クールな学園の王子様(♀)は童貞オタクに堕とされる ~BSSから始まるイケナイ関係~ 作:九泉
翌日、学校の空気は明らかに昨日までと違っていた。
俺、赤城大和を取り巻く空気が、だ。
これまで俺に向けられていたのは、主に恐怖や畏怖、あるいは無関心といった種類の視線だった。それが今日はどうだ。教室に入るなり、女子生徒たちからの突き刺すような視線が、俺の分厚い胸板に突き刺さる。あれは嫉妬と非難の色だ。間違いない。
(なんであのゴリラが王子と親しげに……?)
(白崎様に馴れ馴れしいとか、ありえないんだけど)
そんな心の声が、ヒソヒソという物理的な音声となって俺の耳に届く。原因は、言うまでもなく白崎泉だ。今朝、昇降口でばったり会った俺に、彼女はいつもの王子様スマイルで「やあ、大和くん。ごきげんよう。放課後、楽しみにしているよ」なんて声をかけてきたのだ。周囲にいた女子生徒たちが「きゃー!」と黄色い悲鳴を上げた直後、その視線が全て俺に切り替わったのは言うまでもない。
おかげで、俺の胃は朝からキリキリと痛んでいた。だが、それ以上に。
(放課後のカードバトル……!)
その約束が、俺の心を燻るように温め、高揚させていた。誰かとカードを並べるなんて、本当に久しぶりだ。授業中も、ノートの端にデッキ構成を書きなぐっては消し、頭の中で対・白崎泉(魔法使い族デッキ)の戦略を練り続けていた。
そして、待ちに待った放課後。
俺はそそくさとカバンに教科書を詰め込むと、同じように帰り支度をしていた泉に目配せをした。泉は心得たように頷くと、取り巻きの女子たちに「すまないが、今日は野暮用があってね」と優雅に断りを入れ、教室を出ていく。俺も少し遅れて、その後に続いた。
「で、どこでやるんだ? 教室じゃさすがに人目が多すぎるだろ」
廊下で追いつくと、俺は声を潜めて尋ねた。
「ふふ、その通り。ボクたちの聖なる決闘を、人の目に触れさせるわけにはいかないからね。……いい場所がある」
気取って言って悪戯っぽく片目をつむると、泉は俺を伴って特別棟の方向へと歩き出した。彼女が立ち止まったのは、体育館の裏手にある、古びた準備室の前だった。錆びた鍵で錠を開けると、ギィ、と湿った音を立ててドアが開く。
中は、埃とカビの匂いが混じり合った、独特の空気に満ちていた。積み上げられた古い机や椅子、跳び箱、得点板。窓から差し込む西日が、空気中を舞う無数の塵をきらきらと照らし出し、まるで時が止まった秘密の基地のようだった。
「ここなら、誰も来ない」
泉はそう言うと、手頃な長机の上の埃をさっと払い、カバンから慣れた手つきでデッキケースを取り出した。俺も向かい側に陣取り、相棒ともいえるデッキをカシャリと机に置く。
「先攻はボクが貰う。いいかな?」
「ああ、望むところだ」
向かい合って座ると、不思議な緊張感が場を支配した。いつもの王子様然とした泉とは違う。その瞳には、デュエリストとしての闘志の炎が静かに揺らめいていた。
「ではいくぞ!」
「おう!」
二人の声が、しんとした準備室に響いた。
泉の淀みない手つきでカードがシャッフルされ、フィールドに伏せカードがセットされる。俺も負けじとドローし、モンスターを召喚する。序盤は、互いの出方を窺うような、静かな攻防が続いた。
だが、試合が中盤に差し掛かると、戦況は一気に熱を帯び始めた。
「カード、オープン!『禁忌の円陣』!このカードの発動時、自分のデッキの上からカードを3枚確認し、その中に『アビス・ウィザード』または『アビス・ウィザード』のカード名が記されたスキル、トラップカードがあった場合、その1枚を相手に見せて手札に加えることができる!」
「ちっ、厄介なのを……!」
泉が繰り出す流麗なコンボ。それに対し、俺は筋肉とパワーで押し切る。
「俺は『限界突破』を発動! フィールドの機械族モンスターの攻撃力をターン終了時まで倍にする! 『機甲巨人ヴァルカン』! 王子様の切り札を粉砕しろ!」
一進一退の攻防。互いのエナジーポイントが削られていく。俺は完全にカードバトルに没頭していた。椅子に座っているのももどかしく、思わずぐっと身を乗り出す。机を挟んだ泉との距離が、一気にゼロになった。
「この一撃で……!」
俺が勝利を確信し、フィールドを指さした、その瞬間。
ふと、視界の端で泉が息を呑んだのに気づいた。彼女の視線は、俺のカードやフィールドではなかった。まっすぐに、俺の顔、そして俺の腕に向けられている。
その瞳が、熱っぽく潤んでいるように見えたのは、西日のせいだろうか。
彼女は、俺の顔のすぐ間近で、何かを必死に堪えるように、きゅっと唇を結んでいた。
その時の俺は、白熱した試合に夢中で、彼女のその変化の理由に考えを巡らせる余裕などなかった。
「それは、どうかな?」
俺の勝利宣言を遮り、泉は静かに微笑んだ。くそっ、顔が良すぎるな。その完璧な顔には、わずかな焦りの色も見えない。まずい、何かある。俺の背筋に、嫌な汗が一筋伝った。
「トラップカード、オープン! 『
机の上に伏せられていたカードが、ひらりと表を向く。そこに描かれていたのは、不気味なデザインの鏡。プレイヤーなら誰もが知る、悪夢のようなカウンター
「なっ……!?」
「君の『機甲巨人ヴァルカン』の攻撃を無効にし、その攻撃力分のダメージを君のエナジーに与える」
淡々と告げられる死の宣告。攻撃力3000の化け物が放ったはずの渾身の一撃は、虚空に開いた魔法の筒に吸い込まれ、そのまま俺自身に跳ね返ってきた。
「あああああっ!」
俺のエナジーポイントは、残り1200。3000という絶望的な数値のダメージが、容赦なく俺の心を抉る。
大和 EP1200 → LP0
机の上に置いた電卓アプリの数字が、無慈悲にもゼロを表示した。
静寂。埃っぽい準備室に、勝敗が決した後の沈黙が落ちる。
「……くそっ。やられた」
俺は天を仰ぎ、がっくりと肩を落とした。完敗だった。俺の脳筋パワーデッキは、泉の華麗で戦略的な魔法使いデッキの前に、完膚なきまでに敗れた。
「ふふ、ボクの勝ちだな。いいカードバトルだったよ、大和くん」
泉は満足そうに微笑むと、カードを慣れた手つきでスリーブに戻し始めた。その横顔は、いつも教室で見る〝王子〟のものとは少し違って見えた。完璧に取り繕われた笑みじゃない。心からこのゲームを楽しんだ、素の表情。夕陽の光が彼女のショートカットを柔らかく縁取り、真剣な眼差しをきらきらと照らしている。
その姿から、なぜか目が離せなかった。
俺も黙って自分のカードを片付け始める。悔しさはもちろんある。だが、それ以上に不思議な満足感が胸を満たしていた。誰かと本気で渡り合ったのは、本当に久しぶりだったから。
「……泉ってさ」
片付けをしながら、俺はぽつりと呟いた。
「ん? どうしたんだい、敗者の弁でも聞こうか?」
泉が茶化すように笑う。その屈託のない笑顔を見て、思ったことがそのまま口から滑り出た。
「いや……。カードバトルしてる時とか、今みたいに黙ってると、普通に可愛いよな」
言ってから、しまった、と思った。
俺は何を言っているんだ。目の前にいるのは、あの白崎泉だぞ。女子たちを侍らせる、孤高の王子様だ。可愛い、なんて評価は、彼女が一番望んでいない言葉のはずだ。
案の定、泉の動きが、ぴたりと止まった。
さっきまでの楽しげな雰囲気は霧散し、沈黙が支配する。やっちまったか。俺は恐る恐る泉の顔を窺った。
「…………え」
泉の整った顔が、耳まで、みるみるうちに真っ赤に染まっていく。その完璧なポーカーフェイスが、ガラガラと音を立てて崩壊していくのが分かった。
「か、か、か……」
どもりながら、何かを言おうと口を開閉させている。その狼狽ぶりは、尋常じゃなかった。
「可愛いって言うな!」
次の瞬間、準備室に響き渡ったのは、裏返った金切り声だった。
泉は椅子からガタンと立ち上がり、真っ赤な顔で俺を睨みつける。その瞳は潤んでいて、怒っているのか、それともパニックになっているのか、判別がつかない。
「な、なんだよ。思ったことを言っただけだろ」
「言うな! ボクは、カッコいい、だろ! いつもそう言われるんだ! 可愛い、なんて……!」
わけのわからない主張をしながら、泉が俺にずんずんと詰め寄ってくる。その足が、床に転がっていた古い跳び箱の脚に、ごつんとぶつかった。
「うわっ!?」
泉が派手にバランスを崩す。俺はとっさにその腕を掴もうと手を伸ばしたが、間に合わない。
「おわっ!」
前のめりに倒れ込んできた泉を、俺は受け止める形になった。衝撃で、俺が座っていた椅子がギシリと軋む。そして。
唇に、信じられないくらい柔らかくて、温かい感触が、押し付けられた。
時が、止まった。
埃と西日の匂いがする薄暗い準備室で、俺たちは重なり合ったまま、固まっていた。
目の前には、至近距離にある泉の顔。驚きに見開かれた、大きな瞳。長いまつ毛が震えている。
これが、キス、なのか?
俺の十八年間の人生で、初めての。
あまりの出来事に脳が処理を停止していると、泉がはっと我に返ったように、ゆっくりと顔を上げた。その顔は、さっきよりもさらに赤く、まるで熟した林檎のようだ。
「……あ……」
何か言おうとして、声にならない声が漏れる。
まずい。これは事故だ。不可抗力だ。
だが、女子にキスしておいて、それは通用するのか? 俺が何か言わなければ。謝るべきか? いや、でも。
俺が混乱していると、泉の様子が、またおかしくなった。
潤んだ瞳が、何かに熱を浮かされたように、とろんと揺れている。呼吸が荒くなり、吐息が俺の顔にかかる。
「……もっと」
蚊の鳴くような声が、聞こえた。
「え?」
聞き間違いかと思った、次の瞬間。
泉は再び、俺の唇に自分のそれを重ねてきた。今度は、さっきの事故のような優しい感触じゃない。もっと貪るような、激しいキスだった。
「ん……っ!?」
軽く開いていた俺の唇の隙間から、柔らかい舌が侵入してくる。俺は驚いて身を固くした。なんだこれは。何が起きている。頭の中が真っ白になる。
泉の舌が、俺の口内を遠慮なく探り、俺の舌に絡みついてくる。生まれて初めてのディープキスは、甘くて、少しだけ鉄の味がした。多分、さっき勢い余ってぶつかった時に、唇でも切ったのだろう。
普段のクールな王子様は、どこにもいなかった。そこにいるのは、ただ衝動のままに俺を求める、一人の女の子だ。
俺の身体は、正直だった。
未知の快感と背徳感に、下半身がじわりと熱を持ち始める。それはもう、どうしようもない生理現象だった。
俺の身体の変化に気づいたのだろうか。泉の唇が離れ、その震える手が、ゆっくりと下へ、下へと降りていく。そして、ジャージの上から、固く膨れ上がった俺の中心を、ためらうように、しかし、確かに掴んだ。
びくり、と俺の身体が跳ねる。
「……っ!」
泉は、自分の手の中にあるそれが信じられないというように、目を見開いていた。その手の中で、俺のそれはさらに熱く、硬くなっていくのを感じる。
準備室に、泉の震える声が響いた。
「こ、こんなに……硬くて、大きくなるものなのか……?」
そのあまりにも無垢な問いかけと、俺の股間を握る熱い手の感触に、俺の中で、何かが焼き切れる音を聞いた。
目の前の泉は、俺の熱を握ったまま、未知の生物でも観察するように目を輝かせている。その無垢な好奇心が、俺の最後の理性の糸を容赦なく食いちぎっていく。
もうどうにでもなれ。
こいつが望むなら、俺は。
そう覚悟を決めた、瞬間だった。
泉の手が、俺の熱を確かめるように、ジャージの上からゆっくりと形をなぞる。その指の動き一つ一つに、俺の腰が勝手に浮き上がりそうになるのを必死で堪えた。
「すごい……本当に、熱くなるんだな……」
吐息まじりの呟きが、俺の鼓膜を甘く揺らす。
その探求するような眼差しと、真剣な声色に、俺の昂りはもはや限界を知らなかった。俺は無意識に、掠れた声で彼女の名前を呼んでいた。
「いずみ……っ」
その声が、スイッチだったのかもしれない。
俺の名を呼ぶ声に、泉の肩がびくりと大きく震えた。彼女の瞳から、さっきまで宿っていた熱っぽい光が、急速に引いていくのが分かった。まるで魔法が解けていくように。
そして、自分の手が今どこにあって、何を握っているのかを、ようやく再認識したのだろう。
泉の顔から、さっと血の気が引いた。さっきまでの林檎のような赤色はどこへやら、今は完璧な青ざめようだ。
「あ、あ、あ……」
口をパクパクさせ、声にならない悲鳴を上げている。潤んだ瞳が絶望と混乱でぐちゃぐちゃにかき混ぜられていた。
「ぼ、ボクは、何を……!」
次の瞬間、泉は叫ぶようにそう言うと、俺の股間から火傷でもしたかのように手を離した。そして、俺から勢いよく飛びのき、椅子ごと後ろにひっくり返りそうになるのをかろうじて堪える。
「ご、ごご、ごめっ、ごめんなひゃい!」
もはや謝罪の言葉にすらなっていない。
泉は混乱の極みといった様子で頭を抱えると、床に置いていた自分のスクールバッグをひったくった。
「ま、待てよ、泉!」
俺が何かを言う暇も与えず、彼女は踵を返した。
普段の優雅な立ち居振る舞いなど微塵もない。もつれる足で準備室のドアに突進し、錆びたノブをガチャガチャと必死に回す。そして、嵐のように廊下へと飛び出していった。
バタン、と古びたドアが閉まる音が、やけに大きく響いた。
しん、と静まり返った準備室。
西日が窓から差し込み、空気中を舞う無数の塵をきらきらと照らし出している。まるで何事もなかったかのように、世界は静かだ。
俺は一人、その場に呆然と座り込んでいた。
数分前の熱狂が、まるで遠い昔の夢だったかのようだ。
いや、夢じゃない。
俺のジャージの下では、行き場を失った熱量が、まだ生々しくその存在を主張していた。ドクドクと脈打つそこは、痛いくらいに硬いままだ。
……おい。
待て、待ってくれ。
散々火をつけておいて、煽るだけ煽っておいて、逃げるのかよ。
このどうしようもない熱量を持て余した俺の息子は、これからどうすればいいんだ!
やり場のない怒りと、それ以上に大きな虚しさが込み上げてくる。
俺は力なく項垂れた。唇に、まだあの柔らかい感触がこびりついている気がした。俺の口内を好き勝手に蹂躙した、あの遠慮のない舌の動き。甘くて、少しだけ鉄の味がした、初めてのキス。
……最低の、最高の、ファーストキスだった。
カードバトルでこてんぱんに負けて、事故でキスして、なぜか濃厚なやつをお見舞いされて、人生で初めて股間を握られて、そして、相手にはパニックで逃げられた。
たった一日の放課後で起きるイベントの量じゃない。情報量が多すぎて、頭の処理が追いつかない。
ズキズキと、こめかみが痛み始めた。
額に手をやると、自分でも驚くほど熱い。
マジで、熱が出そうだぜ、ちくしょうめ。
俺は空っぽになった準備室で、一人、熱い息を吐き出すことしかできなかった。