だ」

 

「今日は十分でしょう!」

 

 ウルティマの笑い声が、夕暮れの庭園へ広がった。

 

 その少し向こうで、百さんが飛んだ紙を拾い。

 

 リンカが無言で一枚踏み止め。

 

 ココさんが内容を読んで笑い。

 

 アーサーが俺の隣へ戻ってくる。

 

 誰も同じ理由ではない。

 

 それでも。

 

 帰ろうとする人は、一人もいなかった。

 

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