クールな学園の王子様(♀)は童貞オタクに堕とされる ~BSSから始まるイケナイ関係~ 作:九泉
翌朝、俺は見慣れない天井をぼんやりと眺めながら目を覚ました。
柔らかなシーツの感触と、隣から聞こえる穏やかな寝息。そうだ、俺は昨日、泉と――。
そこまで考えて、昨夜の出来事が鮮明に蘇り、顔にカッと熱が集まる。慌てて隣に視線を向けると、腕の中には安らかな顔で眠る泉がいた。
長いまつ毛が白い頬に影を落とし、少しだけ開かれた唇からは、すぅ、すぅ、と規則正しい寝息が漏れている。いつも完璧にセットされている髪も今は無防備に乱れ、数本が俺の胸にかかっていた。
もう、王子様の面影はどこにもない。ただの、俺が愛してやまない、可愛い女の子の寝顔がそこにあった。
込み上げてくる愛おしさに、俺は彼女を起こさないように、そっとその額にキスを落とした。この時間が、永遠に続けばいいのに。心の底から、そう思った。
「……ん」
しばらくその寝顔を眺めていると、泉の瞼がゆっくりと持ち上がった。最初はぼんやりとしていたその瞳が、目の前にいる俺の顔を認識した瞬間、驚きに見開かれる。
「や、やまと、くん……?」
「おはよう、泉」
俺が微笑みかけると、泉の顔がぼん、と音を立てるように真っ赤に染まった。昨夜の記憶が、彼女の中にも蘇ったのだろう。
「お、おはよう……。その、昨日は……」
「最高の夜だったよ」
俺が即答すると、泉は「ばかっ」と呟いて、布団の中に顔を埋めてしまった。その反応が可愛くて、俺は思わず声を立てて笑ってしまった。
朝日が差し込む部屋で、俺たちはそんな甘い、恋人としての初めての朝を迎えた。
結局その日は、泉の両親が帰ってくる昼過ぎまで彼女の家で過ごし、後ろ髪を引かれる思いで解散した。
そして数日が過ぎた金曜日の放課後。いつもの準備室で、俺は週末の予定を切り出した。
「なあ、泉。今度の休み、空いてるか?」
カードを片付けていた泉の手が、ぴたりと止まる。
「え? ……ああ、特に予定はないが。またカードでもする?」
「それもいいけどさ。そうじゃなくて」
俺は少しだけ勿体ぶってから、満面の笑みで言った。
「デートしようぜ。俺たちの、初めての、恋人としてのデートだ」
デート。
その言葉が、静かな準備室にやけに大きく響いた。
泉は、まるでフリーズしたかのように固まっている。その白い頬が、じわじわと赤く染まっていくのが分かった。
「で、でーと……?」
「そう、デート。映画見たり、うまいもん食ったり、色々あんだろ」
「そ、それは知っているが……。ボクと君が、か?」
「当たり前だろ。俺たち、恋人なんだから」
俺が当然のように言うと、泉は「う……」と呻きながら、顔を両手で覆ってしまった。その指の隙間から見える耳まで、真っ赤になっている。
本当に、こういうことに免疫がないんだな。その初々しさが、たまらなく愛おしい。
「……わ、分かった。行こう、デート」
しばらくして、泉は顔を上げると、覚悟を決めたように、しかし潤んだ瞳でこくりと頷いた。
その返事に、俺の心は浮き足立つ。
「よっしゃ! じゃあ決まりだな! それでさ、泉。一つだけ、お願いがあるんだけど」
「お願い? なんだい、改まって」
「デートの時、可愛い格好してきてほしいんだ」
俺がそう言った瞬間、準備室の穏やかだった空気が、一瞬で凍り付いた。
さっきまでの赤みはどこへやら、泉の顔からサッと血の気が引いている。
「……今、なんて?」
「だから、可愛い格好。スカートとか、ワンピースとか、そういうの」
俺が繰り返すと、泉は椅子からガタンと音を立てて立ち上がった。
「む、無理だ! 絶対に無理だ! 正気か、大和くん!?」
「正気だが?」
「このボクに、スカートを履けと!? あのひらひらした布を身に纏えと!? 冗談じゃない! そんな格好、似合うわけがないだろう!」
完全に、いつもの王子様モードだ。だが、今の俺にはその必死な剣幕すら、ただの照れ隠しにしか見えない。
「絶対に似合う」
「似合わない!」
「俺が保証する。それに、理屈じゃないんだよ。俺が、泉の可愛い姿を見たいんだ」
俺が真剣な瞳でそう言うと、泉の勢いが、ぴたりと止まった。
「俺が、見たい」。その言葉が、彼女の心の壁を溶かす魔法の呪文であることを、俺はもう知っていた。
「……君が、見たいのか」
「ああ。世界で一番、見たい」
俺が畳みかけると、泉はぐっと言葉に詰まった。しばらく視線を
「……分かった。君が、そこまで言うなら……。着てやろうじゃないか、スカートとやらを」
「マジで!? よっしゃ!」
「ただし!」
俺がガッツポーズをすると、泉は人差し指を立てて釘を刺す。
「似合わなかったからといって、笑ったり馬鹿にしたりしたら、その、悲しい」
「しねえよ、そんなこと!」
こうして、俺たちの初めてのデートの服装は決定した。
だが、そこで一つ、重大な問題が発覚する。
「……とは言ったものの、大和くん」
「ん?」
「ボクはそんな服、持っていないぞ。自分で買ったこともない」
だろうな、とは思っていた。
彼女のクローゼットは、恐らくモノトーンのパンツスタイルで埋め尽くされているに違いない。
「……よし」
俺はにやりと笑うと、泉の手を掴んで立ち上がらせた。
「じゃあ、明日、買いに行くぞ! 俺が、お前に世界一似合う服選んでやる!」
そして翌日の土曜日。
俺たちは、駅前の大型ショッピングモールに来ていた。休日だけあって、家族連れやカップルでごった返している。
その人混みの中、泉は完全に気圧されていた。特に、レディースファッションのフロアに足を踏み入れた途端、その顔は青ざめ、挙動不審になっている。
「だめだ……空気が違う……。ここはボクのような人間がいていい場所じゃない……」
「何言ってんだよ、お前も女だろ。ほら、行くぞ!」
正直俺だって気圧されているが、もっと怯えているやつが傍にいると冷静になれるな。
俺は、逃げ腰になる泉の腕を掴み、きらびやかな服が並ぶ店の中へと強引に引きずり込んだ。
店内に足を踏み入れると、泉は完全に固まった。フリル、レース、パステルカラー。彼女の辞書には存在しないであろう単語のオンパレードだ。
「……無理だ。こんな可愛い空間にいたら、ボクの存在が浄化されて消えてしまう……」
「消えねえから大丈夫だ。ほら、これとかどうだ? 泉の肌の白さに、この水色、絶対映えるって」
俺は、泉の反応などお構いなしに、彼女に似合いそうな服を次々とピックアップしていく。レースのついたブラウス、花柄のフレアスカート、清楚な白のワンピース。
そのたびに泉は「ひぃっ」とか「やめてくれ」とか小さな悲鳴を上げるが、俺は一切聞く耳を持たない。
一通り服を選び終えると、俺はその服の山を泉に押し付けた。
「ほら。これ全部、試着してこい」
「ぜ、全部だと!? 鬼か、君は!」
「いいから、早く!」
俺は泉の背中を押し、試着室へと無理やり押し込む。
カーテンが閉められ、俺は試着室の前で待つ。数分が、数時間にも感じられた。
やがて、試着室のカーテンが、ためらうように、少しだけ開かれた。
「……大和くん」
中から、か細い声が聞こえる。
「やっぱり、無理だ。こんな格好……」
「いいから、出てこい。俺が見て判断してやる」
俺がそう言うと、観念したのだろうか。
ゆっくりと、カーテンが完全に開かれた。
そして、そこに立っていたのは――。
俺は、息を呑んだ。
白のブラウスに、淡い水色のフレアスカート。いつもは無造作なショートカットに見える髪も、今日は心なしかふわりと柔らかく見える。
そして何より、スカートからすらりと伸びる、白い脚。
いつもパンツスタイルに隠されていた彼女の生脚が、惜しげもなく晒されている。
その姿は、俺が知っている〝王子様〟とは、全くの別人だった。
ただ、ひたすらに可愛い、一人の女の子が、そこにいた。
泉は、鏡に映る自分の姿が信じられないというように、呆然と立ち尽くしている。
そして、俺の視線に気づくと、顔をぼっと赤らめ、俯いてしまった。
「……やっぱり、似合わないだろう。男みたいなボクが、こんな格好……」
震える声で呟かれた、不安な言葉。
その言葉が、俺の思考の停止を、強制的に解除した。
似合わない、だと?
目の前で、この世の終わりのような顔をして俯く俺の彼女は、自分が今どれほど破壊的な姿をしているのか、全く分かっていないらしい。
俺は数秒間、言葉を失って立ち尽くした。脳が目の前の光景を処理しきれない。思考が彼女の可愛さの前に完全に停止している。
「おい、大和くん。だから言っただろう、ボクには……」
「……可愛い」
「え?」
「可愛い。めちゃくちゃ、可愛い」
俺の口からようやく絞り出されたのは、そんな陳腐な言葉だった。だが、他に何と言えばいいのか分からない。
「冗談じゃない……。どう見ても、変だろう。コスプレみたいで……」
「どこがだよ!」
俺は一歩、彼女に近づいた。泉の身体が、びくりと震える。
「いいか、泉。よく聞け。それは、変なんかじゃない。コスプレなんかでもない。似合わないなんてもってのほかだ。お前は今、世界で一番、その服が似合う女の子だ」
「せ、世界で一番……」
「ああ、そうだ。そのブラウスの白いレースは、お前の透けるような肌の白さを際立たせてる。ふわりと広がるスカートは、いつもパンツに隠れてるお前の脚の綺麗さを、これでもかってくらい強調してる。普段のお前が『静』の王子様なら、今の格好は『動』の天使だ(?)。歩くたびにそのスカートが揺れて、多分、俺の心臓も一緒に揺れる。分かるか? つまり、最強ってことだ」
俺は、我を忘れて一気にまくし立てていた。自分でも何を言っているのかわからない。
俺のあまりの剣幕に、泉はぽかんと口を開けて、目をぱちくりさせている。その表情すら、いつもより幼く見えて、どうしようもなく可愛い。
「……君は、本気でそう思っているのか」
「本気じゃなきゃこんなこと言えるか! 俺は今、感動してるんだよ。俺の彼女がこんなにも可愛いという事実に! 街中に叫びまわりたいくらいだぞ!」
俺が胸を張って言い切ると、泉の顔が、今度こそ限界というくらいに真っ赤に染まった。彼女は耐えきれなくなったように、再び試着室のカーテンの陰に隠れようとする。
「ま、待て! なんで隠れる!」
「だ、だって、そんなに見られたら……恥ずかしくて死んでしまう……!」
「死ぬな! 生きろ! そしてその服を買うんだ!」
俺は、彼女が着ていた服も全部まとめてレジに持っていくと、「プレゼントだ」と言って会計を済ませた。泉は最後まで「自分で払う!」と抵抗していたが、俺は「俺が着てほしくて買わせるんだから、これは必要経費だ」という理屈で押し切った。
結局、泉は新しい服が入ったショップの紙袋を、宝物のように、しかしどこか所在なさげに抱えながら、ショッピングモールを後にしたのだった。
そしてその日はあえて解散にした。明日の日曜日、デートを目一杯楽しむためだ!
◆
そして、翌日。
俺は、約束の駅前の時計台の下で、落ち着きなく時間を待っていた。心臓が、昨日からずっとうるさく脈打っている。
本当に、あの格好で来てくれるんだろうか。昨日は勢いで買ってしまったが、やっぱり恥ずかしくなって、いつものパンツスタイルで現れるんじゃないか。
そんな不安が頭をよぎった、その時だった。
「……や、大和くん。待たせたね」
人混みの中から、遠慮がちな声が聞こえた。
振り向いた俺の視線の先には、昨日、試着室で見た天使が、いやそれを超えた女神が、現実世界に降臨していた。
白いブラウスに、水色のフレアスカート。そこに、試着のときは着ていなかった薄手のカーディガンを羽織っている。そしていつもは履かないであろう、ストラップのついた可愛らしい靴。肩には、これまた見慣れない小さなショルダーバッグを提げている。
太陽の光の下で見る彼女の姿は、昨日の数倍、いや、数万倍は破壊力があった。
「……」
「な、なんだよ。やっぱり、そんなに呆れるほど変か?」
俺が絶句しているのを、勘違いしたのだろう。泉は不安そうに、スカートの裾を指でいじっている。その仕草一つですら、俺の心を鷲掴みにしていく。
「……いや」
俺は大きく息を吸い込むと、正直な気持ちを口にした。
「可愛すぎて、死ぬかと思った」
「ふぇっ!?」
素っ頓狂な声を上げる泉の手を、俺はぐっと掴んだ。
「行くぞ、泉。デートの始まりだ」
「あ、ま、待て、大和くん!」
俺は、真っ赤になって抵抗する泉の手を引いて、街へと歩き出した。
映画館に向かう道すがら、俺は意識して、泉を車道と反対側、つまり歩道の壁側を歩かせるようにした。
「……? 大和くん、どうしてそちらに?」
「あ? 当たり前だろ。彼女を危ない目に遭わせるわけにはいかねえからな」
俺がぶっきらぼうに言うと、泉はきょとんとした顔で、数回まばたきをした。そして、何かを理解したように、顔を赤くして俯いてしまう。
映画館の入り口では、俺が先にドアを開けて彼女を中に通す。チケットを買う時も、ポップコーンを買う時も、俺が全て前に立った。
その一つ一つに、泉は戸惑いながらも、何も言わずに従っている。
― Side: 泉 ―
心臓が、おかしくなりそうだ。
大和くんと恋人になってから、ボクの身体はボクのものではなくなったみたいだ。
彼の言葉一つ、行動一つで、勝手に熱くなったり、脈が速くなったりする。
そして今日は、その最たるものだった。
「当たり前だろ。彼女を危ない目に遭わせるわけにはいかねえからな」
車道側を歩く彼が、こともなげにそう言った時。
ボクの胸の奥が、きゅん、と甘い音を立てて締め付けられた。
守られている。ボクが、大和くんに。
今まで、誰かを守り、エスコートするのが当然の役割だった。女の子に「王子様」と言われるたびに、そうあらねばならないと、自分に言い聞かせてきた。
だが、今はどうだ。大和くんは、ボクを徹底的に「女の子」として扱ってくる。荷物を持とうとし、ドアを開け、車道側を歩いてくれる。
その全てが、初めての経験だった。
戸惑う。恥ずかしい。どう反応していいか分からない。
でも、それ以上に――どうしようもなく、嬉しい。
彼の大きな背中を見つめながら歩く。彼がボクのために開けてくれたドアをくぐる。そのたびに、胸の奥で小さな花が、一つ、また一つと咲いていくような感覚。
これが、女の子として扱われるということなのか。
これが、誰かの「特別な一人」になるということなのか。
映画が始まっても、ボクはスクリーンに集中できなかった。隣に座る彼の体温、時折触れる腕、そして彼の大きな手が、当たり前のようにドリンクカップのストローをこちらに向けてくれる、そんな些細な優しさ。その全てが、ボクの心を温かく満たしていく。
映画が終わって、明るいロビーに出る。
「面白かったな!」と笑う彼の顔を、ボクはまともに見ることができなかった。
今のボクは、きっと、ひどい顔をしている。王子様の仮面なんて、どこにもない。ただ、恋する一人の女の子の、だらしない顔をしているに違いないのだから。
― Side: 大和 ―
映画の余韻に浸る間もなく、俺の心は隣で頬を染める泉のことでいっぱいだった。
スクリーンの中の恋愛ドラマなんて、今の俺たちに比べれば色褪せて見える。俺の現実は、フィクションよりもよっぽど甘くて刺激的だ。
「腹、減ったな。なんか食いに行こうぜ」
俺がそう言うと、泉はこくりと頷いた。その仕草一つですら、今日の彼女は普段の百倍は可愛い。ふわりと揺れるスカートも、少しだけ内股気味になっている立ち姿も、全てが俺の庇護欲を容赦なく煽ってくる。
俺たちは駅ビルに入っている、少しお洒落なカフェを選んだ。
ガラス張りの店内は明るく、若いカップルや女子高生のグループで賑わっている。泉はまた少し気圧されたように辺りを見回していたが、俺が「こっちだ」と奥のソファ席に導くと、素直についてきた。
メニューを開きながら、泉がぽつりと呟く。
「……ボク、こういう店は初めて来た」
「マジかよ。女子は好きそうだろ、こういうの」
「ボクは、女子、だったんだな……」
最後の方は、ほとんど消え入りそうな声だった。
俺は思わず吹き出しそうになるのを堪え、店員を呼ぶボタンを押す。注文を済ませると、テーブルの下で、泉がそわそわとスカートの裾を握りしめているのが見えた。
「なあ」
「な、なんだい」
「そんなに、その格好は落ち着かないか?」
俺が尋ねると、泉は観念したように小さなため息をついた。
「落ち着かないなんてものではない。まるで、自分の身体じゃないみたいだ。足がスースーするし、少し動くだけでスカートがひらひらして……心臓に悪い」
「そうか? 俺は心臓に良いけどな。むしろ健康になる」
「君の健康基準はよく分からないが……」
呆れたように言う泉だったが、その口元は少しだけ緩んでいた。嫌ではない、むしろこの状況を楽しもうとしているのが伝わってきて、俺の口元も自然と綻ぶ。
運ばれてきたパスタを、泉はぎこちない手つきでフォークに巻き付けていた。普段の王子様としての優雅な食事風景からは、想像もつかない姿だ。時折、ソースが口の端について、慌ててナプキンで拭いている。
「……うまいか?」
「……うん。すごく、おいしい」
顔を上げて、ふわりと笑う。
その笑顔は、クラスの女子たちに向ける完璧な王子スマイルじゃない。俺だけに見せてくれる、素直で、無防備な笑顔だ。
ああ、もうだめだ。
俺の心臓は、とっくに限界を迎えている。
食事を終え、カフェを出る。
外はすっかり夕暮れ時で、街はオレンジ色の光に染まっていた。俺たちは特に目的もなく、駅前の雑踏を並んで歩く。繋いだ手から伝わる泉の体温が、心地よかった。
「どうだった、今日」
「……ああ。すごく楽しかった」
泉は俯きがちに、だがはっきりと答えた。
「映画も、ご飯も……君が、ボクを女の子として扱ってくれるのも。全部、初めてで……すごく、嬉しかった」
「そりゃよかった」
俺は繋いだ手に少しだけ力を込める。
もっと、こいつのいろんな顔が見たい。いろんな「初めて」を、俺が全部与えてやりたい。そんな欲が、腹の底から湧き上がってくる。
「なあ、大和くん」
「ん?」
「ボクは……今日、ちゃんと可愛かっただろうか」
不安そうに、上目遣いで俺を見つめてくる。
その問いかけ、その表情、その仕草。全てが完璧なコンボとなって、俺の理性をノックアウトした。
「……当たり前だろ」
俺は足を止め、彼女に向き直る。
そして、繋いでいない方の手で、泉の頬を優しく撫でた。びくり、と彼女の肩が震える。
「お前は、今日、世界で一番可愛かった。俺が保証する」
「……うん」
満足そうに目を細める泉。その潤んだ瞳が、夕陽を反射してきらきらと輝いている。その吸い込まれそうな瞳に見つめられていると、もう我慢の限界だった。
俺は彼女の顔を引き寄せ、その唇に、自分のそれを重ねた。
街中の、人通りのある道端。そんなことは、もうどうでもよかった。
「ん……っ」
驚いたように目を見開く泉。だが、彼女は抵抗しなかった。それどころか、おずおずと目蓋を閉じ、俺のキスを受け入れてくれる。
短い、だがとても甘いキス。
唇が離れると、泉の顔は真っ赤になっていた。俺たちの間を、気まずくて、でも甘い沈黙が流れる。
もう、家に帰る時間だ。
そう頭では分かっている。分かっているのに、身体が動かない。この手を離して、彼女を家に帰したくない。
俺がそう思っていた、その時だった。
泉が、俺のシャツの裾を、ぎゅっと掴んだ。
「……大和くん」
震える声で、彼女が俺の名前を呼ぶ。
「……もう、我慢できない」
「え……?」
俺は自分の耳を疑った。
聞き間違いか? いや、でも。
顔を上げた泉の瞳は、熱っぽくとろりと蕩けていた。さっきまでの恥じらいはどこへやら、そこには明確な
「ボクを、めちゃくちゃにしてほしい。君の彼女として、もう一度……君の腕の中で、女の子になりたい」
それは、俺が今まで聞いたどんな言葉よりも、扇情的な響きを持っていた。
普段のクールな王子様モードとの、あまりのギャップ。今日一日、俺が与え続けた「女の子」としての扱いが、彼女の中に眠っていた何かを目覚めさせてしまったのかもしれない。
俺の脳内で、理性の糸がぶつりと切れる音がした。
「……後悔しても、知らねえぞ」
「望むところだ」
俺は彼女の手を強く握り返すと、踵を返した。
目指す場所は、一つしかない。駅の向こう側に見える、ネオンがまたたく一角。俺たちが足を踏み入れるには、まだ少しだけ早いと思っていた、大人のための場所。
ホテル街だった。
二人、無言で歩く。
繋いだ手は、汗でじっとりと湿っていた。俺の心臓も、泉の心臓も、きっと同じくらい激しく脈打っている。
やがて、俺たちは一つのホテルの前で足を止めた。派手すぎず、地味すぎない、ごく普通のビジネスホテルのような外観。俺は深呼吸を一つすると、泉の手を引いて、自動ドアの向こうへと足を踏み入れた。
機械的な受付を済ませ、エレベーターで目的の階へ向かう。
密室になった箱の中で、二人きり。泉は何も言わず、ただ俺の腕に自分の身体をすり寄せてきた。服越しに伝わる彼女の柔らかさと体温が、俺の昂りをさらに加速させる。
部屋のドアを開け、中に入る。
そこは、俺たちが普段過ごす世界とは切り離された、非日常の空間だった。間接照明に照らされた、大きなダブルベッド。それが、この部屋の全てだった。
ドアが閉まった瞬間、俺はもう自分を抑えきれなかった。
泉の華奢な身体を壁に押し付け、貪るようにその唇を奪う。
「ん……んんっ……!」
激しいキスに、泉が苦しげな声を漏らす。だが、その身体は俺を拒絶しない。それどころか、俺の背中に腕を回し、必死にしがみついてきた。
舌を絡め、お互いの唾液を交換し合う。酸欠で頭がぼうっとするのも構わず、俺は彼女の全てを味わい尽くそうとした。
「はぁ……っ、いずみ……」
「やまと、くん……もっと……」
唇を離すと、互いの口から銀色の糸が引く。その淫靡な光景に、俺はさらに煽られた。
俺は泉の身体を軽々と抱き上げると、そのままベッドへと運んだ。ふかふかのシーツの上に、彼女の身体が沈み込む。
俺は彼女の上に覆いかぶさると、今日一日、俺を狂わせ続けた白いブラウスのボタンに、震える指をかけた。
一つ、また一つとボタンを外していく。
あらわになった白い肌、そしてレースの装飾が施された、見慣れない彼女の下着。全てが、俺の欲望を掻き立てる。
「……きれいだ、泉」
俺は、彼女の胸の谷間に顔を埋めた。
シャンプーと、彼女の甘い肌の匂い。そして、今日一日歩き回った、汗の匂いが混じり合って、俺の理性を完全に麻痺させた。
サポーターから解放された豊かな双丘は、以前見た時よりも、さらに柔らかく、艶めかしく見える。
俺は、まるで熟した果実を味わうように、その膨らみに吸い付いた。
「ひゃっ……!?」
泉の身体が、びくんと大きく跳ねる。
その反応がたまらなく愛おしくて、俺はさらに強く、深く吸い上げた。胸の先端を舌で転がし、軽く歯を立てる。
「あ……っ、ん、だめ……そこは……っ」
泉が、快感と羞恥に声を震わせる。
その姿を見て、俺の中のSっ気が顔を出した。普段、誰からも「王子」と
「なんでだめなんだ? 気持ちいいんだろ?」
「き、もち、い、けど……っ、はずかしい……!」
俺は意地悪く笑うと、今度はスカートの中に手を入れた。滑らかな太ももの感触を楽しみながら、さらに奥へと指を進める。
そこは、もうすでに熱く湿り気を帯びていた。
「ほらな。お前も、俺が欲しいんだろ?」
指先で、入り口を優しくなぞる。
そのたびに、泉の腰がびくびくと震えた。
「んっ……、ぁ……んぅ……!」
もう、彼女は言葉を発することもできない。ただ、俺の与える快感に、身を捩らせるだけだ。
その姿を見て、俺ももう限界だった。
俺は自分のズボンを乱暴に脱ぎ捨てると、素早くゴムを付け、泉の足の間に割り込む。そして、すでに硬く膨れ上がった俺の熱を、彼女の入り口に押し当てた。
「いずみ……挿れるぞ」
俺がそう囁くと、泉は潤んだ瞳でこくりと頷いた。
俺は、一気に、根元まで、彼女の奥深くへと自分の全てを突き入れた。
「あああっ!」
泉の甲高い悲鳴と、俺の低い呻き声が、部屋の中で一つになる。
内部は、信じられないほど熱く、俺のものをきつく締め付けた。前回よりも、ずっとスムーズに俺を受け入れてくれる。その事実が、俺たちの繋がりをより強く感じさせた。
「はぁ……っ、はぁ……すごい、いずみ……あったかい……」
「やまと、くん……君ので、お腹が、いっぱい……」
蕩けた声でそう呟く泉の姿に、俺はもう自分を抑えることができなかった。
激しく、腰を突き上げる。
この前のセックスが、お互いを確かめ合うような優しいものだったとしたら、これは違う。ただ、本能のままに、お互いを貪り合うような、獣じみた交合だった。
ベッドが、俺たちの動きに合わせて、ギシギシと悲鳴を上げる。泉も、最初は俺の激しい動きに戸惑っていたが、やがて快感の波に身を委ね、喘ぎ声を上げながら俺に応えてきた。
「あっ、んっ、もっと……! もっと、強く、して……!」
「ああ……っ、望むところだ……!」
俺は彼女の足を肩に担ぎ上げ、さらに深く、激しく突き続ける。
王子様としての彼女も、今日知った女の子としての彼女も、全てが愛おしい。その全てを、俺だけのものにしたい。そんな独占欲が、俺を突き動かしていた。
「だめっ、もう、いっちゃ……!」
「一緒に行こう、泉……!」
俺がそう叫んだ瞬間、泉の身体が大きく痙攣し、その奥が俺を強く締め付けた。
それと同時に、俺もまた、熱い奔流を彼女の最奥へと叩きつける。
絶頂の波が、何度も、何度も押し寄せる。俺たちは、お互いの名前を呼び合いながら、快感の海へと沈んでいった。
どれくらいの時間が経っただろうか。
俺は結合したまま、汗でぐっしょりと濡れた泉の上に、覆いかぶさるように倒れ込んだ。
二人分の荒い息遣いだけが、静かになった部屋に響いている。
心地よい疲労感と、絶対的な多幸感。俺の腕の中には、気を失ったようにぐったりとしている、愛しい恋人がいた。
俺は、彼女の額にキスを落とす。
この日、俺たちは本当の意味で、一つになったのかもしれない。
俺は腕の中の温もりを確かめながら、静かに目を閉じた。