クールな学園の王子様(♀)は童貞オタクに堕とされる ~BSSから始まるイケナイ関係~ 作:九泉
季節は少しだけ歩みを進めた。
吹き抜ける風はすっかり秋の色を帯び、制服のブレザーの襟元を立てたくなるような日が増えてきた。
俺と泉の関係は、あの日を境に、また一つ新しいステージへと進んだ気がする。
互いの醜い独占欲さえも曝け出し、受け入れ合ったことで、俺たちの間にはもう何の隔たりもなくなった。教室で目が合えば、どちらからともなく小さく笑い合う。放課後の準備室では、カードに興じる時間と同じくらい、ただ他愛のない話をして過ごす時間が増えた。繋いだ手の温もりが、肌を重ねる時の熱とは違う、穏やかで確かな愛情を伝えてくれる。その心地よさに、俺は完全に浸りきっていた。
「赤城、白崎、進路希望調査のプリントだ。来週までに出すように」
ホームルームの終わり際、担任が二枚の紙を俺たちの机に置いた。
「進路」という二文字が、ずしりと重く感じられる。高校三年生の秋。それは、誰もが自分の未来と向き合わなければならない季節だ。
「……進路、か」
放課後、いつもの準備室。
カードを片付けながら、俺がぽつりと呟くと、向かいに座っていた泉がコーヒーの入ったマグカップから顔を上げた。その表情は、どこか硬い。
「大和くんは、もう決めているのか?」
「俺はまあ、大体な。地元の大学に行くつもりだ」
特に夢があるわけじゃない。ただ、この街を出ていくつもりもなかったし、大学に行けば、オタクサークルに入って趣味の合う仲間と出会えるかもしれない。そんな淡い期待があった。
「泉は?」
俺がそう問いかけると、泉はふい、と視線を逸らした。その完璧な横顔に、影が差したように見えた。
「……ボクは、まだ何も」
「そうか。まあ、泉ならどこでも行けるだろ。頭いいし」
「……そうだと、いいんだけど」
自嘲するような、小さな呟き。いつもの彼女らしくない、弱々しい響きだった。
俺は何か言い知れぬ不安を感じて彼女の顔を覗き込む。泉は、進路希望調査のプリントをただじっと見つめていた。
その白い紙が、彼女に重い選択を迫っているかのようだ。
「なあ、泉。何か悩みでもあるのか?」
「……いや」
彼女は短く否定すると、無理やり作ったような笑顔をこちらに向けた。
「少し、考え事をしていただけだよ。気にしないで」
だが、その笑顔が偽りのものであることは、火を見るより明らかだった。いつも自信に満ちたその瞳が、今は不安げに揺れている。
彼女が抱える問題。それは、俺が軽く踏み込んでいい領域ではないのかもしれない。
家柄も良く、成績も優秀な彼女には、俺には想像もつかないようなプレッシャーや、期待があるのだろう。親からの、そして、周囲からの。
「……そっか」
俺はそれ以上、何も聞けなかった。
気まずい沈黙が、部屋に落ちる。窓の外では、茜色の夕日が校庭を染め上げていた。カラスの鳴き声が、やけに大きく響く。
俺たちは、卒業したら、どうなるんだろうか。
もし、俺が地元の大学で、泉が東京の大学に進学したら。俺たちのこの関係は、続いていくのだろうか。
考えたくない未来が、頭をよぎる。遠距離恋愛。環境の変化。新しい出会い。そんなありふれた言葉たちが、俺たちの関係をいとも簡単に壊してしまうかもしれない。
嫌だ。
そう、はっきりと感じた。
泉のいない未来なんて、考えられない。この温かい手を、穏やかな時間を、手放したくない。
「なあ、泉」
俺は、自分の気持ちをごまかすのをやめた。まっすぐに、彼女の瞳を見つめて言う。
「俺は、
俺のストレートな問いかけに、泉の肩がびくりと震えた。彼女は見開かれた瞳で俺を見つめ、何かを言おうとして、唇をきゅっと結ぶ。
言いたいことがある。でも、言えない。その表情が、彼女の葛訪を雄弁に物語っていた。
王子様、という役割。
親からの、期待。
その二つが、重い鎖のように彼女を縛り付けている。彼女自身の「本当の気持ち」を、心の奥底に閉じ込めさせている。
俺の前でだけ、時折その素顔を見せてくれるようになった彼女。だがその心の根っこにある呪いは、まだ解けていないのかもしれない。
俺は、彼女に近づくと、その震える手を優しく握った。
「泉。お前自身の気持ちを聞かせてほしい。誰かに言われたことでも、誰かの期待でもない。お前が、どうしたいのか」
俺の言葉に、泉の瞳が大きく揺れる。
やがて、その潤んだ瞳から、耐えきれなくなったように涙の粒がこぼれ落ちた。彼女は俯いてしまい、その表情を俺から隠す。握った手に、ぽたり、と温かい雫が落ちた。
俯いた泉の肩が、小さく震えている。
俺の手に落ちた涙は、次から次へと溢れ出し、彼女がどれだけの想いを一人で抱え込んできたのかを物語っていた。俺は何も言わず、ただ、その華奢な身体をそっと引き寄せ、抱きしめた。
「……ごめん」
腕の中で、泉が掠れた声で謝った。
「君に、こんな話をするつもりは……」
「いいんだ。話してくれ。お前の全部、俺が聞くから」
俺がそう言って背中を優しく撫でると、泉は観念したように、ぽつり、ぽつりと自分の過去を語り始めた。
「TCGのときに少し話したけど……ボクには、兄が
「……ああ」
「兄は病弱でね……結局、長くは生きられなかった。両親は、その兄の代わりに、ボクに望みを託した。強くあれ、負けない人間であれ、と。だからボクは、ずっとそうあろうとしてきた。それが、正しいことだと信じて」
薄々察してはいたが、やはり亡くなっていたのか……。
以前家に招かれたときも、違和感はあった。だがそのときはご両親が不在だということで頭がいっぱいで……お兄さんのことに思い至らなかった自分を恥じた。
なにも言えない俺に、泉は口の端を少しだけ歪めた。
「……両親を恨んではいないよ。沢山愛情は貰っているし、本当に嫌なことを強制されたことはない。ただ、ボクがちょっと、聞き分けが良すぎただけ」
その声は、淡々としていた。だが、その中にどれほどの寂しさが滲んでいるか、俺には痛いほど分かった。
「学校でもそうだった。いつの間にか、周りはボクを〝王子〟と呼ぶようになっていた。ボクは、その役割を演じ続けるしかなかった。みんなが望む完璧な王子を演じれば演じるほど、本当のボクはどんどん孤独になっていった」
――本当は、可愛いものが好きだった。
――本当は、誰かに守られたいと願っていた。
そんな年相応の女の子としての願いは、分厚い王子という仮面の下に、ずっと押し殺してきたのだ。
「でも、君は違った」
泉は俺の腕の中で顔を上げ、涙で濡れた瞳で、まっすぐに俺を見つめた。
「君は、ボクを王子として見なかった。初めて、ボクのコンプレックスを肯定してくれた。ボクが女の子として扱われることを、当たり前だと言ってくれた。君といる時間だけが、本当の自分でいられる、唯一の場所だったんだ」
彼女の告白が、ナイフのように俺の胸に突き刺さる。
俺がこいつにしてやれたことなんて、ほんの僅かだ。それなのに、こいつはそれを、唯一の救いのように感じてくれていた。
こいつ――泉は、俺に出会うまで誰にも頼れず、ずっと自分を誤魔化して生きてきたんだ。胸が苦しくなって、鼻の奥がつんとした。
「だから、うん、もう決めたんだ」
泉は俺の胸元で、ぐっと顔を上げた。
その瞳には、もう迷いの色はなかった。涙で洗われたその瞳は、雨上がりの空のように澄み切って、強い光を宿していた。
「もう、王子を演じるのはやめる。誰かの期待に応えるために生きるのは、もう終わりにする。ボクは……君の隣で、ただの白崎泉として、生きたい!」
その言葉は、彼女の魂からの叫びだった。
長年彼女を縛り付けていた呪いが、今、解き放たれた瞬間だった。
俺は込み上げてくる感情を抑えきれず、彼女の身体を力いっぱい抱きしめた。
「……できるにきまってる。当たり前だ」
俺は、自分の声が震えているのに気づいた。眼の奥が熱い。
「お前は……王子なんかじゃない。たった一人の女の子だ。どんなお前でも、俺が、愛してる。俺が、一生守る」
それは、慰めでも、気休めでもない。俺の腹の底から湧き上がってきた、偽りのない誓いの言葉だった。
俺の言葉に、泉の身体からふっと力が抜けるのが分かった。彼女は、俺の胸に顔を埋め、声を殺して泣きじゃくった。それは、悲しみの涙ではない。新しい自分として生まれ変わるための、歓喜の涙だった。
夕闇が、準備室を完全に支配していた。
どれくらいの時間、そうしていただろうか。やがて泉はゆっくりと顔を上げた。涙の跡が残るその顔は、俺が今まで見たどんな表情よりも、美しく、そして愛おしかった。
「……大和くん」
泉が、熱を帯びた声で俺を呼ぶ。
「抱いて、ほしい。君の腕の中で……新しくなったボクを、確かめたい」
それは、これまでのどんな誘いとも違っていた。欲望や好奇心からではない。ただ、愛を確かめ合うための願い。
俺は何も言わず、こくりと頷いた。
彼女の涙の跡が残る頬に、そっと口づける。その塩辛い味が、どうしようもなく愛おしい。
俺たちは、まるで儀式のように、ゆっくりとお互いの服を脱ぎ始めた。
欲望のままに引き剥がすような乱暴さはない。相手の身体を確かめ、慈しむように、一枚、また一枚と。
あらわになった泉の身体は、いつもと同じはずなのに、今日はどこか神々しく見えた。彼女が長年抱えてきたコンプレックスの象徴である豊かな胸も、今はただ、彼女という存在を彩る美しい一部にしか見えない。
俺は彼女をそっと抱き上げると、いつもカードを並べている長机の上に、優しく横たえた。
そして、その白い肌の、一つ一つを確かめるように、唇を這わせていく。
首筋に、鎖骨に、胸の谷間に。所有の証を刻むのではなく、ただ愛おしさを伝えるだけの、優しいキス。
彼女の割れ目へとそっと指を這わせれば、すでに十分なほど濡れていた。
「ん……っ、ぁ……」
泉の唇から、甘い吐息が漏れる。
その反応の一つ一つが、俺の心を温かく満たしていく。
これは、肉欲任せの行為じゃない。お互いの魂を、通わせ合うための儀式だ。
俺は彼女の足の間にそっと割り込むと、その潤んだ瞳をじっと見つめた。
そこに映っているのは、不安や怯えではない。俺に対する、絶対的な信頼の色だった。
俺はその瞳に応えるように、ゆっくりと、自分の全てを彼女の中へと導いていく。
「……ん」
泉の唇から漏れたのは、苦痛の声ではなく、安堵のため息のような甘い声だった。
何の抵抗もない。俺の熱は、まるで最初からそこにあるべきだったかのように、滑らかに、そして深く受け入れられていく。その温かさと柔らかさは、俺の身体だけじゃなく、魂まで包み込むようだった。
「……あったかい」
泉が、俺の胸に頬を寄せたまま、夢見るように呟いた。その声は蕩けるように甘く、俺の心を優しく撫でる。
「ああ……あったかいな」
俺は彼女の汗ばんだ髪を撫でながら、ゆっくりと腰を動かし始めた。ギシ、と机が微かに軋む音すら、今日の俺たちにとっては愛を奏でる音楽のようだ。
激しさはない。ただ、深く、ゆっくりと。お互いの魂の形を確かめ合うように、ストロークを繰り返す。
そのたびに、泉の身体が心地よさそうに小さく震えた。彼女は苦しげに眉を寄せるでもなく、ただうっとりと目を閉じ、俺に全てを委ねている。その無防備な表情を見ているだけで、胸が熱くなった。
「いずみ……」
「……うん」
「愛してる」
何の飾りもない、腹の底からの言葉だった。
俺の告白に、泉の瞼がゆっくりと持ち上がる。潤んだ瞳が俺を捉え、そして、花が綻ぶようにふわりと微笑んだ。
「ボクも……愛してる、大和くん」
その言葉だけで、十分だった。
俺たちの間に、もう不安も、迷いも、何もない。俺は泉の唇に、自分のそれを優しく重ねた。キスをしながら、ゆっくりと愛を刻みつける。
これまでで一番、穏やかで、満ち足りた時間だった。
泉の身体の奥が、きゅ、と小さく脈打つのを感じる。それは未知の快感に対する驚きではなく、俺の愛を受け止めてくれている証のようだった。
俺は彼女の反応を確かめながら、さらに深く、彼女の全てを感じようと腰を進める。
「ぁ……ん……っ、やまと、くん……」
泉の表情が、次第に熱を帯びていく。完璧な王子の仮面は跡形もなく、ただ一人の男に愛される、女の子の顔がそこにあった。その顔を見られるのは、世界で俺だけだ。その事実が、俺の心を絶対的な幸福感で満たしていく。
俺はもう、自分を抑える必要はなかった。ただ、この愛しい存在を、俺の愛で満たしてしまいたい。
動きが少しだけ熱を帯びる。だがそれは、欲望に任せた激しさじゃない。溢れ出す愛情が、そうさせているだけだった。
「好きだ……泉、好きだ……っ」
「ん……ボクも……っ、もう、だめ……なにか……」
彼女の身体が、びくん、と小さく痙攣を始めた。
俺は彼女を安心させるように、その額にキスを落とす。
「いいんだ。全部、受け止めてやる」
俺がそう囁くと、泉の身体が跳ねるように震えた。
甲高い声ではなく、長く、甘い吐息のような声が彼女の唇から漏れ、その奥が、優しく、しかし強く俺を締め付ける。
穏やかで、しかし絶対的な快感の波。それが、彼女の絶頂だと分かった。
じわあ、と温かいなにかが広がっていくのを、繋がったままの下腹部に感じる。
潮だ、と気づいたその瞬間、俺もまた、熱い奔流を、彼女の最も奥深くにそっと注ぎ込んでいた。
それは、これまでのように欲望を叩きつける行為じゃない。俺の魂の全てを、彼女に捧げるような、神聖な行為だった。
「……ッ、はぁ……っ、はぁ……」
二人分の呼吸だけが、静かになった準備室に響く。
俺は結合したまま、汗でしっとりと濡れた泉の身体を、力いっぱい抱きしめた。
心地よい疲労感と、それ以上に大きな、宇宙に抱かれているような多幸感。泉と完全に一つになれたという、絶対的な一体感が、俺の心を満たしていく。
「……気持ち、よすぎた」
俺の胸に顔を埋めたまま、泉がぽつりと呟いた。
「ああ……」
俺も、それしか言えなかった。これ以上の言葉は、野暮というものだろう。
しばらくそうして寄り添っていると、やがて泉がゆらゆらしはじめた。
「いいぞ、休んで。こうしていてやるから」
「ん……」
次の瞬間には、すう、と安らかな寝息が聞こえ始めた。全てを曝け出し、安心しきってしまったのだろう。俺の腕の中で、彼女は本当に幸せそうな顔で眠っていた。
その寝顔は、もう〝王子〟ではなかった。俺が愛してやまない、俺が一生をかけて守ると誓った、たった一人の女の子の顔だ。
俺は、彼女の額にそっとキスを落とす。
もう、離さない。離したくない。
この腕の中にある温もりを、俺が一生、守っていく。
外は、もう完全に夜の帳が下りていた。窓から差し込む月明かりが、眠る泉の横顔を優しく照らしている。
俺は腕の中の愛しい恋人を見つめながら、静かに、そして強く、そう誓ったのだった。