※この作品はR-18です。

王位争奪戦-ラスボス婚約者と共にネトリ戦記-   作:ボルメテウスさん

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王様の後ろには、黒幕がいる

# 王様の後ろには、黒幕がいる

 

 王になった。

 

 そう決まってから、半日。

 

 俺は自室の机に積まれた書類を見ていた。

 

 正確には。

 

 見ているだけだった。

 

「……多くない?」

 

 誰に言うでもなく呟く。

 

 机の右側には、戴冠式について。

 

 左側には、諸侯への挨拶。

 

 その奥には国家予算。

 

 外交日程。

 

 軍の人事。

 

 王都の整備計画。

 

 そして一番上。

 

『次代国王としての初回施政方針』

 

「知らないよ、こんなの……」

 

 紙を持ち上げる。

 

 読む。

 

 戻す。

 

 もう一度読む。

 

 内容は変わっていない。

 

 当然だ。

 

 紙は勝手に優しくならない。

 

 窓の外では、夕日が王都の屋根を赤く染めていた。

 

 市場へ続く大通り。

 

 遠くの塔。

 

 城壁。

 

 そこを行き交う人たちは、今日から俺が守る国の人間ということになる。

 

「……俺が、この国の王か」

 

 声にすると、やっぱり変な感じがする。

 

 つい昨日まで。

 

 王になりたくない。

 

 面倒だ。

 

 兄上がやればいい。

 

 そう思っていた。

 

 今でも、面倒なのは変わらない。

 

 ただ。

 

 もう逃げるつもりはない。

 

 問題は。

 

「間違えたら、どうするんだろうな」

 

 紙を机へ置く。

 

 一枚の書類。

 

 一つの署名。

 

 それだけで、何百人、何千人の生活が変わる。

 

 アイダ兄上なら迷わない。

 

 必要な情報を集め。

 

 最善を選び。

 

 自分で責任を取る。

 

 俺は?

 

 分からなかったら聞く。

 

 できなければ任せる。

 

 父上の前ではそう言った。

 

 でも。

 

 その最後に判断するのは俺だ。

 

 間違えた時、「みんなで決めました」なんて逃げ方だけはしたくない。

 

「王って、やっぱり重いな……」

 

「そう?」

 

「うわっ!?」

 

 背後から声がして、肩が跳ねた。

 

 振り返る。

 

 ソファの背もたれ越しに、アーサーがこちらを覗き込んでいた。

 

「いつからいたんです?」

 

「少し前から」

 

「声かけてくださいよ!」

 

「考え込んでたから」

 

「勝手に部屋へ入るのもやめてください」

 

「婚約者なのに?」

 

「婚約者でもです!」

 

 アーサーは笑いながら俺の机へ近づく。

 

 書類の束を眺め。

 

 一枚取る。

 

 もう一枚。

 

 次々と並べ替えていく。

 

「これは後」

 

「え?」

 

「こっちは今日確認」

 

「あ」

 

「これは財務官に戻して再計算」

 

「ちょっと待ってください」

 

「これはアイダ殿下に意見を聞いた方が早い」

 

「アーサー?」

 

「これは私が見る」

 

「勝手に仕事を始めないでください!」

 

 気づけば。

 

 俺が十分近く眺めていただけの書類が、三十秒ほどで四つの山に分けられていた。

 

「……何ですか、それ」

 

「優先順位」

 

「俺がずっと悩んでいた意味は?」

 

「考えることも大事だよ」

 

「絶対慰めてませんよね?」

 

「少しは」

 

 アーサーは俺の椅子の背へ手を置いた。

 

「それで?」

 

「何がです?」

 

「さっきから何をそんな難しい顔で考えてるの?」

 

「聞いてたでしょう」

 

「独り言は聞いた」

 

「なら分かってるじゃないですか」

 

「ヤマタ君の口から聞きたい」

 

 こういうところ。

 

 本当にずるい。

 

 誤魔化しても、多分逃がしてくれない。

 

「……俺で大丈夫なのかなって」

 

 窓を見る。

 

 夕日は少し沈んでいた。

 

「王になるって言いました」

 

「うん」

 

「逃げないとも言いました」

 

「うん」

 

「でも、言ったから急に何でもできるようになるわけじゃないでしょう」

 

「ならないね」

 

「即答……」

 

「だってヤマタ君だし」

 

「どういう意味です?」

 

「そのままの意味」

 

 アーサーが窓枠へ腰を預ける。

 

「王になった翌日に急にアイダ殿下みたいになったら、そっちの方が怖いよ」

 

「それはそうですけど」

 

「剣術が急に達人級になる?」

 

「なりません」

 

「国家予算を全部暗記できる?」

 

「無理です」

 

「外交官全員の経歴を覚える?」

 

「もっと無理です」

 

「じゃあ、今まで通りでいいじゃない」

 

「それで国王が務まるかを考えてるんです」

 

 アーサーは少しだけ目を細めた。

 

「務まらないよ」

 

「……はい?」

 

 聞き間違えたかと思った。

 

「ヤマタ君一人じゃ」

 

「そこまで言います?」

 

「事実でしょ?」

 

 痛い。

 

 でも。

 

 反論できない。

 

「だから安心して」

 

 アーサーが笑う。

 

「表ではヤマタ君が王をやればいい」

 

「はい」

 

「裏から私がちゃんと操るから」

 

「…………」

 

 一秒。

 

 二秒。

 

「それ、黒幕の台詞ですよね!?」

 

「そう?」

 

「そうですよ!」

 

「でも安心したでしょ?」

 

「別方向の恐怖が増えました!」

 

 アーサーは楽しそうに笑う。

 

「新王ヤマタ」

 

「嫌な呼び方ですね」

 

「その背後で糸を引く謎の婚約者」

 

「謎でも何でもありません」

 

「実質的に国を支配する影の女王」

 

「やめてください!」

 

 完全に悪役だ。

 

 しかも本人が楽しんでいる。

 

「いいじゃない。表はヤマタ君」

 

「はい」

 

「裏は私」

 

「嫌な予感しかしません」

 

「完璧でしょ?」

 

「何が完璧なんですか!」

 

 思わず額へ手を当てる。

 

 けれど。

 

 口元が少し緩んだ。

 

 さっきまで。

 

 机の上の紙が、全部俺一人へ向かって積み上がっているように見えていた。

 

 今は。

 

 アーサーが勝手に分けた四つの山。

 

『俺が見るもの』

 

『誰かへ聞くもの』

 

『戻すもの』

 

『アーサーが持っていったもの』

 

 少しだけ。

 

 机が広くなった。

 

「……アーサー」

 

「なに?」

 

「一つお願いがあります」

 

「珍しいね」

 

「俺が間違えたら、止めてください」

 

 アーサーの笑みが止まった。

 

 ほんの少しだけ。

 

「遠慮なく?」

 

「遠慮なく」

 

「人前でも?」

 

「できれば、人前では少し遠慮してください」

 

「じゃあ駄目」

 

「そこは交渉しましょう!」

 

「冗談」

 

 アーサーが一枚の書類を机へ戻す。

 

「もちろん止めるよ」

 

「……ありがとうございます」

 

「でも」

 

 指がこちらへ向く。

 

「私が間違えたら、ヤマタ君が止めてね」

 

「俺が?」

 

「うん」

 

「アーサーを?」

 

「何、その絶望的な顔」

 

「難易度が高いので」

 

「王様なんだから頑張って」

 

「こういう時だけ王権を使わないでください」

 

「でも大事だよ」

 

 声の調子が少しだけ変わった。

 

「私がいつも正しいとは限らない」

 

 アーサーが窓の外を見る。

 

「面白いと思った方へ行きすぎる時もあるし」

 

「自覚あったんですね」

 

「失礼だなぁ」

 

「ウルティマと友達な時点で説得力があります」

 

「それは関係ないよ」

 

「絶対あります」

 

 笑い合う。

 

 外は夕方から夜へ変わり始めていた。

 

 王都の灯りが、一つずつ増えていく。

 

「だから」

 

 アーサーが言う。

 

「ヤマタ君が前」

 

「はい」

 

「私は後ろ」

 

 少し考える。

 

「それ、嫌です」

 

「え?」

 

 アーサーが珍しく目を瞬いた。

 

「後ろから操られるのは嫌です」

 

「じゃあ横から操る?」

 

「操るのは確定なんですか?」

 

 椅子から立つ。

 

 窓辺へ向かう。

 

 アーサーは俺の一歩後ろへ立った。

 

 だから。

 

「そこじゃなくて」

 

「ん?」

 

 隣を指す。

 

「こっちでしょう」

 

 アーサーが一瞬だけ黙った。

 

 それから。

 

 何事もなかったように隣へ並ぶ。

 

「王様命令?」

 

「違います」

 

「じゃあ婚約者命令?」

 

「お願いです」

 

「それなら聞いてあげる」

 

 肩が少し触れる。

 

 窓の外には、数え切れない灯り。

 

 さっきまでは全部、自分が背負うものに見えていた。

 

 でも。

 

 違う。

 

 あそこには。

 

 自分で働く人がいて。

 

 決める人がいて。

 

 助ける人がいる。

 

 俺が全部やる必要はない。

 

 ただ。

 

 最後に逃げなければいい。

 

「まだ怖い?」

 

 アーサーが聞く。

 

「怖いですよ」

 

「そっか」

 

「でも」

 

 隣を見る。

 

「さっきよりはマシです」

 

「私のおかげ?」

 

「それを自分で言わなければ、もっと格好良かったんですが」

 

「残念」

 

 アーサーが笑う。

 

「じゃあ、表の王様」

 

「はい?」

 

「明日から頑張ろうか」

 

「……はい」

 

「私は裏で好き放題するから」

 

「やっぱり黒幕じゃないですか!」

 

 笑い声が部屋へ響く。

 

 机には書類。

 

 明日になれば、きっともっと増える。

 

 失敗もするだろう。

 

 間違えることもある。

 

 そのたびに。

 

 隣にいる誰かへ聞けばいい。

 

「ところでアーサー」

 

「なに?」

 

「さっき持っていった書類、何です?」

 

「国家予算」

 

「一番重要なやつじゃないですか!」

 

「大丈夫。私がいい感じにしておくから」

 

「返してください!」

 

「嫌」

 

「黒幕!」

 

 王になった初日の夜。

 

 俺は婚約者から国家予算の書類を取り戻すため、部屋中を追いかけ回すことになった。

 

 少なくとも。

 

 王様という仕事が、少しだけ退屈しないものになったことだけは確かだった。

 




ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。

 『王位争奪戦』は、最初こそ「王になりたくない末弟が、婚約者に引っ張られながら王位争いへ参加する」という、少し軽いところから始まった物語でした。

 ヤマタ自身は、決して最初から王に向いていたわけではありません。

 兄であるアイダのように、何でも一人でこなせるわけでもない。

 戦えば自分より強い相手はいくらでもいる。

 政治も商売も、自分より得意な人間がいる。

 むしろ物語の最後まで、ヤマタは「自分一人ではできない」という部分を失いませんでした。

 ただ、その代わりに彼は、誰かの力を素直に借りることができました。

本当にここまで、応援、ありがとうございます。
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