※この作品はR-18です。

王位争奪戦-ラスボス婚約者と共にネトリ戦記-   作:ボルメテウスさん

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暗殺者の夜

夜が深くなるにつれて、王城の気配はゆっくりと薄れていった。

昼間はあれほど人の気配に満ちていた廊下も、今は遠くで衛兵が巡回する足音を残すだけで、窓の外から差し込む月明かりが部屋の床を白く切り取っている。

 

俺は寝台の脇にしゃがみ込み、息を潜めたまま、薄い掛け布の盛り上がりを見つめていた。

そこに横たわっているのは俺本人ではなく、毛布と衣服でそれらしく形を整えた人形だ。

 

「うわぁ、マジかよ……」

 

思わず小さく漏れた声は、我ながら情けないほど乾いていた。

忠告されたその日の夜に本当に来るとは思っていなかった、とは言わない。

ただ、思っていたよりずっと早いし、思っていたよりずっと心臓に悪い。

 

俺の隣、同じように寝台の下へ身を隠しているアーサーが、肩を震わせるように笑った。

こんな状況でも面白がれるのは、この人くらいだろう。

 

「おぉ、思ったよりも早く来たねぇ」

 

囁く声はやけに弾んでいて、暗殺者を待ち伏せしているというより、芝居の幕が上がるのを待っている観客みたいだった。

俺は呆れ半分で横を見るが、薄闇の中でも青い瞳だけは妙に楽しそうに光っている。

 

その時だった。

窓ガラスが鋭く割れる音が、静まり返った部屋を一気に引き裂いた。

 

月光を背にした影が、迷いのない動きで室内へ滑り込んでくる。

小柄だ。

身軽で、無駄がなくて、躊躇もない。

着地と同時に寝台へ向いたその姿を見た瞬間、ぞくりと背筋が冷えた。

 

かなり距離が離れている。

飛び出したところで間に合わない。

そう頭では分かっていても、身体の方は勝手に力む。

 

「どうするの、これじゃ身動き取れないと思うけど」

 

半ば文句のつもりで囁くと、アーサーはまるで心配していない声音で返した。

 

「あぁ、大丈夫大丈夫っと」

 

その軽さに一瞬だけ腹が立ったが、次の瞬間、部屋の外から怒号が響いた。

 

「動くな!」

「囲め!」

 

重い足音が一斉に廊下を踏み鳴らし、扉が勢いよく開かれる。

潜ませていた衛兵たちが雪崩れ込むと、侵入者は一瞬だけ身体を翻し、逃げ道を探るように視線を走らせた。

だが、窓も扉もすでに塞がれている。

短い沈黙のあと、その影は観念したように武器を落とした。

 

数時間後。

騒ぎは表向きには抑え込まれ、俺たちは別室でその暗殺者と向き合っていた。

 

連れてこられたのは、少女だった。

 

年は俺たちより少し下か、あるいは同じくらいかもしれない。

短く整えられた髪の下で、鋭い目だけが妙に冷えている。

手首には拘束具がはめられていたが、泣き叫ぶでも喚くでもなく、ただ黙ってこちらを見返していた。

 

「彼女が暗殺者なのか」

 

そう口にすると、アーサーは椅子の背に身を預けたまま、面白そうに片目を細めた。

 

「そうだねぇ。……ふぅん」

 

そのまま少女を眺めていたかと思うと、ふいに唇の端を上げる。

 

「君、ズヌイの所にいたよね」

 

その一言で、少女の肩がわずかに揺れた。

本当にほんの少しだけだったが、今まで微動だにしなかった分、その動揺はむしろはっきり見えた。

 

「っ……」

 

否定は返ってこない。

代わりに伏せられた睫毛が、灯りの下に細い影を落とす。

 

アーサーは頬杖をついたまま、残酷なくらい明るい声で続けた。

 

「まぁ、暗殺に失敗した以上は、あの性格だから見捨てられるだろうね」

 

その言葉は、刃物より静かに刺さった。

 

少女は顔を上げなかった。

それでも、握られた拳だけが小さく震えている。

反論しないのではなく、反論できないのだと、それで分かった。

 

ズヌイ兄さんならやる。

命じたことすら知らないふりをして、切り捨てる。

それが一番得だと判断したなら、きっと迷いもしない。

 

「それは……」

 

思わず言葉が漏れたが、その先が続かなかった。

気の利いた慰めなんて浮かばないし、浅い同情でどうにかなる顔でもなかった。

 

少し迷ってから、俺は少女へ視線を合わせる。

 

「……えっと、君、名前は」

 

間を置いて、低い声が返ってきた。

 

「……リンカ」

 

短い返答だった。

それでも、自分から名乗ったことが少しだけ意外だった。

 

「リンカ、か」

 

その名を口の中で転がしてから、俺は息をつく。

アーサーが横で何か言いたげにこちらを見ていたが、今は無視した。

 

「……君がどこの所属か、細かいことはまだ分からないけど」

 

リンカの視線がゆっくり上がる。

冷たいはずの目に、行き場を失った色が混じっていた。

 

「もしよかったら、俺の所に来ないか」

 

部屋の空気が一瞬だけ止まった。

 

衛兵たちが息を呑み、リンカは目を見開く。

そして誰より先に反応したのは、案の定アーサーだった。

 

「えっ、何を言っているの、あなたは」

 

驚いた顔をしているくせに、声の奥に笑いが混ざっている。

完全に呆れているのではなく、予想外の一手を楽しんでいる時の顔だ。

 

リンカはまだ言葉を失ったまま、俺を見ていた。

切り捨てられると思っていたところへ、まるで逆の提案を投げられたのだから無理もない。

 

俺だって、上手い言い方ができている自信はない。

それでも、見捨てられた顔を見たあとで、このまま処分されるのを黙って眺めるのは、どうにも性に合わなかった。

 

「どうせ行き場がないなら、うちの陣営に来た方がまだマシだろ」

 

なるべく軽く言ったつもりだったが、我ながら不器用だ。

それでもリンカは、しばらく黙ったあと、ほんのわずかに唇を震わせた。

 

その横で、アーサーがくすりと笑う。

 

「やっぱり、君は面白いよ、ヤマタ君」

 

その声は甘かった。

けれど、そこに混じる熱は、いつもより少しだけ本気に近かった。

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